《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第5話『おっさん、親になる』前編

「マッデェッ!!」

トンガ戟の刃が黒いオークの首の皮一枚切ったところで止まる。

「……今の、お前か?」

敏樹はし驚き、かつ不審な表を浮かべ、黒いオークを見た。

黒いオークは縋るような、それでいてどこか恨めしそうな視線を敏樹に向けていた。

「オデ、ジヌ、ナイ……」

「はぁ?」

「オデ、ジヌ、ナイ!!」

「……俺、死ぬ、無い……か? この期に及んで死ぬのが怖いと?」

黒いオークは敏樹の言葉を理解したのか、ほとんどかない首を必死で橫に振る。

「ダダガウ、アル、ジヌ、アル。ダダガウ、ナイ、ジヌ、ナイ!!」

「戦って死ぬならいいってこと?」

黒いオークは首を縦に振った。

「いや、戦って、俺が、勝ったの。結構頑張ったよ、俺。わかる?」

「ダダガウ、ナイ! オマエ、ズルイ!!」

「あぁ? もしかして、魔がずるいってこと?」

黒いオークは首を縦に振る。

「だったらお前のアレはどうよ。〈咆哮〉」

黒いオークは意味がわからないという視線を敏樹に向ける。

「お前、途中でんだよね?」

黒いオークは首を縦に振る。

「あれって、相手のきを止めるんだよね?」

黒いオークは首を縦に振る。

「俺の魔と、何が違うの?」

「ウ……」

手段は違えど相手のきを封じるという點では、共通している部分があることに、黒いオークは気付いたらしい。

「オマエ、ズルイ、ナイ……」

「お、わかってくれたか。じゃあ……どうすっかな……」

先程までは止めを刺すつもりだったが、こうやって言葉をわしてしまうとやりにくくなってしまうものである。

「お前って、人とか襲うのか?」

と訊いてみたところで、黒いオークは首をかしげるばかりである。

「んー會話がめんどくさいなぁ……。あ、そうだ!!」

敏樹はタブレットPCを〈格納庫ハンガー〉から取り出し、目の前の黒いオークをパーティーに加えた。

「おわっ、ポイントがすごく溜まってるじゃないか」

そう呟きながら、『スキル習得』にて〈言語理解〉から『大陸共通語』を習得させる。

「これでちっとはマシになるかな」

オークにも言語とまではいかずとも、喚き聲である程度の意思疎通が出來る文化があるのではないか、そして〈言語理解〉で全言語を習得した自分だからこそ、その意図を汲み取れているのではないか、と敏樹は考えた。

しかし、オークの言葉には語彙がなく、それで満足に意図を伝えることが出來ないのではないだろうか。

なら、大陸共通語を覚えさせれば、もうし會話がスムーズに運ぶ可能は高くなるのではないか。

あるいは今この黒いオークが発しているのは大陸共通語、ないしは人類圏の他の言語かもしれない。

その場合、オークの口の形のせいで発音が難しいという可能もある。

スキルで言語を覚えれば、敏樹が水人の言葉を流暢に話せたように、発音の方の問題はクリアできるはずである。

これまでオークの聲がすべて意味のない喚き聲に聞こえていたにもかかわらず、この黒いオークからは意味のある言葉が聞けるということは多不思議ではあるが、上位種であればある程度知も高く、意思の疎通ができるのかも知れない。

すべて敏樹の勝手な推測ではあるが。

「では改めて……。お前って、人とか襲うの?」

「ひと? ひと、なに?」

「俺みたいな格好の奴」

「わからない。おぼえてない」

どうやら発音の方は改善されたが、語彙や話法については如何ともしがたいようである。

それでも隨分とマシにはなったが。

「今まで俺みたいな格好のやつとは戦ってない?」

「たぶん、たたかう、ない」

覚えている限り、過去に人を襲ったことはないようである。

「お前、人とか襲いたいか?」

「???」

「んー、弱い人間を襲うか?」

「おれ、よわいやつ、きょうみ、ない」

そうはいっているが、果たして信じていいかどうか微妙なところではある。

「とりあえずさっきのは、俺の勝ちってことでいいな」

「うん。おれ、まけ」

黒いオークの目から殺気が消えたようにじられた。

自らの負けを認めた黒いオークは、これ以上何かを仕掛けてくることはなさそうである。

ひとまず敏樹は魔を解いてみることにした。

もしき出したとしても【神聖不可侵】で再びきを止めればいいし、今はかなり弱っているので、特に仕掛けなどを用意しなくとも次はすぐに【冷卻】をかけることができるだろう。

「おお、からだ、うごく」

くようになった黒いオークは、手を開いたり握ったりしながらきを確認したものの、再び襲ってくる様子はない。

そして、完全に凍っていた黒いオークのは、數秒で元通りになっていた。

念のため〈魔力吸収〉だけは続けているが、抵抗レジストする気がなくなったのか、吸収の勢いが格段に上がった。

それでも黒いオークの魔力が枯渇する様子がないのは、おそらく【冷卻】への抵抗レジストが不要になったぶん、魔力の消費量が減ったか回復量が増えたかしているのだろう。

なんにせよ、呆れるばかりの保有魔力量と回復速度である。

(なんというか、とんでもないやつを相手にしたんだな、俺)

ひと通りきを確認した黒いオークは、敏樹をまじまじと見つめてきた。

その瞳には濁りがなく、どこか憧れをはらんでいるように見える。

「なまえ、くれ」

「は?」

しばらく敏樹を見つめた黒いオークは、突然そう告げるのだった。

「おれ、なまえ、ない。おまえ、つよい。なまえ、くれ」

「名前……しいのか?」

「ほしい! ほしい!」

そう言いながらキラキラした瞳で詰め寄ってくる黒いオークの姿が、敏樹はなんだかしだけ可く見えてきた。

「そうだなぁ、ここで戦ったのもなにかの縁だし、名前ぐらいならいいか」

「やった!!」

敏樹は黒いオークを観察し、し考えた。

そして彼の黒いが目にる。

「……シゲル?」

特に深い意味はないが、その名前がふと頭に浮かんだ。

「よし、お前は今日からシゲルだ!」

敏樹はそう言って黒いオークの肩を叩いた。

「シゲル……シゲル……。わかった、おれ、シゲル!!」

黒いオークがそう宣言した瞬間、敏樹の意識が暗転した。

「あ……ぐぅ……」

「……シキさ……!」

「ロロ……ア……?」

薄れゆく意識の中で駆け寄ってくるロロアの姿が見えたような気がした。

**********

「ん……んん……」

「あ、トシキさん、気が付きましたか?」

ぼんやりと意識が戻った敏樹が目をあけると、ロロアの顔が見えた。

「トシキさん、大丈夫ですか?」

「ロロア……なんで……?」

どうやらいま、敏樹はロロアに膝枕をされているようだった。

「ごめんなさい。凄いび聲が聞こえたから心配になって」

ロロアが聞いたそれは黒いオークの〈咆哮〉だった。

【神聖不可侵】が解けたあと、200メートル先までその威圧が漂っており、できればすぐにでも駆けつけたかったロロアだったが、そこはなんとか踏みとどまることができた。

しかし〈咆哮〉を聞いたロロアは一瞬気を失いそうになる。

そしてより近くにいる敏樹も危ないのではないかということに思い至り、いても立ってもいられなくなった。

気配を殺しつつ可能な限り迅速に駆けつけた時には既に戦闘が終わっていたのだった。

「私が來たときには戦いも終わってたみたいで、し安心してたんですが、いきなりトシキさんが倒れたから驚いちゃって」

「だよなぁ。いきなりぶっ倒れるんだもんよぉ。おれもビビっちまったぜぇ」

その時、敏樹の耳にどこか聞き覚えのあるハスキーな男の聲が屆いた。

敏樹は咄嗟に立ち上がり、トンガ戟を取り出して聲の主とロロアとの間に割ってった。

「おお、元気になったみたいだなぁ」

「お前、黒いオークか?」

そこには先程まで戦っていた黒いオークがいた。

姿形は変わらないが、どこか雰囲気が異なる様子だった。

「おいおいなんだそれぇ。おれにゃあシゲルっつー立派な名前があるんだからよぉ。そっちで呼んでくれよ、親父よぉ」

「は、親父?」

「あんたぁおれに名前くれただろ? だったらおれの親父じゃねぇかよ」

「なんだそりゃ……」

呆れながらも、敏樹はシゲルに敵意がいないことを悟り、トンガ戟を収納した。

「トシキさん、もう大丈夫ですか?」

ロロアも立ち上がり、敏樹に寄り添うように並んだ。

「ああ……。しかし、なんで俺はいきなり倒れたんだ?」

敏樹はタブレットPCを取り出して『報閲覧』を起し、自分の狀態を過去に遡って確認した。

「魔力枯渇?」

シゲルに【冷卻】をかけて以降、敏樹はかなり大量の魔力を吸収しており、相當量のMPを保有していたはずである。

それが一気に枯渇する事態が発生していたのだった。

「考えられるとしたら、名付け……か?」

『魔 名付け』で検索した所、どうやら名付けというのは魔を従屬させるための方法のひとつであるらしいことがわかった。

名前を與えることで対象となる魔を従屬させることができるが、その際に大量の魔力を持っていかれるらしい。

は名付けと同時に能力や知が上がることもあり、その上げ幅は與える魔力によって異なるのだとか。

もともとシゲルの魔力を大量に奪っていた敏樹にしてみれば、それは持ち主に返したようなものではあるが、それでも一旦は敏樹が保有していた魔力なので、與えたということになるのだった。

「なるほど、だからお前流暢に喋るようになったのか」

「へへ……。なんか知んねぇけど、親父が名前くれてから、頭ん中が妙にすっきりしてんだよなぁ」

シゲルは嬉しそうに笑いながら、そう告げるのだった。

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