「しゅ、襲撃です！！」

頭目の部屋に伝令が駆け込んできた。部屋では幹部十數名が集まり、先日の集団失蹤のことや、今後の対策について答えのない議論が繰り返されていた。

「襲撃だとぉ？　馬鹿な！」

「まさか、アジトの場所が軍に？」

「いや、やはりこの間のあれは侵者がいたのだ」

幹部たちがどよめき、口々に推論を述べ始める。

「靜まれぃ！！」

それを一喝するように、野太い聲が室に響いた。それは部屋の奧に鎮座する頭目の傍らに立つ、大男が発したものだった。

「で、襲撃ってのはなんだ。どこの命知らずがここにきたってんだ？」

一同が靜まりかえったところで頭目が口を開いた。

大きな口に鋭い犬歯、切れ長の目、茶がかったグレーの髪の間から、獣の耳が見え隠れしている。

「そ、それが、どうやら數十名の水人のようでして……」

頭目の眼に怯えながら伝令の男が答える。

「なんだと……？　連中正気か？」

頭目は眉をひそめた。

そしてそこにもわずかな怯えが見え隠れする。

「あと、水人に混じってひとりの犬獣人がいるとかなんとか」

「犬獣人？」

「は、はい。なんでも、シーラに似てるとか似てないとか……」

「ばかなっ！！　あのメス犬は手足を砕いてけなくしたはずだぞ」

幹部のひとりがぶ。

「ふん、それが何者かはしらんが、メス犬風が粋がってオレ様に楯突いたことは後悔させてやらんとなぁ」

頭目はわざとらしい笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。

「魔師を迎撃に出せ。水人は殺してもかまわん。ただし、ひとり混じっているメス犬は生かしたまま連れてこい。全部終わってからじっくり可がってやる」

嗜的な笑みを浮かべる頭目の姿に、幹部たちはようやく落ち著きを取り戻したようだった。

部下を率いるためか、部屋にいた者の半數が駆け出していった。

「しかし斥候はどうした？　なぜあれに気付かれずここまでこれた？」

頭目の疑問に殘った幹部たちが首をかしげる。

そんな中、部屋に殘っていた幹部のひとりが驚いたように立ち上がった。

「どうした？」

「……斥候から通知が」

「なんだと？　あの役立たずめ！　いまどこにいる！？」

「そ、それが……」

その幹部は青ざめた顔を頭目に向けた。

「城の牢にいるようで」

「はぁっ！？　アホ抜かせぇっ」

「し、しかし、発信元は確かにそこになってるんです！」

「くそっ！！　どもの失蹤といい今回の襲撃といい、わけがわからんぞ」

頭目が吐き捨てながら機をたたくと、傍らの大男以外、その場にいた者たちがビクッと震えた。

「とにかく牢に人をやれ。あと城門を閉じて城の警戒レベルを最大級に引き上げだ。外かられるな、中から出すな。いいな？　わかったら、全員さっと持ち場に著きやがれっ！！」

殘った幹部たちや伝令が、慌てて部屋を出る。

そうして殘ったのは頭目と大男だけ。

頭目は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、どっかりと椅子に座り直した。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「お、きたきた。みなさん、俺から離れないでくださいね」

敏樹はタブレットＰＣを片手に、牢のある部屋で待機していた。

ゲレウたちは手をばして敏樹にれており、〈影の王〉を使って全員に隠効果を付與している。

敏樹は斥候の男から奪った通知の魔道を持っていた。

あれが男の死とともに作するのはもちろん知っていたが、男が生きている間に〈格納庫〉にれておけば、庫時が止まっているので魔道が作することはない。

そして〈格納庫〉から取り出されて時がき始めた魔道は、所有者の魔力を知できずに作したというわけである。

そしてその通知に釣られて、３名の山賊が様子見に派遣され、いままさにその連中がこちらに向かってきているのを、敏樹はタブレットＰＣの『報閲覧』機能を使ってリアルタイムに監視しているのだった。

「おい、どうした？　なんか城がやたら騒がしいみたいだが」

様子見の男たちが到著したようで、見張りの男が彼らに話しかけたようだった。

敏樹はこの男の言葉に、思わず吹き出しそうになる。

「ゲレウさん聞きました？　城ですってよ」

「それが？」

「いやだって、こんなちょっと改裝しただけのちんけな窟を“城”呼ばわりですよ？」

「ふふ、そう言われれば確かに稽ではあるな」

「稽どころか可哀想になってきますよねぇ」

付與された〈音遮斷〉の効果により、多の會話は周りに聞こえないのである。

「どうやら襲撃があったらしい」

「襲撃！？　じゃあ俺も出撃か？」

「いや、牢の様子を見るように言われたんだが……、何か異常はないか？」

「異常と言われてもとくに…………あっ！」

見張りの男が扉の格子から室を覗き、大聲を上げる。

「どうした？」

「わからん。ただ、水人どもの姿が見えん！」

見張りの男は慌てて閂を外し、扉を開けた。

「ばかなっ！！」

鉄格子が無殘にゆがめられた、誰もいない牢の姿が、部屋に踏み込んだ男の目に飛び込んできた。

「いつの間に？」

唖然とする見張りの男に続いて、様子見の男たちも部屋にってくる。

「お、おい、もぬけの殻じゃないか……」

「気付かなかったのか？」

「いや、気付くも何も、なんの音もしなかったんだよ！　それに、扉が開いた様子もなかったし」

「と、とにかく俺はお頭に報告を――ぎゃっ！！

ひとり部屋を出てかけだした男が悲鳴を上げて倒れた。頭が陥沒し、そこからじわりとがしみ出してく。

「おい、どうし――たっ？」

見張りの男が振り返ると、見慣れぬ男――すなわち敏樹がいた。

「よう」

敏樹は短く聲をかけると、逆手に持ったサバイバルナイフを見張りの男の首に突き立てた。

「あ……が……」

「山賊になったことを地獄で悔やめよ？」

いまだ事態を飲み込めず驚きのあまり目を見開き、短くうめく男の首から敏樹がナイフを引き抜くと、勢いよくが吹き出した。

そして見張りの男はそのまま白目をむいて仰向けに倒れた。

それとほぼ同時に、殘りのふたりもドサリと倒れる。

ひとりはゲレウのマチェットで首を斷ち切られ、ひとりは斧で頭をかち割られていた。

最初に部屋を出ようとした男は、砕石用のハンマーで頭を毆られており、４人とも即死だった。

敏樹のにモヤモヤとしたものが渦巻き始めた。

しかし、この連中がシーラたちをあのような狀態に追い込んだのだと、そして一歩間違えればロロアも酷い目に遭っていたかも知れないと考えたとき、に渦巻く不快は、すぐに怒りへと塗り替えられるのだった。

「ではみなさん、せいぜい派手に暴れてください」

「おう、ではまた後で」

牢を出るときに再び〈影の王〉を使って６人で移し、城（笑）の中心部辺りでスキルを解除した。

「うわあぁっ！！」

「なんだ？　急に現れたぞ！」

「す、水人！？」

「なにをしているっ、水人は殺せぇ！！」

城を警戒していた山賊たちが、突然現われたゲレウたちに混する。

「おおおおっ！！」

「いままでの屈辱、晴らさせてもらうぞぉっ！！」

ゲレウたち５人の水人は、雄びをあげながら分かれて突進していった。

さすが獣人を上回る膂力の持ち主である。

彼らが武を一振りするたびに、山賊の死が積まれていった。

「ひいいぃぃっ！！」

「ば、ばけもんだぁっ！」

「助けっ……ごはぁっ！！」

最初は抵抗しようとした山賊たちだったが、圧倒的な能力差を前に逃げうしかなくなっていた。

人ので人に対抗したければそれなりの魔師が必要だが、城にいた魔師は、迎撃のため出払っている。

そのことを知っていたからこそ、敏樹はゲレウたちに暴れてもらったのだった。

「さーて、俺は俺の仕事をやりますか」

ゲレウたちが派手に暴れ回っている隙に、敏樹は〈影の王〉でを潛めつつ城門（笑）を目指した。

城の地図は頭にたたき込んでいるので、すぐに到著できた。

「ぎゃっ」「ぐえっ」

門の側を警戒していたふたりの山賊が突然倒れた。

「お、おいどうした？」

突然聞こえた悲鳴に、門の外側に立っていた山賊が慌てて振り返ると、門の格子越しに倒れた仲間の姿が見えた。

１人は頭を割られてを流し、もう１人は首を後ろ側から半ばまで斷ち切られ、どちらも息絶えているのは明らかだった。

「なんだってんだ？」

閉じられた門のすぐ外には３名の山賊が配置されていた。そのうちのひとりが、倒れた仲間の様子を見るべく門に近づいていく。

「まて、不用意に近づくなっ」

「がはっ」

別の山賊が注意を促したが時既に遅く、門に近づいた男はからを流して倒れた。

「くそっ、なにかいる……のか……？」

何かがいると思って倒れた仲間のほうを凝視すると、そこに丸い兜をかぶった男が立っているのが見えた。

両手には変わったかたちの手斧が持たれ、その先端からがしたたり落ちていた。

「なんだお前っ、いつからっ！？」

「え？　どこ――うわぁっ、いつの間に？」

「おおっと、見つかったか」

〈影の王〉を使っていても、その存在を疑われ、注意深く観察されれば見つかってしまう場合があり、一度認識されてしまえばその効果は激減してしまう。

そもそもゲレウと分かれてからは力と魔力溫存のため効果をし下げていたのだ。

「しっかし門の警備にたったの５人とは……ねっ！！　っとぉ」

「ごふっ……！」

片手斧槍の間合いを警戒した二人の山賊だったが、ひとりは敏樹が持ち替えたトンガ戟の穂先でを貫かれて絶命した。

「うわああ！！　何で？　いつのまに武を持ち替――ごっ……！！」

仲間が長柄の武に突かれ、わけも分からぬ様子で怯えながら後ずさった最後の一人は、後頭部を矢に貫かれて死亡した。

「そっち側は戦場なんだから、油斷しちゃだめだわな」

矢の飛んできたほうを見ると２００メートルほど先にロロアの姿が見えた。

「さて、じゃあ門を開けますか」

側から閂を外した敏樹は、そのままぐぐっと門を押しあけた。

城門などと大層な呼び方をされているくせに、車による開閉裝置もなく、敏樹は普通に門を開けることができた。

「おーい！　門が開いたぞー！！」

敏樹が知らせるまでもなく何名かはこちらに向かっていた。

「いえーい、いっちばーん！　よ、おっさん」

そして最初に駆け込んできたのはシーラだった。

彼の手にしたミリタリーマチェットには大量のが付著し、刃こぼれやゆがみが生じていた。

彼自も全に返りを浴びている。

「おう、元気そうで。とりあえずこれ」

敏樹は予備のミリタリーマチェットを〈格納庫〉から取り出し、代わりにシーラの持っていたものをけ取った。

「お、ありがとね」

「おう。ついでに、ほいっと」

続けて敏樹はシーラに【浄化】をかけてやる。

まみれだった髪のや裝備、わになっていたから、糊が洗い流された。

「おー、おっさんありがとー！　ベッタベタでちょっと気持ち悪かったんだよねぇ」

そうこうしているうちに、數名の水人が門にたどり著いた。先頭に立っていたのはゴラウである。

「おお、トシキさん！　うまくいったのですね？」

「ええ。いまはゲレウさんたちが中で大暴れ中ですよ」

「そうか、ゲレウ……。この門は僕たちが死守しますので、おふたりは中へ」

「あいよー。じゃあ行こうかおっさん」

「おう。じゃ、ゴラウさん、あとはよろしく。って、待てよシーラぁ！　道知らんだろうがぁ！！」

シーラが駆けだしたので、敏樹もそれについて走り出した。