《ぼっちの俺、居候の彼》act.3/妹
時計の針が3時を回ると、俺は徹夜を決め込む。
寢るなら授業中に寢ればいい、教師連中はもう慣れて起こしもしてくれないから。
そんなことを思いながらPC2臺とMIDIキーボードを弄っていると、チョンチョンと肩をられる。
振り返ると、そこには眠たげな瞳をしたが立っていた。
未だに名前も知らないが、こんな時間に何の用だろう。
PCに表示されたデジタル時計には、04:36と書かれている。
俺はヘッドホンを外し、彼の聲を聞く。
「何?」
「……何、じゃないよ。私のこと好きにして良いって言ったのに、襲ってこないし……」
「仕事してんだよ。のなんか興味ねぇ。さっさと寢ろ」
「……。わかった」
小さく呟くと、は靜かに部屋を出ていった。
男がを泊めるなんて、的な目的が多いのは一般論として正しいだろう。
しかし、俺は音楽を作る蕓家の端くれ、まだまだ純粋にしさを追求する年なのだ。
的な、ドロドロとした関係はゴメンだった。
俺は再びヘッドホンを裝著すると、一度も口を開かず、作業に明け暮れるのだった。
△
――ゾォォォォォォオオオオオ!!!
ガチャンッ!!
朝の6時半、俺は椅子に座りながらおぞましい音を立てる目覚まし時計をブッ叩いた。
そして死神の映ったポスターに振り返り、挨拶する。
「おはよーございます。今日こそあのクソババァが死にますように」
手を合わせて祈り、DAWを閉じてPCの電源を切り、リビングに向かった。
炊飯のスイッチはちゃんとってたからご飯はある、味噌は適當に作ろう、後は野菜をし刻んで、ベーコンエッグを作る。
口にすれば大した文字數にならない作業だか、時間は既に30分立っていた。
チョンチョン
また小さく肩を叩かれる。
別に今は音楽聴いてないし、聲かけてくれればいいけど――と思ったら、何にも繋がってないのにヘッドホンを付けていた。
鍋を置いて振り返ると、目が半開きでだらしなく口の開いたが立っていた。
パジャマがしはだけていて、鎖骨が――。
「……おはよう」
俺の思考をかき消すように、冷たい聲で挨拶してくる。
俺も小さく、おはようと返す。
「……朝ご飯?」
「そうだ。今日から2人前も作らなきゃいけねぇ。どうしてくれる」
「……じゃあ、洗濯は、私が……」
「お、おう……?」
「……君に、私の服、見られたくない」
「あっそ……」
プイッとそっぽを向いて、は玄関に続く廊下へ消えていった。
「可くねぇ……」
昨日見たアイツは黙ってたから可かった。
口が付いてると可くないらしい。
余計な事を考えつつも飯は作り、皿に移す。
食をローテーブルに並べていると、は制服に著替えてリビングに戻ってくる。
「……洗濯がない」
「そりゃそうだ。2人で暮らしてんだし。お前、兄弟多いんだろ」
「まぁ、ね……」
は目を閉じ、うんざりするようにため息を吐く。
何か嫌な思い出があるんだろう。
って、家出するぐらいだから當たり前か。
「明星くんは、兄弟いる……?」
「超絶な妹が1人。うちの學校の1年なんだぜ、クラスからモテまくるってよ」
「……そう。仲がよさそう」
「いや、良くないな。妹がさ、この前晝休みに來て、俺の弁當にコーラブチまけて帰ってったし」
「…………」
何故か距離を取る。
おい、なんで俺を怖がる。
「俺は、直接何もしてねーよ。嫌われるような事はしてるんだけどさー……」
「……自覚あるんだ。でも、その理由って……?」
「母親が今、子宮頚癌で死にかけてんの。それなのに俺は一人暮らしして逃げて來た。妹は母親が好きみたいでさー、母親が死にそうなのに逃げた俺が嫌いってじ」
「……貴方は、母親が嫌いなんだ」
「々あってな。あのクソババァが死ぬまでの辛抱……ってわけでもねーか、このままずっと一人暮らしなのかなぁ……」
「私に聞かれても……」
「さーせん」
し俺の家庭事を話すと、俺たちはローテーブルに向かい合うように座った。
朝食を食べる間は會話もなく、俺は慣れてるから気にせずに眠いを無理させて飯を食らう。
洗いも俺が擔當、その間には先に學校へ行ってしまった。
俺も洗いが終わると、すぐに學校に向かうのだった。
○
「……不幸がっていてもいい事は何もない。人間の脳を最高狀態に保つのは上機嫌でいる事という研究結果もある。だから今日も笑顔でいるために、俺は寢なくちゃいけないんだ」
授業中はずっと睡して過ごした後の晝休み、俺の機までやって來た來客に向かってベラベラと話しかけた。
そのはニコニコと笑う黒髪のポニテ頭で、クリクリとした丸い目が特徴的、なおかつその小さいには不釣り合いの大きな実が2つ、に付いている。
明星みょうじょう揚羽あげは――我が妹が2年の教室にまで足を運び、椅子に座る俺を見下していた。
「そっかそっか。兄さんは眠いんだね。永眠させるために洗剤2つ、買って來てあげようか?」
「余は洗剤の臭い匂いで死にとうない。妹のいちごパンツを見ながら太ももに挾まれて死にたいでござる」
「……あはっ。兄さんは本當に仕方ないなぁ。最低で変態な兄さんは、贓を1列に並べてればいいんだよ? その汚いピンクと赤の道を、私が踏み潰しながら歩いてあげるから」
「ハハハハハ、殘念だが、まだ死にたくないんだよなぁ」
ニコニコと笑って會話をする俺たち。
しかし、その容はおぞましいものだった。
きっと、周りの奴からは仲良く兄妹で話す爽やかな風景にしか映らないだろう。
もっと直接、をわにして罵ればいいものを、妹の揚羽は學校での立場上、笑っているのだ。
揚羽は1年生にしてその貌にも恵まれたのか、生徒會書記にることができ、さらにはダンス部の1年生リーダーだった。
こうは思いたくないが、伝子が優秀なのだろう。
俺とは別の意味で揚羽も凄い奴だった。
その妹は俺のリュックから無斷でキーボードを取り出す。
楽専門店で買った、12萬のMIDIキーボードは木の機には収まらない大きさだった。
「わぁっ、おっきーいっ!! 久しぶりに見たなぁ、兄さんのキーボード……」
楽しげに言う揚羽の目が怪しくる。
どうやら、このキーボードとは今日でお別れらしかった。
だが、がなので、しばかり抵抗してみる。
「揚羽、重いだろ。機の上に置きなさい」
「えーっ? あっ、うわぁっ!!」
バランスを崩すかのように、揚羽は倒れた。
その際にキーボードを、無人の機に思いっきり叩きつけながら。
キーボードが鈍い音を立てて転がる。
中の回路は多分死んだだろう。
白い鍵盤は、いくつか吹っ飛んでいた。
「大丈夫か、揚羽!」
それでも俺は揚羽に駆け寄った。
これは演技だ、怪我なんてしてるわけがない。
俺の出した手は毆られ、揚羽は清々しい笑顔で俺の顔を見る。
「ありがとう。大丈夫だよ兄さん。……あーっ! キーボードが……ごめんね、兄さん?」
「お前が無事なら、それでいいよ」
「ううっ、本當にごめんね……?」
下を向きながら、揚羽は謝った。
俯うつむく彼の瞳はキーボードに向いていて、俺に謝っているわけじゃなかった。
あぁ、なんで子はこんなにな真似が平気でできるのだろう。
でも、妹を裏切ったのは自分だ。
俺はあのババァが嫌いで逃げ出したんだから。
「……揚羽、飛んだ鍵盤を集めてくれ。散らかってると怒られるから」
「はーいっ♪」
嬉しそうに返事をする妹。
笑顔で鍵盤を探す彼は、どこか哀れだった。
でも……俺の方がもっと慘めだろう。
「…………」
こんな俺の姿を、あのはずっと見つめていた――。
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