《不良の俺、異世界で召喚獣になる》4章8話
「……そろそろ、大丈夫ですよぉ?」
迷宮の通路を歩くアルマが、キョーガの顔を見上げながら聲を掛けた。
「あァ?何の話だァ?」
「……マリーと褐ロリは気づかなかったかもですけどぉ……ボクにはバレてますよぉ?……無理、してますよねぇ?」
一瞬、キョーガが返答に詰まった。
その沈黙を肯定と判斷したのか、アルマが大きくため息を吐き、キョーガの手を握った。
「……弱い所を見られたくないって気持ちは、わからなくはないですぅ……だけど、それと無理をする事は違いますよぉ?」
「……………」
「キョーガが強いのは知ってますぅ。でも、キョーガだって普通の生ですよぉ?無理にしたら辛いし、頑張りすぎたら死ぬんですぅ……ほどほどに頑張りましょぉ?」
―――ほどほど……だと……?
「……………………そんなん、だったらァ……!」
フラフラと歩くキョーガが、アルマを襟元を摑み、暴に持ち上げた。
「―――そんな中途半端だったらァ、俺ァ意味ねェんだよォッ!」
キョーガの顔に烈火が浮かび、アルマに向けて怒號を飛ばし始める。
突然の怒號に、アルマは慌てる―――事もなく、どこか心配そうな顔でキョーガを見つめていた。
そ・の・眼・がキョーガの何・か・にれたのか、怒りの炎が増した。
「俺が最強だろォがァ!俺が一番だろォがァ!なのになんでそ・ん・な・眼・で見んっだよォ!」
キョーガの言う、そ・ん・な・眼・。
心配や哀れみなど、自分を下に見るような視線……その目を見ると、キョーガはどこか怯えたような反応を見せるのだ。
「ほどほどォ?!ほどほどだァ?!適當な事言ってんじゃねェ!んな中途半端ならァ、俺ァ必要なくなんっだろォがァ!」
―――獨りはイヤだ。
他人の溫もりを知ってしまったキョーガは―――獨りになる事を怖がっている。
キョーガが誇れる才能と言えば……戦う事。
これが必要なくなったら……キョーガの存在は、必要なくなってしまう。
「てめェ、俺の何を知ってるつもりなんだァ?!俺の何をわかったつもりで―――」
「わかりますぅ」
怒り散らすキョーガ……その怒號を、アルマのおっとりした聲が掻き消した。
「わ、かるだとォ……?!適當な事言ってんじゃ―――」
「わかりますぅ」
真っ直ぐに、キョーガを見つめる。
全てを見かしたような視線に、再び怒りをじると共に焦りをじ始めた。
「意味がっ、わかんねェよォ……!俺とてめェは他人だろォがァ!何を拠にわかるなんて―――」
「キョーガの事が、好きですから」
「―――言っ……てェ………………?」
ほんのりと顔を赤らめ、どこか幸せそうな笑みを浮かべる。
「ボクは、キョーガが好きですぅ。大好きですよぉ……拠なんて、それだけで充分ですよぉ」
にへらっと笑い、襟元を摑むキョーガの手に、優しくキスした。
ゆっくりとを離し、のれていた所をチロッと舐め、妖艶に笑みを深める。
「……わかん、ねェ……わかんねェわかんねェわかんねェわかんねェよォ!俺ァ最強なんだよォ!最強である事が俺の存在意義なんだよォ!最強じゃねェ俺なんてェ、必要ねェ―――ッ?!」
―――突如、鈍い音が響いた。
頬に重たい衝撃をけたキョーガが、目を白黒させ……照れとは異なる理由で顔を真っ赤に染めたアルマと眼が合った。
「……いくらキョーガでもそんな事言うのは許しませんよぉ?」
キョーガに持ち上げられて、プランプランと揺れているアルマが、右足を振り抜いた狀態で靜かに怒りを燃やす。
―――そう、蹴ったのだ。キョーガの顔面を。
「……ねぇ、キョーガ?なんで最強にこだわるんですぅ?」
呆然とアルマを見るキョーガから、返事はない。
「……最強である事が存在意義だなんて、誰が決めたんですぅ?」
顔を俯うつむかせるキョーガから、返事はない。
「……なんで自分は必要ないなんて、寂しい事を言うんですぅ?」
……キョーガから、返事はない。
「……いつ、までっ……黙ってる気なんですぅっ?!」
紅眼を強く輝かせ、アルマが聲を荒らげた。
「最強じゃないと意味がない?!最強じゃないと必要ない?!ふざけてるんですかふざけてるんですよね?!ちょっと顔面出してください1発ぶん毆ってやりますよこの脳筋!」
ジタバタと暴れてキョーガの手を振り払い、アルマが地面に著地。
そのまま腕を振りかぶり―――キョーガの顔面を毆った。一切の躊躇ちゅうちょなく。
最上級召喚獣である『吸鬼ヴァンパイア』の一撃を食らったキョーガが、一瞬で吹き飛び―――壁に激突して、ようやく勢いが止まった。
口からを出しながら顔を上げ……目の前で怒り狂っている青髪を睨み付ける。
「て、めェ……!いきなり何のつもりだァ?!」
「寢ぼけた事言ってるから目を覚まさせてあげたんですよぉ!まだ眠たそうですねもう1発いっときますぅ?!」
「意味がわかんねェっつってんだろォがァ!」
ペッと折れた歯を吐き出し―――折れて無くなった歯が、凄まじい早さで修復。
並び揃った歯を噛み合わせながら立ち上がり、壁を毆りながら聲を上げた。
「俺は最強にならなきゃなんねェんだよォ!最強じゃねェ俺なんて必要ねェっだろォがァ!」
「ほらまた言ったですぅ!」
「黙ってろォ!俺ァ戦う以外は何もできねェんだァ!俺から戦う事を取ったら何も殘んねェだろォ!」
「……自分で言ってて、悲しくないですぅ?」
「うっせェ!」
キョーガは異世界に來て―――いや、人生で初めて、心からの言葉を吐き出した。
誰にも頼る事のなかったキョーガは……を全て己の中に封じ込めていた。
だからだろうか。
一度心から出た言葉は……止まらない。
「てめェだってわけわかんねェ事言ってただろォがァ!俺が好きだからなんでもわかりますぅ、ってアホかァ!てめェ俺をバカにしてんのかァ?!んな簡単に俺の事ォわかってたまるかァ!」
「ばっ、バカになんてしてないですぅ!というか、キョーガがわかりやすいんですよぉ!思った事が全部顔に出てるんですぅ!もうちょっとポーカーフェイス鍛えた方がいいですよぉ!」
「余計なお世話だってんだよォ!」
いつもは肯定的なアルマが、初めてキョーガを否定した。
真っ向から対立するように牙を剝き、のように紅い眼を爛々と輝かせる。
「何が最強ですか?!そんなのなれると思ってるんですぅ?!」
「なれるかなれねェかじゃねェ!ならなきゃなんねェんだよォ!俺ァ最強じゃねェと―――」
そこで言葉を詰まらせ……小さく呟いた。
「―――最強じゃ、ねェとォ……俺ァ、おめェらと一緒にいる資格がねェ……」
先ほどまでの威勢の良さはどこへ消えたのか。
手を震わせ、嗚咽が出そうになるのを必死に堪えながら言葉を続ける。
「……俺ァ、おめェらが好きだァ……リリアナもォ、サリスもォ、マリーもシャルもォ……もちろん、アルマだってェ……俺ァおめェらの事がァ、好きなんっだよォ……」
クシャクシャの顔を見せないように手で覆い隠すキョーガが、悲しそうに瞳を揺らした。
「好きなんだよォ!一緒にいてェんだよォ!だけどォ―――!……だけどォ……俺にゃァ、その資格がねェ……」
「…………キョーガ」
「俺みてェな野郎がァ、おめェらみてェな溫あったけェやつらと一緒にいちゃいけねェんだよォ……」
「……キョーガ」
「最強になりゃァ、おめェらァ俺を頼たよんだろォ?!そしたら獨りにならねェだろォ?!だったら俺ァ、最強になるしかァ―――おめェらと一緒にいる方法がァ、思い付かねェ……」
「キョーガっ」
ようやくアルマの聲に気づいたのか、キョーガがゆっくりと顔を上げた。
やはりそこには―――アルマのあ・の・眼・がある。
―――クシャクシャで、今にも泣きそうな顔。
ああ……こんなの、最強とはほど遠い。
アルマがそ・ん・な・眼・で見るのも……仕方ないのかも知れない。
「……はぁ……キョーガってアホですぅ?」
「……は、ァ……?」
大きくため息を吐き、アルマが珍しくガシガシと暴に頭を掻いた。
「……いつボクが、最強じゃないキョーガなんて意味がないなんて言ったですぅ?いつご主人様が、最強じゃないキョーガは必要ないなんて言ったですぅ?」
「………………それェ、は―――」
「いつサリスが、弱いキョーガを嫌いなんて言ったですぅ?いつマリーが、弱いキョーガと一緒にいたくないなんて言ったですぅ?いつあの褐ロリが、最強じゃないと一緒にいる資格がないなんて言ったですぅ?」
一切の反論も許さない言葉のマシンガンが、キョーガの心に降り注ぐ。
「……俺、ァ……」
「ねぇキョーガ、ボクがキョーガのどこを好きになったかわかりますぅ?」
「知ら、ねェよォ……」
「キョーガの存在に惚れたんですよぉ」
キョーガの隣に立ち、を寄せながら続ける。
「……キョーガの強さも、確かにカッコいいですぅ……でも、ボクが好きなキョーガは、強いだけのキョーガじゃないですぅ」
クシャクシャの顔のまま、キョーガがアルマを見下ろす。
目が合い、笑みを深めるアルマが口を開いた。
「……何だかんだ言いながらもボクたちの事を大事に思って、素直じゃないけど確かな優しさに満ちた……そんなキョーガなんですぅ」
「で、もォ……俺ァ―――」
「最強を目指す、素晴らしい事ですぅ。でも……最強じゃないといけないって、最強じゃないと意味がないなんて、最強じゃないと必要ないなんて思っているのは……キョーガだけですよぉ」
にへらっと笑いながら、にぎにぎとキョーガの手を握る。
―――らかくて、小さな手だ。力をれてしまえば、簡単に折れてしまいそうなほどに。
「……ボクは、キョーガが一緒にいてくれるだけで幸せなんですぅ。最強じゃなくても、ボクに好意を持ってなくても……ただそこにいてくれるだけで、幸せなんですよぉ」
「……なんっ、でェ……そこまでェ……?」
「ボクは、キョーガが好きですから」
好きだから―――それは、さっきも聞いた、何の拠もない言葉。
でも……何故だろうか。
今度の『好き』は―――キョーガの心にストンと落ち、ジンワリと溫かい何かが広がった。
「………………はァ……おめェ、前々から思ってたがァ、変なやつだなァ?」
「まぁ、キョーガを好きになるくらいですからねぇ」
「それだとォ、俺の事を好きになるやつは変なやつだけみてェじゃねェかァ」
「違うんですぅ?」
「ま、否定できねェわなァ」
いつもの調子を取り戻したキョーガ―――いや。その顔は、いつもよりも力が抜けているように見える。
―――最強じゃ、なくていい。
ただそこにいてくれるだけでいい。
「……なんだァ……俺ってばァ、んな簡単な事にも気づけなかったのかァ」
考えてみれば、確かにそうだ。
あのリリアナが『強くないキョーガさんなんていらない』なんて、言うはずがない。そんな姿、想像できない。
結局……俺は、誰も信じてなかったって事なのか。
リリアナ事も、サリスの事も、マリーの事も、シャルアーラの事も……アルマの事も。
……良いのだろうか。
一緒にいるだけでいいって、信じても良いのだろうか。一緒にいたいって、願っても良いのだろうか。コイツらと一緒に生きたいって、思っても良いのだろうか。
「……いいのかなァ」
「何がですぅ?」
「……こんな俺でもォ、人並みの幸せを願ってもいいのかなァ?」
「もちろんですよぉ」
ぎゅっと強く手を握り、アルマが嬉しそうに目を細める。
……初めて、己をさらけ出した。しかも、その己を真っ向から否定された。
だが……こんなにもスッキリした気持ちになれたのは、何故だろうか。
「……ほんとォ、おめェは優しすぎんよなァ」
ニコニコと笑うアルマに、キョーガが謝を言おうと口を開け―――
「―――キョーちゃんっ!アルちゃんっ!」
「っとォ……?サリスかァ?何やってんだァ?」
全ボロボロのサリスが、モンスターの死を片手に走ってきた。
その焦ったような姿に、キョーガとアルマが不思議そうに首を傾げ―――
「……リリちゃんが、いなくなっちゃった!」
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