《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第7話『おっさん、近所の溫泉に行く』
「じゃあ、実家に帰らせていただきます」
「はーい、また明日ねー」
夕食の後自室でひと息ついた敏樹は、思うところがあってロロアとともにファランの部屋を訪れていた。
彼はベアトリーチェとの二人部屋だったが、商會長の娘が質素な部屋に泊まるわけにもいかず、このホテルでは最も広い部屋をとっており、敏樹が訪れたときにはいつもの陣が全員集合していた。
そしてファランとの相談を終えたところで、みんなに見送られながら実家に帰ることになったのだ。
「ファランちゃんごめんね、みんなお仕事なのに……」
明日、ファランたちドハティ商會組はいろいろとやることがあり、ほとんど休む暇なないのだとか。
「いいのいいの。そのぶん移のときにゆっくりさせてもらってるから」
「せやせや。ここで街に來てまでダラダラしとったら何のためにウチらおんねんっちゅう話やからな」
「遊びで來とるわけちゃうしな」
「専屬護衛としては移中の警戒を任せっきりというのも心苦しいですからね。街にいるときくらいはしっかり働かないと」
「私の食材めぐりは趣味みたいなものだからロロちゃんは気にしないで」
「だったらわたしの洗剤めぐりも似たようなもんですねぇ」
敏樹ら冒険者の仕事はあくまで移中の警戒であり、街での依頼人の行まで気にかける必要はない。
というか、後半の行程を考えればここで休むのも立派な仕事のうちといえるだろう。
「シーラたちはいいの?」
「ああ。商都の冒険者ってのがなんぼのもんか、參考にしたいしね」
「下手に休んで張が途切れるのも避けたいですわね」
「ん。責任ある補佐だから」
シーラたちはあくまで補佐役として同行しているのであって、今回の護衛のメインはガンドと敏樹やジールたち験者である。
なので、そこまで休みにこだわる必要もないだろう。
この場にいないシゲルに関してはなんの心配をする必要もないだろうし、ジールたちに関してはガンドが上手く面倒を見てくれるはずである。
「ま、気にせずゆっくりしてきてよ」
「……うん。ありがと」
ファランの言葉にロロアはこくりと頷いた。
「じゃあみんな、実家に帰らせていただきますね」
そしてロロアは顔をあげると、にっこり笑ってそう告げるのだった。
(あ、セリフとられた……)
**********
拠點であるガレージに著いた時點で時刻は20時し前だった。
夕食の時間がし早く、食後ひと息ついてもこのくらいの時間に帰ってこられたのだった。
「溫泉、溫泉っと……」
スマートフォンを手にした敏樹の頭に思い浮かんだのは、隣町の小さな溫泉か、隣県の有名な溫泉かであった。
どちらも営業は23時までで、浴料自はさほど変わらないのだが、なんといっても現在地からの距離が違う。
「あっちは高速使って1時間半……。まぁ1時間くらいはゆっくりできるけど、その後こっちに帰ってくるのがなぁ……。ホテルに泊まるとなると高くつくし……」
対して隣町であれば実家から15分の距離である。
「よし、隣町にしよう」
隣町とはいえ歩けば1時間以上はかかる距離である。
移には自車が必要なので、まずは実家に赴く必要があった。
「じゃ、行くよ」
「はい」
敏樹がアクセルを回すと、バルン! とエンジン音が響く。
町中の移用にと買っておいたツアラータイプのバイクに、敏樹とロロアはまたがっていた。
(金のあるときに買っといてよかったよ、ホント)
タンデムシートに座るロロアも、もう慣れたもので、特に怯えることもなく敏樹の腰に手を回している。
ロロアがしっかりと摑まったことを確認した敏樹は、ゆっくりとバイクを発進させ、5分程度で実家に到著した。
「お、車はあるな。あとはキーを……」
母親が夜に出かけることはめったにないので、1~2時間借りるくらいは問題ないのである。
そう思い、ゆっくりと玄関の戸を開けようとしたところで――、
「あら敏樹、帰ってたの」
できればいま一番會いたくない人と遭遇してしまった。
「げぇっ! 母ちゃん!?」
「親に向かって“げぇっ”とはなによ。あら敏樹、あなた――」
おそらくお向かいさんの家で井戸端會議ぎでもしていたであろう母親は、まだし離れた場所にいたはずだが、いつの間にか距離を詰められていた。
「――こちらの可らしいお嬢さんはどなた?」
そして敏樹の影に半ば隠れていたロロアの前に立ち、普段からは想像もつかないような和な笑みを浮かべるのだった。
「あー、えっとこの娘は、その……」
「どーもはじめまして、敏樹の母でございます。いつも息子がお世話になってますわねぇ」
息子が連れてくるは例外なく嫁候補とでも思っているのか、敏樹の母親は好印象を植え付けようと、穏やかな口調で語りかける。
「ちょ、おい、なに勝手に……」
「あ、えっと、その、ロロアといいます。いつも敏樹さんにはお世話になっています」
「あらぁロロアちゃんっていうの? 外國の方かしら? ねぇ敏樹、こんな可い子とどこで出會ったのよ?」
「か、可いだなんて、そんな……」
ぐいぐい詰め寄る母親と、照れてうつむきながらも口元を緩めているロロアの姿に、敏樹はため息をついた。
「はぁ……。あれだ、ロロアとは、その……仕事先で、だな」
「仕事って、新しく始めた海外飛び回ってるっていうやつ?」
「そう、それ! 仕事先でいろいろと手助けしてくれてね」
「ふぅん。敏樹くん、奧手だと思ってたけど意外とやるわねぇ」
「なんだとっ!?」
母親とは別の聲が聞こえてきたのでそちらに目を向けると、母親と仲のいい近所のおばちゃんがいた。
「で、どこで出會ったの? どうやって聲かけたの? ロロアちゃん、だっけ? お歳は? 二十歳くらいかしら?」
「あ、いや、その、鍵! 母ちゃん、車の鍵をっ!!」
ぐいぐい來る近所のおばちゃんに辟易しつつ、敏樹はなんとかそう訴え出ることが出來た。
「車の鍵なら玄関にあるわよ。出かけるの?」
「あら、お茶くらい飲んで行きなさいよ。ねぇ?」
このおばちゃん、人の家に上がり込む気まんまんである。
「いやいや、溫泉行くから。急がないと閉まるだろ? その前に、な?」
敏樹は母親とおばちゃんの猛攻をかわしつつ、玄関の戸を開けてささっと自車のキーを取り、ロロアの腕を摑んでガレージへと急いだ。
「じゃあ言ってくるからー!」
田舎のおばちゃんは好奇心旺盛だが、立ち去ろうとする若者をわざわざ追いかけてきたりはしないのだ。
無事ガレージにたどり著き、車に乗った敏樹は安堵の息をつく。
「ごめんな、騒がしい母親で」
「いいえ、そんな……」
とはいいつつ、ロロアもどこか安心した様子だった。
(車、しいな……)
なんとか日本で稼ぐ手段を確立し、できるだけ早く自車を買おうと決意する敏樹だった。
**********
実家を出たあと一旦ガレージに戻った敏樹は、下著の替えとジャージを持って溫泉を訪れた。
(どうせガレージに戻るなら、ロロアには待ってもらっときゃよかったな……)
後悔先に立たずである。
「ほぇー。立派な建ですねぇ……」
これといって趣きのない、ザ・公共施設という外観の溫泉施設だが、ロロアにとっては見慣れないものなので、彼は呆けたように建を見ながら々間抜けな聲をらしていた。
(あっちの溫泉に行ったらどんな反応するかな)
有名なアニメ映畫の題材にもなった、いまや世界的にも有名な歴史的溫泉施設が隣県にはある。
その歴史深い緒あふれる建を見たとき、彼がどんな反応を示すのかは、後日の楽しみとしておこう。
日本の公衆浴場を初めて訪れたロロアだったが、故郷の集落からし離れたところにも溫泉はあり、彼には浴の習慣があったので、湯につかるというところに戸いはない。
それに、ここは溫泉といっても天風呂などがあるわけでもなく、銭湯にが生えたようなものである。
ロロアには銭湯のマナーを解説した畫やサイトみて事前に勉強してもらったので、特に問題はないだろう。
「ふぃ~…………、極楽じゃぁ…………」
ゆっくりと溫泉につかって充分に癒された敏樹は、風呂をあがると手早くジャージを著てロビーに出る。
「ごめん。おまたせ」
「いえ、私もいま出たばかりですから」
そこには髪をらせたジャージ姿のロロアがいた。
ゆったりと過ごしてしいので、ルームウェア代わりのジャージはしサイズを大きめのものにしている。
それでも彼の満なやは無遠慮に布地を押し上げ、ロロアの素晴らしい型を主張していた。
また、ロロアといえば青髪が特徴だが、こちらの世界で見る茶髪も悪くない。
その髪がしっとりとっているせいか、いつもより艶っぽく見えるのは気のせいだろうか?
「あの、トシキさん……?」
ぼんやりと見惚れる敏樹に、ロロアが小首を傾げて問いかける。
「あ、ああ、ごめん。あの、髪、乾かしてないの? ドライヤーあったと思うけど……」
「すいません、使い方がわからなくて……。だから、今日も、いいですか?」
彼は集落で暮らしていた頃だと風魔法を使って髪を乾かしていたのだが、こちらでは魔法が使えない。
町に出てホテル暮らしを始めると、部屋にはドライヤーに似た溫風の出る魔道が備え付けられていたのだが、彼はそれを上手く使いこなせずにいた。
なら魔法で乾かせばいいのだが、せっかくだからと敏樹が溫風の魔道で髪を乾かしてやると、すっかりそれを気にってしまったのだ。
「いいよ。じゃ帰ったらね」
ガレージに戻った敏樹はさっそくドライヤーを用意した。
「ふぁあぁぁ……、きもちぃれすぅ……」
よほど気持ちよかったのか、そのまま眠り落ちそうになるロロアをベッドまで導してやったあと、敏樹はソファに橫たわった。
(車は……、明日でいいか)
ロロアの穏やかな寢息が聞こえるなか、敏樹も眠りにつくのだった。
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