《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》閑話『おっさん、臭豆腐を食べる』

「なぁ、親父よお……、あんときの臭ぇやつって、まだ持ってんのか?」

ある日、ふとシゲルがそんなことを言った。

その日は恒例になりつつあるガールズトーク大會が開催され、敏樹はシゲルふたりだけでホテルに戻っていた。

子會のたびにホテルを取るわけにもいかず、初回以降はファランの家が會場になっている。

「これか?」

「ぶふぉっ!?」

敏樹が〈格納庫ハンガー〉から取り出したのは、森でシゲルと戦ったときに嗅覚を麻痺させる罠として使用した臭豆腐である。

戦いの途中で回収したものを、〈格納庫ハンガー〉の中で蓋をし直したもので、未開封のときとほぼ同じレベルで閉されている。

なので、敏樹はあまり気にならなかったが、嗅覚の鋭いシゲルにはじ取れる程度の臭いがれ出ているようだ。

「あぁ、すまんすまん……、すぐにしまうよ」

「ぶぇほっ……ぶぉほっ……、わ、悪ぃな、親父ぃ……」

臭豆腐を一旦〈格納庫ハンガー〉に収納する。

それを確認したあと、シゲルは嗅覚をリセットするように何度か深呼吸を行なった。

「ふぅ……」

「しかし、どうしたんだよ、急に」

「あー、なんつーのかなぁ。あんときの臭いが気になったつーかなんつーか……。改めて嗅ぐとやっぱくせぇんだけど、でもやっぱなんか気になるんだよなぁ。忘れたころに嗅ぎたくなるっつーか……」

「気になる、ねぇ……」

「つーか親父よぉ。そりゃなんなんだ?」

「臭豆腐か? 食べもんだよ」

「食いもんなのか? あんな臭ぇの食えんのか?」

「まぁ匂いがキツくて味いものなんて、いくらでもあるからな」

くさやに鮒ずし、海外のものだとウォッシュチーズなどが、匂いはキツくとも味いとされている。

殘念ながら敏樹はそのどれも食べたことはないが。

また、臭豆腐と同じく大豆を発酵させて強い匂いを放つものには、日本人に馴染みの深い納豆がある。

実のところ臭豆腐と納豆の臭気は、數値的に見ればほぼ変わらないらしい。

「……食うか?」

「むぅ……」

敏樹からの問いかけに対し、シゲルは腕を組んで唸り始めた。

そうやって5分ほど悩み続けたところで、シゲルは顔を上げた。

「食ってみたい……かなぁ」

**********

ふたりは敏樹の部屋にった。

この部屋には簡易なキッチンがあるので、そこで調理してしまおうというわけだ。

一応敏樹は臭豆腐を購するにあたり、いずれ食べることがあるかもしれないと調理法を調べていた。

「基本的には揚げるか蒸すかってじでいいんだったな、確か。でも今回は揚げるだけにしとこう」

なんとなくのイメージではあるが、臭豆腐を揚げるのと蒸すのでは、揚げたほうが食べやすそうだとじたからだ。

さすがに生のまま食べる勇気は、いまのところない。

〈格納庫ハンガー〉から中華鍋を取り出した敏樹は、そこへ食用油を惜しみなく注ぎ、火にかけた。

ある程度油の溫度が上がったところで、臭豆腐を取り出す。

「よし……開けるぞ?」

「お、おう……」

ビンのフタを回すと、中の空気とともに臭気もれ出す。

「ぐおぉ!? ヤバイな、これは……」

「お、親父ぃ……やっぱ無理かも……」

防臭マスク無しで嗅いだ臭豆腐の匂いは、想像以上のものであった。

一方シゲルは、涙目で鼻を押さえている。

「よし、さっさと油にぶっこも――いや、その前に……」

気の多い臭豆腐を、瓶から取り出したままいきなり油に投げ込めば大慘事まったなしである。

なので、敏樹は一度臭豆腐を〈格納庫ハンガー〉へ収納し、『分解』機能で程よく水分を分離した。

バットを用意してその上に水気を取った臭豆腐の中だけを取り出し、手早く油に投

カラカラと音が鳴り、臭豆腐に火が通っていく。

「あー、ちょっとマシになったかもな」

「なんか、違う匂いに変わったじはするなぁ」

油で揚げることにより匂いが収まってきた、というより、匂いの質が変わったようにじられた。

し念りに火を通したあと、揚がった臭豆腐をすくい上げて皿に盛る。

「よし、まずはそのまま食ってみるか」

「お、おう……」

敏樹は自分用に箸を、シゲル用にスプーンを用意し、ふたりそろって恐る恐る揚げ臭豆腐に手をばす。

最初から一口サイズに切り分けられているので、その一欠片を箸でつまむと、敏樹は思い切ってそれを口にれた。

「……!?」

鼻を突く匂いもなかなかのものだが、それ以上に塩っ辛さが舌に響いた。

何度か咀嚼して飲み込んだあと、大きく息を吐く。

「はぁ……。なんかすごく塩っ辛いんだけど……」

「そうだなぁ、舌がヒリヒリするぜぇ」

敏樹が調べたところによると、臭豆腐にはラー油など辛い味付けがいいとされていたはずだが、このままでも充分塩辛い。

これは後で知ったことなのだが、敏樹がネットで調べて參考にしていたレシピは臺灣の屋臺などで売られているタイプの臭豆腐に対するものだった。

しかし彼がネットショップで購したのは北京産のもので、より匂いも味も強烈であるらしい。

図らずも素揚げのまま味付けせずに食べたのは正解だったと言えよう。

「一応、ラー油もかけてみるか……」

素揚げの狀態でも相當塩辛いので、辛さ控えめの食べるラー油をかけてみた。

「お、これは結構いけるぞ!」

「どれどれぇ……、ん! この赤いのかけたほうがうめぇなぁ」

ラー油の辛さと元々臭豆腐に施されている強烈な塩辛さとでは辛さの種類が異なるのと、食べるラー油獨特の旨味がいい合にマッチし、より味しくいただけるようになる。

もちろん、ふたりが臭豆腐の匂いに慣れたということもあるだろう。

さらに敏樹は〈格納庫ハンガー〉に常備している炊きたてご飯をれたお櫃を取り出した。

「んー! ご飯が進むなぁ」

「なんか、ちょとクセになってきたかもなぁ」

と徐々に箸の進みが早くなり、気づけばふたりでひと瓶分の揚げ臭豆腐を平らげてしまった。

「まぁ、一応食えたな」

「おう。悪くなかったぜぇ」

特別味いと言うほどではないが、思っていたよりも苦労せず食べ切れたな、というのが、このときふたりが抱いた想である。

しかししばらく経つとこの匂いがしくなり、敏樹とシゲルは定期的に臭豆腐を食べるようになる。

さらに、シゲルが匂いのキツイ料理に興味を持ったため、やがてふたりはくさやや鮒ずし、ウォッシュチーズなどにも挑戦するのだった。

――翌朝。

「きゃあああぁぁぁ!!」

子會から帰ってきたロロアが、部屋のドアを開けるなり悲鳴を上げた。

「ロロア、どうした!?」

部屋の口ドアは閉じられ、こちら側にロロアの姿がない。

敏樹が慌ててドアを開けると、部屋のすぐ外にしゃがみ込むロロアの姿があった。

「とひきひゃん……くひゃいれしゅ……」

は涙目で鼻を押さえていた。

一応臭豆腐はすべて平らげ、使用した料理や食類も〈格納庫ハンガー〉に収納済みなのだが、部屋には殘り香が充満していたのだ。

しかし嗅覚が慣れてしまった敏樹にその臭いをじ取ることはできず、換気などの処理を失念してしまっていたのだった。

「ごめん、ロロア。もう大丈夫だから」

【浄化】魔によって室の空気や家調度に染み込んだ臭気を取り除き、ロロアを招きれた敏樹は、昨夜の事を説明した上で、せっかくだからと彼にも臭豆腐を勧めてみたのだが――、

「無理です無理! ぜーったい無理ですからぁ!!」

と全力で拒否されてしまったので、臭いもの食事會は常に子會の裏で行われることになった。

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