「……はぁ……おいアバン。私は言ったよな？私は傷を回復するために、一時いっときは戦闘ができないと」

の所々ところどころを黒く染めた『吸鬼ヴァンパイア』が、しい蒼眼を輝かせながらコキコキと首を鳴らす。

―――レテイン・エクスプロード。

先日、リリアナの家をぶっ壊し、アルマを連れ去った張本人だ。

その実力と魔法の才は、キョーガをして厄介と言わしめるほど。

細のから放たれるレテインの殺気に、リリアナが思わず息を呑み……『死霊族アンデッド』が現れた事に、シャーロットが不愉快そうに顔を歪ませる。

「何を言ってるんだ？『神族デウスロード』と戦う事を契約條件にしたのはレテインだろう？またとないチャンスじゃないか」

「それはそうだが……」

「……そう言えば、自分の娘を探すのを手伝う事も契約條件にしていたな？」

「その話はもう良いだろう……」

大きくため息を吐き、レテインが『忌箱パンドラ』を睨み付ける。

相手が『吸鬼ヴァンパイア』だと知ったミーシャが……何故か、憎悪に満ちた表を見せた。

「……『蒼き眼の吸鬼』……ムカつくあいつのお父さんかー……」

「……１０年前、アルマクスからボロボロにされた最・弱・の『神霊デウスロード』、『忌箱パンドラ』か……」

「ねーあのさー。別にミーシャはあなたに負けたわけじゃないんだよー？―――なんでお前が自慢気なのー？」

明あきらかに殺意を剝き出しにし、ミーシャが聲を低くして問い掛ける。

そんな殺意もどこ吹く風。

腰に付けてある鞘から小さなナイフを抜き出し、その切っ先をミーシャに向けた。

無言で構えるレテイン。対するミーシャも、を低くして構える。

一即発の空気……と、靜寂を破ったのは、レテインの詠唱だった。

「『幻視覚イリュージョン』」

レテインの足下に、灰の魔法陣が浮かび上がり―――レテインが消えた。

それを合図にミーシャも『種族能力』を発させ、アバンも素早く『サイクロプス』へ指示を出す。

「『絶を封じ込めし匣ディスペアー・ボックス』……！」

「『命令　暴れ回って騒音を立て、『吸鬼ヴァンパイア』の援護をしろ』ッ！」

「ルルゥアアアアアアアアアアアッッ！！」

姿を消したレテインを攻撃するべく、ミーシャが黒い箱を召喚し、レテインの気配を探る―――と、アバンの命令に従い、『サイクロプス』が大聲を上げながら壁を毆り始める。

迷宮を騒々しい轟音が走り……心底鬱陶うっとうしそうにミーシャが舌打ちした。

―――レテインの使う魔法は、『幻魔法』。

相手に直接的な攻撃をする事はできないが……姿を消したり、辺りの景を変えたりする魔法だ。

だがしかし、姿が見えないだけで、そこに実は存在しているため、攻撃を與える事はできる。サリスのように、音や臭いに敏であれば、だが。

ミーシャもまた、音を頼りにレテインの気配を探ろうとしているのだが―――そうはさせるかと、『サイクロプス』が轟音を響かせ、レテインの足音や服のれる音を掻き消している。

「うるっさいなー……！ちょっと黙ってなよー、デカブツ……！」

黒い箱がガパッと開き、そこから黒い手が現れる。

風を切る音と共に手による鞭撃が放たれ―――『サイクロプス』に當たる寸前、手が空中を舞った。

クルクルと回転しながら手が地面に落ち……ようやく『手が斬られた』と認識する。

忌々しそうに顔を歪め、ミーシャが舌打ち混じりに名前を呟いた。

「……レテイン・エクスプロード……！」

そう。手を斬ったのはレテインだ。

だがしかし、手を斬った事で、どこにいるかが大わかってしまう。

その位置に狙いを定め、再びミーシャが『種族能力』を発させた。

「もっともっと絶を……『絶を封じ込めし匣ディスペアー・ボックス』……！」

黒い箱から、多種多様のモンスターが現れる。

黒狼の群れや黒騎士の軍隊。アルマが慘殺した黒巖石や、キョーガが苦戦した黒竜まで。

スンスンと鼻を鳴らす黒狼の群れと黒竜が、何もない所に飛び込み―――そこから、苦痛混じりのき聲が聞こえた。

「ぐ、ぬぅ……？！」

「ガルルルルルルルルゥウッ！」

「グルルァアアアアアアアアアッ！」

「―――ァァァアアアアアアアアアアッッ！！」

姿を現したレテインが、脇腹を押さえながらナイフを振るう。

押さえている脇腹からが流れ出し……苦痛に顔を歪めながらも、近寄る黒狼を迎撃。

だが―――直後、黒竜が鋭い剛爪を振るい、レテインを吹き飛ばした。

「がっ……は……」

「ふん……『吸鬼ヴァンパイア』のくせに調子に乗るからだよー」

一撃れる事ができてスッキリしたのか、ミーシャが壁にめり込むレテインを見て満足そうに何度も頷く。

そして……視線を、リリアナたちに向けた。

「く、そ……！『吸鬼ヴァンパイア』でもダメなのか……！」

「アバンさん……」

「リリアナ！お前の召喚獣はどうした？！あいつがいれば、あんなやつ……！」

アバンに言われて、リリアナが集中を深め始めた。

キョーガたちがどこにいるか探すべく、どんどん集中を深めて―――

「だーかーらー、余計な事はしないでってばー」

黒い箱が開き、再び黒い手が襲い掛かる。

その先にいるのは―――リリアナだ。

両親も姉弟も、普通の『人類族ウィズダム』とは一線を畫かくすエリート。

だが……リリアナは、凡人にして『無能』。

迫る手は目で追えず、鞭のように風を切る手が自のを打つ未來を予想して、リリアナがギュッと目を閉じた。

―――直後の軽い衝撃と、見知った人の絶を聞くのは、あまりに予想外で。

「くっ―――ああぁああああああああッ？！」

暴に投げ出され、リリアナが地面を転がる。

痛むを起こし……自分の隣に倒れる、見知ったの姿を見た。

「う、そ……お姉様っ！」

「あ、ぐあ、ぐぅぅぅ……！」

右腕を押さえ、苦痛にくシャーロット。

押さえられている右腕はあり得ない方向に曲がっており……肘からは骨が突き出してしまっている。

「『命令　そいつを近づけさせるな』ッ！」

「ルガァアアアアアアアアアッ！」

「おー怖い怖ーい」

アバンの命令も『サイクロプス』の咆哮も、ミーシャのふざけた聲さえも無視して、姉の名前を呼び続ける。

骨が突き出た箇所からが流れ出しており……シャーロットの右腕は、もう二度と使えないだろう。

「ふ、くぅ……！リリアナ……大丈夫、だった？」

「私は大丈夫です、けど……お姉様が……！」

「そう……無事で良かったわ……」

「何も良くないです！なんで私なんかを庇って……！」

―――シャーロットは、天才だ。

アグナムも、ユリエも、カミールも天才だ。

……リリアナは、凡人以下だ。

そんな凡人以下の自分を庇い、天才の姉が怪我を……いや、怪我と言うのも生半可な傷を負うなど―――

「姉が妹を守るのは……當然の事よ……」

「意味がわかりません！そんな理由で―――」

「そう、そんな理由なの……私は、あなたの姉よ？……かわいいかわいい妹のためなら、こんなの余裕で耐えられるわ」

左手でリリアナの頬をでながら、シャーロットが苦痛に歪む顔を笑みに変える。

そして……堂々と立ち上がった。

「リリアナ、自分の召喚獣を探しなさい」

「えっ……で、ですが……」

「大丈夫……あなたの事は、私が守ってあげるから」

安心させるように笑い―――シャーロットの左手の上に、黃の魔法陣を浮かび上がる。

―――シャーロットの魔法は、『浄化魔法』。

『死霊族アンデッド』に対しては絶対の威力を持つが……その他の種族には、デコピンほどのダメージも與えられない。

それでも、可い妹のために戦おうとするその姿、なんと勇ましい事か。

「さあ……早く探しなさいッ！」

「……はい！」

「はいはいうるさいうるさーい―――死んじゃえ」

黒い箱から手が迫る。

目を閉じ、気配を探るリリアナ―――と、見知った気配が、近くにいる事に気づいた。

「―――見つけたでありますッ！」

「【焼卻】　『滅殺の魔熱線ネオ・イグナイツ・レーザー』」

「『追撃の風爪エア・クロウ』っ♪」

「んー……『絶を封じ込めし匣ディスペアー・ボックス』」

突如、リリアナの背後から、３つの聲が聞こえた。

それと同時、全てを焼き盡くす熱線と不可視の爪撃が放たれ―――迫る手を跡形もなく消し飛ばした。

そのまま奧にいる『忌箱パンドラ』を仕留めんと迫るが―――黒箱が開き、そこから黒い盾のようなが現れる。

黒盾が熱線と風爪をなんとかけ止め……現れた３人を見て、ミーシャがめんどくさそうにため息を吐いた。

「……『地獄番犬ケルベロス』に『地霊ドワーフ』……それに、機械臭いの子かー……」

「こ～のクソガキがっ♪あたしに恥を掻かせた事、後悔させてやるよ～♪」

「【安堵】　無事で良かった、リリアナ」

「マリー殿、あまり連続で砲撃を使うのは遠慮した方が良いでありますよ？し右腕のパーツを弄って、熱線の威力を向上させたでありますが……その分、『魔力』の消費も激しいでありますから」

「【了解】　気を付けて使う」

何に怒っているのか、ヒクヒクと引きつった笑みを浮かべるサリスが。

右腕を見た事ない形狀に変え、銃から凄まじい熱を放つマリーが。

２人の後ろから、こそこそと現れたシャルアーラが。

―――今、召喚士の元へと帰ってきた。

「さ、サリスさん？何に怒ってるんですか？」

「リリちゃんが消えて、さっきまでめっちゃ焦ってたんだから～♪……キョーちゃんにもバカにされるし……♪ほんと―――ぶっ殺してあげるよ～♪」

ニッコリと笑い―――地獄の底から響くような聲で、サリスが牙を剝き出しにする。

そんなサリスの橫を通り過ぎ、マリーがリリアナの隣に座った。

マリーの視線の先には―――塗れのシャーロットがいる。

「……【確認】　この者は？」

「わ、私の姉です……」

「【理解】　しかし……このままだと、マズイな」

無表のまま傷口を見て―――自分の著ているスカートの裾を引きちぎった。

手早くシャーロットの二の腕部分に巻き付け、キツく縛り付ける。

「いっ、づ……！」

「【命令】　くな。簡易ではあるが、治療を行おこなう。シャルアーラ、手を貸せ」

「は……はっ！了解でありますっ！」

「お、おいリリアナ？！何がどうなっている？！」

「え、えっと……みんな、私の召喚獣です。敵ではないので……安心してください」

リリアナの言葉を聞いたアバンは、驚愕した。

それもそうだろう。

自分が『無能』とバカにしていたが、自分より多くの最上級召喚獣と契約しているのだから。

「『地獄番犬ケルベロス』と『地霊ドワーフ』が、お前の召喚獣だと……？！『無能』のお前が―――」

「―――ッらあああァああああああああァああああああああああああああああッッ！！」

突如、ミーシャの背後の壁が発した。

一何が？！とミーシャが視線を向け―――表を驚愕に染めた。

それとは逆に、リリアナは心底安心したような表を見せる。

だって、そこにいたのは―――

「あァ……？んっだよオイ、最短ルート突っ走ってきたつもりだったのにィ、一番遅おせェじゃねェかァ」

「……壁をぶっ壊して近道を作・る・なんて、相変わらずキョーガはデタラメですよぉ」

額ひたいから『紅角』を生やす『反逆霊鬼リベリオン』が、獰猛に笑いながら。

『紅眼』を爛々と輝かせ、黒翼をバサッと広げながら歩く『紅眼吸鬼ヴァンパイア・ロード』が、どこか嬉しそうに笑いながら。

―――戦いの場に、姿を現した。