《男比が偏った歪な社會で生き抜く 〜僕はの子に振り回される》11話
渋谷で買いをする。言葉に出せば簡単に達できそうな目標だが「男が」とつくと、念な準備が必要になる。街中を気がおもむくままに歩くなんてことは言語道斷な行為で、事前に移ルートを決めなければ警察に保護されるか、最悪は拐されてしまう。治安の良い日本では、白晝堂々と拐される危険はないが、気をつけるに越したことはない。
母さんの試験が発表された後、寢る前に僕の部屋に集まって作戦會議を開くことにした。ドアを開けて中にると6帖ほどの大きさの部屋が広がり、左側の壁にセミダブルベッドが置いてあり、部屋の右寄りに丸いローテーブルとクッションが4つ置いてある。右側の壁一面に本棚があり、電子では読みにくい図鑑などの本が並んでいる。一応、自慢のコレクションだ。
「ユキト君の良い匂いがする」
「そうですね。この匂いは、病みつきになりますね」
二人とも目をつぶってクンクンと鼻で空気を吸い、匂いを嗅ぐことに集中している。匂いを嗅がれて恥ずかしいが、それ以上に「この人たち大丈夫か?」と、不安を覚えてしまう。
「さて、土曜日に渋谷に行くことが決まったけど、ちゃんと準備しないとね」
ローテーブルに、スナック菓子とジュースを置いてクッションに座る。彼たちもローテーブルを囲うように座り、僕の前に楓さんと鈴木さんが座っている。これで長話の準備は完璧だ。
「もう、ここに住んじゃおう」
「いいですね。私も賛です」
さっきまでケンカしていたとは思えないほど、息が合っている。もうずっとそのままでいてくれれば、母さんの試験をける必要がないのに。そんな事を思うばかりでは先に進めないので、こちらに意識を向けてもらうために話を進める。
「バカなこと言わないで、真剣に考えようよ。そろそろ戻ってきて……」
「「はーい!」」
二人とも息がぴったり! やっぱり仲が良いでしょ!
「母さんが試験として用意した買いだけど、二人が協力してくれないとトラブルなく、帰ってくることは難しいと思うんだ。いろいろ思うことはあると思うんだけど、二人とも喧嘩はしないでね。お願いだよ」
やっと、意識が戻ってきたのか空気を察してくれて、二人とも真剣な表で僕の方を見てくれている。
「僕が思うに、母さんが見るポイントは二つ。一つ目は、本人も言ってたけど僕が気にいるモノを選べるか。これは、普段の生活から僕のことを注意深く観察し、好みを把握する努力をしているか見極めるためだね。二つ目は、二人で作戦を立てて実行できるか。この共同作業を通じて、お互いが協力し合えるか試そうとしている」
「一つ目はなんとなくわかるけど、二人で作戦を立てて実行すると、友が芽生えるの?」
この説明にあまりピンと來ていないようだ。理解してもらうためにさらに説明を、付け加える。
「短期間で友を芽生えさせる率的な方法として、一緒に共通の目標や敵をクリア(攻略)する方法があるんだ。先生を説得するために生徒が手を組む、勉強會を開いてテストで良い點數を取る、一緒にダンスを練習して大會に出る。結果が良ければみんなで喜びを分かち合えるし、ダメでもお互いをめることができる。どれもこれも、仲良くなりそうなシチュエーションでしょ?」
「確かに! 中學生の頃に部活で一緒に練習した子たちとは、高校が別でもメッセンジャーで頻繁に連絡してる!」
「そうそう。その期間が長ければ共通の話題も増えるしね」
二人の表を見る限り納得してくれたようだ。でも、本當にお互いのことを理解した上で、それでも考え方が合わない場合は逆効果になることもある。その失敗は避けなければならいので、これだけは確認する必要があるだろう。
「で、どう? 二人ともお互いのことは嫌い? 大事なことだから、正直に話してしい。」
「……」
さすがに二人ともためらい、黙ってしまった。し前までうるさかった部屋の中が靜まりかえる。本人がいる場では話しにくい容だけど、はっきりさせなければ先に進めない。この張した空気を変えたいと心焦るが、二人が話し出すのをじっと待つことにした。
「そうですね。私は彼の格は嫌いではないです。むしろ、積極は見習う部分があると思ってはいます。ですが、ユキトさんを襲ったくせに、仲良くしている姿を見るとイライラします。納得できません。図々しいにも程があります。なぜ、そこまで開き直れるのでしょうか?」
的になるわけでもなく、眉間にシワを寄せて険しい顔をしたまま、淡々と自分の疑問を鈴木さんにぶつける。彼ならすぐに反論するだろうと思い見つめるが、真一文字に口を結んだまま喋ろうとしない。
そのまま見つめていると、口元が何度かヒクついた後に眉が下がり、涙が一つ二つと流れ出た。一度流れ出した涙は何をしても止まらず、聲をあげ、滝のように涙を流している。手で涙を拭うが止まる様子がなく、彼にしては控えめな泣き聲がしばらく部屋に響いた。
「……私だって……バカなことをしていると思っているよ……。自業自得、自己責任、そんなことは分かっているよ。でも、私ってバカだから、すぐに行に出ちゃうんだ。それに、あなたと違って私には後がない……。6ヶ月間なんて、普通に過ごしていたらあっという間に過ぎちゃう。そうしたら、すべての関係がリセットされるかもしれない。ううん。何も進展がなければ、ユキト君のお母さんは二度と近づかせてくれないと思うの。一度でもそう考えたら、頭の中でグルグルと同じことを考えて、寢れない日もあったんだよ……」
し落ち著いてから語り出した鈴木さんの本音は重く、いつもの明るく積極的な彼が、こんな気持ちを抱えているとは思わなかった。
「言いたいことはわかります。ですが、あなたは小さい子供ではありません。善悪の判斷ができる年齢です。仮にユキトさんに近づくなと言われたとしても、仕方がないとけれるべきでは?」
楓さんの自己責任論は理解できる。でも、取り返しのつかない失敗でなければ、何度だって助けてあげたい。結果的に僕が無事だったのは楓さんのおかげであって、彼がいなければ取り返しのつかないことに、なっていたとしてもだ。
「その通りだけど、やっぱり諦めきれない。だからこそ、與えられた6ヶ月間でなんとかしようとしているの!」
「ユキトさんや私たちに迷をかけたとしても? あなたはそれで良いと思うの?」
「……それはダメ。ダメだね……」
今の一言がトドメとなって、それ以上の言葉は続かなかった。急に力が抜けたように頭を下に向け、涙だけがこぼれ落ちている。
これ以上は、見ていられない。
僕は、前世で幸せが逃げ出したと思って絶したけど、この16年間を生き直して考えがしだけ変わった。相手のが薄れたのだって、僕にも原因があっただろうし、逃げ出したものを追いかけても無駄だと思って、諦めてしまったのも良くなかった。
歳を重ねて諦めグセがつき、自分からはかない。困難や挑戦からは逃げ出し、失敗は他人のせいにし、は一方的にしいとねだる。結局、惰で生きていた僕には通事故というありふれて意味のない死に方が相応しかったのだろう。全てが一度リセットされたからこそ、素直に認めることができた。
前世での生き方を反省して、今世に活かさなければならない。その後に苦労することが予想できても、みんなが幸せになる結末を選び続けよう。決して逃げ出したり、他人に任せたりしてはダメだ。そうすると、きっと、幸せは逃げ出してしまうだろう。僕が幸せになることで、前世の死に意味が出來る。そう思って、挑戦し続けよう。
タイミングは今しかない。鈴木さんと助けられるのは被害者の僕だけであり、伝えたいことが沢山ある。
「僕は鈴木さんのことは許してあげるべきだと思う。楓さんは《理で本能を抑えつけなかった鈴木さんが悪い》と思うかもしれないし、それは正しいと思う。でも、正論を述べることが常に正しいとは限らないよ。食がコントロールできずに異常なほど食べてしまう人のように、本能の強さや制の難しさは、他人が勝手に判斷していいものじゃない。全てを自己責任で片付けてしまうのは暴だよ。もちろん、人を襲うすべての人を許すわけにはいかないけど、今回のケースに限って言えば、狀酌量の余地はあると思う」
「また、この前のような事件が起きたらどうするんですか?」
「あれは完全に理が飛んだ狀態だった。鈴木さんが満足出來る環境を用意すれば同じような事件は起こらないよ。そのためだったら僕は、どんな苦労もいとわない」
一呼吸おいてから、最後の言葉を口に出す。
「他の誰でもない僕が、鈴木さんを許します。誰にも文句は言わせません」
僕の気持ちがしでも伝わるように、鈴木さんの目を見てはっきりと言うと、止まりかけていた涙が再び流れ出し、何度も「ありがとう」と聲に出しながら涙を拭っている。鈴木さんの反応を見る限り、僕の判斷は間違っていなかったと改めて思う。
「僕が許したんだから、楓さんもこれ以上は責めないでね」
顔を反対側にいる楓さんの方に向けて、し軽いい調子で冗談っぽく伝える。ずっと険しい顔をしていたけど、今は口元がし上がった優しげな笑顔になり、彼もこのやりとりで納得してくれたようだ。
「はい。彼も反省しているようですし、ユキトさんの覚悟も伝わりました。それにこれ以上、何かを言ったら私が悪者になってしまいますから。ユキトさんが自ら考えて答えを出したのに否定するわけにはいきません。私も上手くいくように協力します」
「ありがとう」
恐らく、楓さんにはこれからも迷をかけ続けるだろう。そう思うと自然と、謝の気持ちが口から出た。
「せっかくの良い機會なので、私も彼の積極を見習って、し図々しくなろうかと思います。許す代わりにというのも気が引けますが、一つお願いを聞いてもらえませんか?」
自制心の強い彼にしては珍しくお願いをしてきた。お願いする行為が恥ずかしいとじるようで、大きいを丸めて僕を見上げるような姿になっている。これが鈴木さんがやっているのであれば「あざとい」とじてしまうところだが、楓さんの場合は間違いなく無意識でやっているのだろう。これが天然のパワーか! 不覚にも心にグッときてしまった。
「うん。僕でできることなら」
反的に答えてしてしまったのは、仕方がないことだろう。
「では……ユキトさんのことを呼び捨てにしても良いですか?」
どんなお願いが來るのか構えていたので、肩かしを食らった気分だった。勝手に呼び捨てば良いのに、なんとも彼らしい控えめで可いお願いだった。
「それいいね! 私も! 私も……良いかな?」
この絶好のタイミングを逃すわけもなく、涙を流した跡が殘っている顔の鈴木さんが、お願いに乗っかってきた。普段は考えが合わない二人だけど、こんなときだけは息がピッタリなことを改めて心する。
「もちろんいいよ。でも、僕は呼び捨てにしないよ。言われるのは気にしないけど、呼び捨てにするの苦手なんだ。あと、ちょうど良い機會だから鈴木さんのことも、彩瀬さんと下の名前で呼ぶことにするね。良いかな?」
満面の笑みを浮かべて、二人とも頷いてくれた。
二人の仲が深まり、このまま解散する雰囲気だけど、集まった目的は達していない。やっと、試験について考えられる環境が整っただけだ。
「本題に戻ろうか。楓さん。僕たちは、何を決めれば良いかな?」
この件については、箱り息子の僕は頼りにならない。男警護の資格を持っている楓に聞くのが一番だろう。
「人のない午前中に行きましょう。渋谷までの通手段は車が良いでしょう。幸い自運転限定ですが、私が免許を持っているので車を借りれば問題ありません。道玄坂の周辺にある駐車場を利用する予定です。次に決めることは、どこに向かうかですが……ユキトは何がしいのですか?」
呼び捨てにするのが恥ずかしかったのか、名前を呼ぶまでにし間があった。數十年ぶりに異に呼び捨てにされたので、僕もしだけ顔が赤くなっているようにじる。
「僕へのプレゼントだけど、カードケースがしいな。二人で選んでくれるかな」
顔が赤くなっているのことに気づかれたくないため、いつもより早口になって、僕がしいものを答えた。
今の時代、電子マネー・クレジットカード・銀行カードなどを一つにまとめた住民カードが普及していて、僕も持っている。今までは使う機會がなかったので家に置きっぱなしにしていたけど、電車通學が始まって持ち歩くようにしている。
住民カードはカバンにれっぱなしだけど、無くしたりしないか不安だったので、ネットでカードケースのデザインをチェックしていたところだった。
「次の日は一緒にプールに行くでしょ? 水著も買えるといいな。楓さんも一緒に買わない?」
水著を買うなら土曜日しかなさそうなのでこの意見はもっともだが、楓さんをう理由がわからない。
「私も?」
「日曜日のプールは、三人で行こうよ! あの時は勢いで二人が良いと言っちゃったけど、人數は多いほうが楽しいでしょ? それにもう、焦る必要ないし……」
正式に許されたことで、彩瀬さんからも歩み寄ってきた。し気まずそうにうつむいているが、僕と二人で遊ぶより三人で遊んで関係を深め、思い出を作っていきたいのだろう。
「私は嬉しいのですが、ユキトはどうですか?」
「もちろん、賛だよ」
彼との間にわだかまりはないし、一緒にいて楽しいと思うけど、二人っきりだと何をしてくるかわからない。どこでいつ暴走するか予想がつかない。僕にとっては、楓さんがいてくれたほうが安心だから斷る理由はない。
「日曜日は、カードケースと水著を買いに行きましょう。ファッションビルだったら、小を売っているショップもあるので、全てが買えそうですね。私、ユキト、彩瀬さんの順番で一列に並んで大通りを歩きましょう。何か問題が発生したら駐車場に置いた車に戻るか、タクシーに乗る。番が近ければ、そっちに駆け込みましょう。おそらくその程度で十分だと思います」
「街を歩くだけで問題が発生するの?」
さすがに男が歩くだけで、何が問題が発生するとは考え難い。何を気にしているのだろう?
「世の中には圧倒的にモテないが多く、その人たちが數ないチャンスを手にいれる場所はどこか分かりますか? 自宅周辺・學校・お見合い、そして人が多い街です。馴染がいないうえに學校でも男と仲良くなれず、高額なお見合い費が出せない。そんなの最後の希が、街で男を見つけてナンパすることです。もちろん、ナンパ狙いのはごく一部で普通に用事があったり、買いを楽しんだりする人も大勢います。でも、そのごく一部にとって、人が多い場所は狩場として使われています」
この瞬間、僕の頭の中で軽い言葉だったナンパが、重く悲しい言葉に変わってしまった。最後の希がナンパだなんて、悲しすぎる……。
「必要な道は、彩瀬さんの分も私が揃えておきます」
さらっと、鈴木さんのことを「彩瀬さん」と呼んだことに気づいた。楓さんも歩み寄ろうと頑張っているのだろう。彩瀬さんもそのことに気づいたようで、驚いたように楓さんを見つめていた。
「買いが危険なことを、ちゃんと理解できた気がする。僕は、何か用意したほうがいいのかな?」
「首さえ無事であれば、特に用意してもらう必要はありません。ですが、急時は私の指示に従ってください。逃げるときは私が抱きかかえます。その方が早いですから」
確かに的に劣る男の走る速さに合わせてたら逃げきれないから、抱きかかえて逃げる方法は理解できるけど、やっぱりし恥ずかしい。世の男は、それが當たり前だとけれているのだろうか?
「うん。楓さんの指示に従うよ」
とりあえず僅かにじた恥ずかしさは、忘れることにしよう。襲われると決まったわけではないし、いまさら力をつけたところで意味はないだろう。それよりかは、楓さんの指示に素早く反応できるようにイメージトレーニングぐらいはしておこうかな。
「本當に細かいことは彩瀬さんと話し合うので、今夜決めなければいけないことはこのぐらいです」
「ありがとう。もう夜も遅いし部屋に戻って寢ようか」
そういってローテーブルに置いていたお菓子をビニール袋にれ、コップをキッチンに返そうと立ち上がったが、彩瀬さんは座ったまま僕の後ろを見つめている。気になって僕も振り返ってみるが、白い壁とベージュの枕とダークブラウンのタオルケットが敷いてあるだけで、変わったところは見つからない。前を向きなおして彩瀬さんを再び視界にれるが、見つめたままだ。
楓さんもわからないようで、視線を合わせると首を橫に振る。しばらくしてから何かを決心しように僕を見つめ、重い口を開いた。
「ねぇ。部屋に戻る前に、魅のベッドに顔をうずめてもいい?」
「……ダメだよ」
本當に顔をうずめたかったらしく、彩瀬さんの肩から力が抜けていくのがわかった。心なしか表も暗くなったようにじる。
……なんだか一気に疲れが出てきた。早く追い出してベッドで寢よう。
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