《悪役令嬢のままでいなさい!》☆318 私たちの選択

焦燥にかられた私が立ち上がると、その目を見た鳥羽が眉間に皺を寄せる。アンバーの細められた瞳に怒りが宿った。

「……おい、月之宮。お前、今何を考えている?」

「分かっているでしょう。助けに行かなくちゃ……」

「そうかそうか。俺達があんだけ苦労して助け出したお前は、またしても騒の渦中へ突撃しようと、そーいうことか……」

ふざけるな、と鳥羽は吐き捨てた。

オロオロしている小春の前で、天狗は冷靜さを保とうと努力していた。

「そんなこと誰もんでねーんだよ」

「……でも」

「いいじゃねえか。これで安全なところで休んでろよ、月之宮。もうここまでで十分お前は頑張っただろ。だったら、それでいいんじゃないのか?」

「…………」

「よしんば、東雲先輩を助けたいってのは理解できなくもない。だけど、お前はもう一人の分まで助けたいってことなんだろ?」

鳥羽のいうとことは正しい。

私は、二人を助けたい。東雲先輩だけでなく、兄のことも救えるなら救いたかった。

冷たい風が吹く。冬の寒さがを引き締める。

「……そう思って何が悪いのよ」

「あん?」

「だって、裏切られても私にとってあの人は大切な人間だわ。この気持ちは、優しい思い出はもう変えられないんだもの、できるなら救済したいと思って何がいけないの!」

「それ、最大の被害者である小春を見ても同じことが云えるのか?」

ぐ、と私は言葉を詰まらせる。

冷ややかにそう告げた鳥羽は、深々とため息をつく。

「まあ、お前の気持ちは分からないでもない。間違えたとしてもどうしたとしても、お前にとってあの人間は兄貴であることには変わりないんだろ……、それぐらい、俺だって分かっちゃいるんだ。どーしたもんかな……」

そこで、神の欠片を失った小春が澄んだ真っすぐな眼差しをこちらに向ける。

「……ねえ、月之宮さん」

儚いはずの彼は、強さのある瞳で、私を抜いた。

「私ね、し悲しい」

は泣きそうな顔で笑う。

「月之宮さんのお兄さんのことは、怒っていないの。もしも私が杉也君が同じ狀況になったら月之宮さんと同じことを考えると思う。だからそこも怒ってない。

でも、私はもう無力な人間でしかなくて……みんなと同じように走れない」

今の小春は、どんな気持ちでこの言葉を口にしているのだろう。異能を失くした彼はどのような想いで……言っていたのだろう。

「だからね、月之宮さん。必ず帰ってくるって約束をして」

お願い、と小春は私の手を包んで悲しそうに言った。

「私、絶対に待ってるから。これで死んだら許さないから」

「……うん」

私は靜かに頷く。

そんな私たちの姿を見て、鳥羽は不愉快そうに言う。

「おい、月之宮。お前、俺達に何か言うことがあるんじゃねーの」

獨りでも立ち向かうつもりの私を見て、鳥羽はじれったそうにしている。

「……みんな、ここまで助けに來てくれてありがこう。この先は付いてきて、なんて云えないわ。これは私の問題なんだもの」

そう。本來なら無関係なはずのみんなをこれ以上巻き込むわけにはいかない。そう思ってソッポを向いた私に向かって、ウィリアムがケラケラ笑った。

「お嬢さん、乗り掛かった舟って言葉は知ってる? オレたちにそんなこと言ったって、それこそ今更ってやつじゃないの?」

「……何よ、それ」

なくとも、ここで自分だけ逃げるような真似はできないさ。道に外れているオレでもそれぐらいのことは分かる」

寶石みたいな瞳でウインクを返されて、私は戸った。

松葉も笑う。

「八重さま、ボクだって付いていくよ。だってボクは八重さまの式妖なんだから……今度こそ、間違えないようにする」

奈々子も微笑んだ。

「そうね。あたしだってまだ、一応は幽司様の婚約者なんだもの。だったら破滅に向かっているのを止めないわけにはいかないわよね」

「やめて、みんな」

そんなことを言わないでしい。

これは私の問題だ。もしもこのせいで誰かが死んでしまったら、今度こそ取返しのつかないことになってしまう。そう思った私を見て、鳥羽がため息をついた。

「だから、その今の不安なお前の気持ち、そのまんま俺達もじてるんだよ。もう一度だけ云うぞ。お前、俺達に言わなくちゃいけないことがあるよな?」

私は、俯いてしまう。

確かに、ここで一人で戦いを止めようとしたって、私だけでは何もできないだろう。それこそ多勢に無勢。何もできない。

その事実にが苦しくなる。本當に二人を助けたいのだったら、言わなくてはならない言葉がある。

「……お願いします、私のわがままだということは分かっているの……」

涙が溢れそうになりながら、私はついに言った。

「助けて、みんな」

「二人を、助けたいの」

その私から出た二つのセリフを聞いて、ようやく鳥羽は表を和らげた。

「ああ、いいよ」

顔を上げると、天狗は私の頭をぜて不敵に笑っている。

「上出來だ、月之宮」

ウィリアムが鳥羽のスマホを借りて、柳原先生と八手先輩に急いで連絡をとる。その景を見ながら、私は自分の武が何もないことにようやく気が付いた。

「あ、私何も持ってない……」

「徒手空拳じゃねえか!」

正気かよ、と言いたそうな目で鳥羽はこちらを見る。

「やっぱりお前は白波と後方待機してろ! 東雲先輩とお前の兄貴は俺達が助けてきてやるから! 何も武がない人間を連れていけるかっ」

「大丈夫よ、私ゴリラ系子だもの!」

「この期に及んで言うのはそれか!」

私の言葉を耳にした松葉とウィリアムが噴き出す。奈々子が嫌そうな顔で振り返った。

「ねえ、それはともかく、なんだか変な音がしない?」

確かに、だんだん何かが近づいているような……。

空を見上げると、騒音と共に黒いヘリコプターが雲の切れ目から私のいるところに突如出現をした。

「お嬢様――――っ!」

「山崎さん!?」

ぎょっとした私の耳に、拡聲を使った山崎さんの聲が飛び込んでくる。

「山崎、幽司様のご命令に逆らいヘリで助けに來ましたーーーー!」

「ええ!?」

GPSがあるとはいえなんて行力だ。垂れ下がったロープを使い、山崎さんはスパイ映畫のヒーローのように降りてくる。

「お嬢様、ご無事でしたか!」

「こんなことして、あなた首じゃ済まないわよ」

奈々子が頭が痛そうに言うと、山崎さんは豪快に笑う。

「私は、元から八重様のお父上の部下ですから問題ありません。それよりもお嬢様、ここは危険ですから離れましょう……」

「それより山崎さん、野分は持ってる!?」

「一応持ってきてはおりますが……」

キョトンとしている山崎さんの返事に、私たちはみんなでガッツポーズを決めた。

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