《悪役令嬢のままでいなさい!》☆317 私の本當の名前は

鳥羽の顔と無事だった奈々子の姿を見て、安堵した私は息をついた。

荒く呼吸をし、塵の中でをなで下ろす。だが、ここで立ち止まってしまうわけにはいかないのだ。事態は一刻を爭う。

怪我をしている希未を抱え、この倒壊しかかった建からどうやって出をするべきか。そこに意識が向かった時、鳥羽が大きな聲で呼びかけてくる。

「おい、月之宮! お前、窓から飛び降りることってできるか!?」

「え……」

今、彼は何と言った?

を強張らせた私に向かい、鳥羽はぶ。

「下の方に、小春がいる! 今は蹴散らしてあるけど、また敵が來るかもしれねえ! その前にそこから外に飛び出て、月之宮を小春にけ止めてもらうのが一番手っ取り早え!」

「そんな、なんてこと言うのよっ」

どうして白波さんがここに居るのか、とか。他人事だから簡単に云えるのだ、とか々と反論したいことは盡きぬながらも、私の頭脳は冷靜にその出法のリスクとリターンを弾き出す。その計算からするに、鳥羽の提案はこの狀況下では間違ってはいないけど――。

「それしかないね、お嬢さん」

ウィリアムが頷く。松葉は悲鳴を洩らした。

文句と弱音を吐きそうになるも、私はぐっとその言葉を呑み込む。

「……勝算は、あるのね」

追い詰められた私のギリギリの言葉に、鳥羽は笑った。

「俺の惚れただぜ? これぐらいのこと、できるさ」

「いいわ。その提案に乗ってやろうじゃない!」

病院の八階から走って階段で下りても、恐らくは崩落の速度の方が早い。今更信じられない仲ではないし、恐らくは鳥羽のサポートもある。

後は怖気づきそうな私の意志の強さ次第! こうなったらやるしかないわ!

を引き締め、希未を抱きかかえたままタイミングを見計らっている私の耳に、誰かの微かな聲が屆く。

「……八重、頑張って!」

この高さと距離では聞こえるはずもない小春の言葉に勇気をもらい、私は思い切って窓枠からを乗り出し……地上の彼に向かってジャンプをした。

躊躇いのない跳躍。足が宙に浮く。

優しいそよ風が私を包む。真っ逆さまに落下することへの恐怖よりも、意志の強さが先へと向かう。

もっと、もっと前へ!

「「いっけえええええ!」」

私の聲と小春の聲が。

気持ちが、みが一シンクロとなる。

地上では植発的に増える。偶然紛れ込んだ野生のタンポポは幾重もの黃い花を咲かせ、綿が風に乗って飛んだ。

花びらのクッションは想像を絶するほどに綺麗で。

重なり合う想いに、私は全てをれた。恐れも、不安も乗り越えて、この先をありのままの自分で生きたいとんだ。

剝き出しになった心は、弱かった。

自分獨りでは余りにもちっぽけすぎて、それがとても怖かった。

だけど、貪に心が、魂が『生きたい』とんだ。

目前に迫った死への恐れが、私の本當の気持ちを明らかにする。

生への渇と、この先への希に魂が震える!

さあ、未來はすぐそこに!

私の輝く。白波さんのから自由になった欠片が、私のところに還ってくる。

――神様としての。ワタシの本當の名は『ヤエノメブキ姫』

自然とその音が頭に宿る。

自分のに宿った淡くった白い輝きに、私はなんだか久しぶりに會った親友を迎いれたような心境となり、じわりとの奧が暖かくなった。

著地は功。気なしか希未の表らかいものとなる。

呆然としている私を、緑のクッションと小春の腕が抱きしめてくる。

「月之宮さんっ!」

「白波……さん」

何と言ったらいいのだろう。

言葉にするには、余りにも沢山の想いがあって。

どれを選んでも、足りない気がして。

なんだか泣きそうになってしまった私たち三人は、無量に笑いあう。

「……馬鹿ね。なんでこんな危ないところまで助けに來たのよ」

思わず憎まれ口を叩くと、小春は涙ぐみながらも笑う。

「馬鹿じゃないもんって、いつもなら言うところだけど、だったら私は馬鹿でもいいです。今ここで、八重と希未をけ止められて、本當に良かった……」

「……うん。噓だって分かって。謝してないわけないじゃない。私、小春にここで助けてもらえて本當に嬉しいんだもの……」

君に出會えて本當に良かった。

例え仕組まれたことだとしても、こうして巡り合えたことが奇跡のよう。

最初はなんでもない出會いだったかもしれない。迷のようにじて、打ち解けあうまでに様々な障害があった。

だけど、いつかはこうやってたどり著くんだ。

ゆっくりでも、遠回りでも、一歩一歩が頼りなくても。

そうと分かるまでに、隨分と長い語だったけど。

……ね、小春?

「栗村さん、寢ちゃってる……」

がそう呟いた瞬間、後ろのクッションにウィリアムと松葉が追って著地をした。その衝撃に小春が悲鳴を出す。

「きゃあ!」

「いたたた……うわ、これじゃまるでジャングルだよ……」

確かに松葉の言う通りで……落ち著いて辺りを見渡してみると、地上は小春が最後に使った異能の余波で、長を促進された植が溢れかえっていた。

……わ、この蔦、私の手首くらい太さがあるっ

半神に戻ったばかりの私の耳に、クスクスとどこからか笑い聲が聞こえた。

風に乗って、植の葉がそよぐ。

普通の人間には聞こえない、靜かな唄を、歌っている。

「…………」

ああ、そうだ。

これがずっと、私の世界だった。

切り離されていた一部分が、やっと返ってきたんだ。

全ての記憶を取り戻したわけではないけれど、なんだかとても懐かしい覚がして。

時が止まりそうになっていた私へと、驚いた小春の言葉がかけられた。

「八重、その髪……っ」

「え?」

気が付くと、溢れだした自分自の神力によって私の髪が白っぽくも薄い桜に染まっていた。ぎょっとした私が思わず頭を押さえると、地上へと著地した奈々子が厳しい表でこちらを見る。

「八重ちゃん、その髪……、神名を取り戻したのね」

「う、うん……」

「それならそれでもいいわ。あたしも、今更邪魔をしようだなんて思わない。ただ……なんだかこの辺りの気配がおかしいの」

奈々子の指摘にようやく察知する。

その言葉に私たちが周囲を見回すと、

「一度倒されたはずの式神に、幽司様がもう一度再アクセスしたみたいなんだけど……。でも、こんなに禍々しい雑な霊力を大量に使うなんておかしいわ。多分、今の幽司様はフラグメントとして暴走しそうになってるのよ」

「暴走……!」

私は息を呑む。すぐにその恐ろしさに気が付いた。

師が霊力を暴走させてしまったら、普通だったらが崩壊を始めてもおかしくはない。こんな高出力のエネルギーを出し続ければ、そのうち付近にいる人間やアヤカシの魂自が消し飛んでしまう。

この狀況の危険に気が付いた私と奈々子の顔がなくなった。

戦闘音の聞こえてくる方角を見て、私は大聲を出す。

「ねえ、あそこで戦っているのは誰なの!?」

嫌な予がする。

このままでは、大切なものを失ってしまそうな、不吉なものだ。

冷気に満ちた夜の敷地で、鳥羽が苦渋に満ちた答えを発する。

「……多分、向こうにいるのは東雲先輩とお前の兄貴だ……」

夜闇に轟音が辺りに響く。

戦闘が始まってから、一どれだけの時間が経過した?

私たちは、どれほどの猶予を無駄にした?

この狀況では、恐らくは彼らは殺し合いの域に達している……――っ

私の背筋に、ぞくりとした戦慄が走った。

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