多勢に無勢と言う言葉がある。敵の大軍に対して人數の事を言う。現在、2対目算6萬、いやもっと居るだろう。一般の軍師ならば約6萬が勝つと直ぐに斷言するだろう。だが例えばクルシュならばどうか。明確だ、彼達を知る彼ならば當然2が勝つと言う。

フィオーネ、ミナ、彼達の猛攻が続く。クルシュ達のような強さを持ち合わせない彼達ではあるが、今使用している魔法は並の人間とは桁違いに強い。それは彼達を突きかすものに比例するだろう。

すなわち。先刻け取った言葉による特定の者への強き想い。彼たちを突きかすにはそれで十分だった。いや、それ以上の活力は無かった。故に彼達が1つ魔法を放つ度に大発とともに魔獣の大群にが穿たれる。直ぐにそれは塞がっていくが、魔獣達は確実に、それも常軌を喫した速度でその數を減らしている。上階で戦う彼達に迫ろうとする下階の魔獣達のさらに下には彼達に屠られた魔獣共の山河。死累々を築いていた。

先程、多勢に無勢と述べた。しかし、それは実力が拮抗していればの話である。例えば今、魔獣と彼たちの実力が拮抗しているかと問われれば、斷じて否だ。このままならば、彼達の勝利は堅いだろう。このままならば。

「殘り半數を切りましたっ！！」

『視の眼』を用いて相手の狀況を確認したミナがそうんだ。

「一気に巻いていきますわよ！」

「はい！！」

フィオーネが鞭を無造作に振るい、跳ねた部分に魔法陣が設置されると、その中から巨大な蔓が無數と出現して魔獣の大群へ襲いかかった。もちろんこれはフィオーネの花魔法『不なる絶枯草ラビオスルーチェ』の草花である。

だがフィオーネの魔法は設置型ではなく直接発するものである。

――では何故か？

答えは簡単だ。別に魔道をクルシュだけが作れるわけじゃない。彼が今握っている鞭はジークが作したものである。

フィオーネ専用魔力式鞭、ティアベル。鞭の中には彼の花魔法が蔵されており、鞭が打ち付けられた衝撃で魔法が起する仕組みを埋め込んでいるため意のままどこに設置するかを選べる。さらに鞭の大元の素材には魔族領に生える化けゴム樹木の樹から採取したゴムを使用しており、魔力を流すだけで最大8メートルもの長さにまでびるためそれなりに遠距離まで屆く。

発するのは蔵された花魔法であるため本人の花魔法も発すれば同時に二種類の花、もしくは単一の花を二倍に増やすことが出來る優れだ。文字通り鬼に金棒な彼の敵はこの場にはいないだろう。

「刃裂フィアデス！！」

ミナの手に出現したそれは上位魔法の類。彼は王族であり金の刻印だ、上位魔法を無詠唱で発することなど訳ない。果てには回復魔法ならば超位魔法でさえも今ならば無詠唱で唱えられる。當然これはクルシュの"おかげ"というべきか、"せい"と言うべきか。

ミナの放ったの刃が次々に大群へと降り注ぐ。命中した的は一匹殘らず塊とり果てるが、やはりまだまだ數は殘っている。

「っ！ちょ、お待ちなさいな！」

「な、何してるんですかあれ！！」

二人揃って驚きの聲を上げる。無理もない、何故ならばどこから湧いたのか、スライムが他の敵をどんどんと吸収しているのだから。斷末魔をあげることなく吸い込まれていく魔獣、魔族、果てにはその死まで。

わずか數分にしてその大きさは下階の中心を埋め盡くすまでになり、表には赤黒い線の様なものがいくつもドクンドクンと鳴しているかと思えば、今度は収まって黒い斑點が浮き上がってきたり、様々だ。はっきり言って気持ち悪い構図だった。

「うえ..........なんですのあれ」

「魔族や魔獣などを吸収したため変化したんでしょうか」

「まともに見たくないですわよアレ.............」

當然その景はにとって生理的に、的センス的に無理だろう。現にフィオーネの長い耳は嫌悪を表すようにピンと立っている。おそらくガサツなエリカがここにいたとしても同じような言葉を言っただろう。それほどまでに嗚咽をらしたくなる景だった。

「何スライムなんでしょうかアレ。どういう配合の仕方であんなものに.........」

「解析してる場合じゃないですわよッ！」

顎に手を當て思案するミナにフィオーネのツッコミが響く。と、直後。

「きゃっ！？」

フィオーネのすぐ橫を"何か"が通り過ぎた。いや、その何かは自明だ。先程のスライムである。當然大軍の中には鳥型の魔獣も含まれていた。そして彼達はその魔獣を何度も迎撃している。當然スライムはそれをも吸収したわけで、現在そのスライムが背中とも取れるところから自らの表で作り上げたと思われる翼を生やしていた。

「スライムが鳥の真似ですの！？いい加減にしなさいな！」

フィオーネる蔓がスライムに襲いかかる。捻るようにしなった蔓は鳥ではないのに高い飛行能力を見せるスライムに盡く避けられ、時折吐き出されるによって溶かされた。

「そこはスライムらしく溶かすんですか..........」

「呑気に言ってる場合じゃないですよっ！！」

飛來する蔓を次々と避けながら者であるフィオーネへ向かってスライムは溶解を吐き出した。だがその前にミナがフィオーネの手を引いて下階に飛び降りたため攻撃は當たらなかったが、著した階段が白煙巻きながら溶けた。

「當たったら一溜りもありませんわね」

「『紫電雷天鳴ガヴァルディルズ』！！」

バチバチと稲妻を走らせながら紫の雷がスライムを穿った。激しい電流に見舞われ電磁火力によって消滅するかに思われた、がしかし。

「っ..........魔法を............吸収ですか」

苦蟲を噛み潰したようにミナが呟いた。スライムは無害な上にこうやって仲間を食べるようなことを目撃した事を彼自無い。いくら王といえど、彼に魔と退治した時の戦闘法など知るわけがない。故にスライムが魔法を吸収するということも知らなかった。だが今知ったところでもう遅い。

上階のスライムは何を悟ったのか、うねうねとびる手を何本も生やしミナを襲う。

「っうあ！」

一瞬だが直してしまったためにその手にを捉えられてしまい宙を舞った。當然酸の塊であるスライムの手は捕らえたミナの両腕と腹部を溶かす。

「っ！！つぅあ！？」

「ミナ！........離しなさい！！」

瞬時に蔓で浮遊するミナとスライムとをつなぐ手を叩き切ると、今度はミナが怪我を負った腕にもかかわらず剣を振るう。煌めく剣筋が二閃、それだけで彼にまとわりついていた手が弾け飛んだ。

早期に手から逃れたためにミナの表皮は軽度の炎癥だけに収まっていた。そして直ぐに発させた回復魔法によってその炎癥は元通りになる。

「乙のを傷つけるとは..........なんて害悪なスライムですかっ！！」

再度フィオーネの蔓は飛空するスライムに向かって飛來する。だが今度は溶解が付著した蔓が溶け始めるとその溶解スピードを上回る速度で蔓が再生し、ついにスライムのに巻きついた。當然大概に放出するよりも強力な酸がスライム本には備わっているが、それをも蔓は上回った。

「ご存知？雑草って言うのは踏まれても踏まれても立ち上がってくるんですの。さらにを張ったら強くその地に生き殘り続ける。まさに絶対に枯れない草ですわよね」

フィオーネがそう喋るうちにもその蔓は溶解と再生を繰り返しながらスライムのを締めあげていく。弾け飛ぶかに思えたスライムだが、まだ中に消化しきれていないものがあるのか握った水風船のように締め付けられた蔓の間から膨張してはみ出している。

「くらいなさいな！！」

ドゴォォォォォン！！

しなった蔓はスライムを捉えたそのままに塔の壁に叩きつけられた。壁に叩きつけられた衝撃で亀裂が幾數にも走る。そのまま圧殺せんと1箇所に蔓が集まり始める。だが流石のスライムもここで終わる気は無いらしい。再生さえも許さない強酸を吐いて蔓を魔法陣ごと溶解させてしまった。

「なっ！？」

當然驚きを隠せないフィオーネ。『不なる絶枯草ラビオスルーチェ』の蔓は1本だけでも100kgの重さがある。それを先程、15本、1500kgの重さで押し潰したにもかかわらず、それに抵抗する力がスライムにはあった。普通ならば塊にり果ててもおかしくはない。だがそうならなかったのは、やはりスライムだからだろう。

そしてこのスライム、やはり知がある。誰が1番危険なのかを理解しているかのようにフィオーネに手をばす。そして彼のティアベルを摑みあげると、釣りでもするかの容量で真上へ浮き上がらせると、チャポンと擬音が出そうな勢いでスライムの中へ解けて行った。

ブチィ！

剎那、何かが切れたような音がそれはもう盛大に聞こえた。気になったミナがその音源はどこか、と辺りを見回し、最後にフィオーネに視線を移す。

「フィオーネさん、さっきなにか切れたような音が............っ！？」

聞きかけた言葉は、そこで止まった。何故なら分かってしまったからだ。先程の音が一誰だったのか。

それは彼、フィオーネのものだった。ミナが見たその表は、今まで彼が見せたことも無いような鬼の形相。こめかみの青筋が今にも新しく切れそうな勢いである。

「..............ルイからの初めての贈りでしたのに」

小さく呟いて、眼前のスライムへゆらりと一歩踏み出す。當然、圧も何もじないスライムは猛然とフィオーネに手を飛來させるが、それを彼が編んだ花魔法による蔓が悉くを叩き切った。今は黙って話を聞きやがれとでも言うように。

「................そりゃ初めは困しましたわよ？好きな殿方からの初めての贈りがこれですもの。しかもなんて言ったと思います？「これで夜でも練習ができるな」ですわよ？さすがに特殊な癖を持ってるのかと若干引きそうになりましたわ。マゾヒストな変態なのかと心配にもなりましたわ。それでも嬉しかったんですの。だって初めての贈りですわよ？初めての。ええ、初めての」

やたらと「初めて」を連呼するフィオーネ。それほど彼にとっては大事なものだったということだろう。と、次の瞬間、彼の目がキッとスライムを睨みつける。

「それをなんてことをしてくれました？溶かしましたわよね？わたくしから取り上げるだけじゃ飽き足らずに」

まるでゴゴゴゴゴゴと擬音が聞こえてきそうなほど彼の殺気が膨れ上がった。間違いなく彼はキレている。それはもうブチギレだ。魔力の奔流が彼のライトグリーンの髪を揺らす。

「やってくれましたわね？ええ、よくも人の初めての贈りを無へと返してくれましたわね？ええ、ええ。いいでしょう。けて経ちますとも。そっちがその気ならこっちにだってやり方はあるんですのよ！！」

剎那、フィオーネより更に下階に魔法陣が展開される。それは彼の花魔法。そこから出現したのは互いの花弁が重なりあわない離弁花類の花、睡蓮。

「『死葬睡蓮』！！」

尋常ではない速度で長した睡蓮が簡単に飛行中のスライムを捕らえた。先ほどと同じく酸によって溶かしての出を試みるが、酸が睡蓮にれた瞬間、蒸・発・した。更には睡蓮に縛られたスライムのがゆっくりと徐々に腐食していく。

「ご存知かしら。睡蓮の花言葉は

『死になさいこのクソファ○○ンゴミスライム滅亡』。捕らえられた瞬間に死は確定しましたの」

「言ってることと思ってることが逆ですよっ！？」

ミナのツッコミに平然と言ってのけるフィオーネの顔は笑っていた。まるで復讐をす悪のように。その笑みはどす黒いなにかであったと後にミナは語る。だが、まだスライムはそのをくねらせなんとか出を試みている。その様子に稽だ、と溜息をつきながら更に冷徹に見下した。

「もう一本所なんて、強なゴミですわね。まぁ死ぬ間際ですし要くらいは聞いて差し上げます」

『死葬睡蓮』が生えている魔法陣の隣にもう1つ違った魔法陣が出現する。今度はその中から純黒から僅かに花弁に赤みのある複雑な構造をした花、薔薇が姿を現した。睡蓮同様に薔薇も異常な長を果たしてスライムを締め付ける縄となった。腐食するスライムに巻きついた黒薔薇は、一旦花弁を閉じると蕾へと変化する。

「『清廉なりし華ラビエントローズ』。この薔薇こそがわたくしの真骨頂ですの。れるは7にまで及びますから」

彼が述べる通り『清廉なりし華ラビエントローズ』こそフィオーネの二つ名、『秀麗なる才クイーンローズ』の原點である。彼が扱う花の中で最も多彩で、最も威力が強い。今彼の眼前に顕現している黒薔薇はそんな薔薇類の中で最も危険な花である。や皮片、髪の1本でも、この黒薔薇が取り込めば最後、文字通り枯れるまで生命力を吸い盡くす。そして全ての生命力を吸い盡くした時、その黒薔薇は開花するのだ。

「その黒薔薇の花言葉は『死ぬまで憎む』。まぁ知があっても言葉が分かるとは思いませんが、死んだとしてもわたくしはあなたを許しませんわ。ええ、なぜこんなゴミを許さなければならないのでしょう。お戯れを」

優雅に笑った微笑みが、スライムに目があったならとても殘のあるものに見えただろう。やるのならば徹底的にやる。これが彼、ジークから教えてもらった言葉である。

そして現在、腐食しながら徐々に蕾が花開いてきていた。それはスライムの命があと僅かということを示す。

「死んでも死にきれないでしょう？花に殺されるというのは。でもあなたが悪いんですのよ？わたくしを怒らせたあなたが。ですが最後はしい造形の一部になって死んでいくのも、悪くは無いでしょう？...........と言っても、聞こえてなどいませんか」

ため息をついたフィオーネが肩を竦め、そして最後にこう言い放った。

「散りなさい。花は死を彩りますの」

その瞬間、スライムに巻きついていた薔薇の全てが咲き誇り、しい景を見させる。敵地の真ん中であると言うのに、それをじさせないほど流麗に、おしとやかにその場を裝飾した。

「綺麗...........」

その花々に、思わずミナも簡単の聲がれた。

更にはプリズムが舞うその中心で1人佇むそのの姿、それはどれだけしく見えていたことだろうか。一瞬だけだが、背後の花々も相まってその景は神的な雰囲気を漂わせた。

そんな中、フゥと力したフィオーネはやっと終わったとばかりに背びする。

「やっと終わりましたわね」

「え、ええ、そうですね」

「？、なんでしぎこちないんですの？」

「そ、そんなんわけないですよ？あははは.......」

笑顔が引き攣っているのは確かなのだが、その理由がわからないフィオーネは首を傾げた。

「まぁいいですわ。魔力の消費は多いですし、武はあのゴミに取られましたし、踏んだり蹴ったりです。絶対帰ったらルイに甘えまくってやりますわ」

そんな苦言を零しながら溶けた階段のさらに上階へ飛び乗ったフィオーネのあとをミナも追った。そして、同時にフィオーネを怒らせてはならないと心に刻むのだった。

殘酷に冷酷に、加的に。