ヘイダの町を有するケシド州は、テオノーグ王國において王都のあるマトユム州に次いで栄えている。

そのケシド州で最も栄えているのがエトラシであり、州都のあるセニエスクよりも商業規模は大きい。

そのため、エトラシは俗に商都と呼ばれていた。

ヘイダの町とは比べにならないほど人は多く、活気がある。

市壁に囲われた面積も倍以上あり、市壁の外にも店が広がっているという狀況だ。

そんな商都エトラシには、王國のあらゆるところから、いや王國外からも多くのや人が集まっており、無いものは無いと言われるほどだった。

そんな華やかな町の大通りから外れた所。

々暗い雰囲気のある區畫に、その立派な建はあった。

――奴隷商館である。

奴隷という存在に対する忌避を、敏樹は特に持ち合わせていなかった。

自分たちの世界にも過去には合法的に存在していたものでもあるし、この世界の奴隷も、技などが発達し、ひとりあたりの仕事量が増えて労働者があぶれてくれば、いずれなくなるだろうということもわかりきっていることだ。

それに、奴隷とひと口にいっても、國や制度よっていろいろと異なる部分も多い。

例えばこの國・・・の奴隷はいくつかの種類にわけられている。

家事を行う家事奴隷、農作業や工業を行なう作業奴隷、金銭を扱うことを許可され、商売を手伝う商業奴隷、そして魔の討伐や主人の護衛を擔う戦闘奴隷などである。

そして、課せられた職務以外のことを無理強いすることや、むやみに奴隷を傷つけることもじられている。

奴隷を扱う奴隷商も、奴隷を購した主人も、奴隷たちの健康維持には責任があり、その責任を軽んじると、それなりの罰をけるのだった。

例えばこんな話がある。

とある商人が家事奴隷を連れて旅に出たところ、魔に襲われた。

『おい、お前！　さっさと魔を退治しろ！！』

『旦那様、私は家事奴隷ですので、戦闘を行う義務はありません』

『ぬぅ、使えんやつめ！　では囮になれ。その間にワシは逃げるぞ！！』

『お待ちくだいさい。奴隷のを護るのは主人の義務です。こんなところに私を置き去りにすれば、ご主人さまは罪に問われますよ？』

『ええい、だまれ！！　お前、ワシが死んだらどうするつもりだ！？』

『……はて。主人の弔いは家事に含まれるのでしょうか？』

「……で、そのふたりは結局どうなったんだ？」

「さぁ？　これはただの小噺こばなしだからね」

奴隷に関する説明と一緒にちょっとした小噺を披したのは、敏樹とともに商都を訪れていたファランだった。

今回敏樹はとある目的のためエトラシを訪れており、ロロアとファラン、ベアトリーチェそしてもうひとりローブをにまとった人が同行していた。

現在シゲルとシーラたちだが、商都まではともに來たもののそこからは別行をとっている。

「奴隷の扱いには気をつけようという教訓のようなものだからな。私も何度か耳にしたことがある」

と、ローブの人が話にってくる。

聲の調子から、その人がであり、敏樹らとそれなりに友好的な関係であることがわかった。

「すいませんね、テレーザさん。わざわざご足労いただいて」

「ふ……まったくだ」

敏樹の言葉に答えながら、テレーザと呼ばれたローブのは、周りに人気ひとけがなくなったのを確認してフードをいだ。

フードの下からは燃えるような赤い髪が現われた。

適度に健康的な白い、目鼻立ちはくっきりとしており、つり上がった大きな目と勝ち気な表のせいか、し苛烈な印象をける。

肩の辺りで雑に切られた赤い髪に包まれた頭には、貓を思わせる耳が生えていた。

おそらく尾もあるのだろうが、足元までローブに覆われているため確認することはできない。

「私が出張って取り越し苦労だというのであれば、それなりの罰をける事になるのだぞ？」

「ええ、わかってますよ」

「ふん……。相手は我々にも尾を摑ませない大だ。ほんとうに大丈夫なのだろうな？」

「ご心配なく」

「むぅ……」

しきつい口調で問い詰めてみたものの、飄々と返す敏樹を見て、信頼したものかどうか迷うテレーザだった。

「君もいいのか？　下手をすればお父上にも累が及ぶかもしれんぞ？」

「あはは、トシキさんに任せとけば大丈夫だよ」

「ふむ……、大した自信、大した信頼だ。で、君も同意見というわけか？」

突然視線を向けられたロロアは、しだけ怯えた様子で敏樹の影に隠れるような素振りを見せたが、すぐに気を取り直し、テレーザを見返した。

「はい。トシキさんですから」

「……そうか」

そうこうしているに、ファランの足が止まる。

「著いたよ」

そこはエトラシ隨一、いや王國隨一の奴隷商ランバルグの商館だった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「ようこそお越しくださいました。ランバルグ商會會長、ドレイクと申します」

付で待機していた敏樹らの前に現れたのは、ゆったりとした商服にを包んだ恰幅のいい初老の男だった。

「これはこれは、會長さん自らのお出ましとは」

「それはもう、ドハティ商會會長の紹介とあらば、失禮があってはいけませんからなぁ」

敏樹の言葉に、ドレイクは人の良さそうな笑みを浮かべて答える。

「ではご要を伺いましょうか」

「話が早くて助かります。聞けば最近、ハイエルフの家事奴隷がったとか」

「はて？　なんのことでしょう？」

ドレイクは眉ひとつかさず平然と答える。

「はは、そう警戒しなくても……。今度のオークションで目玉にするつもりなんでしょう？」

「あの、オーシタ様が一何をおっしゃっているのか、皆目検討も――」

「ミリア」

ドレイクの眉がピクリとく。

「ミリア・オーランド。樹海十三氏族のひとつオーランド家當主の四で、メネツ王國での事業に失敗した家の建て直しのために売られた悲劇のハイエルフ、でしたっけ？　おかげで沒落は免れたものの、ハイエルフの家事奴隷は高値がつきすぎて、１００年たったいまもオーランド家は娘を買い戻せずにいるんですよね？」

「まぁ、知る人ぞ知る話ではありますが……、そのミリア・オーランドが我が商館にいるとでも？」

ドレイクの反応に肩をすくめる敏樹の脇から、ファランが進み出て頭を下げる。

「お初にお目にかかります。私・はドハティ商會會長クレイグの娘で、ファランと申します」

「ほう。これはこれはご丁寧に。しかしドハティ商會の娘さんといえば……」

目の前で頭を下げるファランへと視線を落としたドレイクの表に、わずかながら蔑むような雰囲気が浮かび上がる。

頭を上げたファランは、そんなドレイクに対してしばかり挑発的な笑みを浮かべた。

「このたび、無事帰宅・・することができました」

「そ、そうですか……。それはよろしゅうございました」

堂々と返されたのが想定外だったのか、ドレイクの頬がほんのわずかだがひきつった。

「ドレイク様。近いうちに我がドハティ商會は事業拡大を行ない、奴隷を扱おうかと考えております」

「……ほう、ドハティ商會さんがねぇ」

「はい。つきましては、王國隨一……いえ、この國・・・隨一の奴隷商たるランバルグ商會さんで、最高の奴隷に會ってこい、と父より仰せつかっております」

「で、會長さん、これをですね」

そこで話に割り込んできた敏樹は、いつの間にか手に持っていた革のアタッシュケースを開いた。

「む……これは」

アタッシュケースの中には札束がぎっしり詰め込まれていた。

「１億あります。対面した上で、可能であれば一言二言話させてもらえませんかねぇ」

「よろしくお願いします！」

ファランが頭を下げ、ロロアも慌ててそれに習う。

テレーザは無表のまま、そのやり取りを見ていた。

「はぁ……。さすがドハティ商會さんだ。どこでその報手にれたのやら……」

そう呟いたあと、ドレイクはパンパンと手を叩いた。

すると、メイド服にを包んだが數名現われる。

のこなしから、何かしら戦闘訓練をけていると思われた。

「ほんのし、話すだけですよ？　るのも止ですからね」

「わかりました」

「ありがとうございます、ドレイク様」

敏樹がアタッシュケースを閉じて差し出すと、メイドのひとりがそれをけ取った。

「武のたぐいは【収納】しておいてください。あとでチェックした際にお持ちの場合はこちらでお預かりします。ではこちらへ」

そう言って歩き出したドレイクのあとに続いて、敏樹らもついていった。

先頭を歩くのはドレイクで、そのすぐうしろに２名のメイド、敏樹ら４人と続き、さらにそのうしろを半ば囲むように３人のメイドがついて歩いた。

幾つかの廊下や扉、魔道と思われるセキュリティシステムを超え、一行は別館と思われる建に到著した。

「ではここでボディチェックを。そちらの方はローブをいでください」

ドレイクの指示に、テレーザが眉をひそめる。

「すまない。貴殿を信用しないわけではないが、何かあったときに主人を守る必要があるので、鎧をぐ訳にはいかない」

主人、といったときにテレーザは敏樹を見た。

テレーザは戦闘奴隷として敏樹に付き従っているという設定にしようと、事前に打ち合わせていた。

奴隷でありながら、豪商とも言うべきドレイクに対してぶっきらぼうな態度のテレーザだったが、戦闘奴隷が主人以外に禮を盡くさないというのはよくあることなので、特に問題はない。

「ふむ、ローブの下に鎧を著込んでいると？」

「ああ。ミリア殿を前に鎧を見せびらかして怯えさせては、主人が満足に話をできないかもしれないからな。鎧の隙間から手を突っ込むなりして、調べてもらっていいので、ローブは著たままでいさせてほしい」

「ふむ……いいでしょう」

メイド３人による念なボディチェックが行われ、テレーザは無事ローブ姿のまま同行できることになった。

「言うまでもないでしょうが、ここはでは魔や魔道は封じております。【収納】を使った武の持ち込みなどもできませんので、その點はご了承を」

魔や魔道の封印は、重要施設などに施されるセキュリティとして採用されていることも多い。

「ではどうぞ」

通された部屋は、先日泊まったバルナーフィルドホテルのスイートルーム並に豪華な部屋だった。

ただし、室は無粋な鉄格子で區切られていたが。

そして室の革張りのソファに、白いドレスのが座っていた。

「ミリア、お客様だ」

ドレイクの言葉を聞き、ミリアが立ち上がる。

そしてゆったりとしつつも、洗練された、なんともしなやかな様子で鉄格子の前まで歩いてくる。

絹のようなサラサラの髪、けるような白い、整った顔には憂げな表が浮かんでおり、そのしい容姿に、敏樹は好意などのとは無関係に、ドクンとが鳴るのをじた。

「――ってぇ……！」

と、そのとき、左右のに痛みが走る。

どうやらうしろに控えていたロロアとファランが、敏樹のを軽くつねったらしい。

（ファランはともかく、ロロアのは……）

軽くといっても膂力に優れた獣人のロロアにつねられた左のには、それなりの痛みがあった。

ファランの顔には商人らしい笑顔が張り付いており、ロロアは平靜を裝っていたものの、し口が尖っている。

そしてそのやり取りに気づいたベアトリーチェは呆れたようにため息をつき、テレーザは笑いを噛み殺していたが、ドレイクとミリアは気づかなかったようだ。

メイドのの數名もやり取りに気づいていたが、無表を保っていた。

（ま、おかげでちっとは冷靜になれたか）

ロロアとはまた異なるタイプの人を目の前にしてし驚いた敏樹だったが、の痛みで平常心を取り戻せたようだ。

「お初にお目にかかります。ミリア・オーランドと申します。あなた様が新しいわたくしの……？」

「いや、この方々は一度お前の顔を見たいと言って來られたのだ。し、話をするといい」

「それはそれは」

ミリアがしなやかな作で頭を下げる。

「あー、どうも。大下敏樹、４０歳です」

「改めまして、ミリア・オーランドです。申し訳ありませんが年齢のほうは……」

「ああいえ、べつにいいですよ。では早速ですが――」

ミリアとドレイクの目が見開かれる。

敏樹は〈格納庫ハンガー〉から取り出した片手斧槍を振り上げていた。

「――中にらせてもらいますね」

言い終えるが早いか、敏樹は片手斧槍を振り下ろし、鉄格子の錠前を破壊した。