《スキルを使い続けたら変異したんだが?》第三十七話 兆し

シグナスの街を北に抜けると、現れたのは山……というよりは、崖と言った方が適切だろう。

切り立ったそれを、他のプレイヤー達は登山用に用意された道を順路通りにジグザグと進んでいるのが遠目から見て取れた。

あれでは日が暮れても登り切れはしまい。だが、途中に休憩所らしき小屋が置かれているところから見るに、それが正攻法なのであろう。

「っ……くくっ」

ゾロゾロと列をして進む彼らを見て、思わず俺はを鳴らした。

あれではまるで小學校の遠足だ。

いやいや、笑うのは失禮だ。彼らは彼らなりに必死にこの山を攻略しようとしているのだ……から……く、……ははっ!

ダメだ、あんまりにもおかしくて笑いが……っ!

な、なんだ、あれは! アリが行列を作っているのではないのだから。いや、しょうがない、しょうがないのだけど……っ!

俺は湧き上がる笑いを必死に噛み殺す。やばい、ちょっと涙出てきた。

「ふぅ……」

深呼吸し、気持ちを整える。

怪訝な顔で俺を遠巻きにして先へ進んでいくプレイヤー達。

普段なら赤面して萎するところだが、今は全然気にならない。気にする必要がない。

だって、彼らは俺の足元にも及ばないのだから。そんな者に恐れ怯え恥じる必要がどこにあるというのか。

トントンと。互につま先で地面を叩いて、俺はブーツの合を確かめる。

よし、いける。

両足の筋にぐっと力を込め、俺は走り出す。瞬く間に橫を通り過ぎていったPTを追い越すと、その速度を落とさずに切り立った巖壁を目掛けて突っ込む。

「おい、危ないぞっ!」

無知なプレイヤーの忠告に、ニヤりと口元を歪ませて俺は崖を駆け上がる。

本來ならば一時間以上は掛かるであろう二合目へ、十秒足らずで到達した俺はさっきまで居た場所を見下ろす。

先のプレイヤーが呆けた顔をしてこちらを見上げているのを見て、俺はがすーっと晴れるのをじる。

次いで周りを見れば、今何が起きたのか理解できないプレイヤー達が目を丸くしていた。

「ちょっと、通してくれ」

そう言うと、彼らはおずおずと道を開く。

愉悅を噛みしめ、再び俺は走り出す。崖を蹴り上がって、山を攻略していく。

その、下の方でなくない悲鳴が響き始める。

目をやると、他のプレイヤー達が俺の真似をして崖を登ろうとして、しかし敏捷値が足らずに重力へ負けて地面へそのを叩き付けられていた。

だが、それを見てなお彼らは諦めずに挑戦する。落ちる。悲鳴が上がる。

學習しない。見てしまったから。遙かに楽な近道を見つけてしまったから。

「ぷっ……、あっはっはっ!」

そんな景に今度こそ、俺は吹き出してしまう。

勘弁してくれ……っ! 俺を、笑い殺すつもりかよっ。

くくっ、まさかっ、こんなPKの方法があるなんてっ!

これじゃあ運営にも通報しようがないし、あいつら天才かよっ!

あはははははっ!

――あははははははははっ!

「――ああ、本當におかしいっ!」

腹を抱えて笑う私の脳に、戦闘開始の合図を告げる警告音が鳴り響く。

「――邪魔」

緋桜の鯉口を切り、振り向き様に一閃。

背後から突貫してきた猛禽類型のモンスタ―。イーグルを斬り捨てる。クリティカルを示す雷のエフェクトと共に消え失せる。

再び視線を戻す。まだ懲りずに崖を這い上がろうとするプレイヤー達をしばし鑑賞し、十分堪能したあと、先へ進むことにした。

崖を超え、姿を現すのは今までとは打って変わった砂漠地帯だ。

ルカッファ砂漠。そうタブレットには示されている。

そして、この砂漠が先駆者達を足止めしているエリアだった。

最前線はもっと奧のようだが、このエリアにあることに変わりはない。

まあ、無理もないだろう。この砂漠の全域にわたってランダム出現するユニークモンスタ。ルカッファイーターは、あの奇天烈プログラマーが作った最兇のモンスター。

砂漠のPTを追跡し、必ず襲撃する。

一応ヒントは近くの拠點となる町で匂わせているようだが、狀態異常や攻撃力の高い強敵が多いこのエリアでPTを組まずに行しようとする者はいくらもいないだろう。

まあ、居たとしてもPTが存在しなければ、一定の確率で襲われることに変わりは……あれ? なんで、俺こんなことを知ってるんだ?

――そんなこと、今はどうでもいいことでしょ?

……まあ、いいか。

とりあえず、そのユニークモンスターを倒して経験値と金を稼ごう。

そうして俺は、手近なPTのあとをつけることにした。

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