「トシキさん、連れてきましたけど……」

敏樹の前に現れたロロアは、例の犬耳のを抱えていた。

のほうは目覚めており、手足はだらんとたらしているが幹には力がるようで、怯えるようにロロアへとを預け、敏樹に不安げな視線を向けている。

あのあと軽く話し合いを終えた敏樹は、グロウに頼んでロロアへ使いをよこし、犬耳のを連れてきてもらったのだった。

「ありがとう。こっちへ」

これまでに集落の住人は２０名以上が連れ去られており、集落には空き家狀態のテントがいくつかあった。

そのうちのひとつを使わせてもらうようグロウに許可を取り、【浄化】という生活魔で綺麗にしたあと、マットレスを準備していた。

「ここに寢かせてもらえるかな」

「はい」

ロロアは犬耳のを慎重に橫たえる。

「あぅっ……」

「あっ……ごめんなさい」

マットレスにを乗せた瞬間、犬耳のの顔が苦痛に歪む。

ロロアは咄嗟に謝ったが、のほうは気にするなとでも言ったような表で首を橫に振った。

「しかしひどいな。なんでこの娘だけ……」

「……他の人たちから聞いたんですが」

この、とにかく気が強く、最後まで反抗的な態度を崩さなかったらしい。

最初のは泣いて謝って許しを請うていたようだが、それが無駄と悟ってからはひたすら反抗を続けたようだ。

あまりにも抵抗が激しかったため、手足の指を折られ、腱を切られてきを封じられたが、それでも抵抗を止めず、とある山賊の一部・・を咬みちぎったことで歯を抜かれ、舌の一部を切り取られたのだとか。

それだけ酷い目に遭っておきながら、彼の目からはまだが消えていなかった。

とても強いなのだろう。

それでも安全な場所に出て張り詰めていた張が解けたのか、敏樹が軽く肩に手を置いただけでビクンとを震わせ、ロロアから聞いたような気の強さはなりを潛めて、ただただ怯えた視線を敏樹に向けるのだった。

「んん……むぅ……うぅ……」

「大丈夫、酷いことはしないから怖がらないで」

犬耳のは敏樹から逃れようとを仰け反らせ、目に涙をためて小刻みに首を橫に振った。

敏樹は肩に手を置いたままタブレットＰＣを取り出し、思念で『パーティ編』メニューを開いてフレームに彼を収めた。

《シーラ　をパーティに加えますか？》と表示されたため、迷わず《はい》をタップする。

「シーラっていうんだな」

「っ！？」

突然名前を呼ばれたことにシーラは驚き、そして表が怯えから警戒に変わる。

そのせいかシーラの目にし力が戻ったのをじた敏樹は、これ以上なだめるのをやめて本題にることにした。

「さて、シーラがこの先どういう人生を歩むにせよ、はしっかりと治しておかないとな」

その言葉に、シーラの目が大きく見開かれた。

「俺なら君のを元に戻せる」

「あ……あ……」

シーラの目がさらに大きく開かれ、口を見られたくないと思ってかずっと閉ざされた口がぽかんと開かれた。

敏樹の背後では驚きのあまりロロアが息をのむ音が聞こえた。

魔が発達したこの世界では、病気や怪我の治療を行なうもかなり発達していた。

原理は魔と同じものではあるが、治療や回復に関わるものは特別に回復と呼ばれ、魔とは異なるものとして人々に認識されている。

その管理元である組織も異なり、魔の管理は魔師ギルドが、回復の管理は治療士ギルドが行なっているのだが、ここでの詳細説明は省略させていただく。

大抵の怪我や病気は回復で治せるが、欠損の再生だけは不可能…………ということになっている。

しかし実際のところ治療士ギルドのごく一部の者のみが欠損再生も可能な回復の存在を知っている。

ただし、あまりに高度な式のため習得できる者がほとんどおらず、それは回復というよりも奇跡と呼ぶにふさわしいものであった。

その奇跡の技を、敏樹はポイントを消費して〈全魔〉というスキルにチェックをれることで習得していたのだった。

「ただし、これだけボロボロになったを戻す以上、それ相応の傷みや苦しみがある」

欠損、あるいは損傷部位の再生を行なうということは、死滅した、あるいは機能が停止した細胞や神経を作り替える必要がある。

その工程で相當な痛みに耐えなくてはならないということを、敏樹は『報閲覧』で確認していた。

指の一本を再生するだけでも、常人なら正気を失うほどの痛みを伴うらしいが、そのあたりも自分ならフォローできるという確信が、敏樹にはあった。

「もしかすると死んだほうがマシってくらい、つらいかもしれないけど――」

そこまで言ったところでシーラはを起こし、敏樹にを預けてきた。

敏樹を見る目には力が戻り、口は固く結ばれている。

「よし、じゃあ始めるか」

敏樹は唯一『聖級』と呼ばれる最高ランクの回復【癒しの】を発した。

「くっ……」

めまいを覚え意識が遠のきそうになるのを必死でこらえながら、敏樹はをかけつづけた。

高度な回復だけあって、消費魔力量も尋常ではないが、そのための魔力はさきほどグロウの家に集まっていた住人から譲りけていた。

さすが人だけあって魔力の回復が早いのか、前回かなりの魔力を融通してもらってそれほど経っていないにもかかわらず、今回も相當な量の魔力をもらえた。

集落とは関係のない人間のに使うという事を説明したが、彼らは快く力を貸してくれたのだった。

「あぁ……う……ぐぐぅ…………ぎゃあああああああああああっ！！

最初は淡いに包まれ穏やかな表を浮かべていたシーラだったが、やがて苦悶に歪み始め、そして絶をあげた。

こうなることは事前に予想がついていたので、テントに対して〈音遮斷〉の効果を付與しており、彼の悲鳴はこのテントにのみ響くのだった。

敏樹はその苦痛をしでも和らげるべく、タブレットＰＣを使って〈苦痛耐〉と〈神耐〉のスキルレベルを上げていった。

このために、先ほど彼をパーティに加えたのである。

もともと長い監生活のせいかそれらのスキルを習得していたシーラは、悲しいかなその監生活のおかげでかなり多くのポイントを所有していた。

各スキルもパーティに加えた時點ですでにレベルアップ可能な狀態だったので、【癒やしの】発前にまずスキルレベルをアップさせていたのだが、発から數十秒でさらにレベルアップが可能な狀態になった。

その後も適宜レベルアップを行なっていった結果、〈苦痛耐〉はレベル９に、〈神耐〉はレベル８まで上がった。

そのおかげか、シーラはうめき聲を上げる程度で、最初のように絶することはなくなった。

「もうしか……」

敏樹が【癒やしの】を使っておよそ２時間が経過している。

「んぁっ……ふぐぅ…………」

回復が順調に終わりかけているのか、あるいは耐スキルが上手く作用しているのか、シーラはときおりくぐもったうめきを上げてわずかにじろぎする程度にまで落ち著いた。

「んぅ……すぅ……すぅ……」

さらに１時間が経過し、ときおり短くうめくものの、シーラは寢息のような等間隔で穏やかな呼吸を始めた。

シーラのローブやマットレスがぐっしょりと汗に濡れているのを見て取った敏樹は、彼を抱え上げると、汗まみれのマットレスに足でれて〈格納庫〉にいれ、その機能をつかって綺麗にした。

さらに、抱え上げたシーラに【浄化】をかけてやると、汗まみれだったとローブが綺麗になった。

そのおかげか表もし穏やかになり、半開きになっている口からは、綺麗に生えそろった歯が見えていた。

マットレスを置き直した敏樹は、その上にシーラを橫たえ、タオルケットを掛けてやった。

「ロロア、〈格納庫〉の中のを使っていいから、あとは任せてもいいかな？」

「はい」

ロロアに開放している〈格納庫〉の共有スペースには、日本で購した日用品や類が収納されているので、それを使えばある程度の看護は可能であろう。

隨分苦しそうな狀態だったが、ようやく穏やかな寢顔を見せるようになったシーラを見て、ロロアは安堵したように息を吐いた。

ロロアはシーラの傍らにしゃがみ込むと、〈格納庫〉からタオルと水のタンクを取り出す。そしてタンクの水でタオルを濡らし、シーラの額に置いた。

「じゃあ、あと頼むな」

「はい。お疲れさまでした」

テントを出た敏樹はしフラフラとした足取りでグロウの家に行き、部屋の一角を借りて眠りについた。