《曹司の召使はかく語りき》3話 花より団子
哉様の部屋で、ナギ、と呼ばれたので何でございましょうか、と立っていたドア付近から、ソファに近づく。
ソファにだらりとを預けた哉様は、スマートフォンを作して、近づいた私に寫真を見せた。
「さくら、ですか」
「見に行くぞ」
「…かしこまりました。何か持っていかれますか?」
「いや、すぐに戻るつもりだからいらない。お前は著替えて來い、この間買ったワンピースがあっただろ」
「はあ、すぐに支度をしてまいります」
私も行くのか、というのは寫真を見せられてからわかっていたことだったが。まさか著替えてまで行くことになるとは思わなかった。
この間買ったワンピース、は正確には、哉様が出先で私にと買って帰ってきた哉様の趣味のワンピースである。有難く頂戴した。シンプルな紺のワンピースは一枚できても可らしいし、上にカーディガンを羽織っても綺麗に著こなせる。さすが曹司、センスがいい。
日常著がメイド服なので私服は買い與えてもらったものばかりで恐だが、私はもらえるものは有難くもらう質だ。いいものは、ちゃんと著ればいつまでも持つ。
慌てて部屋に戻りワンピースに著替える。髪のはおろして、し迷って鞄を手にした。中にはお財布とかハンカチとかしかっていないが、一応。
玄関ホールに行けば、すでに支度を終えた哉様が待っていたので、お待たせしましたと並ぶ。私の格好を見て頷いた哉様、どうやら合格點はいただけたようだ。――そりゃ、ご自分で選んできたものが似合ってなかったら困るだろう。私もホッとする。
「どちらまで?」
「家の所有地だ。30分でつく」
「お花見は今年初めてです」
「…來週には、星城の関係者を集めて花見をしながらパーティだそうだ。家の桜は、まだ咲いていないからな」
「ああ、ですからライトアップの準備をしていらしたのですね」
毎年恒例の、星城家主催の桜パーティ(正式名稱はあるのだが覚えにくいので私は個人的にこう呼んでいる)。大勢の來客が集まるそれは、春の祭典とも呼ばれるほど豪華だ。桜の咲く時期に行うそれは星城が、秋の紅葉を眺めながら行うパーティは樫木家が行う。秋の祭典、と呼ばれるそれに私は參加したことはないが、お土産にといただいたお菓子がとても味しいのでこれも毎年の楽しみだ。
桜パーティでは私は一応使用人の端くれとしてこまごまとした手伝いを行う。主に廚房でだが、終わりに近づくと余った料理などを食べさせてくれる。どうも花より団子になってしまうのは、おいしい料理が悪いのである。
哉様の上手な運転で到著した星城の土地は、し奧まったところにある和風の家屋。昔、先々代のお妾さんが住んでいたといわれるそこは今はだれも住んではいないが、手れはしっかりと施され、たまに行事ごとや星城一族の集まりなどで使われている。
哉様と共に車から降り、私は渡された鍵で錠を開ける。門を開けた途端に、広がる桜。
青空と桜のコントラストは、息をのむほどにしい。
そっと石畳を歩きながら、上を見上げる。
満開の桜がいっそ幻想的なほどに咲きれる様は、言葉にするのも難しい。
玄関にはいかず、抜け道を通って庭にった哉様についていく。縁側に腰を下ろし、哉様は桜を見つめている。庭の真ん中にある池に、桜が映り込んで綺麗だ。
私は飲みでも用意してこようと縁側から上がらせてもらう。勝手には高級緑茶が置かれていた。ちょうだいします、と誰に斷わるでもなく呟いてお茶を用意する。
湯呑片手に戻った縁側で、私の気配に気づいた哉様は私を見上げた。
「桜の樹の下には、死が埋まっている。知ってるか?」
「…そういったのは、梶井基次郎でしたね」
「本當に埋まっていたらどうする」
にや、と笑った哉様は私から湯呑を取ると熱いお茶を飲んだ。全く熱さをじないかのように嚥下したそれは、お口にあったらしい。さすが高級。
「どう、といわれましても。…あの薄紅が、人のでできているというのなら、夜桜のあの得も言われない、ぞっとするようなしさも理解できるような気がします」
「なんだ、怖がらねえのか」
「何を殘念がっているんですか。ああでも、そうですね。仮に埋められた死が、ゾンビだったとして。桜の樹の下から蘇るゾンビというのはなんだかちょっとわくわくします」
「風流じゃない。なんでゾンビなんだ」
「儚いよりは、生命力のある方がいいかと思いまして」
と、真面目な応酬を繰り返す。哉様は呆れた、というような顔をしてお茶を飲み干した。ついでに私の飲みかけまで奪っていったので、哉様の空いた湯呑にお茶を継ぎ足しておく。
「そこまでゾンビが好きか」
「そうですね、ゾンビの、何度殺しても蘇る、死んでもなお強い生命力にリスペクトをじ得ません」
「…………」
「何度げられても蘇る、あのガッツはどこから來ているのでしょうか…」
哉様の目が、言っている。何言ってんだこいつ、と。それでも私はめげない。ゾンビは割と好きだ。
桜の樹の下に、死でもゾンビでも、埋まっていたのだとしても。私は綺麗だと思うし、その下でお弁當でも何でも食べられる。そういう人間だ。哉様も、同じ部類にると思う。そしてどうしてこんなことを言い出したのかというと、この方、先日私に梶井基次郎を読めと小説を差し出してきていた。きっとその答え合わせというわけだろう。
ちゃんと本を読んでおいてよかった、と思いながら、課題をちゃんと済ませた私をほめるように哉様の手が私の頭をでた。
若干、で慣れていないのでぎこちないが、有難くする。こうしてほめられるのは嬉しい。たぶん、私の方が頭をでるのは上手なので、いつか機會があったらばご披したい所存。
「お前は俺がゾンビの方がもっと忠誠心を持っただろうな」
「………それは、まあ、そうですね」
「噓でも否定しろ」
「確かに、ゴシュジンサマがゾンビだったらきっと楽しそうですけれど。それでも、私の主は人間の哉様ですし、他の方に仕える気はありません。ですから、ゾンビの哉様には仕えられません」
「言ってることが支離死滅だが、まあいいだろう」
「私の持てるだけの忠誠心は、貴方様に向かっているということです」
ふん、と鼻で笑った哉様は片膝を立てそこに顎を乗せて桜を見據える。
私も湯呑を傍らに置いて、桜を眺めた。満足げな主を見られて、満足です。たまにはこうして持ち上げるのも、良いかもしれない。
――今年初めての桜を見て、しだけ浮かれていたのだ。いつもは絶対に言わないようなことをいったのは、気分がよかったから。まあでも、誤解をしてほしくないのは、コレはいつも思っていることだということだ。
「お菓子を持ってくればよかったですね」
「…お前な、花より団子はそろそろ卒業しろ」
「しい桜を見ながら、味しいお菓子を食べるというのが古來からの桜の楽しみ方の一つです」
「語弊のある言い方をするな」
桜餅とか、お饅頭とか上生菓子とか、脳裏に浮かぶ和菓子と抹茶の絵面に私の空腹ゲージが下がる。
ちょうどおやつの時間だ。
空の青と、桜の薄紅のような合いの和菓子を食べてみたい。桜の空、とかいうな名前でピンクの餡を薄青の寒天ゼリーで包むというのはどうだろうか。妄想は膨らむ。
私の脳を悟ったのか、呆れたような哉様が頭を小突いた。
「大人しく桜をでろ」
「では、し近くで見てまいります」
落ち著いてみるのも好きだが、覗き込んだり見上げたり、近くで見るのも好きなのだ。
ひらひらと手を振られ、私は主を背に立ち上がる。見上げた桜は大きくて、また來年も、こうしてみることができるといいなと思った次第だ。
そのあとすぐに、じっとしているのに飽きたらしい哉様も近寄ってきたので、二人で庭を散策した。髪のに桜の花びらをつけた哉様はしだけ可らしかったのであえてそのままにしたが、車に乗った時ににミラーに映ったらしくあっさり取られた。このまま帰って藤賀様か旦那様にからかわれるところまで想像していた私の時間、カムバックである。
「和菓子屋に寄ってやる」
「…!」
「車で食べろよ、緒だからな」
「ありがたき幸せにございます」
にやにや笑ったら、気が悪いとなじられた。そこまで気持ち悪い笑い方はしていないはずだがすみません、と謝っておく。私は出來た召使である。
お財布を持ってきていてよかった、と思いながら寄ってもらった和菓子屋であれもこれもと頼んだら、會計は哉様にされてしまった。二人で和菓子を食べながら帰る道のりは、先ほど桜を見に向かったよりもしだけ早く時間が流れているようにじた。
先ほどできた召使と言ったが、できた召使は主人にモノを與えてもらうことはないので、私基準で、という言葉を付け加えさせてもらうことにする。私基準は、あくまでも一般基準ではないのであしからず。
――ちなみに、そのあと帰った途端に、分厚い本を三冊渡された。読め、ということだそうだ。
和菓子を買ってもらった代価は、私の睡眠時間だった。
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