《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第2話『おっさん、脅威と対峙する』

「ブフォッ!?」

敏樹は腹に一撃を食らいながらも、振り上げた片手斧槍ハンドハルバードを一気に振り下ろした。

黒いオークは驚いたような聲を上げながら素早く後ろに跳んでをかわす。

「ぎゃあっ!!」

槍を構えたままの黒いオークが後ろに跳んだため、當然槍が引き抜かれるかたちとなり、敏樹は激痛にいだ。

対する黒いオークも隨分と戸っているようだった。

どうやら敏樹の存在をはっきりと認識していたわけではなく、背後になにやら違和を覚えたのでとりあえず振り返って槍を突き出してみた、というところか。

しかしその牽制にもならないような無造作な突きは、いともたやすく革の甲を貫き、敏樹の腹に深々と刺さったのだ。

「ごほっ……。ごぉえぇっ!!」

敏樹は盛大に吐しつつ、油斷なく黒いオークを見ていた。

即死でない以上、時間が経てば助かるはずだが、その時間をこのオークがくれるとは思えない。

ならば回復でなんとかすべきだが、落ち著きを取り戻し、しっかりと槍を構えたこの黒いオークはそれすらも許してくれないだろう。

(一手……、それが限界か)

黒いオークとの距離は2メートルほど。

一瞬で詰められる距離である。

敏樹が何かアクションを起こせば敵は一気に踏み込んでくるはずだ。

そうなったとき、おそらく敏樹はその一撃をかわせない。

運がよくて致命傷、順當に行けば即死だろう。

(転移で逃げるか? でも……)

転移を使えば逃げることはできるだろう。

しかし敏樹がいなくなったあと、この黒いオークはおとなしくしているだろうか?

もし怒り狂って敏樹を探し、その痕跡をたどるとしたら、真っ先にヘイダの町が狙われる可能は高い。

なので、いま〈拠點転移〉を使うのは好ましくない。

しかし妙手が打てそうにない場合は一度ヘイダの町に転移し、ギルドに駆け込むしかあるまい。

(スキルは……、んー、わからんっ!!)

この場を切り抜けるのに必要なスキルが思い浮かばない。

新たに覚えるにしても、今の狀況でタブレットPCを作するなど不可能であろう。

(魔……)

とはそもそも脆弱な人が魔に対抗するために開発された、英知の結晶である。

この場を切り抜ける方法があるとすれば、魔以外にあるまい。

〈全魔〉スキルによって覚えた膨大な數の魔から、現狀を打破し得るものを探す。

しかし敵はいつまでも待ってくれるわけではない。

黒いオークの重心がしだけ後ろにかかる。

トンガ戟を使いこなすために覚えた〈槍〉スキルのおかげか、それが攻撃の予備作であることがわかった。

構えた槍の角度から次の瞬間には心臓をひと突きされているだろう。

おそらく〈無病息災〉をもってしても逃れることのできない死が訪れる。

こんなことをのんきに考える暇があればさっさとよければいいものを、と思われるかも知れないがそうもいかない。

敏樹はいま〈思考加速〉の効果によって考えあぐねるのに必要な時間を引き延ばしているに過ぎないのだ。

そして引き延ばされた時間の中で加速されるのは思考のみであり、は自由にかせない。

別段きに制限がかかっているのではなく、いつもと同じ時間の流れにを置いているというだけの話である。

1秒を100秒とじられたとしても、1秒の間にできる以上の行は起こせない。

〈魔詠唱破棄〉を習得している敏樹は、その気になれば即座に魔を発できる。

しかし今の狀況では1度の魔で何らかの果を得られなければ、間違いなく死ぬ。

(そのために必要な魔はなんだ……?)

攻撃魔なら當たれば多の足止めは出來るだろうが、効果範囲が狹すぎで軽くかわされる可能がある。

範囲攻撃魔ならかわし切れまいが、面積當たりの攻撃力が小さすぎて足止めにならない可能がある。

相手のきを阻害する魔は?

……抵抗レジストされる未來しか見えない。

黒いオークが踏み込んでくる。

さらに思考が加速される。

それは〈思考加速〉本來の効果を大きく上回るものであった。

(走馬燈……)

人は死に瀕したとき、走馬燈のように記憶が浮かび上がってくると言われており、それは死を逃れようとする人の本能がそうさせるのだという説がある。

目の前に訪れようとしている死から逃れるため、過去に得た知識や経験から現狀を打破するための何かを探すため、脳が猛スピードで記憶を検索するのだと。

「【神聖不可侵】!」

〈思考加速〉によって引き延ばされ、生存本能によってさらに加速された思考時間のなか、記憶の海から引き上げた敏樹の答えがそれだった。

**********

その黒いオークは自分が何者であるかを知らない。

いつからここにいるのかも知らない。

気がつけば森の中で槍を手に立っていた。

どういう経緯でここに來たのか、そもそもいま生まれたばかりなのか、それすらもわからず、ただ立ち盡くしていた。

どれくらいのあいだ佇んでいたのかもわからない。

ほんの數分なのか、數時間なのか、數日なのか、數年なのか……。

自分が何者であるかはわからないが、自分が強いと言うことはわかっていた。

そして戦いを好む存在であることも自覚していた。

そろそろこうかと思ったとき、ふと背後に何かをじた。

気のせいかも知れないので、おもむろに振り返り、なんとなく手にした槍を突き出した。

――手応えがあった。

驚いた黒いオークは敵意をじ、慌てて後ろに跳んだ。

そして注意深く目をこらすと、そこには人間がいた。

そう、目の前にいるこれが人間であると言うことは、なぜか理解できた。

そして人間となら戦えることも。

――まず手始めにコイツと戦おう。

黒いオークは槍を構え、間髪れずに踏み込んだ。

敵の心臓を貫く必殺の一撃。

しかし手応えはなく、人間の姿は消えていた。あたりを警戒しつつ、目をこらし、次に耳を澄ませる。

なにか小さな音が聞こえるような気がした。

しかし音のほうを確認する前に、鼻をスンとならした瞬間、強烈な悪臭による刺激を鼻腔にけた黒いオークは、鼻を押さえて悶絶するのだった。

**********

――まるで走馬燈のように記憶が浮かび上がる。

その日、敏樹はロロアのテントでプリントアウトした紙資料とにらめっこをしていた。

正確にいつ頃の事かは覚えていないが、まだ集落の世話になっているころであることに違いはない。

彼は自の所有するスキルを整理するため、異世界に持ち込んだノートPCにデータを打ち込み、実家に帰ったときにプリントアウトしていたのだった。

「あー、ダブレットとノーパソ同期できたらいいのに」

などと文句をたれながら、カタカタとキーボードを叩いたことを、さらに思い出す。

そうやってできあがった紙資料の中でも、〈全魔〉によって習得した魔の把握に相當手間取っていた。

その他のスキルはその効果を知ったうえで習得しているからいいのだが、〈全魔〉に関しては、いったいどんな魔があるのかという確認から始めなければならなかった。

「この【神聖不可侵】というのは? なんだかとても強力な防のような気がしますけど」

この日の議題は“もしものときにロロアを守れるスキルまたは魔”というもので、2部印刷した魔一覧のひとつをロロアに渡していた。

ということは、なくともロロアが日本語を覚えたあとの時期であるようだ。

「あー、それなぁ。正直使いにならんのと違うかなと思うんだよな」

「どういう効果なんです?」

「何者にもれられない狀態にすることで、効果が続く限り確実に対象を守るってやつなんだけど」

れられないということは、ものすごくい壁で囲ってしまうとかですか?」

「いや。えーと……」

敏樹は『報閲覧』を起し、さらに詳細な効果を確認する。

「対象の存在する次元をわずかにずらすことで干渉できなくする、か」

「……どういう意味です?」

「なんとなくわからんでもないが、説明できるほど理解は出來ないな。実際やってみるか」

なにやら大仰な効果の割には消費魔力のないその魔を、敏樹は中を飲み干したばかりのコーヒーカップにかけてみた。

「これでいいはず……おお!?」

【神聖不可侵】をけたコーヒーカップは、一見して存在が薄れたようにじられる。

うまく言えないが、どこかブレたようは狀態とでも言えばいいのだろうか。

そして敏樹がそのカップにれようとしたが、説明通りれることができなかった。

「わぁ、なんでしょうこれ?」

ロロアも面白がってろうとしたが、やはりれないようである。

それは“すり抜ける”とか“重なる”とかそういう狀態ではなく、ただ“れない”としか表現しようのない現象であった。

「問題は、自分にかけたらけない、ロロアにかけても運べないってところだなぁ」

「例えばこれをかけた狀態で相手を観察するというのはどうです? 考える時間だけは稼げそうなので、なにか名案が浮かぶまで考え続けるんです」

「あー、駄目だな。ずらされた先の次元は時間の流れが異なるとかなんとかで、【神聖不可侵】をかけられた者は、かけられて何日経ったとしても対象者にとって一瞬にも満たない覚になるんだと。それこそかけられたことにも気付かず効果が切れ、周りの時間だけが流れてる、みたいな?」

実際にこの魔が人に対して使用された例は、史上1件のみだった。

大昔、孤高の魔士がこの魔を完させたのだが、研究に人生を捧げた彼はその時點で余命幾ばくもない狀態だった。

そこで彼は自分に【神聖不可侵】をかけ、誰かがいつか気付いてくれるのを待った。

だにせず、れることのできない存在は、必ず大きな話題となり、人が集まるだろう。

効果が切れたとき、その場にいる人たちにこの魔を伝えることができればそれで本と、彼は殘りの全魔力を注ぎ込んで【神聖不可侵】を発した。

そして目覚めた彼は水の底にいた。

長いあいだ彼が次元の狹間にいるときに、地震や異常気象によって地形が変し、彼の住む町は湖の底に沈んでしまっていたのだ。

彼は目覚めた瞬間わけも分からず溺れ死に、【神聖不可侵】は誰にも伝わることなく失われるのだった。

「……使えませんね」

「だな」

死を目の前にして敏樹が選んだ【神聖不可侵】とは、そんな魔だった。

「効果は2日ぐらいか……」

槍を突き出したままピタリと止まった黒いオークを目の前にしながら、敏樹はつぶやいた。

彼は【神聖不可侵】を黒いオークにかけ、時間を稼ぐことにしたのだった。

「とりあえず日本で何か役に立ちそうなを探しつつ作戦を立て直そう」

敏樹はメモ帳とペンを取り出した。

――実家に帰らせていただきます

一言そう書いたメモ帳を、〈格納庫〉の共有スペースに収納する。

本當はもうし詳しい事を書いたほうがいいのだろうが、なにせいまは時間がない。

無駄にした數分が明暗を分けることもあるので、打開策が見つかるまでは可能な限り時間を有効に使うべきだろう。

そう考えた敏樹は回復を使って傷を塞ぎ、服を日本のと著替えてこちらの裝備は〈格納庫〉へ収めた。

「んぎぎ……いてぇ…………お、気付いてくれたな」

メモ帳がロロアによって取り出されたことを確認した敏樹は、微だにしない黒いオークのほうへと向き直り、軽く片手を上げた。

「じゃ、実家に帰らせていただきます」

そう宣言したあと、敏樹は〈拠點転移〉を発した。

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