《聲の神に顔はいらない。》13 編集
「先生、何か隠してますね?」
「ええ? 一なんの事やら……」
手近なファミレスで此花編集と対面してるといきなりそんなことを言われた。なに、この人超能力者? 実は俺よりも俺の事がわかってるんじゃないかと、時々怖くなる。編集と會うという事は打ち合わせという事だ。
前の打ち合わせで言われた小説を何個か書いて見せてた訳だけど……ふいに此花編集がそういったのだ。
「確かにどれもいいです。先生らしさが出てますし、打ち合わせで言ったことを上手く作品に落とし込んでくれてます。流石は先生です。服いたします」
「それでは問題ない――ということで」
「――ですが――」
一口コーヒーを啜った此花編集はし垂れてた髪を耳に掛けてそしてこちらを見る。
「先生はここ最近、作品作りに沒頭してましたよね?」
「すみません」
「いいえ、責めてはいません。それで良い作品が出來るのなら、良いのです。先生方は編集の事なんか考える必要なんてないんです。私達は先生方の一番のファンなのですから。十分見返りは貰ってます。こうやって世に出てない作品まで読めるのですから」
く……この人はほんと……人を乗せるのが上手い。素なのかもしれないが、そこはよくわからない。そこまで表現かな人でもないしな。
「ですが、この作品も確かに商業で十分通用するレベルですが、先生ならこのくらい片手間で書けると私は知っています。先生が沒頭する時は、それこそこれの比ではない傑作であるはず」
そういって彼の目が鋭く俺を抜く。
「いやいや、それは……買い被り過ぎってものですよ。あはは」
そういってみるが、此花編集の眼が弱まる事がない。その瞳の奧の眼は確信めいてる。
「先生はそこらの作家とは違います。私にはわかる。貴方は歴史に名をす人です」
「いや、それは言い過ぎ」
マジで。確かに鼻高々で調子乗ってた時期には俺もそんな事を吹聴してたことがあったが、今はそんな事ない。自分がそんな大層な人間なんて言えるほど、メンタル強くないんだよ。
「言い過ぎではありません。先生の腳本を元に作った映畫が大ヒットすれば、先生は世界的にも有名になります。そうなれば、飛躍的に作品の売り上げはびるでしょう。今はまだ日本を代表する作家の一人ですが、いずれ先生は世界を代表する作家の一人になります」
「持ち上げすぎだから。皮算用ですよそれ」
そういうと、彼はデータを予め送っておいたPCをすっとテーブルに置いて、こちらに見えるくらいの位置までらせる。
「なら、早く本命をください。確かにこれでは、役不足なのですよ」
「それでもいいと今言いませんでした?」
「良い、と、ベストは違います。良いですか先生? 私達編集は作家の作品を世に屆けるのが仕事です」
「知ってますが?」
結構誰でもそう思ってる。まあ本當はもっと々とあるんだが、編集者とは、作家と出版社を繋ぐ役目を請け負ってる人たちだ。最近はネットで公開する場が増えたから、編集者を介さない作品は大量にある。
けど、公開する前に誰かの意見が貰えるというのは貴重だ。それにネットの第三者よりは真剣に意見くれるしね。まあ向こうも仕事だからってのがあるだろうが。俺はなくともこの人は信頼してる。けどここまで言われると……気恥ずかしい。
「私達編集者は先生たちのベストの作品を世に出したいと願ってます。たしかに諸々の事で諦める事もありますが、これは先生にとっての最大級のチャンスです。出し惜しみなど、しないでください」
その目は真剣そのもの。彼が俺の作品を広めたいと思ってる想いは本だ。それを知ってるだけに、この真摯な訴えにどう答えようか悩む。確かに俺がここ數日怒濤の勢いで書いてたのは、此花編集に見せた奴ではない。
けどあれは……
「此花さん、これを読んでもハリウッドの方にもってくとか、そういうのは一旦置いといて貰えますか?」
やっぱり今まで一緒になって作品を作って來た彼に噓はつきたくない。なので隠すのはやめた。彼は確かに一編集者だ。けど互いにそれだけでない、心許してる関係を築けてると勝手に思ってる。
「それが條件というわけですね」
そういって彼は俺の目をまっすぐに見つめてくる。普段は気恥ずかしくて目を逸らすところだが、この作品に関しては負けられない。俺は此花編集の視線を真っ向からけ止める。すると、一つ息を吐く。
「わかりました。そこまで言うのなら、先生の意見も出來るだけ尊重出來るように善処します」
「それって充てに出來ない言い回しの代表じゃないですか?」
普通とは違うだろうが、俺もそれなりに社會経験というを積んできた。その経験則で言えば、今のは社辭令のようなだ。とりあえずそういってこの場を流すみたいな……でもそれはこのさくひんでは許せない。
「此花さん、これは友人としての頼みです!」
「せん……せい。わかりました、そこまで言われたら、私も仕事ではなく一友人としてまずは拝見させていただきます」
テーブルに埋まるくらいに頭を下げたかいがあった。これだけ言うのなら、この人は俺の意に沿わないようなことはしない。編集者としてなら、なかなかに強引だからな。確かに優秀なのは間違いないし、普段は頼もしい。
けどこればっかりはその強引さに屈する訳にはいかないんだ。俺は言質を取ったから、取り出したUSBメモリーを此花編集のPCに差した。
「タイトルはまだなしですか。先生にしては珍しいですね」
「まだこれだってのが浮かんでないんですよ」
俺は大最初と最後を決めて書き始めて、イメージでタイトルは決める。時々彼に変えられたりもするが、俺はでタイトル決めてるから、早い段階でタイトルは決まってるんだ。けどこの作人はまだタイトルはない。
既に書き終わっててこういう事は自分でも初めてだった。書き終わってもまだなんかモヤモヤしてる。想いはぶつけた。けどどうなんだろう? それはきっとこの人が見つけてくれると思う。
「なかなかの分量かありますね」
「ゆっくり読んでください。想は後日伺います」
「私がこれを勝手にハリウッドの方に送るとか危懼しないのですか?」
「これは仕事ではない。そうでしょう? だから信じて待ちますよ」
「そうですか」
そういうと彼はパソコンをバッグにしまい、立ち上がる。そして伝票を持ってこういった。
「わかりました。じっくりと読んでみます。そして忌憚ない意見述べますね」
「ほどほどにお願いします」
この人の意見はかなりにくるからな。こう鋭利なナイフで切りつけられてるようなじ。だから一応お手らかに……といってみたが、どうだろうか? ともかく、此花編集を見送って、しばらくして俺も店を出た。
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