放課後になると、プシューっと溜まったガスをから口から吐き出し、俺は靜かに帰り支度を始めた。

「やぁっ」

「……あん？」

俺にかかるの聲があり、顔を上げる。

すると、晝休みに見た、スーパーで見る死んだ魚の眼よりも黒い瞳を持ったが、ケツまで紐のびたリュックを背負って立っていた。

彼の黒髪と冷めた表を見て、晝休みのやり取りを思い出す。

「あー、そういや約束したな！」

「……忘れないでしいんだけど」

「スマンスマン、どうでも良い事は6割の確率で忘れるんだ。まぁあれだ、こっから歩いて5分の所だし、ゆっくり歩いてこーぜ」

「うん……」

彼の暗い聲と共に俺は立ち上がり、彼の持つよりも一回り大きいリュックを背負った。

そこで、俺は気付く。

「お前、家出なんだろ？　荷それだけ？」

そう、彼のリュックは家での割に小さ過ぎた。

俺のリュックはPCやキーボードがってるのでどうしても大きくなるのだが、彼のはパジャマともう2〜3著ぐらいしか服がりそうにない。

いや、これから夏だから類も詰めれば小さいし、置き勉してればもうしるが……。

「……また買えば良いから」

ポツリと呟かれた一言に、俺は妙に納得してしまった。

俺も、高校で一人暮らしを始めた時は、そんなもんだったから。

と言っても、さすがにパソコン類やキーボードはわざわざ新しいのを買ったりしなかったが。

「じゃ、行くか」

俺が歩き始めると、――名前は忘れた――が付いてきた。

昇降口までずっと無言で、一応ヘッドホンは外していたのだが、付けることにする。

mp3プレーヤーを弄り、お互い無言で校門を出た。

まだまだ青い空の下を2人で歩いて行く。

俺は自転車に自分の荷だけを乗せて押し歩く。

はじっと俺のことを見ているだけだった。

「著いたぞ」

俺は目の前の建造を見てそう言うと、はし驚いたように目を丸くした。

普通のマンションだ、なんら驚く事はないだろう。

「自転車止めてくる、エントランスで待ってろ」

「え、えぇ……」

俺は自転車をカラカラ言わせながらの返答を待たずに歩き、駐場に自転車を止めた。

そして程なくしてエントランスにり、エレベーターのボタンを押す。

「……明星くん、このマンションは一室、月何萬なの？」

「5萬5千。大家さんが良い人でさー、5千円マけてくれてんだよね」

「月に、5萬5千円……？　學生の一人暮らしにしては、金額が……」

「仕事してるからな。株もちょっとやってるし」

短い會話を終えると、チーンという間抜けな音を立ててエレベーターが開く。

俺とが乗り、3階のボタンを押すとドアが閉まる。

程なくして再度エレベーターが開き、短い廊下を歩いて家の鍵を取り出し、自宅の鍵に刺した。

鍵を半回転させてノブを引き、暗い室にった。

「帰宅〜」

「……お邪魔します」

俺に続いても部屋にってくる。

名前も知らない子を家にれるのは、きっと俺ぐらいじゃなかろうか。

クラスメイト――それしか接點がないのに、よく俺はこんな奇行に走ることができたもんだ。

そんなどうでも良いことを考えつつリビングにって燈りをつけた。

スイッチを切り替えただけでリビングにあるシーリングライトが點燈する。

リビングは味気ない場所だった。

フローリングの上にローテーブルがあり、端の方に冷蔵庫、食棚、臺所があるだけで、テレビも何もない。

とても殺風景な6畳のリビングを見て、はこう呟いた。

「……寂しい場所」

「悪かったな。リビングなんて食いもんが作れればそれで良いだろ」

「…………」

「そこの扉が閉まってる方は好きに使ってくれて良い。この黒いお札がってある方が俺の部屋。家の中のものは金以外なら好きに使え。以上」

短く告げると俺は自分の部屋の扉を開き、素早く中にった。

またスイッチを変えて燈りを付けると、呪いにでもかかったように気持ち悪い部屋が目にる。

部屋中にお札や死神とか幽霊とかそういうキモいものが載っているポスターなんかがられ、見るのも嫌になるような部屋だった。

俺はハンガーラックにブレザーを掛け、手早く著替えを済ませてからリュックを開き、機にあるデスクトップPCとノートPCの電源をれた。

「あの依頼明後日までか……。納期延ばしてくんねーかな〜」

起待ちの間、そんなことを呟いた。

俺はDTMで音楽を作りそれを売っている。

一昨日屆いた依頼は1曲8萬円というものだったが、3日で歌メロを4曲作れという高校生には無理なもので、まだ終わっていなかった。

なんとか期限に間に合うよう努力するが、學校などというなんの意味もない場所にいるせいで時間が足りなさそうだった。

高校生作曲家というのはポツポツと芽が出ているけれど、まだまだ全で見たら人口がなく、若き才能だとかマヌケを抜かす大人からの作曲依頼は絶えない。

こっちは金さえもらえれば良いし、同人サークルでの作曲っていうのにも手を出して、それなりに金がってくる。

まぁ、ったサークルが良かったんだろう。

大半のサークルはCDが完売にすらならないんだから。

PC2臺で作曲を進めて行く。

2臺あると見やすくて便利だが、たまに寢ぼけると片方しか見なくなるから怖い。

キーボードを押したり、マウスで力したり。

かれこれ1時間が経っただろうか、そこで一度ヘッドホンを外す。

「そういや、居候が居たんだっけ」

集中が切れると思い出すように呟いた。

名前も知らぬ生徒は作業中一度も部屋に來なかった。

普通なら、初めて來た家に放置されれば帰ったり、々俺に聞いて來たりするだろうに。

聞いて來ないってことは帰ったか――なんて希を抱きながら、俺は部屋を出た。

はリビングに居た。

長い黒髪をフローリングに垂らして座り、ローテーブルに教科書やノートを広げて勉強している。

真面目な奴だ、と思った。

死んだ目をしている奴は大勉強しかやる事も無いって音楽関係の友人が言ってたが、コイツもその類なんだろう。

「おい、頭のネジが2、3本外れた」

とりあえず罵倒をえて呼んでみる。

すると彼はペンを置き、し目を細めて俺を見た。

「……何？」

「Unfortunately(殘念な事に)、俺は忙しい。今晩はカップ麺で乗り切るか、金を出すから外食してこい。出前の紙は電話橫のファイルにあるから、それも可」

「……りょーかい」

は消える聲で返事をすると、またペンを手に取った。

背筋をばして勉強する姿はしく見えなくもない。

しかし、それでいいのかコイツ。

「お前、俺に質問とかねぇの。質疑応答の時間を5分くれてやる」

「……別に。こっちの部屋の押れに布団がってたし、食にも困らない。一応食住は揃ってるわけだから、暮らしていけるし」

「そうかよ。風呂は後で沸かすから先にりたかったら言え、じゃなきゃ俺は勝手にるから」

「…………」

華麗に無視を決め込まれ、話したくないならいいやと、俺はまた部屋に篭るのだった。

×

20時ぐらいに風呂を沸かしてって、が風呂にると、俺は攜帯と通帳をポケットに突っ込み、コンビニに向かった。

遅い夕飯を買うのだ、家にカップ麺あるけど。

ラーメンや焼きそばの気分じゃなくなり、新発売とか書いてあったはずの焼弁當を買おう、そんなどうでもいい魂膽である。

通帳を持って來たのは、家に名も知らない奴が居るのだから當然だろう。

闇夜の中、白くりの燈ったコンビニに足を踏みれた。

店員のかったるそうな、らっしゃっせーという言葉を掛けられる。

その聲を気に止める人は多分居ないだろう、俺も気にしない。

お弁當コーナーまで行くと、俺は絶的な景を目にした。

「……マジで？」

壁に向かって問い掛ける、當然答えは帰って來ない。

弁當コーナーには、納豆巻きと、小さいくせに380円もする謎の贅沢弁當のみが殘されていた。

夜9時だし、これも仕方ないとは思う。

ここのコンビニの廃棄は20時だったはずだ、そこで殘った弁當も減る。

次の弁當がトラックで運ばれてくるのは偶然居合わせたから1時半だとわかっていた。

それまでこの棚に弁當を見ることはない。

渋々隣の列にあるパスタをを1つ、手に取った。

居候は金も気にせず鰻重を食ってたのに、なんとなく負けた気がする……。

だが無いは無いし、渋々レジの前に立った。

「らっしゃっせ〜、って、なんだお前か」

「お前か、じゃねーよ」

店員にガッカリされるなど失禮千萬だが、目の前に立っている奴は中學の同級生だった。

190センチ近くの長にがっしりとした男で黒い短髪。

爽やかな顔の店員は元に津久茂つくも一彌かずやと書かれた名札をつけていた。

「こちら498円になりまーす。溫めますか？」

「客を馬鹿にするなよ、電子レンジぐらい家にあるわ！」

「いや、そんなこと聞いてない」

「溫めで」

「何事もなかったかのようにスルーすんなよ」

ぶつくさ言いながら津久茂は電子レンジにパスタをれた。

そしてすぐ戻ってくる。

「コンビニバイトとは苦労なこった。もっと効率よく金稼げるだろうに」

「俺には下地ベースが無かったから、金を稼ぐ技能がねーんだよ。お前は小1までピアノやって、音楽作り始めて……才能っていいよなぁ」

淡々と俺の過去を喋り出す津久茂。

才能――無くはないだろう。

そうじゃなきゃ、作曲依頼は來ないから。

でも、そんなこと言う津久茂だって……

「うわー、資格10個以上持ってる奴が言うと超ウゼェ」

げんなりして言うと、津久茂は苦笑した。

この男は英検や漢検以外に、書寫技能、電卓技能、相談アドバイザーみたいな資格を持っている。

なんでもやるし、なんでもできる。

それがこの男の長所だった。

「うるせぇですよお客様。さっさと金出しやがってください」

「金は出さん。Tuicaで」

「ほい」

「ポイントカード聞けやボケ。持ってないけど」

「知ってるから聞かねーんだよ……」

カードを押し當てていると、ピピッと音が鳴る。

すると津久茂はレジを打ち、レシートを渡してきた。

一応カードの殘高を確認してから捨てると、続いてパスタのった袋を渡される。

「お待たせいたしました」

「フォークの代わりにアイスのスプーンとかれてねぇだろうな？」

「そんな事したらクビになるわ」

「だよね」

なんて、しょーもない會話を最後に俺は店を出る。

津久茂は中學で唯一の友人だった。

俺とアイツは、他の學生とは質が違ったから。

學校に來ても遊んでる奴ら、勉強もせずに時間だけを浪費する同級生、部活なんていう殆ど將來の役に立たない活。

そのどれにも屬さず過ごした俺と津久茂は自然と話すようになった。

周りの人間が全員猿に見える、そう思えたから。

人間同士で會話して、初めて生きてるとじられた。

だからだろうか、こんな時間にコンビニへ行こうと思えたのは。

などと思考している合間に、俺は家の前に著いた。

鍵は多分掛かってない、俺はドアノブを回し、家の中にった。

「……あ、お帰りなさい」

晝頃よりはし潤ったの聲が、玄関に聴こえる。

この家の洗面所は隣接する風呂とトイレとは違い扉が無く、鏡の前で水のパジャマに著替えたを見つける事ができた。

鏡を見ながら、ドライヤーでしい黒髪をブローしている。

晝間には見えなかったの笑顔が鏡から見える。

にこやかに笑い、風呂上がりだからか、白い頬は桃みたいにれていた。

「…………」

しだけ、彼の姿に見惚れた。

の子と同棲――わかっていたはずの言葉の意味を、俺はようやく実した。

「……どうしたの？」

ドライヤーの電源を切り、は止まったままの俺に振り向く。

ハラリと揺れるロングヘアがフローラルな香りを撒き散らす。

「いや、なんつーか……」

言葉が出なかった。

と過ごすってこういう事――妹が居るから知っていたはずなのに、初対面のだとギクシャクする。

「……フフッ。私に見惚れてた、とか？」

「思い上がるな居候。黒髪ロングのストレートなんて幽霊と見分けがつかないからビックリしたわ」

「ちょっ……酷いなぁ……」

シュンとしてしまい、は鏡に向き直ってドライヤーを頭上に持っていく。

とっさに口が回って助かった……いや、助かってないのか？

わからないが、心を落ち著かせるためにパソコンの前に帰るとしよう。