《能無し刻印使いの最強魔〜とある魔師は來世の世界を哀れみ生きる〜》EP.105 魔王の覚悟
クルシュたちの準備が始まってから、早いもので3週間が経過した。今も尚、各自が自のすべきことを進めている。ここ、魔王城アタルガディス、魔王の間で玉座に深く腰を下ろすのは、かつて人類を脅かし、今はその人類側に立つ男、魔王ジーク。肩肘で頬杖をついて、靜かに瞑目している。
辺り一帯は誰も居ないようで靜寂に包まれ、まだ時間にすれば朝だと言うのに立ち込める黒雲が辺り一帯に夜の帳を下ろしている。故にそんな暗黒の土地の魔王城を照らすのは城の明かりだけであり、魔王が居座る場所としてはおかしいがきらびやかに見える。當然ながら夜になると城の明かりは消え去り白銀の月が差し込み靜かなのだが、先述通り今は朝であるためその景は見られない。
そんな靜寂を破って、コツ、コツと足音が反響しながら近付いてくる。ライトグリーンの艶がある髪を揺らし、寶石とも見間違えるアメジストの瞳は玉座に座るジークを見ている。両手にトレーを持ち、元々ジークしかいなかった魔王城故に彼が作ったのだろう、その上には朝食と紅茶が。
「ルイ、當然起きてますわね?」
「ああ」
短くそう返事したジークが開眼し、パチンと指を鳴らすとどこからともなく機と椅子が二腳現れた。玉座から立ち上がるとその椅子に座り直し、フィオーネが並べた朝食を食べ始める。彼自もジークに紅茶を淹れると対面に座り、自も食事を開始する。
「味いな」
「そうでしょう!料理も板についてきましたわ!」
ふふん、と満足げにフィオーネはを張る。
「隨分と飛躍したものだ」
「あら、わたくしは努力家ですのよ?料理をにするのなんて今までに比べたらワケないですわ」
「まぁ今は一般的にであってリアのようではないがな。そもとして初めが酷すぎた」
「ぐぬぬ............」
リアは長年自炊をしているためにどういう料理がどのようにすればいちばん味しいのかを知っている。故に彼は世間一般的には料理上手と呼ばれる部類にる。だがフィオーネは一般的なレシピに沿った作り方にが生えた程度の技力しかない。まぁ3週間みっちりと料理を練習したのだからよく上達したといえばそうだが。
3週間前、ジークに付いてきた1日目、料理を作ると息混んだフィオーネが作ったものはアリスと同等レベルのものであった。作業工程を見れば包丁が勝手に手から抜けたり、油に引火して城が焼けそうになったり、それはまぁ酷いもので、味についてはもう何も言うまい。そんな狀況を打破すべく、何か特別なが燃えたのかフィオーネが寢る間も惜しんで練習した結果、今日初めてジークに味と言わせた、というわけだ。
「まぁ、努力する姿は嫌いじゃなかったぞ」
「ふえっ!?きゅ、急ににゃにを言い出すんですの!」
非常に表かなフィオーネに苦笑しつつ彼が淹れた紅茶を口に含む。やはり以前に比べれば斷然味い、そんな想が自然と湧き上がってきた。
「...........と、とりあえずっ!早く食べなさいっ!!」
赤面した顔でビシっ!と指を差されて、フッと笑みを作りながらジークはなおも食事を続けた。やがて朝食を終え、一息ついた頃。
「ルイ、なぜここに居るんですの?」
「準備だ」
「準備...........ですか?」
「ああ。クルシュやエリル達と同様にな」
3週間を共にしてきたフィオーネが今更なぜそのようなことを聞くのか。それはジークが実際にここ3週間、アタルガディスに來た日から玉座に座り続けて瞑目しているだけだからである。當然彼から見れば何をしているのか、目的や意図すらもわからず、ただ意味もなく座り続けているだけという結果が殘ってしまうのだ。
「一見、何かをしているようには見えないのですが...........」
「ん?何を言っている。今こうしている間にも俺は準備しているぞ」
「はい?」
更にフィオーネの疑問は深まる。どこをどう見ようともジークはいつも通りで、自分と話しているようにしか思えない。
「..........やっぱり、何かをしているようには」
「ふむ、ならばしだけだぞ」
ジークはゆっくりと目を瞑ると、フッと力を抜くようにリラックスした狀態になる。
剎那。
「ッ!?」
ドンッ!と一瞬、目に見えない重圧がフィオーネを襲った。先程、ジークの魔力量が一瞬発的に跳ね上がった。何が起こったのかと驚いたようにジークを見つめる。
「さて、分かったか?」
「先程のでわかるわけがありませんわ!!」
「................やれやれ、簡単な話だ。俺は今、この地の魔力を取り込んでいる」
「..........はい?」
「このアタルガディスは俺のの一部でもある。俺が2度転生した分の魔力をここに預け、今それを回収しているところだ。どうやら俺の魔力は貪のようでな、ついでにこの地の魔力までも自のものとしてしまったらしいが」
「えっと、つまりは今ルイがしていることは自然破壊.............?」
「まぁそういう事になるが、辺り一帯、魔族領一帯には植が存在せぬ。俺がこの地の魔力を吸い上げようと問題は無い」
「は、はぁ...........」
平然と澄ました顔でジークは言うが、その行事態は圧倒的イレギュラーである。そもとして人類に流れる魔力と植や臺地などに宿る魔力は同じベクトルではない。さらに言うならば後者は大気中の魔力粒子と同じもので、息を吸ったとて魔力が回復されるわけではない。仮に取り込むことに功しても、ベクトルの違う魔力はにとって不必要な質と判斷され、たちまちを崩壊させる。
通常ならばそうなるはずだ。そう、通常ならば。
しかしここに居るのは存在自がある意味イレギュラー、不可能「ふ」の文字もないような魔王だ。魔力を吸い上げるのはワケもないということだろう。
「そこまでして、今回の戦爭に何を賭けているのですか?」
「する者の末路だ」
「っ.............」
その瞳がフィオーネを見據えた。そして聞こえる「する者」という単語。その単語はフィオーネにとって聞きたくない言葉だった。當然、この語りが意味する答えは自明だろう。彼が彼に向ける気持ちのそれは、通常のではないという事だ。故に言葉に詰まる、どう返していいのかわからない。
「うちの學園長が傀儡だった事、その背後で神がそれをっていたことは言ったな?」
「.....はい」
「奴が言った、イルーナを殺した神は時が來たら話す、と。俺はそれを確かめなければならぬ。直接、帝國の玉座でな」
その瞳に一瞬、強いが燈った。普段見せない表に、フィオーネの気持ちもしだけざわつく。
「やはり、まだ好きなのですか?そのイルーナという人が」
「ああ、當然だ。だからこそ俺はここまで來れた。このがあったからこそ、俺をい立たせてくれる。これは俺の復讐であり贖罪だ、必ず真意を聞き出してみせる」
「...............わたくしだって」
小さく、消えるような聲が響いた。確固たる意思を明言するジークに対し、フィオーネは途中から俯いており、上手くその表は伺えなかった。が、直後。
「わたくしだって、あなたの事がっ..............!」
バッと顔を上げて、ジークと目が合った瞬間、ハッと何かを思うように再び俯いた。そして自分の気持ちを誤魔化すように朝食の片付けをし始めた。
「す、すいません。取りしてしまいましたわ。じゃあ、片付けてきますわね」
そう告げて、片付けが終わり立ち上がった彼の足音は遠ざかる。去り際、告げる時に見せた彼の微笑みは、しだけ悲しそうだった。
「わたくしだって、あなたの事が」その日、ジークがその先を聞くことは無かった。
一瞬だけ跳ね上がった彼の気持ち。しかし先人が。
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