《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第9話『おっさん、絡まれる』
帰りの馬車に揺られながら、一行はそれぞれ適當に雑談をしていた。
「なぁ、シゲル」
「ん?」
「さっきオーク殺しまくってたけど、特になんともない?」
「あー、別にどうってことねぇなぁ」
一応シゲルはいま人の姿をしているが、もともとはオークの一種である。
同族、あるいは近親種を殺すことになんらかの忌避があるのではないかと思ったが、どうやらそういうことはないらしい。
それはシゲルが人ではないからななのか、そもそも黒いオークという変異種が同族に対する親近のようなものを持ち合わせていないのか、あるいはシゲルの個なのか定かではないが、本人が気にしていないようなので、深く考える必要はなさそうである。
この日はオークを中心に、ゴブリンやコボルトを50匹ほど倒していたが、その8割がシゲルの手柄だった。
〈人化〉によってに違和がないかどうかの確認も含めてシゲルを優先的に戦わせていたが、特に不合はないようだ。
「お、著いたな」
**********
討伐を終えてヘイダの街に戻った一行は、今日の分の納品のため一旦冒険者ギルドを訪れた。
「お腹すいたー。先にご飯食べない?」
というシーラの提案をけ、敏樹らはギルド併設の酒場へと足を向けた。
晝食の時間帯をし過ぎた辺りだったが、酒場の席は半分ほど埋まっていた。
ここヘイダの街ではかなりの數の冒険者が活しており、その全員が毎日勤勉に働いているわけではない。
元の世界のように特定の曜日で休むという概念がこの世界にはないらしく、そのためいつ休むかというのは各々に任される。
それは冒険者も例外ではないので、晝間からだらだらと酒を飲んで過ごすという者がどの日も一定數いるのであった。
敏樹らは4人がけのテーブルふたつを寄せて陣取り、料理を注文した。
その料理を待っていると、敏樹らのテーブルにひとりの男がグラスを片手に、しフラフラしながら近づいてきた。
「むむ、見かけぬにょしょうがおるな。新人か?」
その男はシゲルよりも一回りほど大きな軀を誇る、熊のような雰囲気の男だった。
「……いや、熊か」
どうやらその男は熊獣人のようであった。
グレーのゴワゴワとした短い頭髪の間に、丸い耳が見え隠れてしている。
(晝間っからガチムチの半のおっさんてのは、ちとキツいなぁ。しかも酔っぱらいときてる……)
その熊獣人の男は、おそらくシーラと同じ“を覆われることを嫌う”タイプの種族なのだろう。
につけている防だが、まず左肩から左を覆う肩當て兼當て、前腕を覆う手甲、ナイフれやポーチのついた腰ベルト、そしてロングブーツ。
甲とそこから延びるベルトのおかげで、見たくもないおっさんの首が隠れているのはありがたいが、腰ベルトから垂れた申し訳程度のタセットの隙間からは、ビキニパンツがしっかりと見えている。
全は分厚い筋に覆われており、腕は敏樹の太もも並み、腳に至ってはシーラのウェストほどもあった。
熊獣人の男は敏樹のつぶやきが聞こえなかったようで、そのままテーブルに歩み寄り、腰を屈めてロロアたちの顔を覗き込んだ。
「おう、いずれも人ぞろいではないか。すまぬが酌をしてくれんか?」
(うわ、面倒くさそうなのが來たな……。こういう輩は慎重に対応しないと――)
「失せな木偶の坊」
「ってシーラっ!?」
この手の酔っぱらいはいくら鬱陶しいからと言って、頭ごなしに拒否すれば面倒なことになることが多い。
なので、相手の様子を伺いつつ上手くけ流すように回避すべきところなのだが、敏樹が対応策を考えつく前に、シーラが脊髄反的に返してしまった。
「むむ……」
赤ら顔の熊獣人は、明らかに表が曇り始める。
「それがしはなにも、肩を抱かせろともをませろとも言うつもりはない。ただ酌をしてくれればそれでいいだけなのだ。それは無理な頼みだろうか?」
「はぁ? あたしらが酌したからってなんだってんだい?」
「おなごに酌をしてもらえば酒の味は一段とうまくなるに決まっておるではないか!! そして日々の愚癡を聞いてもらえたなら、それは明日からの活力になるのだ!!」
「いや、酌だけじゃすまねーじゃんか。悪いけどさっさとどっか行ってくんな」
言いながらシーラはしっしっと追い払うように手を振る。
彼もし酒がっており、々好戦的になっているのかもしれない。
シーラの仕草に、熊獣人は眉間にしわを寄せた。
そのやり取りを見て、ロロアはしハラハラした様子だったが、メリダは視界の端にシーラの様子を収めつつも、ガンドの脇を抜けて運ばれ、並べられた食事を悠然と食べはじめており、ライリーに至っては完全に無視して食べることに集中していた。
(シゲルが無反応ってことは、敵意はないわけか……)
もしガンドに敏樹らを害する意思があれば、勘の鋭いシゲルが何かしらの反応を見せるだろうが、彼もまた、ライリー同様食事に集中していた。
(でもこのままってわけにも行かないだろうし、そろそろ俺が仲裁にらないと――)
「お、いたいた。ガンドさんよー!」
とそこに聞き覚えのある聲が割ってる。
「む、ジールか」
先日行をともにした大剣使いのジールだった。
「なんだ、アンタまたに絡んでんのか――って、トシキさんたちかよ!!」
「やぁ」
自分に気づいたジールに、敏樹は想笑いを浮かべながら挨拶をする。
「……ってかガンドさんよぅ、どうせフラれるんだから、あっちで俺らと飲もうぜ? な?」
「ならん!! それがしは絶対に! なにがなんでも!! おなごに酌をしてもらうのだっ!!」
「あーだいぶ酔ってんなクソめんどくせぇ……」
ガンドの様子にジールはやれやれと肩をすくめる。
「失禮だが……」
そこでガンドの目がギロリと敏樹を見る。
「貴殿がこのパーティーのリーダーだとお見けするが?」
「ええ、まぁ」
「うむ。ではメンバーを説得して、ぜひ酌をだな……」
「お斷りします」
「なぜだ!?」
顔を寄せてぶガンドの聲に、敏樹は軽い耳鳴りを覚えて顔をしかめた。
「いや、本人が嫌がってますから。というわけで申し訳ありませんがお引き取りを」
ここまでこじれてしまっては、け流すも何もない。
きっぱりと正面から斷るしかないと腹をくくり、敏樹はガンドと対峙した。
「むむぅ……。それがしの……このガンドがここまで頼んでも応じてくれぬのか?」
「いや“このガンド”っていわれても、どのガンドか知らないですし」
「むむっ!?」
と、ガンドの眉がピクリと上がる。
「そうであったわ! 貴殿ら新人であったな!!」
「ええ、まぁ……」
「ではあらためて自己紹介をしよう!」
そこでガンドはドンとを張る。
「それがしはここヘイダの町唯一のBランクにして隨一の冒険者、ガンドと申す!!」
「はぁ。俺は一応このパーティーのリーダーでEランク冒険者の敏樹といいます。お察しの通り新人です」
「そうか、よろしくな!! というわけで、酌を!!」
「……どういうわけで?」
「む、つまりだな、その……新人が、先輩冒険者を敬うというような意味で……」
「はぁ……」
ガンドの言葉に敏樹は呆れたようにため息をつく。
「そういうの、俺の故郷じゃパワハラとかアルハラとか言われて、すごく嫌われるんですよ? 悪いことは言わないから、今日の所はお引き取りください」
「むむむ……、わかった。では……」
唸るような聲を絞り出すと、ガンドはその場に膝をつき、右手にグラスを持ったまま左手を床に著けた。
そしてガバッと勢い良く頭を下げる。
「このとおり!!」
「いやたかがお酌にそこまでする!?」
まさかの土下座である。
「あの、ガンドさん? どう言われましても、お斷りすることに変わりはありませんから。こんなことやめて、他で楽しく飲んで下さい。ね?」
「こ、ここまでやっても……」
グラスを掲げ、地に額を著けたまま、ガンドの肩がプルプルと震え始め、続けて勢い良く頭を上げた。
「ここまでやっても駄目だと、貴殿はそう申すかっ!?」
「ここまでもなにも……」
「この町一番の冒険者、『酔斧槍』の異名を持つこのガンドがここまで頼み込んだというのに!! 貴殿はそれを無下にするというのかっ!?」
(酔て……それロクな異名じゃないよな……?)
「かくなる上はっ……!!」
ガンドが勢いよく立ち上がる。
「覚悟を決めてもらおうか……」
膽力のないものが聞けば気絶するのではないかと言うほど、低く冷たく、そして重い口調で、ガンドは呟いた。
その様子に、敏樹らは構え、警戒する。
「お、おい……」
「まさか、あれが出るのか……?」
「あーあ、ガンドさんをその気にさせちまったか……」
「あいつら、絶対後悔するぞ……」
「かわいそうに」
ヒソヒソと囁きあう冒険者たちの聲が聞こえる。
場の空気が重くなる中、ひとりシゲルだけは、ちらりとガンドを一瞥しただけで、すぐ食事を再開していた。
「な、なぁ、ガンドさんよぉ、なにもそこまでしなくても――」
「ええい、黙っておれっ!!」
ガンドに近づき、なだめようとしたジールだったが、あえなく拒否されてしまう。
「ここまでされてむざむざと引き下がれるわけがあるまい!! それがしにもBランク冒険者としての矜持があるっ!!」
「つまり、いくとこまでいかなきゃ気がすまねぇってことかい?」
「無論だっ!!」
「はぁ……やれやれ……」
呆れて肩をすくめたジールが周りの冒険者に視線を飛ばすと、それをけた者たちが席を立ち始める。
半分は呆れたように、半分はどこか期待するような表を浮かべながら、ガンドと敏樹らの周りのテーブルや椅子を移させた。
(おいおい、なにが始まるってんだよ……)
と心中で呟きつつも、おそらくは荒事に発展するであろうことを予測し、敏樹はいつでも戦闘に移れるよう、意識を切り替えた。
他のメンバーも同じように表を引き締め、構えているが、シゲルは相変わらず食事に夢中である。
ガンドの力量から、自分が出るまでもないと思っているのだろうか。
(ま、シゲルが出ると灑落にならんからな。このままメシに集中しておいてもらおう)
やがて敏樹らのテーブルとガンドの周りには、何もない広い空間が生まれた。
「刮目せよ!!」
ひと言そうんだあと、ガンドは敏樹らに背を向けて數歩歩き、振り返る。
そして、右手にグラスを持ったまま、両手を振り上げた。
「これがこの町唯一のBランクにして隨一の冒険者、『酔斧槍』ガンドの本気であるっ!!」
カッと目を見開いたガンドは、誰と特定するでもなく、敏樹らのテーブルへと貫くような視線を向けた。
「誰かひとり! たった一杯でかまわん!! 酌を……この杯に酌をっ!!」
そしてガンドのがぐらりと前に倒れる。
「お頼み申す―っ!!!」
腹の底、そして心の底から発せられたびとともに、ガンドはけも取らず前方に倒れ、手腳を大きく開いたまま顔面を床に打ちつけるのだった。
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