《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第9話『おっさん、謝される』
翌日、朝早くに目を覚ました敏樹は、グロウの家でタブレットPCをずっと眺めていた。
『報閲覧』を使って山賊の様子を観察しているのである。
「トシキよ、かなり疲れているように見えるが大丈夫か?」
「あー、はい……」
力の無い返事をした敏樹は、顔は青く目は充し、いささか頬がこけているように見えた。
敏樹がタブレットPCを見始めてかなりの時間が経っていたが、その間敏樹は一度も休んでいない。
このタブレットPCは起しているだけで1分に1パーセントのMPを消費し、『報閲覧』立ち上げると同じペースでHPをも消費するようになる。
そして殘りHPが30パーセントを切ると『報閲覧』を起できなくなり、MPが30パーセントを切った時點でタブレットPCは強制終了される。
本來ならば萬全の狀態であっても70分以上の連続使用はできないのだが、敏樹は〈魔力吸収〉で魔石を吸収しながらMPを増やし、さらに回復で無理やりHPを回復させながら、何時間ものあいだ山賊の様子を観察し続けていたのである。
いくら〈無病息災〉という高能なスキルを持っていようと、このようなことを長時間続けていれば調を崩してもおかしくない。
実際敏樹の頭は朦朧としており、そろそろまともな思考もできなくなりつつあった。
「……當分は大丈夫か」
しかしその甲斐あってか、山賊たちのきをある程度予想できるだけの報を得ることができた。
山賊たちたちがいなくなったことにひどく驚き、そして怒っているようだった。
同室のゲレウたちはもちろん尋問されたが「朝起きたらいなかった。夜は眠っていたのでわからない」と答えており、実際に見張りの男や魔力知を含めて誰も何も気付いていないことから、その答えを疑う余地はないと判斷したようである。
ただ、部屋の前で深々と眠りに落ちていた見張りの男はこっぴどく処罰されたようだが。
ロロアを連れ去っていったふたりの男に関しては「そろそろ戻ってくるかな」ぐらいの様子で待っているようだった。
水人でもいいのでせめてひとりでもを連れて帰ってくれれば……と淡い期待を抱いている者もいるようだが、殘念ながら彼らが戻ってくることはない。
仮にあのふたりが帰ってこなかったところで、今回の救出――山賊連中にしてみれば集団失蹤――の件と例のふたりが帰ってこないことを結びつけることは困難であり、山賊たちはしばらくのあいだ集団失蹤の調査にかかりきりになると予想された。
「くぁ……」
グロウの家を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
長の家の前はかなり広い集會場のようなスペースがあるのだが、いまは誰もいなかった。
何も無いだだっ広いだけの広場の中央までフラフラと歩いた敏樹は、どっかりと腰を下ろした。
「はああぁぁ……」
「そんな深いため息ついてちゃ、一生分の幸せが逃げるぞ、おっさん」
「ん?」
突然の聲に振り返ると、そこには犬耳の、シーラが立っていた。
「えっと、シーラさんだっけ?」
「シーラでいいよ」
「あー、うん。えっと、もういて大丈夫?」
「ああ、おかげさまでね」
「ってか、その格好……」
救出した達は、いまだにローブを著ている者が多い。
おそらくをさらすのが嫌なのだろう。
しかし目の前のシーラは、タンクトップにハーフパンツという格好で、ほどよく日に焼けたような合いの健康的な腕や腳を惜しげもなくさらしていた。
「ああ、これ。ロロアに借りたの」
よく見ればそれは敏樹がロロアへの土産として買ってやったものだった。
「……上になんか羽織ったら?」
「はは……。悪いけど、あんまりを覆われるのは好きじゃないんだ。これだって本當はもっと短い方がありがたいんだけどね」
シーラは膝上當たりに広がっているハーフパンツの裾をつまんでひらひらさせながら、敏樹の近くに歩み寄り、彼の隣に座った。
「ありがとう。あんたのおかげであたしは生き返ることができた」
座るなりシーラが敏樹に告げる。
「生き返るって……」
「あそこでのあたしは死んでたようなもんさ。あのまま山賊どものおもちゃにされてただ死を待つだけの人生なんてね」
「……ごめん。男の俺にはよくわからん」
「別にあんたがどう思おうが関係ないよ。あたしが勝手に恩をじてるだけだから」
そう言ってシーラは敏樹にごと向き直った。
「だから、ちゃんと言わせてほしい」
そしてシーラは地面に手を著き、頭を下げた。
「助けて出してくれてありがとう。を治してくれてありがとう」
「……よしてくれよ。せっかく助けた人がそのあと不幸になりました、じゃ後味悪いってだけで、善意とかそういうのがあるわけじゃないんだから」
シーラが頭を上げ、そしてにっこりと笑う。
「さっきも言ったろ。あんたがどう思おうと関係ないって」
「む……。でも、つらかっただろ?」
敏樹は〈癒やしの〉をけて、苦痛にのたうち回るシーラの姿を思い出した。
「はは、このまま死ぬんじゃないかってぐらい痛かったね」
「……ごめんな」
「なんで謝るのさ。おかげでほら、こうやって自分の足で立って歩ける」
シーラはさっと立ち上がり、軽快に歩いて敏樹の背後に回った。
そしてそのままあぐらをかく敏樹の後ろに膝を著き、彼のに腕を回した。
「……こうやって恩人に抱きつくことができる」
「ちょ……、おい……?」
突然後ろから抱きつかれた敏樹は狼狽した。
背中に當たるは、ロロアのそれには遠くおよばないものの、それでも特有のらかさがあった。
後ろから抱きついたシーラだったが、彼は數秒で離れ、敏樹の肩をポンとたたいた。
「なーに興してんだよ、このエロおやじ」
「う、うるさい」
再び立ち上がったシーラは、軽く膝を手で払った。
「ほんと、すっごく痛かったけどさ。それでもおっさんがいてくれたから耐えることができたと思うよ」
「……あれは、シーラが頑張ったから」
「でも、途中何度かくじけそうになったんだよ? そのたびに、あんたが力をくれたような気がするのさ」
タブレットPCで〈痛覚耐〉や〈神耐〉のレベルを上げていたことを敏樹は思い出したが、それについては何も言わないことにした。
「だからさ……。ほかの娘たちも救ってやってくれないかな?」
振り向くと、シーラがすがるような目を敏樹に向けていた。
「あたしを救ってくれたみたいにさ……」
犬耳をペタンと寢かせ、まさに子犬のような目を向けてくるシーラの姿に、敏樹はしを締めつけられるのをじた。
「ふぅ……。よっこらせっと」
立ち上がった敏樹はシーラの元に歩み寄り、ポンと頭に手を置いた。
寢ていた犬耳がぴょこんと起き上がる。
そうやってシーラの頭に手を置いたまま、敏樹はたちを救出した直後のことを思い出していた。
集落に著いた直後は皆一様に驚きつつも嬉しそうにしていたが、し落ち著いたところで敏樹から距離を置き始めた。
そして恐怖と嫌悪に満ちた視線を向けられた敏樹は、しばかり居心地の悪い思いをしたものだが、だからといって彼たちを責めるつもりはない。
彼たちがどんな目に遭ったかを考えれば、それは仕方が無いことだからだ。
ただ、この先彼たちがああやって男に怯え続けなければならないのかと思うと、どうにもやるせなくなってくるのだった。
「なぁ……、いつまで頭、ってんの……よぅ……」
シーラがし不機嫌そうに、しかしどこか困したような視線を上目遣いに向けてきた。
「あ、ごめん。考え事してた」
敏樹が慌てて手をどけると、シーラは視線を逸らして口を尖らせた。
「べ、べつに……、嫌とは、いってない、けど……」
どこか名殘惜しげな表のなかれたそのつぶやきは、あまりに小さすぎで敏樹の耳には屆かなかった。
「……ま、このままだと後味は悪いよな」
獨り言なのかシーラに語りかけたのか、そんな言葉を殘して敏樹はグロウの家のほうに去って行った。
その場に殘されたシーラは敏樹にられたあたりを手で押さえ、長いに包まれた尾をパタパタと振るのだった。
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