《スキルを使い続けたら変異したんだが?》第三十八話 変貌

狙いのモンスターは、拍子抜けするほどに早く姿を現した。

い外殻で覆われた土気は、砂漠から出ている部分だけでも五メートルはあるだろうか。

見るだけで怖気をう、醜悪な蟲に似た頭部。その無數の青の瞳がギョロりとこちらを向く。

釣り餌たちは、出現時のルカッファイーターのアクションスキルによって既に振り出しへと戻らされていた。

「クリムゾン・ブレイズ!」

戦闘開始の合図と同時、俺は無類のスキルを発する。

言い様もない高揚を包む。

逆袈裟、唐竹、逆、突きの四連撃がその質な皮を易々と切り裂き、敵のHPゲージを削る。

思ったよりも、その量はない。一割も減らせていない。

だが、不思議と焦りはなかった。

著地すると同時、スキルによるモーション補正が切れ、に自由が戻る。

リアナの戦闘の時のことを考えると、バフ効果が切れるまであと三十秒ほどか。

足元に微妙な振じ、俺は咄嗟にその場を離れる。剎那、真下から鋭い棘の生えた尾が突き出した。バフ狀態でなければ、回避が間に合わずに串刺しにされていただろう。

俺のその尾に向け、真紅の刃を振るう。裂かれた傷口からの粒子が散る。

次いで、緋の剣閃が走り、傷口をさらに抉った。

緋桜のパッシブスキル。どうやらこの狀態での攻撃は、通常攻撃と見なされるようだ。

ならば、話は早い。

みしりと、刀を握る手に力を込め、無防備な尾へ連撃を放つ。

縦橫無盡に紅の刃が踴り、遅れて緋のエフェクトが竜巻のようにそのを切り刻む。

ルカッファイーターはようやくその尾を再び砂中へ戻す。

俺は本に向き直る。あれだけの攻撃を喰らい、それでもまだHPは半分ほど殘っていた。

効果時間はもう五秒もない。

だが焦りはない。確信があったから。

俺はMP回復のポーションを五個まとめて使用し、

「クリムゾン・ブレイズッ!」

そのスキルを再使用する。

さっき以上の高揚を支配する。

消えかかっていた真紅の輝きが、先を超える強さを見せる。

緋桜を包み、長剣をかたどっていたの粒子が、の丈を有に超える大剣へとその姿を変えた。

そこで、俺はようやくリアナの言葉の意味を理解する。

『……ねえ、ユウト。まさかとは思うけど、クリムゾンブレイズがただの始技ってことはわかってるんだよね?』

つまり、再使用する度にその威力を増すスキル。

紅輝の大剣を手に、俺は風を鳴らして駆ける。

逆袈裟から斬り上げた剣が、深くへ突き刺さり、そのまま振り抜く。

敵が奇聲を発して、大きくのけ反った。

まだ終わらない。

宙で剣を構え直し、大上段からその見苦しい頭部へ剣を振り下ろす。

拮抗はなかった。

容易くその頭部が裂け、そのまま真下まで一気に両斷する。

刃を返し、真橫に振り抜いてを分斷したところで、最後の突きを待たずにへ自由が戻った。

切り分けられた巨軀が崩落し、大きく地面を揺らしてとなって消えた。

やったか。

そう思うと同時、何かがおかしいことに気付く。

戦闘終了を示すタブレットが表示されない。

バフ効果も、まだ消えていない。

「――ッ‼」

直下で大きな振じて、俺は咄嗟にその場から離れる。

數舜遅れ、大きな影が砂中から姿を現し、飛翔した。

パラパラと。輝くが降り注ぐ。

それを見上げ、俺は何の冗談かと思わず口元を緩めた。

け、七に輝く翼。碧い鱗の鎧を纏う強靭な四肢。爬蟲類を思わせる頭部、その真っ赤な口蓋の奧では高度の炎が揺らめいていた。

知らぬものなど居ないだろう。

ドラゴン。そう呼ばれるものが、金の瞳を鋭く細め、こちらを見下していた。

「馬鹿……かっ!」

我に返った俺は、思わず悪態をつく。

ゴーレムのことを考えれば、確かに何かしらの変貌を遂げることは予想できた。

だが、蟲からドラゴンに変わるなど誰が予想できるというのか。

そして、敵は直上十メートル程を羽ばたいている。魔法スキルを有していないこちらの攻撃など、屆くはずもない。

そうこうしているにも、バフ効果の終わりが近付く。俺は慌ててMPを回復させるポーションを使用し、

「クリムゾン・ブレイズッ」

スキルを再使用。だが、スキル補正は働かず、真紅の輝きが戻るだけ。

大剣ほどだった剣も、元の長剣の大きさに。

まさか、ターゲットがスキルの適用範囲外だから……?

辺りを見回す。辺りは砂漠、足場にできそうなものなど何もない。

「だったら……ッ!」

俺は地面を蹴る。砂に力を吸収され、飛び上がれたのは三メートル程。

だが、足裏に意識を集中させ、さらに宙を蹴る。

確かなと共に俺はそのを高く上げ――、

「え……?」

瞬く速度で迫っていたドラゴンの鋭爪に、その目を見開く。

剣を橫に構えてけるが、空中では踏ん張ることもできず……地面へ叩き付けられた。

砂が舞う。砂漠であったのは、逆に幸いだったかもしれない。

でなければ、五割もHPは殘っていなかっただろう。

流石最強種と、俺は空を見上げる。

ドラゴンがその口蓋を大きく開いていた。

「……ッ‼」

裁も気にせず、俺は転がるようにして立ち上がって、その場から離れる。

數秒後、世界が純白へ染まった。

遅れ、背後で凄まじい轟音。風にまれて俺は砂上を転がった。

全てが収まった後、恐る恐る振り返ると大きなクレーターが砂漠へ穿たれていた。

その熱量に所々が硝子化している。

ドラゴンブレス。その凄まじさに俺は息を呑む。

『勝てない』

脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

再び、を包むバフがを弱めていく。俺は絡まる指先で再びアイテムを取り出して使用する。

「クリムゾン・ブレイズッ!」

そうして俺はドラゴンに背を向け、走り出した。

幾度となく降り注ぐ純白の閃。もんどり打ちながらも俺は走る。

バフ効果が切れそうになる度、アイテムを用いてスキルを再使用した。

自分がどこへ向かっているのかもわからず、ただ逃げた。

「あ、あれ……?」

だが、逃げ切るよりも先にアイテムが盡きた。

「噓、だろ……」

背後を振り返る。ドラゴンはまだ追ってきている。

バフ効果時間も殘りわずか。

死。敗北。

そんなイメージが脳裏をよぎる。

「嫌……だ……」

負けたくない。勝ちたい。

ようやくこの立ち位置に來られたのだから。

一度でも負けたくない。

負け続けた現実。

せめてゲームでぐらいは勝ち続けてもいいではないか。

負けたくない。勝ちたい。

どんな強敵でも笑ってあしらえるぐらい強い自分でありたい。

そう、かつて俺を救ったアイツのように。

例え、どんな手段を使っても、俺は勝ちたい……ッ‼

「――ふふ、その言葉を待ってたよ」

それが、誰の発した言葉かわからなかった。

だが問おうとするよりも早く俺の意識は急激に薄れ、深い闇の中へ落ちていった。

私は落ちていく彼の意識を見送ると、風に弄ばれる長髪を押さえつつ、天高く羽ばたくドラゴンへ向き直る。

なるほど。バフ時間ももう三秒を切ってるし、あれを知らないユウトが絶するのも無理はないか。

私は手に馴染む相棒を構え、スキルを発する。

「レイジング・クリムゾン」

HPゲージが一割まで減ると同時、私のを絶大なオーラが包み込む。

そのは、赤ではなく紅。正真の紅

結局、最後まで彼は気付かなかった。

クリムゾンブレイズのバフ効果中にのみ使用可能な、HP消費型の専用スキルの存在に。

まあ、戦闘中。しかも短時間のバフ効果中にタブレットを開く人間は普通いないか。

さて、これで制限時間は無くなったも同然。

私はドラゴンを見上げ。

「制空権ってやっぱ重要だよね。

でも、それを持っているのはあなただけじゃない」

アイテムを探り、見つける。

うん、さっき効果が発しなかったし、ちゃんとだって認識しているね。

私はそれを取り出し、スキルを使用した。

「アイズ・レイヤー」

華奢なが包み込む。

変化は一瞬だった。今までの服裝から一転、アイズがに纏っていた軽裝甲に変わる。本來は純白のそれが、オーラの影響をけて緋へ染まる。

背中からびるの翼も例外ではない。

「変完了……っと」

緋桜を軽く振るって、合を確かめる。

私の思い通りにく。昨日ちょこっと試した時と同じ……ううん、“スキルを使い続けてくれた”おかげで、それ以上に馴染む。

ここまで上手く行くとは正直思わなかったよ。

男のアバターからのアバターへスイッチさせたことは、流石にあの人たちやあの子も気付いてるだろうなぁ。

けど、NPCじゃないプレイヤーキャラのリアナは消しようもないし、BANしようにも何をしでかされるかわからないから、手の出しようがないもんね。

「まあ、何もしてこなくても暴れるんだけどね」

私は緋翼をはためかせ、そのを飛翔させた。

そして緋の剣をドラゴンの鼻先に突き付け、嗤う。

「――さあ、あなたはリアナを愉しませてくれる?」

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