《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》エピローグ『おっさん、振り返る』

「さて、俺は一旦ホテルに戻ってひと休みするけど、シゲルはどうする?」

「あー、どうすっかな……」

片付けを終えた敏樹の問いかけに、シゲルは困ったような笑みを浮かべた。

というのも――、

「シゲルさん! つぎ俺とやってくれよ!!」

「バカヤロウ! 順番からいったら俺が先だろうがっ!!」

「まてまて、落ち著け。なにもひとりずつ相手にしてもらわなくても、何人かでいっぺにんに戦えばいいんじゃね?」

「おおっ!! だったらオレ、パーティーメンバー呼んでこよう!!」

と、模擬戦をむ冒険者に、シゲルは囲まれているのだった。

「シゲルがよければみんなの相手してあげてくれよ」

「おお、いいのかぁ!?」

どうやら冒険者達との模擬戦は、シゲルにとっていい娯楽になっているようだ。

「じゃあ今日はシゲルの好きにしてくれ。暗くなる前に帰ってこいよ―」

「おーう!!」

そうシゲルに告げた敏樹は、訓練場を出ようとしたところで聲をかけられた。

「いい人材を、ありがとうの」

聲のするほうをみると、ギルドマスターのバイロンが、穏やかな笑みを浮かべながらシゲルと冒険者たちの様子を見ていた。

「あやつには冒険者ギルド訓練教の資格を與えることにするわい。それなりの報酬も出そう」

「はは、そりゃどうも」

ほんの數日前までは魔として森に存在していたシゲルが、訓練教として人の間に馴染んでいるという事実には、なにやら慨深いものがあった。

「あ、そうだ。仮定の話として聞いてほしいんですが」

敏樹はふとバイロンに訊ねた。

「ふむ、なんじゃ?」

「たとえばシゲル級の強さを持った魔がジャナの森にいたとして、その事実を報告されたら、バイロンさんはどうしますか?」

「ふむう……、即座に討伐隊を組み、速やかに行を開始しつつ、近隣の町に応援を要請するじゃろうな」

つい先程まで好々爺然とした笑みを浮かべていたバイロンが、ギルドマスターの顔に戻る。

「もしくは儂自ら出る、かの」

そうつぶやいたバイロンの聲は恐ろしく冷たい。

敏樹は背筋に悪寒が走るのをじた。

「……勝てますか?」

「勝てるのぅ。ただし、森の半分ほどはなくなるじゃろうが」

「……マジですか?」

しばらく間を置いて、バイロンの表が緩む。

「ふふん、冗談に決まっておる。しかしあれが魔として敵対したとしたら、相當な犠牲を覚悟せねばならんじゃろう。そういう意味では、お主がしっかり従屬させてくれて助かったわい」

バイロンは口元に笑みを浮かべながらも、鋭い視線を敏樹に向ける。

「い、いやだなぁ……。シゲルとは偶然出會って意気投合しただけですよ?」

「ふっ……。まぁそういうことにしといてやろう」

「あー、はい……。どうも……」

下手な言い訳であるが、バイロンはそれ以上追求するつもりはないようで、敏樹の肩をポンポンと軽く叩くと、ゆったりとした足取りで訓練場を出ていった。

敏樹も続いて訓練場を出ようとしたところで、ふと振り返った。

「おぉーい、そんなんじゃ全然ダメだぞぉ」

「ちくしょー! まだまだぁっ!!」

「こらぁ、考えなしに突っ込むなよっ!!」

「そこのふたり、うしろに回り込めっ!! そっちの魔士は後方から援護!!」

「よっしゃ喰らえっ!!」

「はっはー!! ぜんぜん足んねぇぞぉ! おらおらぁ!!」

シゲルを相手に真剣な様子で戦いを挑む冒険者たちだったが、その景はなんだかとても楽しそうに見えた。

今朝、模擬戦を始めた頃は十數名しかいなかった冒険者たちも、気がつけば50名を越えており、5~10名ほどが束になってかかっているようだ。

「ぐふぉっ!? なんじゃぁ!?」

「ランザぁ!! しっかり足止めしとけよっ」

「無茶いうなやボケェ!!」

「ちょ、ジール、そこ邪魔っ!!」

どうやらジールのパーティーも訓練に混じっているようだ。

盾役のランザが足止めしている隙を突いてモロウが魔で牽制しつつ、ジールが決定打を食らわせるという作戦だったようだが、シゲルの薙ぎ払いにランザはあえなくふっとばされ、巻き添えを食ったジールが魔を放とうとしたモロウの邪魔をしたという狀況らしい。

シゲルはジールのパーティーだけでなく、さらに數人を相手にしつつ、彼らを上手くあしらっていた。

「シゲルどのー!! それがしにも一手ご教示願いたいっ!!」

「おう! どんどんこいー!!」

戦が一段落ついたところでガンドとシゲルの一騎打ちが始まる。

しかし、ほどなくシゲルの優勢が確定したところで、他の冒険者がガンドの支援にり、ふたたび戦が始まった。

(あのとき、無理せずギルドに報告していたら……)

もしあのとき、敏樹がギルドに報告していれば、このの何人かはシゲルの手にかかっていたのだろうか。

「おおーい! トシキさーん!!」

訓練所のり口あたりから名前を呼ばれた敏樹がそちらを見ると、敏樹にむかって大きく手を振るファランを始め、たちがいた。

「おう、どうした?」

ファランを先頭に駆け寄ってきた陣に敏樹が問いかけると、彼たちは困ったような、あるいはし呆れたような表を浮かべた。

「どうしたもこうしたもないよー。せっかくの休みなんだからお晝一緒にどうかと思っていに行ったら部屋にいなかったんじゃんかぁ」

と、ファランが文句を言いながら頬をふくらませる。

その脇から、ロロアがしだけ心配そうな顔で敏樹の前に出てきた。

「ホテルの人に聞いたら、ギルドに行ったって……。私たちに黙って依頼をけるんじゃないかって思って、慌てて來たんですけど……、訓練だったんですね」

「ったく。そういうときはちゃんと連絡くれよなぁ?」

安堵した様子のロロアに対し、シーラはし責めるような口調だった。

「ごめんごめん。午前中のうちに帰るつもりだったんだけど、熱中しちゃってね。そうか、もう晝か……」

そう言われて初めて、敏樹は腹が減っていることを自覚した。

「じゃあ、どうする? いまからメシでもいくか」

「冗談! あたしもあっちに混ざらせてもらうよ! じゃーな、おっさん!!」

と、シーラは訓練用の武置き場目指して駆け出した。

「ちょとシーラ! 待ちなさい!! まったく……。ではトシキさま、わたくしもあのおバカに付き合いますので」

「ん、わたしも行く」

メリダとライリーもシーラに続いた。

「私も行ってみようかな。訓練用の大盾てありますかね?」

「あるんじゃないか? っていうか、ベアトリーチェって冒険者登録したの?」

「うふふ、実は昨日登録しておいたんです」

得意げにそう言いながら、ベアトリーチェは濃茶の長い髪をさらりとかきあげた。

どうやらヘアケアも上手くいっているようで、まっすぐな髪のはしっとりと艶が出ている。

「村の周りで魔を狩ったとき、素材や魔石を保管しておいて、たまにこちらを訪れた際にギルドへ納品すれば、多なりともお金になりますからね」

「なるほどな」

「では、いってきます」

艶のある長い髪を揺らしながら、ベアトリーチェも武置き場へと駆けていった。

「ほかのみんなはどうする?」

ロロアとファラン、ククココ姉妹、クロエ、ラケーレがあとに殘った。

「「うちらは見學やな」」

と、ククココ姉妹がハモる。

「他の冒険者がどないな防つけてんのかとか參考にしたいし」

「実際に戦たたこうとるき見ながら、細かい調整したりたいしな」

戦闘中のきを見るのは、防服を作する上で參考になるのだろう。

ククココ姉妹は連れ立って模擬戦の見える場所に移していった。

「汚れたシャツが1枚……、汚れたシャツが2枚……」

ラケーレはなにやらぶつぶつと呟きながら、ふらふらと吸い寄せられるように冒険者の群れに消えていった。

「私は食事の差しれでも用意しましょうかね」

「あ、いいねー!! ボクも手伝うー!! おにぎりいっぱい作ろっ」

「え? おにぎり……? 大丈夫かしら……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 父さんに言って上手いことしてもらうからさ、ギルドの調理場借りよーよ!!」

「ふふっ、それいいわね」

「あ、じゃあ私もお手伝いを――」

「ロロアちゃんはいーのっ!」「ロロちゃんはいーよ!」

「――ええっ!?」

食事の差しれを作ろうとするファランとクロエへ手伝いを申し出たロロアだったが、ふたりにきっぱり斷られて驚いてしまう。

言葉が重なったファランとクロエも別の意味で驚いて目を見開いたが、お互いに見つめ合ったあと、どちらともなくクスリとほほ笑んだ。

「トシさんは訓練でお疲れでしょうから、ロロちゃんはそちらをねぎらってあげてくださいな」

「そうそう。こっちはボクたちに任せて、ふたりでゆっくしときなよー」

そう言い殘して、ファランとクロエは訓練場から出ていってしまった。

「え、あの……。どう、しましょう……?」

取り殘されたロロアは敏樹に向き直ると、困ったように彼を見上げた。

「お晝まだなんだよね?」

「はい」

「だったら、ホテルに戻ってランチでも食べようか」

「あ、はい……。でも、いいんでしょうか?」

ロロアは相変わらず眉を下げたまま、訓練場に殘ったメンバーや、ファランとクロエが消えていったり口辺りにキョロキョロと視線を彷徨わせている。

「いいのいいの。今日は元々休みの予定だったわけだし。だから、晝飯食ったら部屋に戻ってダラダラすごそうか」

「……はいっ!」

まだ々迷うそぶりは見せたものの、敏樹の言葉で決心はついたのか、ロロアは笑顔でそう返事した。

ロロアの返事をけて訓練場を出ようとした敏樹だったが、ふと足を止めて振り返る。

そこでは、シゲルを中心に、冒険者たちが闘に近い模擬戦を繰り広げていた。

人と魔という立場から、本來であれば命を取り合ったかもしれない者同士が、戦闘訓練とはいえ楽しそうにじゃれあっているような景に、敏樹はふっと笑いながら息をらす。

その中には、敏樹が山賊のアジトから救出したたちの姿もあった。

戦の隙間をって雙剣を手に飛びかかるシーラ、シゲルの死角を突くように位置取りをしつつ矢を放つメリダ、あまり場所を移せず隙を突いて魔を放つライリー、そして訓練用の大盾を構えて正面から突撃するベアトリーチェ。

し離れた場所ではククココ姉妹が熱心に模擬戦を観察しており、どうやってかき集めたのか、ラケーレが薄汚れた服を両手いっぱいに抱えて恍惚の笑みを浮かべている。

「トシキさん……?」

突然足を止めた敏樹を訝しんでロロアが聲をかける。

「ああ、悪い」

その聲をうけた敏樹は踵を返してロロアに並び、訓練場を後にした。

訓練場を出て1階に上ると、すでに話をつけたのかクロエが酒場の調理場でなにやら作業を始めていた。

そしてギルドのり口に目を向けると、米俵を擔ぐ作業員を引き連れたファランが丁度ってくるところだった。

(ほんと、いろいろあったよなぁ……)

それは1通の奇妙なメールから始まった。

どこにでもいるしがないアラフォー男だった敏樹は、町田と名乗るの手で突如異世界へと飛ばされた。

その後、四苦八苦したものの、膨大なポイントを得て便利なスキルを數多く習得し、異世界と日本とを行き來できるようになった。

様々なスキルと日本の便利グッズを駆使して異世界の森を生き抜いた敏樹は、ロロアという心優しいに出會った。

一度ロロアを山賊に攫われかけたが、無事救出し、さらに山賊のアジトへと忍び込んで囚われのたちを救出した。

そして、ロロアの暮らしてきた集落の住人や、救出したたちと協力して山賊団を壊滅させた。

集落を出てヘイダの町へとやってきた敏樹は、冒険者となった。

のんびりと活するつもりの敏樹だったが、あるとき黒いオークという未知の脅威に遭遇した。

その黒いオークを何とか自力で倒し、シゲルと名付けて子分にした。

(年甲斐もなくはっちゃけすぎたかな、はは……)

大卒から惰でフリーターとなり、一応就職はしたものの數年でドロップアウトし、半ば実家に寄生するようなかたちでのフリーランサーとなった敏樹には、歳の割に未だという自覚が多なりともあった。

これまでの行を思い返して、もっと堅実な選択を取るべき部分があっただろうし、アラフォーというには々軽挙妄が過ぎる部分もあっただろう。

だが……と、闊達としているたちや、冒険者たちの中心で槍をふりまわすシゲルの姿を思い浮かべる。

「まぁちょっと無理はしたけど、いろいろ頑張ってよかったよな」

と、敏樹は自嘲気味に薄く笑みを浮かべ、ふっと息をらした。

「何か言いましたか?」

「いいや。それよりさっさと帰ってメシにしよう! 腹減ったよ」

「うふふ、私もお腹ペコペコです」

にこにこと微笑みながら隣を歩くロロアの背中をポンと押し、敏樹は冒険者ギルドを後にするのだった。

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