「へぇ～小腸って思ったより長ぇんだな」

「ん……ふぁぁ～ぁ……なんだ、まだやってたのか」

朝日が昇り、パンドラが夢の世界から意識を戻すと、小腸を珍しそうに見る優希が立っていた。

散する臓と骨、とは魔族のと混ざりどれが誰のか分からない。

生臭さと腐臭が空間を支配する。本來なら鼻を塞ぐほどの激臭だが、この場にいる生存者は特に気にしていない様子。むしろこの異常な空間でも自分の部屋のようにくつろいでいる。

「さぁそろそろ移するか。早く著替えたいし」

「その男の服を奪えばよかったんじゃないのか？」

パンドラは指さすのはで染まり、ボロボロに破れた迷彩柄の軍服。

優希はそれを目視し數秒の沈黙。

「……ぉ、俺の好みじゃなかったんだよ……」

顔を逸らす優希に、パンドラはしたり顔。

優希は散らばったを見わたしながら、コンパスを調整する。

そして、パンドラをおぶろうと近づくと、

「よっと……どうした？」

「お前、素足だから歩きたくないんじゃなかったのか？」

割と普通に立ち上がり先に歩こうとするパンドラに、優希は眉をひそめる。

するとそんなことも言ったっけ？　みたいに、人差し指を顎に當てて首を傾げる彼に優希はイラつきながらも、を押し殺す。

「まぁさっきまでとは違って今の私は七割方回復した。こうやって薄くだが【堅護】を使うと怪我せずに済む」

優希がじる限り、彼は足のみにわずかなマナで【堅護】を使用している。本來【堅護】はマナを全に鎧のように広げて防力を上げる恵。それを一か所に集めるだけでなく、最低限のマナでそれを維持するのはかなりの集中力が必要になる。

それを平気でやってのける辺り、彼は自分よりマナの扱いに関しては優れていると自覚する。

「まぁそう言うことならいいか。予想外のイベントに時間を取られたけど、もうすぐ魔境から出られるし、やっとこのパリパリの服から解放される」

凝り固まったをばしながら、優希はパンドラに続いて足を進める。

優希たちが離れると、散する死にカラスが集まり、戦闘の形跡を減らしていく。

そして、數分。

木ノ葉の屋の隙間からしこむ朝日のをに浴びせながら、二人は足を進めて、やっとたどり著く魔境と平原の境。

実際より長くじる時間が今では短くじつつ、優希は順調に進めていた足を緩める。

「さて、ここからがお前の見せ場だな。どうやって略奪するか拝見させてもらおうか」

高みの見をで表すように、彼は平原が見える位置にある樹に登って、魄籠を完全封鎖する。

足に使用していた【堅護】は解けたどころか、彼から一切のマナがじ取れない。こんなこともできるのかと心しながら、優希は魔境に隠れたまま、標的を探す。

そして標的は割と早く視界に映る。

目を癒す若草の平原の中に地が出した道があり、その道は魔境のすぐそばを通る。

そして、道の向こうからこちらに向かってくるのは一臺の馬車。

四のキャラバンを引くのは馬ではなく、鳥のような頭部に長い首と細く小さい前足と比べて遙かに走ることに特化した後ろ腳。オルニトミムスを想像させるようなそいつが二匹並んでキャラバンを引く。

時速四十キロは出てそうな勢いで、砂煙を上げながらこちらに向かう。

優希は高鳴る鼓を落ち著かせるように深呼吸する。綺麗な空気が口から通り全の細胞に酸素を送る。

設定――開始。

首にかけた眷屬の証であるプレートがはっきり見えるようにしてから、

「よっとッ」

自分の右足をへし折る。痛みはじないが覚が消えたような気持ち悪いを殘した右足は、本來はあり得ない方向に曲がっている。

設定――完了。

そして、

「――た、助けてくださいッ！」

馬車が目前を通り過ぎる前に、優希は勢いよく魔境から飛び出てそうんだ。

一度目の前を通り過ぎた馬車は、右足を抑える優希の存在に気付き、馬車を止める。そこから降りる三人の男。

一人は大剣を背負ったスキンヘッドに目元に傷がある大柄の男。ニッカーボッカーズのような黒いズボンに上半がになっているためそうな筋が圧迫を醸し出している。

後ろに続くのは獣の皮で作った茶い服に、背中に多數の矢、腰に折りたたんだ弓を攜える男。こちらは割と細の付きだが、しっかりと鍛えているようで、きに軽やかさがじられる。

さらに後ろに続くのは二人と比べて明らかに若く、か弱そうな白髪の青年。歳は優希を同じくらいだろうか、深紅のシャツの上から羽織るフードのついた黒いロングコート、灰のカーゴパンツに黒革ブーツ。綺麗な白髪の前髪から見える優しそうな瞳は、燃えるような緋の輝きを帯びていて、猛烈且爽やかさを引き立てる。

この三人の中で優希の標的は一瞬で決まった。

「なんだこいつだらけじゃないか。銀板の２３２０か……いるんだよな、ちょっと強くなったからって調子乗って魔界に飛び込む奴」

優希の練度がまた上がっていた。おそらくカルメンの時のように恩恵者を倒しても練度は上がるようだ。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。彼は救援を要請している。おそらくお仲間もまだ助かっているんでしょう。どうしますか主？」

皮る大剣持ちの男に、冷靜な弓兵の男。おそらく白髪の青年が雇い主、つまり商人なんだろう。

白髪の青年は、優希を見るなり心配そうに表を曇らせて、

「助けるに決まってるでしょう。ガノンさんは彼を荷臺に。とりあえず手當してください。シレンさんは彼のお仲間を救出してください」

白髪の青年の指示で、大剣の男と、弓兵の男は「へいへい」「ラジャー」と返事を返して行する。

弓兵の男は魔境へと足を進めて、一瞬で魔境へとって行った。かなりの速さ。ちらっと見えたプレートは金に輝いていた。練度は五千から一萬。プレートは最初は銅、１０００を超えると銀、５０００を超えると金、一萬を超えると黒になる。

雇われている眷屬の二人は両方とも金プレート。かなりの練眷屬。

そして大剣の男は俺を擔ごうと近寄る。

その時――

〖予備報バックアップ〗――〖読込ロード〗――ッ！

「がごふっ！？」

大剣を背負った大柄の男、ガノンの視界は一瞬で変わった。だらけになり、九十度ほど曲がった右足を抑える年を見ていたはずの視界は、気付けば後ろで冷や汗を流しながら必死で優希を助けようと慌てふためく白髪の年を見ていた。

そして、何が起こったか理解出來ないまま、力が抜けていくに従って地面へと倒れこむ。

後ろの青年が出していた冷や汗の意味は理解不能のまま変化を遂げていた。

心配からくる汗から未知の恐怖からくる汗のへと。

それもそのはず、さっきまで確かに命があったはずのガノンは、今はピクリともかない。仰向けで倒れているのに、ガノンの頭は後頭部が上を向いている。首には螺旋狀の皺が出來ており、も変している。

それと同時に、さっきまで怯え、大怪我を折っていたはずの年は、今では何事も無かったかのように、ガノンのの上に座っている。歪な方向に曲がっていた足は今ではまっすぐに、足として機能していた。

「ふぅ～、油斷大敵。金プレートでもこんなもんか」

染めの年はそう呟いて、腰を抜かしている白髪の青年を睥睨した。

それに気付き、白髪の青年は後ろへと無意識に下がる。目の前の恐怖からしでも距離を取りたいのだ。弓兵シレンは魔境に潛ってしまっているため、ガノンが死んでも戻ってこない。

「な、なん……こんな……」

必死に絞り出した言葉はセリフとして意味を持たず、ただたんの発聲にしかなっていない。

怯えている、脳が現実の狀況を理解していない。蛇の前にいるカエル、獅子の前にいる兎のような畏怖の目。それがたまらなくて心地よい。

「あんた、雇う眷屬はしっかり選んだ方が良い。仮にもあんたの命を守る者として、いついかなる時でも警戒する心は持っていないとな」

優希の忠告は遅い。選んだ眷屬の一人は簡単に息のを止められ、一人は騙されて魔境へと潛り込む。

そして、指示した白髪の青年もまた甘い。いくら怪我をしているとはいえ相手は眷屬。多の警戒はするべきだ。その上、場所から考えて魔界から外まではかなり距離がある。片足が負傷しているならここまで來るまでかなり時間が掛かる。普通なら危険な狀況とされる仲間は見捨てた方が良い。死んでるか、運よく逃げ切ったかの二つだからだ。

「あんたはこの森の地図なんて知らないかもしれないけど、眷屬であるこいつらは知っとくべきだったな。ま、多分こんな低レベルの魔境にったのは何年も前だろうけど。いるんだよな、強くなると初心を忘れて驕る奴」

だとしても、優希の行はガノンに読み切ることは出來なかっただろう。それは優希も自信があった。

普通なら多の殺意があれば、いくら何でも気付く。そのあたりの覚も練度が上がれば勝手に研ぎ澄まされてくるからだ。

しかし、それが出來なかった。それほどまでに完璧な優希の演技。

「って言いたいけど、これが違うんだな」

優希が使ったのは〖思考命令マインドプログラム〗と〖行命令アクションプログラム〗。

〖行命令アクションプログラム〗はカルメンに使用した能力、一定の行に対して無意識に行できるように設定するもの。簡単に言えば、意図的に條件反、無條件反を作り出せる。そこから繰り出されるは脳への報伝達が省かれ、それがまた眷屬となればあり得ないほどの超反へと変わるのだ。

優希は目前の敵が油斷した瞬間、一撃で仕留めるようプログラムしておいたのだ。

そして、〖思考命令マインドプログラム〗は簡単に言えば洗脳、さすがの優希も〖行命令アクションプログラム〗を使っているとは言え、それを使用していると知っていれば多の殺意は殘る。

しかし、自ら〖思考命令マインドプログラム〗で、自分は魔界には行って右足をへし折られ、必死に助けを呼ぶ駆け出し眷屬になるよう洗脳したのだ。もちろん、効果時間は目前の恩恵者を殺した時にとけるよう設定して。

そして、優希の足が治ったのは〖予備報バックアップ〗からの報を引き出して現実に反映させた。弾丸鼠ガンガル―の時に無意識に使ったのと同じ。予め無傷の時の報を保存し、怪我をしてから、再び保存した報を自分のに上書きする。

「ま、説明した所で意味ないんだけど。どうせあんたこれから死ぬし。それより早くしないと魔境に潛った奴も戻ってくるしな」

立ち上がって近寄る優希。

これから起こることを想像した白髪の青年は呼吸が荒く、今にも勝手に倒れそうだ。

そして回顧する。なぜこんなことになっているのか、どこがダメだったか原因を探すように。

白髪の青年――ジークは、帝都から東に存在する『アルカナの町』出の年だ。

家族は母親と妹の三人家族。『アルカナの町』は帝國でも下位を爭うほどの地方。魔道など見たことも無いような未発展の町。そんな町で育った彼が初めて町の外に出たのは十一歳の頃、帝都から南東に位置する水の都アクアリウムに行った時だ。

その時のジークがけた衝撃は今でも忘れられない。

全てにおいてまるで別世界のようにじられた。數多くある魔石や輝石。魔道など、未知のものが當たり前のように存在している。

今思えばこれが彼の夢の始まりだった。いつか高価な魔道を『アルカナの町』のような地方にも広められるように、魔道を扱う商人になると。

必死で勉強し、八大都市で取得できる分証、商人資格を取得し、夢の一歩を踏み出したのは十五歳の時。

――そして四年。今では『アルカナの町』にとって自慢の商人になったジーク。

だが、その人生も無駄になるのだろうか。たった一回、悪意無き純粋な善意が原因で。