《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第8話『おっさん、再び森へ行く』

「くぁ……」

シゲルを子分にして冒険者登録などを終えた翌朝、敏樹はまだ暗いうちに目を覚ました。

布団から腕を出し、あくびをしながらばす。

「ふぅ……」

敏樹は黒いオーク――すなわちシゲルを発見してからの、一連の行を省みて、大きなため息をついた。

もっとうまいやりかたはいくらでもあったはずだ。

しかし、膨大なポイントと多くのスキルを得たことと、山賊と戦い、人質を助け、山賊団を壊滅させたという経験のせいで、自分は強くなったと勘違いしたのだろう。

「若気の至りってんならまだしも、俺もう四十だぞ?」

隣のベッドで寢ているロロアに、まだ目覚める気配はない。

敏樹は誰に告げるでもなく、獨白した。

「ったく、いい歳こいてなにやってんだか……はぁ……」

そして再び敏樹は、大きなため息をついた。

『ひそひそ話の聲をマイクで拾っていくら増幅してもび聲にはなわらんのだぜ?』

ふと、敏樹は學生時代に聞いた友人の言葉を思い出した。

それは音楽をやっていた友人で、なんの楽を擔當していたのか忘れたが、やたら”デカイ音”にこだわる奴だった。

そいつに「どうせ音響で音デカくするんだから、そんな頑張らなくてもよくない?」と訊いたときに返って來たのがそのセリフだった。

小さい音をマイクで拾って音響機材を使っていくら増幅しようとも、スピーカーからは小さい音が大音量で流れるだけであって、大きい音に変わるわけではない。

當時は「ふーん」と聞き流していたが、今それを思い出すということは、自分の強さもそういうことなのだろう。

弱い者が力を得たからといって強くなるわけではない。

力を持った弱い者が出來上がるだけなのである。

では強くなるためにはどうすればいいか?

「それがわかったら苦労しないよなぁ……」

ベッドから降りた敏樹は、隣のベッドで眠るロロアの寢顔を見下ろした。

敏樹が死ぬかもしれないという現場に立ち會ったのが相當ショックだったのか、結局あのあとロロアは泣きつかれて眠ってしまい、敏樹がベッドまで運んでやった。

そのせいで、目の周りには涙の跡が殘っていた。

「……ほんと、しっかりしないとな、俺」

自分のためにああも泣いてくれる人がいるということが、どれほど幸福なことか。

穏やかなロロアの寢顔を見ながら、敏樹は再びそのことをしっかりと心に刻むのだった。

**********

「シゲルー、起きとるか―」

敏樹が寢起きにシャワーを浴びていると、ロロアも目を覚ました。

そしてロロアが支度を整えている間に、敏樹は向かいのシゲルの部屋を訪れ、ドアをノックしていた。

「おーう」

ドアの向こうからシゲルの聲が聞こえ、こちらに近づいてくるのがわかった。

「えーっと、これをこうして……あれぇ?」

ドアノブをガチャガチャとしていたシゲルは上手くドアを開けられないようだったが、10秒ほど悪戦苦闘した末にようやく開いた。

「お、開いた開いた」

ドアが開いた向こうには、トランクス一丁のシゲルがいた。

淺黒いの鍛え上げられたに、生りのパンツだけという姿は、なかなか畫になるものであった。

「気にったか、それ」

と、敏樹がトランクスを指して問う。

「ん? おう。悪くねぇなぁ」

部屋の中を覗いてみるが、特に散らかった様子はない。

「部屋、きれいに使ってるな」

「親父があんまるなって言うからよぉ。ちゃんと言いつけ守ったぜぇ?」

「うん。偉いな、シゲルは」

「へへ……、だろぉ?」

「ベッドの寢心地はどうだった?」

「おう、あれな。すげー気持ちよかったぜぇ」

どうやらベッドはお気に召したようである。

「よし、じゃあ服著て出てこい」

「へーい」

シゲルが部屋に戻り、しばらくしたところで敏樹の部屋のドアが開いた。

「お待たせしました」

「親父ー、お待たせ」

ロロアが支度を整えて出てくると、その直後にシゲルも支度を終えたようだった。

「あ、シーラたちがロビーで待っているそうです」

「通信箱? そういや新しいのってるな」

「はい。早速使っているようですね」

通信箱は【収納】魔を応用して手紙のやり取りができるサービスである。

【収納】は契約した収納庫に質転移を使ってを出しれする魔であり、契約者は常に収納庫の様子を確認することが可能だ。

ひとつの収納庫に複數人で契約することも可能であり、自分以外の契約者が収納庫にれたものもしっかり知できるし、取り出すこともできる。

こういった【収納】の機能を利用して手紙やメモのやり取りを行うのが通信箱というサービスだった。

【収納】は契約収納庫からの距離が遠いほど、そして収納が大きかったり重かったりすればするほど、消費魔力が大きくなる。

そして、収納庫の様子を確認するのにも魔力を消費する。

「PCでメールチェックする、みたいなじかな」

というのが敏樹のけた通信箱に対する印象だった。

1階のロビーに降りると、シーラ達がいた。

まだ早い時間ではあるが、この時間帯から活を始める冒険者は多い。

シーラ達以外にも、冒険者と思しき者がちらほらとロビーで待ち合わせしているようだった。

「おっさん、ロロア、おはよう」

「おう、おはよう」

「おはようございます」

「おっさんたちも早朝の便に乗る?」

早朝の便とは、先日も利用したヌネアの森行きの討伐用馬車の件である。

「一応そのつもり」

「やった! じゃあ今日も付き合ってもらっていいかな?」

「もちろん」

「たぶん、今日あたりであたしらもランクアップ出來るかなー?」

「はは、そうなるといいな。まぁでも、焦らんでもいいだろう」

「そだね。ところで、今日はそっちの……シゲル、さんだっけ? ……も同行するのかい?」

シゲルを捉えたシーラの視線に何処か険があるのは、まだ信用しきれない部分があるからだろう。

なにせシゲルこと黒いオークは、タブレットPCを通してみたときでさえ恐怖をじるような存在だったのだ。

メリダとライリーもそのことを思い出しのか、し顔がこわばっている。

「おう。冒険者登録も済ませて、パーティー申請も終わってるからな」

當のシゲルはというと、そんなたちの視線もどこ吹く風とばかりに、ぼんやりと突っ立って視線を虛空に漂わせていた。

ただ、そんな様子であっても一切の隙が見當たらないところが、この男の恐ろしいところではあるが。

「そっか。じゃあお手並み拝見、ってところかね。よろしく、シゲルさん。あたしはシーラ」

「よ、よろしくおねがいします、シゲルさま。メリダと申します」

「ライリー。よろしく」

「ん? おお、よろしくな、ねーちゃんたち」

シーラたちとシゲルが互いに簡単な自己紹介を終えたあと、一行は早速冒険者ギルドへ向かった。

「いやー、高ランク馬車がスッカスカで困ってたんですよ―。助かります―」

敏樹らは商人ギルドの責任者らしき男に隨分と謝された。

この討伐用の乗合馬車は、基本的に當日け付けで冒険者を集めている。

事前に人を集めて付しておき、當日は現地集合という風にした方が冒険者側も當日の手間が減るし、商人ギルド側は事前に適切な數の馬車を用意できるのだが、なにせ冒険者という連中はいい加減な者が多い。

何度か事前付を試みたが、結局定著せず、効率は悪いが當日來られる者を集める、というのがもっとも現実的な方法となっているのだった。

「では出発しまーす」

この便のEランク以上用馬車に乗ったのは、敏樹ら6名のみだった。

いまさらこのメンバーがこの森の魔に遅れを取ることは無いと思われるのでふた手に分かれることにし、シーラ、メリダ、ライリーが魔の多い北側、敏樹、ロロア、シゲルは南側を擔當することになった。

一応『報閲覧』で検索可能な範囲を調べ、自分たちの行範囲にイレギュラーな個がいないことは確認しておいた。

**********

「シゲル……、お前ほんとに強いのな」

森にってしばらくは、すべての戦闘をシゲルに任せたのだが、魔と遭遇するや、ほぼ一撃で倒していった。

敵がシゲルの間合いにったかと思うと、目にも留まらぬ速さで踏み込み、気がつけば槍の穂先が急所を貫いている、という合だ。

策を弄したとは言え、よくぞこのような男に勝ったものだと、幸運に謝するとともに、戦いを挑んだ無謀さを改めて恥じた。

途中からはシゲルにし手を抜いてもらい、ロロアとともに敏樹も戦闘に參加した。

あまりにもレベルが違いすぎるので、シゲルは基本的に単獨で行してもらい、敏樹とロロアは連攜を深めていった。

『首尾は上々。そろそろ戻るよ?』

順調に討伐を続けていた所で、シーラから通信箱を通じての連絡が屆いた。

「ったく、攜帯買ってもらったばっかの子高生かよ」

そのメモを見て、トシキが困ったような笑みをらしながら呟く。

これまでシーラからは、戦闘が一段落するたびに通信が屆いており、その數はすでに10件を超えていた。

頻繁に送られる通信に関しては、いずれ飽きるだろうことがわかりきっているので問題ではない。

それとは別の問題が、シーラの通信にはあった。

「日本語で書くのやめろ」

馬車で合流したシーラに、敏樹は呆れたように告げる。

「はは。いーじゃん、どうせおっさんとロロアとくらいしか見ないんだから」

ロロアの集落で過ごしたたちは、敏樹がタブレットPCを使って習得させたことで、全員が日本語での會話と読み書きができるようになっているが、そのうちシーラとククココ姉妹は元々大陸共通語の読み書きができなかった。

ククココ姉妹はファランの実家であるドハティ商會に勤めるうえで、いずれ読み書きが必須になるはずなので、タブレットPCで習得することを敏樹は進めたのだが――、

『それで別のスキル祝福もらえるんか? せやったら細工の腕あげたってや!』

『せやな。読み書きなんぞウチらが本気で勉強したらすぐ覚えれるからな!』

ということで、彼たちは空いた時間を利用して、ドハティ商會にて現在読み書きの勉強中である。

シーラにももちろん勧めたのだが、“だったら強くしてくれ”という、似たような理由で斷られた。

「申し訳ありません。シーラへの教育はわたくしどもが責任を持って行ないますので、トシキさまはご心配などされぬよう……」

「ん、気長に待ってて」

一応メリダとライリーが大陸共通語の読み書きを教えてはいるが、なまじ日本語が使えるせいか、遅々として進まないようだ。

「ま、本日も無事終了ってことで、さっさと帰ろうか!」

気まずそうな笑みを浮かべたシーラは、敏樹から逃げるように馬車へと乗り込んだ。

その姿に敏樹はやれやれと頭を振り、ロロアは笑いを噛み殺すのだった。

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