それは突如襲ってきた。

「ああああがががががががががががががが」

 全が痺れたように痛い。痛い。

「ぐべべべべべべべべぼぼぼぼ」

 ４メートルの巨でもって、屋敷の床をのた打ち回っている。

「なぁコンボイ。急にすぞらが面白そうなことを始めたのだが」

「いやイデア。これ苦しんどるんじゃろ。遊んでる訳では……無いよな？」

そんな確認はいらなああああいてててててて。

「でであああががががぎぎぎ」

苦しい、痛い。尋常じゃなく。

「こりゃ間違いなく神樹の影響じゃのう」

「し……ん……じゅ？」

「そうじゃ。素空、お前さんは強くなりすぎた。この森は比較的神樹の影響は薄い土地じゃ。じゃが、ゼロではない。魔力が大きくなった今、その影響が出ているという訳じゃよ」

「そんな！？　ではすぞらはこのまま……面白いポーズのままで死んでしまうのか？」

悲痛な聲を出すイデア。確かに今「止まるんじゃねーぞ」的な格好だが……面白いポーズ言うな。しかし、あながちそれも間違いではないのかもしれない。痛みが、尋常ではなく大きくなっていく。このままでは、本當に死んでしまうのでは？

クソ、こうなったら覚悟を決めるしかねーか。

「がががが俺ぎぎぎは止ぐぐぐまげげらおおおおねーべべべか」

「何か言おうとしておるらしいが、全然聞こえんのう」

「うむ。すぞらは私の全が見たいと言っている……気がする」

ちげーよ。

「素空さん、神樹の影響をなくすには《人化》するしかありません」

その時、舌足らずない聲が聞こえる。ゴリラの孫、通稱：孫リラだ。し日焼けしたような健康的な褐のに、長い黒髪、そして輝く金の目が非常に可らしいだ。大場にもゴリラにも似なくて本當に良かったね。

「ひ……と……か？」

「そうです《人化》です！　かつてこのリアンデシアに君臨した魔族達も、皆平時は人に擬態して過ごしていました」

人化……そういえばそんなスキルも習得していた。なるほど、これで人間の姿に擬態出來るわけか。

早速使わせてもらうぜ。

「……」

念じた途端、すっとが小さくなるじがした。目を開けて、自分を確かめてみる。確かに……人間の姿だ。かつて人間だったからわかる。これは紛れも無く。

「ねぇ、誰か鏡をもっていない？」

「どーぞ」

孫リラちゃんが笑顔で手鏡を差し出してくれた。ピンクの裝飾の為された可らしいデザインだった。

「おお、気が利くね。流石の子だ」

「いや、それワシの」

「あ、そうなんだ」

まぁいいか。俺は孫リラからけ取ったコンボイの手鏡を覗き込む。

「お、おお！」

そこに寫っていたのは、紛れもなく人間だった頃の七瀬素空の顔だった。

「俺だ……俺の顔だー！！」

踴りだしたいくらい嬉しかった。まぁ、人化するにあたって、一番馴染み深い七瀬素空のが選ばれただけの事なのだろうが。そう。だから完全に人間に戻れた訳じゃない。けれど。しくらいは浮かれても良いだろう。

「ふむふむ、それがすぞらの本當の顔なのだな。ふむふむ。思ったよりも可い顔をしている」

俺の顔をじろじろ見ながら、イデアが言った。

「しかし、服を著ているとはな……殘念だ。全サービスを期待していたのは私だけではあるまい？」

「いや、君だけでしょ」

軽く突っ込みをれつつ、その時になって初めて服を著ていることに気が付いた。黒いパーカーみたいな服だ。これ、実家にあった普段著だよな。服まで再現されるとは、ありがてぇありがてぇ。

「功したよ。そして、助かった。ありがとうな」

痛みが無くなり元気を取り戻した俺は、孫リラの頭をでた。孫リラは嬉しそうに顔を綻ばせる。その表はゴリラというよりも、ワンちゃんのようだった。

「むー、すぞら。私の頭をでろ！」

「いや、どうしたイキナリ？」

なんか突然イデアが絡んできた。道端の酔っ払いかよ。どうしてそんな事を言い出したのかわからない。

「頭が駄目なら、そうだな、をでてみよ」

「素空さん、この王様、どうやら頭が駄目みたいです」

謎の代替案を出したイデアを一蹴する孫リラ。この、どうやら怖いもの知らずと見た。

「貴様、我が家臣コンボイの孫娘だと思って甘くしていたが……。これ以上の無禮は許さないぞ？　私が王と知っての無禮か？」

「え、ワシってイデアの家臣になってるの？」

涙目で困するコンボイの肩を叩きつつ、俺は二人のの間に火花が散っているのが見える気がして、頭を抱えた。

「王とか関係ないですー。私ゴリラですので」

「ぐぬぬ、確かに……」

年齢推定７、８歳。実年齢０歳のゴリラに言い負かされて涙目の王。どうやら口は孫リラの方が強いらしい。

がっくりと膝を突きうな垂れるイデア。これ以上彼が心にダメージをける前に、助けにる事にする。

「さて、が滅茶苦茶べとべとだから、お風呂にでもってさっぱりしたいなー。けど俺はこの屋敷のどこにお風呂があるのかわからないぞ。困ったな」

「そういう事なら私にお任せを。ちょっと準備をしてまいりますので、お待ちください」

ぴょいん！　と部屋を飛び出していく孫リラ。大場の記憶を引き継いでいるというのは本當のようで、この屋敷の事は手に取るようにわかるらしい。おそらく風呂の準備に言ったのだろう。コンボイがまだ敵がいるかもしれないからと彼について行き、イデアもフラフラとどこかへ行ってしまった。

「う～ん一人か。それじゃあ……掃除でもする？」

いや、ステータスの確認をしろよ。そう自分で自分に突っ込みたかったが、やぬるぬるで汚れたこの部屋が、気になってしょうがなかったのだ。

＊＊＊

方の掃除を終えた俺は、イデアを探して屋敷を彷徨い始めた。そう聞くと俺の中での優先度が「イデア＜掃除」になっているという誤解をけそうだが、斷じて違う。

イデアの実力を信用しているからこそ、単獨行を認めているのだ。

それに、屋敷を知り盡くした孫リラちゃんがあれほどまでに気を抜いているのだ。脅威は、もう去ったと見て間違いないだろう。

「しかし、溫泉か」

隨分と長いこと、風呂ってっていなかった。水浴びとかだけだったからなぁ。

俺はイデアを探す傍ら、適當な部屋にって探しを開始する。ここはどうやら客室のようだ。さっそくを開始する。そして、目當てのものを発見する。俺は誰のものかも解らないタンスから、バスタオル的な布を取り出す。流石に石鹸は無いか。

「どうしたすぞら！　早く風呂に行くぞ」

「ああ、今行くよ」

部屋を出ると、イデアが聲を掛けてきた。いつものドヤ顔を浮かべた表からは、先ほどの落ち込んだ様子は見けられない。立ち直り早いですね。

そんな彼の格好を見てみると、かぴかぴのシャツとスパッツにどこで見つけたのか石鹸やらがった桶を手に持ち、頭に畳んだタオルを乗せている。

「ノリノリだねイデア……さま」

「フッ、今更『様』なんてつけるな。私とお前の仲じゃないか」

「う、うん、そうだね」

「フッ、おいおいこれから我々は風呂に行くのだぞ？　なのに著とは無粋だ。今すぐにぐがいい。

おっとが恥ずかしいか？　気にするな。私とお前の仲じゃないか」

「うん、そうだね……いやいや、流石にそんな仲の人は居ない」

「チッ」

舌打ちしやがったな。何が気にするなだ。まだぐには早いだろうって。しかし、全で一緒のお風呂にるって、結構な仲なのではないだろうか。

あまり深く考えないようにしてゴリラ達の待つ溫泉に向かう。

まだまだ破壊の跡が殘る一階に下り、細い通路を通って奧の方へと進む。一端外に出てからさらに石作りの小道を進んでいくと、突如ローマのテルマエのような建が現れた。

この石は大理石なのだろうか。しかし、そんな考察を挾む余地もなく、俺の目は溫泉以上に異常な景に奪われてしまう。

なんだかありえないスピードと軌道でコンボイと孫リラが戦っていた。えっと、何してるの？

「おぬし達が遅かったからな。お楽しみなのかと思って、孫と鬼ごっこをして遊んでおったのじゃ」

「ねぇねぇ素空さん！　ジジったら鬼ごっこが凄く強いんだよー！」

「へぇ、鬼ごっこしてんたんだ。お兄さん、わらなかったよぉ」

鬼ごっこにしては、お互いの軌道が３Ｄだった気がするのだが。地を蹴り中を舞い……ってじだ。この様子だと、孫リラも案外魔力數値だったり戦闘力だったりが高いのかもしれない。

「じゃあ素空さんも來たし、溫泉に案してあげるね！」

「おっと、その前に……」

俺はもう一枚持ってきたバスタオルを孫リラのに巻きつける。しだけくすぐったそうに笑っていた孫リラだったが、巻き終わると不満げな顔をした。

「なんかこれきづらい～」

「我慢しろ。これからは服を著て生活しなくちゃいけないんだからな」

「ええ～服ぅ？」

「そうだ」

滅茶苦茶不満そうだった。その辺りの覚はゴリラのままなのか、參ったな。いくら人間の道を踏み外しまくった俺であっても、をで過ごさせるわけには行かない。例え本人のみであっても。

「うぅむ、服なんて要らんと思うがのう」

「おい保護者！？」

このジジイ何を言ってやがる。要らん訳ないだろうが。駄目だ。こいつじゃあ。そうだ、この中で唯一まともな人間のイデアなら！

「この子供、まさかそれですぞらをしているつもりか……まさか、貴様もすぞらを狙っているのか！？」

駄目でした。嗚呼、期待した俺が馬鹿だったぜ。

「どうだろうねぇ……でも、私は素空さんのいた世界の知識も持ってるからねー！　私の方が素空さんを喜ばせる力は上だと思うな」

「フッ、大事なのは知識ではない……気だ！　そうだろうすぞら」

ああ……風呂が、遠い。

ちなみにイデアさんの事は本當に可らしいお嬢さんだと思っているけれど、気は……。

＊＊＊

「うう……お風呂って、怖い」

「いいかられ」

「うぎゃっ」

溫泉というれ込みだったが、厳には違うらしい。そもそも近くに火山が無いから當然ではあるのだが。地下にある魔力結石が水を溫め、様々の効能を持った溫泉を生み出しているらしい。そんな風に得意げに解説してくれた孫リラだったが、いざ初めてのお風呂となると怯えてしまった。

普通ならゆっくり慣らすのだろうか、イデアは蹴りでを湯の中に叩き込んだ。ひどい。

「暴な娘じゃのう。どうじゃ素空。あんな狂暴な娘は辭めてワシの孫を抱け。ワシに似てお利口さんじゃ」

「コンボイに似ているかどうかはともかく、あの見た目を抱いたら、俺はもう二度と太の下を堂々と歩けなくなるよ」

「まぁ、焦るな焦るな。じきに人になるじゃろうて」

「まぁ、そうだろうけどさ」

なんだかんだあって、俺達は結局一緒に溫泉に浸かっている。初めは男で分けようと言ったのだが、イデアが俺と一緒がいいといったり、ゴリラが孫リラと一緒がいいと言ったり、孫リラがイデアと一緒は嫌だといったり、ゴリラが俺ともりたいといったりで醜いめ事が起こったので、結局全員でることにした。まぁ、俺も口では真面目そうなことを言っているが、の子のを見るというのは、なかなか悪くない。正直幸せ過ぎて今が人生の絶頂といったじだ。つまり最高。

っていうか、の子の全とか初めて見たぜ！？　イデアなんて恥じらいがないから全然エロくないしな！　なんだろう、蕓？イデアと孫リラが水を掛け合う姿なんて、一生眺めていられる気がする。幸せだなぁ。こんなところを姫川たち同級生に見られたら……うん、死ぬなぁ俺。

「お主ら、もうし落ち著いて浸からんか。疲れが取れんぞ」

「安心しろコンボイ！　私は疲れ知らずだ。それに、この小娘に序列というものを教えてやらねばならん」

「ジジ助けてー！　この人大人げ無いよー」

水を掛け合いながら追いかけっこをする２人を眺めながら、俺は疲れを癒す。いや、的には疲れなんて無いのだが。溫泉とは不思議だ。心の疲れさえ、取ってくれているような気がする。

＊＊＊

の穢れを落とし、そして的にも神的にも疲れを癒した後、俺たちは三階の談話室の様な場所に集まった。魔も出りしていたのだろう、コンボイでもギリギリ出りできる大きさのドアで助かった。

俺と孫リラとイデアが服を著ているのを見て、「ワシも何か著たくなってきた」とコンボイが面倒なことを言い出したのだ。ねぇよ、３メートル半のゴリラ用の服なんて！

「いや、俺が話したいのは、今後の方針だよ」

「もちろん、ガルムを倒し、ミスラ姉様を王にする」

「そう。けど、それにも々な方法があるよね。ガルムを殺すのか、そうではないのか……とか。その辺り、ミスラ様はどんな方針なの？」

それは、兄弟を殺してでものし上がるのか否か。どういう方針を持つ人なのか。

「う～む、わからんな。実はミスラ姉は王になりたい、なってやりたいことがあると言ってはいるが、では王になるために的にどんなことをしているのかまでは、知らないのだ」

「やっぱり、ミスラ様に一度會う必要があるね」

「なんだすぞら、姉様を狙っているのか？」

「いや、倒すとかじゃなくて……あれ、狙っているって命のことじゃなくて……あれ？」

変なチャチャをれるな、頭がこんがらがる。プンスカしながらも、俺の橫にくっついてくるイデアを冷めた目で見ながら、孫リラが言った。

「でも素空さん、あなた、そのままリアンデシアに行ったら、死んじゃいますよ？」

死の宣告をされた。に。えぇ、どういうこと？

「では質問しまね」

「は、はい」

「貴方の知っているガルム王子の魔力數値……それはいくつですか？」

魔力數値……？　あれ、知らないな。王族は平均１０００くらいって言ってたから、勝手にその程度なのかと思っていたが。

知ってる？　という目でイデアのほうを見る。

「ガルム兄の魔力數値は１３００～４００程度。その日のコンディションで上下する。そこに五大霊の力を加えて……最大でも５０００００萬だろうな。さっきの姿の素空ならば楽勝だ」

五大霊。リアンデシア城の地下に封印されている霊。火、水、風、土、雷のそれぞれ５つの屬を持ち、魔力數値も５０００００あって最強クラスの霊。ローグランド家の王族は契約する権利を持つという。契約に功すれば、五大霊の魔力を借りて引き出す事が出來る。

「今現在の五大霊の契約狀況ってどんなじです？」

孫リラがイデアに尋ねる。

「うむ。風の霊と契約しているのが私。そして雷がガイウス。ガルムは土の霊と契約しているな」

ガイウス、確かガルムと敵対している第三王子だったか。

「殘りの霊は？　未契約？」

「いや、現國王のメレボスが水の霊と。そしてガルム直屬の鋭部隊《星の騎士団》の騎士団長が炎の霊と契約している」

星の騎士団……か。俺が居た時にはとうとう會うことは無かったな。

「つまり、ガルム陣営には二の霊が居るってことか」

手ごわいな。

「何、心配することはないだろうすぞら。お前ならあんな雑魚共余裕だ」

「いや、そうとも限らないです」

楽観するイデアに冷たい突込みをれる孫リラ。うん、それは俺も思う。

「お忘れですかイデアさん」

「何をだ？」

「さっきまで素空さんが、苦しそうに地面にのたうち回っていたのは何故でしたっけ？」

「あっ……」

どうやらイデアも思い至ったようだ。

「す、すぞら。今のお前の魔力數値って……」

「さっき確かめてみたんだけど……１萬」

「そんな……あんなに強かったのに、それだけか」

これでも十分強いけれど……ね。何せこれでも、この世界に來たときの１００倍強いのだから。しかし、ガルム達が霊から５０萬引き出せるとすると、その５０分の１だ。確実に負ける。だが、俺には考えがあった。恐らく、誰も思いついたこともないようなウルトラＱ。

恐らくは地獄に墮ちるような行為だろうが、それでも。俺が勝つ為ならこうするしかないという手が。

「俺が本気を出せないは神樹のせいだ。だから、俺は神樹を切り倒そうと思う」