《悪役令嬢のままでいなさい!》☆323 幸せになって
部室を片付けながら、長のびた鳥羽が言った。
「……ったく、あの時は隨分心配をかけてくれたよな」
「ごめんなさい、反省はしています」
みんなは用事で忙しく、今は二人だけで卒業間近の部室を片付けている。白波さんは単位を合わせる為の補習で連れていかれ、希未はアルバム用の寫真を撮るボランティアだ。
あの事件の後。々なことがあった。
まず。枯れかけた廃神社の桜の木は、月之宮家の庭先で大切に植えられている。
諦めていたのだけど、この前ほんのわずかに緑の芽が出ているところを見つけてかなり驚いた。
首謀者だった義兄は、母によって厳しく叱られ――罰として格が更生されるまで自衛隊の鬼訓練にしばらく放り込まれた。あの時吸い上げてしまった為、イギリスで手にれた神の異能は戻らず……私にこっぴどく振られたことを契機に気持ちを吹っ切ったらしい。奈々子との婚約は解消し、今は日本で反省して表と裏の仕事に忙殺されている。髪ののだけは元に戻らなかったけど、それもいい思い出だと話していた。
奈々子は、夕霧君と正式に婚約をした。
この混沌たる部室に通っていた陛下は霊力が芽生えかけているらしく、彼の修行を考えるのがとても楽しいと彼はのろけている。これまで酷いことをしてきたことの償いなのだろうか、たまにボランティアにも參加しているようだ。
いウィリアムを見つけた福壽は狂喜舞した。
自分の子どもがようやく出來たと大喜びで、嫌がって逃げ回っているウィリアムに世話を焼いている。
もう私に迫ることはなくなり、東雲先輩がホッとしていた。
八手先輩は、師である私の式妖となった。普段は修行の旅に出ているけれど、いつでも困ったときには駆けつけてくれる。
柳原先生は、これで卒業式が終わったら遠野さんに告白をするんだって。最近は綺麗になった遠野さんに聲を掛けてくる男子がいるから気が気じゃないみたい。
二人が上手くいけばいいな、と思う。
希未はすっかり怪我も癒え、今では前よりもずっと元気に飛び回っている。宣言通り、私の進學する大學の近くの學校の合格を手にれ、今まで以上に私たち二人は楽しい思い出を沢山作る予定だ。
松葉は、一つ上の學年である希未に告白をした。
「ボクと同じように八重さまのことが好きで、から生まれたお前だったら妥協できそうな気がするよ。案外上手くいくんじゃない?」という失禮千萬な言いだったそうだけど、二人が付き合うかどうかはまだ分からない。
それは、これからの未來の話。
白波さんは、進學はまなかった。今では念りな治療の効果もあって狀態は回復しつつあるものの、彼自が農家になることを希したからだ。
ひとまずは土地を借りて地苺を栽培しながらバイトをして生活をする予定で、鳥羽が大學を卒業したら結婚する約束をしている。
そうそう、鳥羽は、一流大學の工學機械學科に合格をしたの。流力學や構造力學など、航空科學を學びながら、將來的には宇宙に関しても勉強するんだって。
それなのに、學校を卒業してしばらく働いたら白波さんと一緒に故郷へ戻って、行燈さんと暮らしていた里山の近くで畑をやるのが夢だって話していた。
東雲先輩は、あの事件の後。昨年、晴れて人になった私と親公認の婚約をわした。
彼はT大の法學部に現役合格をし、今は月之宮家の仕事を任されて働きながら順調に大學生をやっている。
私が料理を作る度に頑張って食べてくれているけど、これって逆に嫌がらせになっているのではないかとたまに不安になる。
さてはて。當の私はというと……。
「まあ、お前も偉いよな。頭がいいとは思っていたけど、宣言通りに東雲先輩と同じ大學に合格するんだから」
「あら、ありがとう」
私はにっこりと微笑む。
漫畫の山や珈琲カップなどを梱包しながら、鳥羽は言った。
「なあ、月之宮……」
「なあに?」
「俺さ、案外お前のこと、気にってるかもしれない」
私は驚きに瞳を大きくする。
時間が止まった室で、鳥羽の落ち著いた聲がした。
「俺さ、順番さえ違ったら、本當にお前のことを好きになったのかもしれないって最近思うんだ。きっと、今の俺って小春にをして、お前のことをしてるんだ」
「……そう」
 私だって、出會いが違ったらそうだったかもしれない。
言えない言葉が、沈黙に続く。
「……私も、アンタのこと友達として大事よ」
 それは、ホントに僅かの瞬間だったのだけど。
いつかの私はこの天狗のことが……好きだった。その時に失して泣いたあの頃の思いがしだけ救われたような気がした。
「……俺もだ。月之宮、元気でやれよ」
「鳥羽。アンタ、小春がいるのに他のを口説いてんじゃないわよ」
「お前だってそうだろ」
 堪えきれずに、私たちは笑い出した。
お互いに大事な一番はとっくに埋まっているくせに、なんて笑えない冗談を言っているんだろう。私と鳥羽が人関係になることは永遠にないし、これからもあり得ない。それがよく分かっているからこんな會話ができる。
 例えるなら、彼とは兄妹のような関係で。
親のようで、半に向けるような。
運命にも似た鏡寫しの相棒だと。そう言える最初で最後のアヤカシだ。
「もう頑張れとは言わないわ」
「おう。俺等は充分すぎるほどに頑張ったもんな」
「……だからお願い。絶対に幸せになって」
 別々の道を行く君への細やかな祈り。
穏やかな小春日和の窓の外から、暖かい風が吹いてくる。
鳥羽のポニーテールが舞い上がった。しばらく意外そうな顔をしていた彼は、その意味を理解した後に破顔して笑う。
「おう!」
 その時、賑やかな聲がした。
「八重ーっ 寫真撮らせてー!」
「わ、私、まだ補習終わってないのにい!」
 元気な希未が小春を無理やり連れて部室に駆け込んでくる。明るい茶髪のツインテールがを反して、満開の笑顔だった。
「おい、忙しい小春に無理強いするなよ」
「いやー、考えたらさあ、この部室での寫真が足りないなあって思ったんだよ。先生も特例でどうにか説得できたし!」
 にしし、と悪びれずに希未は笑う。
「それとも可い彼との寫真は恥ずかしいの?」
「お、おま……っ」
 顔を赤くして絶句した鳥羽に、小春がぶ。
「もう、希未!」
 私は苦笑いを零す。
「鳥羽をからかうのもほどほどにしなさい、希未」と私。
「だってもう卒業間近じゃん。からかえる機會なんて殆どないしー」と希未。
と、その時。私のスマホが鳴る。
 畫面を見て、私は嬉しくなった。
そのメッセージアプリには、東雲先輩がこちらに來てくれたことが書いてあったから。
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