《悪役令嬢のままでいなさい!》☆312 真っ直ぐと屈折

監視カメラにダミーの報を流し。私からのおおよその報を聞き終えたウィリアムは、呑気に自分の髪を弄っている。

「そんなことになっていたんだ。とりあえず、何をどうするにしても月之宮さんの手かせと足かせを外さないといけないよね」

「ウィリアムにならどうにかできそう?」

「うーん……」

煮え切らない返事。

「俺の能力では難しいかもしれないなあ……。電流や氷結で無茶をすれば、君も巻き添えになるだろ? そうなったら本末転倒だよね?」

「ああ……」

「やっぱり、どこかにある鍵を手にれるのが一番いいんだと思う。やっぱりこの部屋から自由のきく俺が探しに行くのがいいかなぁ……」

「……それはそれで不安だわ」

この空間に一人で殘されることを思うと、この心が恐れで埋め盡くされそうになる。本調子ではないウィリアムのに何かが起こったら、と考えると安易に賛はできない。

「大丈夫さ、逃げ回るのは得意な方だし。そんな目をしなくても……」と、彼が喋りかけたところで、異変を察知したように視線をかす。

その突然の反応に私は構える。

「……待って。誰か來たみたいだ」

近づいてくるのは……何者かの足音。

ドクリと心臓が竦む。

心拍數が跳ねあがり、ウィリアムは慌てて布団の中に飛び込んで隠れた。忍者のような軽さで姿を消した雪鬼に戸っていると、部屋の扉がゆっくりと開く。

驚くことに、そこに居たのは意外な人

白茶の髪と細。碧がかった春の湖のようなの瞳。

靜かに現れたのは、何かを決意したような表の瀬川松葉だった。

「……松葉……」

「…………」

松葉が私にゆっくりと近づいてくる。

思わず構えると、彼は不思議なほどに澄んだ眼差しでこちらを見た。

「ねえ、八重さま。アイツらが、八重さまを助けに來たみたいだよ。その中には、東雲や鳥羽だけではなくて、白波小春も混ざっているみたい」

「え……」

噓、なんで!

どうして、そんな危険なことを!

揺を隠せない私に、松葉は自嘲する。

「馬鹿みたいだよね、八重さまの力を預かっているだけのくせに、あのが今更一何をできるっていうんだ。八重さまのことを本気で救えるとでも……」

「……松葉、どうしてそんなことを言うの。白波さんは巻き込まれただけで何も悪くないじゃない!」

「五月蠅いな! ボクの気持ちなんて何にも分かってなんかいない癖に!」

悔しそうに松葉は自分の顔を歪める。

「いつも、いつも、いつも……どうしてされるのはボクじゃなかったんだ! ボクだって、八重さまの特別になりたかったんだ! 気まぐれに期待するぐらいなら、最初から拾ってもらわない方がよっぽどマシだった!

だから、こんなに前よりももっと寂しくて辛い……」

泣きそうな聲で、松葉は言う。

云って、募る。

「ねえ、教えてよ。

八重さまにとってボクは一どんな存在だった? 中途半端な同だというんならボクは一生かけてもあなたを……」

「そんなの、」

言いかけて、ようやく気付く。

どこまでも純度の高い松葉の想いの大きさと、それから目を逸らし続けていた自分のこれまでを。

いつの間にか私を追い越して、追い越されて。

こんなに真っ直ぐな気持ちをずっと向けられていたのに、見なかったフリをした。

卑怯で、屈折していたのは私の方だ。

真実を悟る。松葉を拾ったことで、救われていたのも私の方だった。

溫かな時間。主従関係を結んでから過ごした幾重もの日々。

逃げることなんてもうしてはいけない。

私は誠意を見せなくてはならない。

「……弟のように想っていたの」

松葉の目が見開かれる。

驚いたようにこちらに向けられた視線に、私は薄く微笑む。

「私は、これから先もずっと松葉の人になることはできないわ。……でもね、あなたのことを誰にも負けないぐらい大切だとも思っているの。弟のように、……家族として大事よ」

「……家族? 式妖でも、人でもなく……」

「ねえ、松葉。遅いかもしれないけれど、こんな返事になってしまったけど……。私はね、確かにあなたのことをしているわ。……それじゃあダメかしら」

否定されてしまうかもしれない。そんな不安をし抱えていると、松葉がほのかに雰囲気を和らげた。

「ダメなんかじゃない」

松葉はくしゃりと笑う。

「ダメじゃないよ、八重さま。失、してしまったけどさ」

安堵したように、噛みしめるような聲が聞こえる。

「そっかあ……ボク、八重さまにちゃんとされていたんだ。ホントにしょうがないな……でもさ、それってある意味人よりも強い絆で結ばれているってことだよね?

いいよ。分かった、納得してあげる」

吐息を洩らした松葉は、ポケットから取り出した合い鍵で私の拘束を解いた。

ただそのことに驚いていると、彼はスッキリした表でぎゃははと笑う。

「もし八重さまさえ良かったらだけど、ダークサイドに所屬するのはもうやめにするよ。裏切りはボクのお手のだし、むしろ表返ったってことで?」

「一緒に逃げてくれるの?」

「うん」

「ありがとう!」

思わず松葉のことを抱きしめる。ベッドに向かってもちをつくと、隠れていたウィリアムが下敷きになった。

「やれやれ、お話はもう終わったかい?」

「……お前、誰?」

見慣れない子どもが室にいたことに松葉がぎょっとする。それを見て雪鬼はふんぞり返った。

「名乗るほどのことでもないが、俺は紛れもなくウィリアムだ」

「え!? あの狀態から再生できたの!?」

流石に松葉が呆れ半分の顔になった。

「しかもなんだか気配も大分変ってるし……。怨念は弱化してることは間違いないみたいだけど、お前も大概しつこいなあ……」

「そんなことより、早めに抜け出した方がいいと思うよ。そろそろ監視カメラの映像に違和を持たれるかもしれない」

「そうだね」

松葉とウィリアムが私に手を差し出す。

口角を上げて不敵に笑った二人がいれば、何でもできそうな気持ちになる。

「さあ、行こうか!」

私の往生際が悪いのは、今に始まったことではない。

鎖が床に落ちて。軽やかに前へ踏み出した。

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