二人と合流した後、すぐに育の授業が始まった。

今日は力テスト。

「はじめ！　1、2、3……」

ジャージ姿の先生が読み上げる數字にあわせて、クラスメイトのが懸垂をしている。

トレーニングをしても筋がつかなかった僕から見ると羨ましい。筋を鍛えても前世ほど効果が発揮されなかったんだ。効果が出なくても続けられるは持っていなかったので、いままもうを鍛えることを止めてしまった。

先生に今から懸垂をやれと言われたら、1回もできずに終わっていると思う。最悪ぶら下がることすらできないかも。そのぐらい僕のは貧弱だ。

羨ましい気持ちを抱えながらテンポ良く上下するを眺めていると、新しい発見があった。思わず聲が出てしまう。

「おッ、これは……」

を上に持ち上げる瞬間、服に隙間が出來てうっすら割れた腹筋が見えた。

ほどよく鍛えられたがチラチラと視界にり、が沸き上がり、いけない気持ちになってしまいそうだ。

下著が見えても気にしないが多いので、腹筋ていどなら普通に見せてくれるだろう。家でも普通に見かける機會は多い。けど、それじゃ意味がないんだ。無意識のうちに見せてしまっている、腹筋だからこそ良いんだ。

僕が暴走しがちな彩瀬さんに甘くなってしまうのは、活発的な彼のからたまに見える隠された部分に惹かれて――ハッ！　これ以上考えてはダメだ！　この妄想はいけない。

誰かにしでも惹かれているなんて自覚を持ってしまったが最後。もう外堀は完全に埋まっているから、一人でも手を出してしまえば即結婚コースだ。

もっと大人になってからだったら何も問題ないけど、まだ高校生で結婚はしたくない。ただでさえ自由に行できているわけではないので、さらに不自由なになりたくはないんだ。

バーチャルタレント活も始めたばかりだし、もうしだけ夢を見させてほしいし、夢を見せてあげたい。

湧き上がってきたを鎮めるために、先生と一緒に懸垂の回數を數えることにする。

「20……25……30」

さすがに疲れてきたのかペースがれているけど、まだ止まりそうにない。

「40……50」

キリが良くなったところで気持ちが切れたのか、ようやく鉄棒から手を放した。

ハァ、ハァ、と呼吸がれて、うっすらと汗が浮かび上がっている。

前の世界にいた男だって、懸垂を50回もできた人はほとんどいなかっただろう。

特に鍛えているというわけではない、一般のがクリアできてしまう數字だ。この世界のの強さを改めて見せつけられているようだ。

鉄パイプ程度の武じゃ自衛すらできなさそうだし、男一人で歩けない世界だというのも納得できる。

「すごい……」

思わず褒めてしまった。

その瞬間、を吹き飛ばすような悪寒が全を襲った。

「えッ……」

発信元は調べるまでもなく、明らかで、目を細めて歯をむき出しにしている彩瀬さんだ。

なんで怒っているのか分からないけど、出會ってから初めて見る顔だ。

「あの、私のユキちゃんに褒められやがった」

あ、そこが地雷だったんだ……。

迂闊な発言をしたことに後悔した。

「お、落ち著いて」

彼の得意分野でほかのが褒められたことが、より怒りを加速させていそうで、僕の聲は屆いていない。

隣に座っていた飯島さんが肩に手を置いたら、暴に弾かれた。

二人とも止める手立てが思いつかない。

先生が次の人を指名しようとしていたら、彩瀬さんがすたすたと歩いて行って、鉄棒にぶら下がる。周囲の批判的な目は気になっていないようだ。

「今度は、私がやります！」

周囲がざわつくのを無視して先生に言い放った。

「お前はもっと後だろ？」

「ユキちゃんのために、今すぐやりたいんです！！」

眉間にしわを寄せていた先生は、僕をちらっと見て小さくうなずく。

「お前は……彩瀬か。男に良いところを見せたい、といったところか。まぁ、その気持ちはわかる。私も若いころはいろいろとアピールしたものだ。本來であればそのような我がままは許さないが、男が絡んでいるのであれば仕方がない」

え？　普通、沙汰のほうがダメなんじゃないの！？

教師としてその判斷はありなの？

「特別にお前のばんにしてやろう！　全力を見せてみろ！」

「はい！　他のになんて負けないんだから！！」

「いいぞ！　その調子だ！」

あ、ありなんだ……。なんか二人の間では良い話っぽくなっていて、涙がうっすらと溜まっている。先ほどよりも、やる気がすごい。

「よし、はじめ！」

「「1、2、3……」」

先生と彩瀬さん二人で仲良く數字をカウントしている。

懸垂のスピードは先ほどのより早く、どんどん數字が増えていく。

「「50、51、52……」」

すぐに記録は更新されて、勝つという目標は達できたというのに、止まる気配はない。むしろこれからが本番だといいたいのかスピードが上がっていく。

チラチラと見える引き締まったしい腹筋が、嫌でも視界にり、ゴクリとつばを飲み込んむ。

「「99、100、101……」」

このレベルはでも珍しいらしく、クラスメイトたちから「すごい」といった聲があがっている。

「彩瀬さんって、結構鍛えているほうなの？」

まだ終わりそうになかったので、あきれ顔をしている飯島さんに話しかけることにした。

「うん。楓さんと護の鍛錬をしているみたいですし、一般のよりかは鍛えられていると思います。懸垂で100回を超える人ってほとんどいませんから」

言い終わってから小聲で「いいなぁ」と羨ましそうな表をしていた。

「鍛えたい？」

「はい。男はの筋が好きですからね……ユキさんも好きですよね？」

え、そういうことなのか。引き締まった筋は一般男が好む系なのか。の大きさではなく、筋が重要だなんて、十數年生きて初めて知った。

「私はをかすのが苦手ですし、続かないから彩瀬さんみたいになるのは諦めています」

「筋トレって面倒だもんね。僕も長く続かなかった」

「え？　ユキさんはを鍛えていたんですか？」

「しだけね。でもこのは筋がつきにくいみたいで、果が出ないから辭めちゃったよ」

「男は筋がつきにくいですからね」

「やっぱりそうなんだ」

「別の壁は大きいですから」

「なるほど、差ね……」

しばらく空白ができる。

飯島さんは何かを言おうとして、諦めてを何度か繰り返しているので、ゆっくりと待つことにした。

「もしよければ、私と一緒にを鍛えませんか？」

一世一代の告白だったのかもしれない。飯島さんの顔は真っ赤だ。

そんな彼の願いを斷るわけにはいかないだろう。

「うん。そうしよう」

それに、筋に憧れている同士で勵ましあえば、しは長続きするかもしれない。

僕は提案を承諾した。

「やった！　あ、二人だとほかの方に悪いので、彩瀬さんたちもっていいですか？」

控えめな彼が喜ぶ姿を見て、僕の決んだんは間違いなかったと確認する。

みんなでトレーニングするのも良いけど、彩瀬さんと楓さんのコンビが參加するとついていけなさそう。

ベンチプレスのような本格的な機材を使うのではなく、遊び覚でできるほうがよさそうだ。

「だったら、ゲームでを鍛えようか」

スイッチというハードから発売されたロングフィットは、を鍛えるためのゲームだ。都合がいいほど僕の目的に合致する。使わない手はないだろう。

「今はやりのゲームですね！　興味があったので楽しみです！」

よし、飯島さんはOKと。彩瀬さんや楓さんは僕の意見に反対することはほとんどないから問題ないだろう。

他にも使えそうなゲームだから早めに手にれておきたい。今日の帰りに寄り道して買おうかな。

「「168、169、170……」」

思考は深まり、懸垂の回數をカウントする聲が遠くから聞こえるようにじる。

ネットの煩わしいことを忘れるかのように、僕は今後の予定を組み立てることにした。