《悪役令嬢のままでいなさい!》☆309 廃病院でのプロポーズ

ドロップ社の研究所につく直前、私の目には目隠しがかけられた。間違ってもここから逃げ出そうとしないようにだろう、徹底した扱いに怖くなる。

ようやく私が視界を取り戻した時には、そのはどこかの施設の中だった。

「ここはね、潰れた廃病院を改造して研究所にしたんだ。今いる場所は、隔離病棟のシャッターの側だよ」

不機嫌な私に、義兄は楽しそうに話した。

部下に命じて私の手かせ足かせから長い鎖でベッドの柱に繋ぐ。

「希未はどこに連れていったの」

「あの子なら、もっと上の階さ。私達を騙していたアヤカシには、仕置きが必要だろう? 最も八重さんが大人しく従うようなら、扱いを変えてもいいけどね」

「……お願い、兄さん。私の友達には手出しをしないで」

「全ては八重さんの心がけ次第だよ。そうだね、記憶消去が上手くいったなら、あの捕まえたタヌキを私達の式妖にしたっていい。昔から、君はあの子がお気にりのようだったから……」

そこで、兄はじっと私の握りしめた手を見る。

義兄は一いつから希未の正に気が付いていたのだろう。まさか、留學の前からだろうか――その可能に気が付いて背筋が冷えると、彼はの読めない瞳でこう言った。

「八重さんは、自分のことを後ろ暗いとは思わないのかな?」

「…………」

「私達を裏切って、あんなアヤカシと馴れ合って……あまつさえ、君はこうやっていつでも私に心を閉ざしたフリをする」

そんなことない。

私は、そんなことを考えていたのではない。

「裏切ったのは、兄さんの方が先だった……っ」

「そうだね。確かに私は、八重の期待を裏切った。でもさ、こう思わないかい。私達はこれからでもやり直せるって思わないかな」

義兄は、饒舌にその計畫を話した。上ずった口調で、ベラベラと早口でまくし立てた。

「まずは八重さんの記憶を綺麗にするんだ。まだアヤカシに出會う前の、あの頃の真っ白な貴に戻すんだよ。私は、あの頃の八重さんが一番好きだった。

勿論、今の拗ねた格も悪くないけど、もう一度出會いからやり直すんだよ。兄と妹じゃなくて、新しい関係を築き直すんだ」

「…………」

「今度こそ、八重さんを傷つける奴らなんかやっつけてやる。

人間にも、アヤカシにもらせない。ありのままの貴にとっての楽園を作るんだ。そこは不平も不満もない。安らかな世界……」

そんな理想を語られて、私はなんだか悲しくなった。

傷つく前の私に戻りたいと思ったことは何度かあるかもしれない。だけど、私にとってはそれでも今の自分の方が大事なのだと、どうしてこの人は分からないんだろう。

「そんなもの、いらない」

私が呟くと、兄はキョトンとした目を返した。

「痛みのない世界なんてしくない」

「……何故だい?」

だって、きっと。

痛みのない世界では、悲しみという概念すらない。

悲しみがなければ、きっとその反対の幸せも分からない。辛かったから、悲しいからこそ分かることって、多分一杯あるんだ。

この、ウィリアムの死にじる激痛のような哀しさも、全部ひっくるめて私自なのだ。

溢れるほどに、泣きそうだ。

「ねえ、八重さん。分からないかな」

義兄はどこか不安そうに口にした。

「私は、何も貴を不幸にしようってんじゃないんだ。むしろ、今よりもっと幸せにしたいと思ってこうしてるんだよ」

「兄さんは幸福の意味を分かってない。今の私は、人任せに幸せにしてもらうような人生はんでない」

幸せというものは、分け與えていくものなのだと思う。

背負うものでも背負ってもらうものでもない。なくとも、そういう生き方だってあるって私はみんなに教えてもらったんだ。

だから、私は全てを兄さんに委ねようとは思わない。

「幸福の意味、かあ……」

義兄は、しだけ寂しそうな顔になった。

「八重さん。一つ、提案があるんだけど」

「何」

「私とさ、……一緒にならないか?」

予想の斜めをいった義兄の言葉に、私は息を呑んだ。信じたくなかった事実を目の當たりにして、どうしたらいいのか分からなくなる。

「そんなの、できるわけがない……」

途方に暮れ、掠れた聲が出る。

「できるさ。私達は、実の兄妹というわけではないのだから」

だからって。いきなり、兄妹として育った相手を配偶者としてれるなんてできるわけがない。そんな簡単に事が進むのなら、人間は苦労なんかしないのに。

「いつから、私のことが好きだったの」

認めてしまえば、言葉はからり落ちた。

初めて兄のことを心底理解ができないと思う。こんなに彼を遠くじたのはいつぶりだろう。

「そうだねえ。意識したのは、貴の正が人間ではないと気付いた頃かな」

「……全て知っていたのね」

知ったうえで、彼はこの計畫を企てた。

「花開くように私は共に育った貴に惹かれた。できるなら、誰にも渡したくはないと思った。ずっと永遠に、二人で過ごしていられたらと思ったよ」

月之宮幽司は八重の白い手の甲をとり、囁いた。

「――結婚しようよ。八重さん」

「……冗談じゃない」

明確に拒絶をした私に、月之宮幽司はため息をつく。

何も言わずに立ち上がった彼は、監獄から出ていく間際に靜かに笑った。

「後で返事は聞かせてもらうよ」

「おやすみ」

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