王都リヒトハーゲン近郊にて、ロードベルク王國、ベトゥミア共和國雙方の主力が激突した數日後。

ロードベルク王國南東部のとある平原で、ロードベルク王國東部軍とベトゥミア共和國軍東部防衛部隊が會敵していた。

「……やはり例のゴーレム部隊がいるか。面倒なことだな」

東部防衛部隊の指揮である將軍が、敵陣――ロードベルク王國東部軍の陣を睨みながら呟く。

敵陣の最前列に、アールクヴィスト大公國のゴーレム部隊は並んでいた。二十のゴーレムたちは鉄板を組み合わせたような、盾とも打撃武ともつかない裝備を両手に持っている。

さらに、その黒いゴーレム部隊に混じって、白いゴーレムも並んでいる。事前の報によると、ロードベルク王家がこの七年の間に設立したゴーレム部隊だという。そのゴーレムたちも、おそらくは炎による攻撃を避けるための盾のようなものを抱えている。

黒と白のゴーレムが、合わせておよそ三十ほど。その後ろにゴーレム使いたちが、そして歩兵やクロスボウ兵が、その後ろに弓兵が……と隊列が続いている。

その數はおよそ一萬五千。こちらより五千ほど多い。

「閣下、いかがなさいますか」

「ゴーレム対策は炎による攻撃と定められていたな。仕方あるまい。まずは火矢と弩砲、火魔法の攻撃を撃ち込めるだけ撃ち込んでみろ」

將軍の命令に従って、弓兵と弩砲部隊、魔法使いたちがき出す。

東部防衛部隊は攻撃が屆く範囲まで前進し、矢と魔法の一斉を放った。

・・・・・

火矢と、こちらの炎矢に似た兵。そして『火炎弾』などの魔法攻撃が自陣に放たれる。

「予想通りですな」

「ええ。敵としては、あのように攻撃するしかないでしょうから」

その様を後方の本陣から眺めながら、ブロニスラフ・ビッテンフェルト侯爵とノエインは言葉をわした。

ロードベルク王國東部軍は、陣形の最前列にこれ見よがしにゴーレムを並べた。アールクヴィスト大公國のクレイモアだけでなく、ロードベルク王家が抱えるゴーレム部隊デュランダルも含まれている。

デュランダルに所屬する傀儡魔法使いたちの実力は、クレイモアの隊員たちよりも一段劣る。それでも、ゴーレムに腕を振り回させておけば、敵歩兵にとっては十分に脅威となる。

どれがクレイモアでどれがデュランダルかは一目瞭然。デュランダルのゴーレムは、魔法塗料の中でも特に高価な白で塗裝されている。さすがは王家の抱える軍勢というべきだが、その神々しさもまた敵を威圧する。

敵陣から曲で放たれた攻撃は、クレイモアとデュランダル、そしてその後方にいるクロスボウ兵と歩兵に向けて降り注ぐ。

しかし、それらの部隊は慌てずに防衛態勢にる。ゴーレム使いたちはゴーレムの掲げた盾のにり、さらに専屬の大盾兵に守られる。二人一組になっているクロスボウ兵と歩兵は、歩兵の掲げた盾にクロスボウ兵が一緒に隠れる。

そこへ火矢が、あるいは炎を炸裂させる壺が、さらには攻撃魔法の火炎弾が降り注ぐ。火が散るが、黒いゴーレムの掲げる突撃盾や、白いゴーレムの掲げる鉄製の扉のような大盾は貫けない。

その後ろ、歩兵のかかげる盾では全ての攻撃を完璧には防げない。盾で覆いきれない下半に矢をけたり、炸裂する壺や火炎弾の直撃をけて火だるまになったりする者も出る。

しかし、その數はない。そもそもゴーレム部隊との戦闘を想定していないのか、ベトゥミアの東部防衛部隊には、弩砲や火魔法使いの數がそういないらしかった。

歩兵とクロスボウ兵の部隊は間隔をあけて並んでいるため、倒れるのは敵の一撃につき不運な二人一組だけ。損害としては許容範囲だ。

おまけにアールクヴィスト大公國の兵士は傀儡魔法使いの護衛につく大盾兵以外、後方で予備兵力として待機している。自國の兵に犠牲が出ていないので、ノエインとしては心も痛まない。

を守りながら前進したロードベルク王國東部軍は、やがて隊列後方の弓兵隊やバリスタ隊が敵陣を程に収める。曲による矢とバリスタの攻撃が、ベトゥミア共和國軍の東部防衛部隊に降り注ぐ。

矢の雨は、なくない數のベトゥミア兵を倒し、さらにバリスタの矢は敵陣の後方まで屆く。敵の弩砲は壺を撃っている一方で、こちらのバリスタは通常の矢を撃っている。同じ距離まで近づけば、程はこちらの方が遙かに勝る。

軽微な損害しか負わないロードベルク王國側と、目に見えて被害が拡大するベトゥミア共和國側。飛び道による攻防は、まず王國側の勝利に終わった。

・・・・・

「ちっ、やはり火力不足か」

金のかかる火矢や炎壺、貴重な魔法使いによる攻撃を惜しみなく撃ち込んでも敵のゴーレム部隊を打ち破れない様を見て、東部防衛部隊の將軍は舌打ちする。

本來はゴーレム部隊と接敵する想定ではなかった東部防衛部隊には、火による攻撃を行える武や魔法使いがない。果はまったくと言っていいほど上がっていない。

「閣下。敵の弩砲の矢が本陣まで屆こうとしております。ここは危険です」

「戦場にいるのだ。多の危険など承知の上。流れ矢が怖くて戦えるか」

副の進言をけても、將軍は微塵もじない。

「騎兵部隊をかせ。敵の正面に並ぶゴーレムは脅威だが、あれはすぐに側面に回るような真似はできまい。敵は大軍である分、陣形移も遅いはず。その弱點を突き、側面から突き崩すのだ……それと同時に、歩兵部隊は前進。側面攻撃で混させれば、正面のゴーレムの守りも崩れるだろう。その機に正面を突破しろ」

將軍の命令をけて、東部防衛部隊の騎兵が両側面からく。左右それぞれ五百ほどの騎兵部隊が、ロードベルク王國東部軍の両橫を突こうと疾走する。それと同時に、歩兵部隊も前進する。

「見ろ！　敵の鋭は正面に集中している！　側面後方は見るからに弱そうな徴集兵だ！　おまけに敵騎兵はない！　我々の機力なら弱點を突けるぞ！　全力で駆けろ！」

東部防衛部隊の右翼側から出発し、ロードベルク王國東部軍の左翼側を突こうとする騎兵部隊の指揮が、そうびながら部隊の先頭を走る。

目指すは、明らかな弱點となっている側面後方。そこへ迫っていると――敵本陣に控えていた、おそらくは補給資などを積んでいると思われる荷馬車隊が、何故か側面後方を塞ぐように前進を始めた。

「……何をするつもりだ」

騎兵部隊の指揮は、その様を見て張を抱きながら呟く。

・・・・・

「敵は予想通り、側面後方に作った弱點を突いてくるようだな……アールクヴィスト閣下。お願い申し上げます」

ビッテンフェルト侯爵に言われ、ノエインは頷く。

「分かりました。お任せを……ユーリ」

「はっ」

ノエインの指示をけ、ユーリが本陣に控えていた大公國軍に命令を飛ばす。

陣の最前列を守っているゴーレム三十のうち、クレイモアのものは十。デュランダルのものは二十。殘るクレイモアの十と、デュランダルの十、さらにノエインの二は、この本陣に置かれた荷馬車に未だ積まれている。

その荷馬車に、本陣で待機していたクレイモアとデュランダルの傀儡魔法使いが乗り、さらに彼らの護衛である大盾兵や、大公國軍の正規軍歩兵、予備役クロスボウ兵なども乗り込む。ノエイン自も、自のゴーレム二が積まれた荷馬車にペンスやマチルダとともに飛び乗る。

それら戦力を乗せた荷馬車隊は、最後方の本陣から、側面後方へと進み出る。ゴーレムと多くの兵を載せているが、魔導馬車の効果もあって、軽快に前進する。

左右の側面後方を塞ぐように停まった荷馬車から、兵士たちと、起されたゴーレムたちが飛び降りる。左翼側と右翼側、それぞれに十一ずつのゴーレムが瞬く間に展開される。

ノエインは右翼側の指揮をユーリに預け、自は左翼側に降り立った。荷馬車を飛び降りたノエインの周囲を、即座にマチルダとペンス、親衛隊兵士が囲む。

「突撃盾、構え！」

ノエインが命じると、左翼側に展開された十一のゴーレムのうち、ノエインのゴーレムとクレイモアのゴーレムを合わせた六が、漆黒鋼製の突撃盾を構える。

敵の騎兵部隊は腹をくくったのか、目の前に突如として展開されたゴーレムの壁を突破しようと真正面から突き進んでくる。五百の騎兵であれば、數を頼りに突破するのも可能と思ったのだろう。

「投擲！」

ノエインがぶと、六のゴーレムは、間近に迫っていた騎兵部隊へと一斉に突撃盾を投げつけた。

さすがに予想外の行だったのか、騎兵部隊は思わず停止しようとする。そこへ重量のある突撃盾がぶつかり、最前列の騎兵たちが崩れる。倒れた馬と兵士、地面に転がった突撃盾に足を取られ、後続の騎兵たちも転ぶ。

さらにそこへ、クロスボウ兵たちが一斉を行う。この駄目押しの攻撃で、敵の突撃の勢いは完全に殺される。

そして、ゴーレムたちは前進する。勢いの止まった敵騎兵たちに直接毆りかかる。いくら騎兵といえど、きを止めていればゴーレムの敵ではない。

このときには、きの遅い徴集兵たちも側面を向くことに功している。高速で移してこちらの側面を突こうとした敵の騎兵部隊は、結局はただこちらの陣の真橫できを止めて駆られるだけの存在になる。

『閣下。こちらは敵騎兵の迎撃に功しました』

「ご苦労さま。こっちも功したよ」

右翼側の部隊を指揮するユーリの『遠話』に、ノエインはそう答える。

ノエインたちがそうして側面防を功させている間に、正面の勝敗も決まる。

敵歩兵の前進をけて、ビッテンフェルト侯爵も軍に前進を指示。三十のゴーレムと、それをる傀儡魔法使いの部隊、そして歩兵とクロスボウ兵の混部隊が前進する。

両軍は正面から次第に接近し――その途中で、ロードベルク王國東部軍の側の士たちは新たな命令を下した。

「よし！　停止しろ！」

「その場で停止だ！　停止ー！」

敵とぶつかるために前進していたはずの東部軍は、急な命令をけてその場で足を止める。前進によって多崩れていた隊列をあらためて整え、萬全の制を作る。

一方で、ベトゥミア共和國側の歩兵たちは止まらない。東部防衛部隊は多くが練度の低い志願兵なので、急な命令変更で迅速にくことができない。今さら數千人が一斉停止することもできず、隊列をややれさせながら進み続ける。

前衛に練度の高い正規軍人を並べ、前進を途中で止めて隊列を整え、列をしながら進んできた敵を迎え撃つ。パラス皇國を相手に多くの実戦経験を積んできたビッテンフェルト侯爵が、得意としてきた戦だ。

東部軍の側面に向けた敵の急襲が失敗したことで、東部軍は未だまったくもって混していない。萬全の制を整えているゴーレム部隊と、歩兵とクロスボウ兵の混部隊は、列がれて崩れやすくなった敵軍と接すると、相手を一方的に屠り始める。

突撃盾や鉄板を構えたゴーレムたちが敵歩兵を片に変え、その隙間を潛り抜けてきた敵歩兵はクロスボウ兵が撃ち殺し、それでも生き殘って迫ってきた敵歩兵はこちらの歩兵が斬り殺す。

最前列から隊列をごりごりと削られていくベトゥミア共和國軍の東部防衛部隊は、このままでは損害が広がるばかりと指揮が判斷したのか、間もなく退卻を開始。

ビッテンフェルト侯爵は追撃までは命じず、が引くように下がっていく敵軍を見送る。

「……まったく、他もない敵だ」

この戦いで、王國南東部におけるベトゥミア共和國軍侵攻部隊の防衛線は大きく後退することとなった。