《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第12話『おっさん、邸宅に忍び込む』
天網監察署を辭した敏樹は、一旦ロロアやファランたちと別れて州都のとある邸宅の前に立っていた。
そこそこ大きく小綺麗な家であり、外観からしてここの住人がそれなりの地位にある人であることが窺い知れる。
実際、ここは州都憲兵隊副隊長の邸宅であり、この町ではかなりの影響力を持つ権力者と言っていいだろう。
「ったく、憲兵隊の副隊長がなにやってんだか……」
怒りと呆れが混ざったような呟きをもらしながら、敏樹はタブレットPCを構え、背面カメラで邸宅を捉えていた。
周りから見れば完全なる不審者であるが、〈影の王〉で姿を隠しているのでだれも敏樹の存在には気づいていない。
『報閲覧』を使って邸宅のセキュリティを調べていく。
この『報閲覧』だが、どこに何があるか、あるいはどういう人種がいるか、くらいであれば広域マップからある程度検索できるのだが、建に施された警備システムや部の間取り、詳細な人データなどは実際にカメラで捉えなければ調べることが出來ない。
とりあえず広域マップから水人がこの邸宅にいることは確認できていたので、さっさと踏み込んで保護すればいいのではないかと敏樹はテレーザに訴えたのだが、事はそう簡単にはいかないようだ
『囚われている人の多くは、事があってそこに留まっていることが多い。例えば山賊やそれに類するろくでもない組織に目をつけられ、家族や知人が人質のような扱いをけている、とかな』
まさにロロアの集落がそうだったので、敏樹には大いに納得できる話だった。
人間よりも遙かに優れた能力を持つ人である。
その気になれば力ずくで出することは可能だろう。
しかしそんなことをすれば故郷の親類縁者友人知己がひどい目にあってしまうのではないか、という恐怖があり、彼らは囚われのに甘んじていることが多い。
『踏み込んで接したはいいが、自分の意志でそこにいると言われてしまえばどうにもならないからな』
つまり、天監が接した際に、自分は無理やり監され、働かされているのだという証言を得なくてはならない。
ただ、その証言さえ得られれば天監はその場で敵を拘束することが可能だ。
証言の裏取りなどは一切必要ない。
『數代前の天帝が人は対等の隣人であると宣言し、天網に明記されているからな』
それだけに人たちの言葉は思い。
なくとも、天監のような天帝直轄の組織に屬する人間にとっては。
なので、逆に“賓客として遇されている”とでも言われてしまうと、実際の狀況如何にかかわらず、天監は手が出せなくなってしまうのである。
「ふむふむ。門番ふたりと魔力知のみか……」
タブレットPCのモニターを見ながら、敏樹が呟く。
その程度であれば、ある程度のレベルで発した〈影の王〉で問題なく侵可能である。
消耗を抑えるためタブレットPCを〈格納庫ハンガー〉に収めたあと、念のためし高いレベルで〈影の王〉を発したまま、門番が警戒する出り口を悠然と歩き、敏樹は副隊長の邸宅敷地にった。
(結構広い庭だな……)
門番の視界から外れ、魔力知をやり過ごした敏樹は、〈影の王〉の一部の機能を解除して庭を進んだ。
(いったんこの辺りに隠れるか)
念のためタブレットPCを取り出して『報閲覧』で周りに人がいないことを確認したところで、敏樹は庭の木にを隠した。
うっすらと気配を消し、風景に溶け込みつつ、邸宅り口の様子をうかがう。
力や魔力の消耗が激しい〈影の王〉だが、能力を制限すれば長時間に渡って発が可能だ。
を隠しての張り込みというのは神的にかなり疲れる作業だが、それほど苦にならないのは〈神耐〉や〈無病息災〉のおかげだろうか。
(お、やっときがあったな)
じっと木に息を潛めたまま1時間が経過したころで、邸宅の扉が開いた。
夫人と思われるが數名の供を連れて出かけようとしている。
(おじゃましまーす)
最大レベルで〈影の王〉を発した敏樹は、ドアが閉まる前に夫人や供の人員の間をすり抜けて、さっと邸宅にり込むことに功した。
「…………?」
「どうかしましたか?」
「いえ、なにか違和が……」
侍のひとりが首を傾げたのを夫人が見咎める。
実は敏樹が侵する際にその侍に軽く振れてしまっていたのだ。
「風かほこりの類でしょう。お騒がせして申し訳ありませんでした」
しかし〈影の王〉に含まれる覚への隠蔽効果により、わずかな違和を持たせるだけに留めることができていたのだった。
邸に侵した敏樹は、すぐにタブレットPCを取り出して『報閲覧』を起した。
(中もまぁまぁの警戒制だな)
建の中にれば、部の報を詳しく調べることが可能だ。
敏樹は邸に仕掛けられた魔力知の死角となるにを潛め、一旦〈影の王〉を解除してタブレットPCを〈格納庫ハンガー〉に収納した。
(ふぅ……)
靜かにゆっくりと、しかし大きく息を吐き、心を落ち著かせ、から力を抜く。
〈影の王〉を解除した敏樹だったが、その後も〈気配察知〉などの〈パッシブ〉スキルは働いているので無防備というわけではない。
敏樹は周りを軽く警戒しつつ、高レベルの〈影の王〉と『報閲覧』で消耗したHPとMPの回復に努めた。
(そろそろいいか)
10分ほど休憩したあと、敏樹は『報閲覧』で邸の調査を再開した。
見取り図を參考に、警備システムに探知されない場所を探す。
いくつか候補を選定したうえで〈影の王〉を発し、探索に乗り出した。
かなり広い邸宅のため、あまり使われていない部屋もあるようなので、部屋の口をタブレットPCのカメラで捉えてさらなる詳細を調べ上げる。
(お、ここがいいな)
半年以上清掃以外で人がっていない部屋を見つけた敏樹は、周りに人がいないことを確認した上で扉付近の音を遮斷し、中にすべりこんだ。
(置……か?)
その部屋は棚がいつくか設置された部屋で、中には十數個の木箱が積まれたり並べられたりしているだけの部屋だった。
どうやら一時的に邸の荷が多くなったときにだけ使われるような部屋であるらしく、ここ半年は清掃以外で人がった形跡はない。
(よし、じゃあここを拠點にして、と)
その小部屋を拠點に設定した敏樹は、手持ちの魔石から魔力を吸収してMPを回復し、〈拠點転移〉でホテルの部屋に戻った。
「あ、トシキさんおかえりなさい!」
「おう、ただいま」
敏樹を出迎えたロロアが、心配そうな視線を向けてくる。
「どう、でしたか……?」
「うん。首尾は上々ってじかな」
余裕のある敏樹の言葉と表に、ロロアはほっとをなでおろすのだった。
**********
その日の深夜。
人が寢靜まり、システム以外の警備が最も手薄になった時間帯を狙って、敏樹はロロアを連れて副隊長邸の拠點へと転移した。
念のため魔石から魔力を吸収し、〈拠點転移〉でいつでもホテルに逃げられるようにしておき、敏樹はロロアを連れて拠點となっていた小部屋を出た。
常夜燈に切り替えられ、暗くなった邸をロロアの手を引いて進んでいく。
通路には魔力知が一定の間隔で設置されているため、念のため彼にも〈影の王〉の隠蔽効果を付與しておく。
目當ての場所は地下にあった。
そこにいたるまでの警備は魔力知のみで、鍵の掛かった扉などの障害はない。
おそらく何か用があって呼び出したとき、迅速に移させられるようにしているのだろう。
そして、対象が逃げないという確信もあるに違いない。
「(ここだ)」
階段を降りた後も迷いなく歩き、ひとつの扉の前で立ち止まった敏樹は、ロロアを引き寄せて耳元で囁いた。
それをけて、ロロアは張の面持ちのまま無言で頷く。
「(じゃ、るよ?)」
ロロアがもう一度頷くのを確認した敏樹は、扉を含む部屋全に〈音遮斷〉の効果を付與して扉を開けた。
(ま、悪くない部屋ではあるな)
部屋の広さは6帖ほど。
壁には棚がいくつか設置されており、そこには本が並べられていた。
出り口近くには全を覆い隠せるようなフード付きのローブが引っ掛けられている。
人目につく場所での作業時には、これを著せられているのだろうか。
奧にはシングルサイズほどのベッドが設置されており、そこには小柄な蜥蜴頭の水人が眠っていた。
「バレウくん!」
その水人の顔を確認したロロアは、彼の名を呼んで駆け寄った。
まだ部屋全に〈音遮斷〉効果を付與したままなので、室の音が部屋の外にれることはない。
「ん……」
眠っていた水人の目が開く。
本來睡眠を必要としない人は、眠りが淺い。
數秒で意識がはっきりとしたのか、バレウと呼ばれた水人の年は、ガバッと起き上がるやベッドを降りて膝と手をつき、頭を下げて額を床にり付けた。
「も、申し訳ありません! すぐに伺います!!」
「……っ!?」
その作から、彼に対する普段の扱いが垣間見えたのか、ロロアは眉を下げ、泣きそうな顔で振り返って敏樹を見た。
敏樹もまた、バレウの様子に不快を示しながらも、ロロアに対して力強く頷いてやった。
「バレウくん……」
ロロアは彼の名を呼びながらしゃがみ、優しく肩に手を置く。
「顔を上げて、バレウくん。私だよ……、ロロアだよ」
ロロアの名を聞いた瞬間、バレウは弾かれたように顔を上げた。
「え? ロロア……ねーちゃん?」
「そ、おねえちゃんだよ」
戸うバレウに、ロロアはにっこりと微笑みかけた。
「ロロアねーちゃん、なんで!? え? えぇ!?」
ロロアの顔を確認したバレウは、を起こし、あたふたとし始めた。
「ふふ……。助けに來たよ、バレウくん」
助けに來た。
その言葉に、バレウのきがピタリと止まる。
そして――、
「ええーっ!?」
若い水人の大きな聲が、狹い室にのみ響き渡った。
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