猿彥氏はそれまで培ってきた商人としての経験とつて・をフルに活用して建設に當たった。

まず材木等を仕れに馴染みの卸売り店舗に行くと、開口かいこう一番『よう、オヤジ！　いい話を持ってきたぜ！　俺に材木を仕れ値で譲ってくれ』

と切り出した。猿彥氏の言いに店主は呆れ返ったが、『かの東商店が大規模な宿を建設する。この話を飲んでくれたら、その後の東商店から依頼のあった材木は全部オヤジにまわす。これはオヤジを信頼しているからこそ持ちかける話だぜ！　もちろん、その時は通常価格だ。何ならをつけたっていいぜ』

と猿彥氏にほだされ、気が付けば仕れ値で木材を提供する約束をわしていた。

次に行おこなったのは労働員の確保だ。

龍都で求人を出すとともに、暇そうな若者を見つけては聲をかけた。

集まったのは総勢50人。

それを朝と晩に25人ずつ二組に分け、24時間制で晝夜を問わない突貫工事が開始された。

『いいか、この森谷村は今に森谷町となり、遠くない將來、ここは都となる！　希があればお前らには一等地に住む権利をやるぜ！』

夢のような話だが、猿彥氏の口から出ると本當にそうなるように伝わってしまう。理由は簡単、猿彥氏がそう信じ込んでいる・からだ。

『信じる』という事もまた、世の理ことわりを覆す力を持った魔法の一つなのだろう。

次に猿彥氏はとある貴族の元に向かった。そこは以前、師匠がサムライ・ゴーレムの裝備品を売り付けた、珍しいもの好きな貴族である。

その貴族は、猿彥氏が『東商店の者です』と伝えると、他の用事を全てキャンセルし、直ぐに猿彥氏を屋敷へ招きれた。

『さて、今回はどのようなご用件ですかな』

貴族はそう聞くものの、既に察しはついていおり、猿彥氏の手元に目が釘付けになっていた。

そこには紫の布に包まれた棒狀のが大事そうに抱えられていた。

既にサムライ・ゴーレムの裝備品を手にれていたその貴族にとって、それが既に刀であることは容易に想像がついただろう。

『じつはこちらの品なのですが、私が日頃巧魔様に懇意にさせて頂いている縁えんで特別に譲って貰ったものです。本來であれば部外者へ見せる事は出來ない品ですがーー』

猿彥氏が勿もったいつけながら包んでいた布を外すと、そこから見事な龍の細工が施された鞘が現れた。

猿彥氏は貴族がごくりと唾を飲み込むのを確認すると、カリャリと刀を引き出した。

『ーーなんと。　私は數々の貴重な品を買い求めて來たが、これは見たことも聞いたこともない』

猿彥氏の手元には漆黒の刀が顕あらわになっていた。

いくらで譲ってもらえるのかと問う貴族に対し猿彥氏は『これは売りではない』とわざと斷るふりをした。

それでも諦めようとしない貴族に対し、猿彥氏は諦めたように貴族へ伝えた。

『実はこの度巧魔氏が大規模な宿を建設するが、中に飾る品が揃っていなくて困っている。もしコレクションの一部を譲って頂けたら、この刀は貴殿へお預けしよう』

その貴族は數々の絵畫やツボ等の高価な品の他、ソファーや椅子、ベッドなどの家を、懇意にしている有名なドワーフの工房へ必要な數だけ発注し、猿彥氏へ渡す事を約束した。

因みにその漆黒の刀は巧魔氏が作った試作品で、重すぎて使いにならないと置きでホコリを被っていただ。

それを猿彥氏がお願いして譲りけ、職人に頼んで鞘へ細工を施したである。

こうして猿彥氏の闘は続き、なんと３ヶ月後には完された建屋が悠々とその姿を現していたのであるから驚きだ。

巧魔氏が建設の為に用意した金貨５萬枚も相當な額だか、完した建家の価値は貴族から巻き上げた調度品も合わせると、金貨２５萬枚相當となった。これを猿彥氏の口一つでやってのけたのだから、その手腕は既に魔法の領域だ。

外観は王家の別荘かと見間違える程の豪華な造り。

３階建ての橫に大きく広がる建屋となっており、１階は付の他に歓談室とレストラン、２階には２５もの宿泊室が連なり、３階は２０人未満の団向けに造られた１０の宿泊室と、要人向けの豪華なビップルームが一室設けられている。

予定よりも３ヶ月速い宿の完を聞き付けた巧魔氏は、完された建屋を見て大いに驚いた。

『すごいです。こんなりっぱな宿ができるなんて想像もしてませんでした。猿彥さん、本當にありがとうございます』

猿彥氏は涙が溢れて止まらなかった。

この時猿彥氏は、自分の生涯を巧魔氏このかたの為に使おうと決意したのだそうだ。

以上がこのうっかり魔邸建設の経緯である。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

時刻は午後４時３０分。カウンターは泊まりに來た宿泊客が列をなしている。

（今日も退屈な付業務が始まったです）と心の中でぼやいていた時、宿の大扉が暴にひらかれた。

「ここが森谷村のうっかり宿か？　噂に聞くほど立派な宿ではないなあ！」

「そうですね！　オヤビン！」

「ん？　おい、そこの貧相な、お前が付か？」

「やい！　お前が付か！」

太っちょな男が並んでいた宿泊客を押し退け、ずんずんとあたしの元へやって來る。

「俺様は音に聞こえし豚狩トンガリ村の英雄豚助トンスケ様だ！　俺様が特別に泊まってやる。もちろん、宿代はタダだ！」

「タダだ！」

千春は小さくため息を吐いた。

なくとも今日は退屈な仕事にはならなそうである。