《悪役令嬢のままでいなさい!》☆322 しい人へ

あるところに、この大和の始まりに関わった一人の神がいた。古文書にも記されると別れを経て。余りにも有名すぎたその名を隠して、生來神である彼――サクヤは數多の時代を普通の人間のフリをして旅してきた。

忘れられていく昔と、激流のように加速していく現代社會。その嵐の片隅で、ある會社の付で黙って事務を行っていた神は、一人の男と出會った。

彼は、師の末裔だった。自は何も視ることができないはずだったその男が神に一目ぼれをしてしまったのは、その脈が呼応したからだろうか。

その熱烈なまでの口説き文句に、何もかもを捨てたはずのサクヤは再びをんでしまった。斷のに躊躇う想いもあったはずなのに、いつしか未來は彼を呼んでいた。

遙かに長い時を生きてきた神の気まぐれ。彼は、正を偽り続けたままに月之宮家へと隠れ嫁いだ。本當の事実に気が付いてしまった先代の夫婦は驚愕に、そのままあの世に逝ってしまいかねないほどだった。

しばらくして、一人の赤子が産まれた。

神と人間のハーフとして生まれたそのの子を、とても師の跡継ぎには出來ないと先代達は苦渋の決斷を下す。

この出生は誰にも知られないように育てなければならない。たとえそれが本人であったとしても。が呼ぶ魑魅魍魎の犠牲にならないように――外部ににすることが決められた。

「本當はもっと早く教えてあげたかった」と、その神である咲耶は言った。

すれ違ってしまったのだ。

祝福されていたその始まりは、いつしか呪いになってしまった。

半神のの子は長と共に、自分がみんなと同じではないことを知った。重なり続けた偽りと噓の繰り返しに、子どもは安らげる居場所を失っていった。

あなたは特別なんだよ、といって育てれば良かった。その意味が悪意で染まってしまう前に、大切にを注げば良かった。

「ずっと怖かったの。私が手を出してしまえば、ようやく芽生えかけていたあなた自を摘んでしまうのではないかと恐れていたの」

だから、一歩離れた場所からずっと見守っていた。

運命の流れに翻弄されていく我が子に。素直になれない夫だって本當はとても心配していたのを知っていた。

あの七夕の日に渡した短冊は、夫が書いたものだった。意地を張ってひねくれた視點でしか社會を見れない人だったけど、あの瞬間だけはどこか祈るようにそれを作った。

それは、違うことなき本

子を想う本の親の

その説明を聞いて、子どもである八重は……私は、自分の頬を涙が伝うのをじた。

「……お母さん、全部知ってたの?」

「ええ」

「お父さんも、不出來な私のことを心配してくれていたの……?」

……あそこで。お父さんが、私を助けに來てくれたんだ。

その事実が、ただ。ひたすらに泣けてくる。

らかくサクヤは笑う。

私のことを抱きしめて、優しく囁く。

「あなたのことを出來損ないだなんて思ったことは一度もないわ。生まれてきてくれただけで、私たちは本當に嬉しかったんですもの……。

だからね。

八重ちゃん。あなたが自分の命を懸けて誰かを助けようとしていくその背中が、私はすごく悲しかった。お母さんは、優秀な子どもを持つことよりも、あなたに自分のことをもっと大事にしてほしかった。あっという間にこんなに大きくなってしまったけど、私やお父さんにとっての八重ちゃんは今でもまだ小さかった頃のままなのよ」

……お母さんにとっての私は、未だに頼りない子どものままなのだ。

そのことに悔しさを覚えるよりも、私はなんだかストンと何かが落ちたような覚になる。ずっと早く大人になることばかり考えて、駆け足でこの世界を生きてきたから。

しっかりしなくちゃ、叱られると思っていたから。

けれど、心の中で殘っていたい私はこの瞬間を待っていたのだ。

「――――頑張ったね。八重ちゃん」

その言葉に、私は息を呑む。

お疲れ様の一言。長い時間をんで、待ちわびていたセリフ。

ようやく全てが終わったのだと思った。その一文をきっかけに、涙が溢れて止まらなくなった。

もう誰かに甘えても、いいんだ。

青い春の戦いが、終わる。

しゃくり上げるように、私は泣いた。お母さんは、しばらく私の隣にいてくれた。

「どうして蛍前がここにいるの……?」

大泣きの狀態になっている私が聞くと、母は言った。

「東雲君とお母さんで呼んだのよ。蛍ちゃん、ずっと中國の奧地を旅していたみたいなんだけど、ようやく日本に帰って來ていて。呼んだらすぐに駆け付けてくれたの」

「あそこはあそこで愉快な場所であったわ」

前が扇子で自らを仰ぎながら悠然と喋る。

報分裂を起こして消えたそなたを探してえらい騒ぎになってのう……皆の記憶から消えそうになっていた八重を留める為に、東雲が盡力したのじゃ。そなたの人は命を削ってギリギリまで運命に干渉し、他のアヤカシがそなたのを再構するまでの時間を稼いだ」

「ツバキが……っ」

そうだ。ツバキはどこにいるのだろう。

が青くなった私の強張った表に、蛍前は叱責する。

「落ち著かれい。あの妖狐は大丈夫じゃ。危なくなる前に妾が止めた故な。そのように俯く必要はない。とにかく、この廃神社で再構が済んだから良かったものの、そなたはほんに危ないところだったのじゃぞ……これをいい機會に無謀な真似はもうやめることじゃな」

「……はい」

この世に戻って來れただけでも奇跡だ。

背筋が今更ながらに寒くなって、が小刻みに震える。

「ただのう……どうしても皆の思うそなたの印象がの、偏っていたようなのじゃ。そのせいで、……申し訳ないが神としての覚醒前の狀態に戻ってしもうた」

「別にいいわ」

どこか懐かしい半神の。半分だけ神様で、半分だけ人間の変わった自分。

心はもうあるがままをれている。中途半端だとは思わないし、しだけの不思議と一緒に生きていく覚悟ができていた。

「妾もの、そなたの力になれないか悩んでおったのじゃ。それでの、考えてみたんじゃが、殺生石だけで人間の部分を殺してしまうよりも、こういったものを使った方が良いのではないかと思うて……」

前は、自らの著の懐から印籠を取り出して私に手渡してきた。

キラキラと金の瞳を輝かせて話す。

「これは、中國の仙人と渉して手にれた金丹じゃ。修行した者が飲めば、不老不死にたどり著くことができる一品で……」

「不老不死?」

私が戸うと、母も話す。

「八重ちゃん、蛍ちゃんはとても苦労して、本來なら分けてもらえないはずのこれを手にれてきてくれたのよ。師として修業してきたあなたがこれを飲めば、半神のままであなたは東雲君と同じ時を生きることができるようになるわ」

「東雲先輩と……」

予想もしなかった贈りに、私は揺する。

「あの、これって小春とか、遠野さんにあげられたりとか……」

「殘念ながら、仙人の妙薬は厳しい修行を積んだものにしか使ってはならん掟なのじゃ。申し訳ないが二人には……」

無理を言うわけにはいかない。

前の困った顔に、行き場を失くした。俯きそうになった私に、それまで黙っていたカワウソ妖怪の白蓮が呟いた。

「でも主さま! 主さまの龍のを飲めば、コハルの壽命はばせるって言っていたのね?」

「あっ、こら! すぐにばらすでないっ」

前が慌てた顔になる。

その意味に気が付いた私は、驚きに視線を上げた。

不老不死は無理でも、不老長壽になら……。

「ま、まあ妾もあの二人とはそれなりに親しくもしてあったのでな、ほんのすこーしなら、を譲ってやらんでも……ない」

「ありがとう、蛍前っ!」

あれだけ自分の神の欠片を他人に渡すことを渋っていた蛍前が、譲歩してくれているのだ。

抑えきれない喜びが込み上げてきて、思わず私は神龍に抱き著いた。

その時、誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。

あけ放たれた襖。息を切らして殺気立った気配を纏ってそこにいるのは、白金髪をきらめかせた貌の青年だ。

深海のような蒼い眼が私を見て大きくなる。その整った顔が、苦しそうに歪む。

「八重……!」

言葉を出すよりも先に、私は駆け寄った彼によって強く抱きしめられた。

「八重、やえ……っ」

「先輩……」

「もう離さない。どこにも行かせやしない……、」

私がこの世から消えてしまったことは、相當なトラウマをこの妖狐へと植え付けてしまったらしい。

それもそうだ。私だって、東雲先輩が消滅しかけたらどんな想いになることか……。

きつく抱擁され、呼吸が止まりそうになる。

はするけど……く、苦しい!

「あの、ちょっと力が……」

「君は僕がどれほど揺したか知らないからそんな風に言えるんだ」

圧死しかけて意識が遠くなる寸前、蛍前が私たちを引きはがした。それに気づき、妖狐は殺気を込めて神龍を睨む。

「落ち著くのじゃ! 八重はもう消えてなくなったりはせん!」

「……ですが」

「このまま潰してしまったら何もかも水の泡じゃろうが」

不服そうにしていた妖狐は若干気まずそうに視線を落とす。その様子が余りにも可哀そうになって、私は彼に向かって微笑んだ。

よく見たら、彼の明に通っている。どれだけ強く私のことを引き留めてくれたんだろう、そのことを思っただけでが苦しくなった。

溢れそうなほどに、想う。

たとえ完璧なヒーローじゃなくても。

普通の人間としては失格でも。

かっこ悪くてもその手をばしてくれるあなたが好きだ。

「ツバキ……」

私の素直な臺詞に、彼は瞠目する。

「私、あなたが好きよ」

優しいあなたが手を差しべてくれたから、私は戻って來れた。ずっと、歩んでこれた。

今まで言えなかったの言葉のありったけ、あなたに捧ごう。

中途半端だった気持ちと年齢が、大きくなるまで。

追いつくまで、こんなにかかってしまったね。

振り返った君に、を紡ごう。

何度も。もう一度出會った君に、今日も初めましてを囁くんだ。

「八重」

泣きそうに掠れたハスキーの聲で、彼は呟く。

今度こそ間違えない。

長い時が始まる。二人で過ごす、長い時間が……。

「八重、してる」

名前を呼ばれる度に想う。

ただ、好きだって。

ひたすらに、涙の出そうな心。

あなたがこんなにも、好きなんだ――。

――髪が翻る。今度は私から、勢いよく抱きしめた。

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