《ぼっちの俺、居候の彼》act.22/津月と利明
「利明……大丈夫?」
その聲を掛けて來たのは頭姫だった。
未だに立つ津月は彼を見るなり、ギリリと歯を噛み締める。
「みーちゃん……ツッキーはね、今おこなの。邪魔だからあっち行ってて」
「嫌だよ。利明はみんなの為に頑張ってるの。酷い事しないであげて」
「みんなの為!!? 笑わせないでよ!」
頭姫の言葉に、津月は聲を荒げた。
もともとクラスの視線は俺の方を向きっぱなしだったが、さらに関心を引き付けた。
彼の怒りは止まらず、口からは呪詛のように俺を恨む言葉が続く。
「利明は誰も幸せにできてない! みんなのためとか言って、みんな怒らせてるじゃん! 笑わせないでよ……。揚羽ちゃんが最低って言ってたの、今ならわかる。利明……アンタ、最低だよ……!」
パシンと、乾いた音が響いた。
怒り狂う津月の頬を、頭姫が打ったのだ。
靜寂に包まれる。
全ての時が止まったように、無音の世界が広がっていた。
「何も……」
靜寂を壊したのは頭姫だった。
ポツリと呟かれた一言は世界に染み込むように耳にってくる。
頭姫の怒りを目にし、津月の瞳はキュッと小さくなっていった。
そして、頭姫は漸くその思いをぶ。
「何も知らないくせにっ、利明をバカにしないでっ!!!」
力強い聲だった。
誰かのために必死になってぶ。
彼の姿を見て俺は、どこか救われた気持ちになった。
でも、
津月は笑っていた。
狂ったように、口持ちを釣り上げて笑っている。
「そう、そうなんだ! 利明はさ、私や揚羽ちゃんみたいな近な存在には真実を教えないで、最近知り合ったようなの子には教えるんだ! ハハッ、アハハハハッ。――死ねよ、お前」
それだけ告げると、彼も踵を返して教室を出て行った。
その際、彼の障害となるだろう人は道を開譲る。
目の前に殘ったのは、目に涙を溜めた頭姫と、金髪セミロングのオリガだった。
平気な顔をした金髪に俺は問い掛ける。
「……お前は、揚羽について行かなくていいのか?」
「君とし話したくてね。殘りない休み時間を潰させてもらうよ」
彼の聲を聞いて、俺は思う。
「日本語うめぇじゃねぇか。前會った時は演技か」
「うーん。半分はね? 私、一応純ロシア人なので」
「あっそ。それで、話って?」
「…………」
オリガは一度黙り、なんでもないようにそっぽを向きながら口ずさむ。
「――Led v vidu,no med,na yazyke.
舌の上ではハチミツ、でも心の中は氷って意味のロシアの諺ことわざなんだけど、どうやら君達は、ハチミツと氷が逆みたいだね」
「…………」
俺の言葉は氷刃、心は甘いハチミツってか?
それなら正解かもしれないが、ふむ……。
「君達? 噓を言ってるのは、俺だけじゃねぇのか?」
「おっと失禮。君達の関係と言えばいいのかな? よくそうまで仮面を幾重にも被れるものだね。私も噓吐きだけど、君の真似はとても出來ないよ」
「……。俺のことを見破るのは結構だが、揚羽には言うなよ?」
「わかってるさ。人の努力を無駄にしたくないからね。では、私もこれで失禮するよ。do svidaniya♪」
別れの挨拶だろうか、最後にロシア語を殘して彼も教室を出て行った。
これで3人、俺の元を離れて行ったわけだ。
しかし、まだ頭姫が居た。
「……いいのか? 俺の近くにいると、お前も嫌われるぞ」
「前に聞いたよ、それ……」
「ざまぁ」
「……あの時と同じこと言ってる」
「そうだな」
前に一度、帰り道にこんな會話をした。
あの時と違うのは話す場所と、頭姫が泣いていることぐらいだろう。
「なんで泣く」
「……だって、利明は悪くないのに……酷いよ。ツッキーの曲だって、利明が作って……一人暮らししてるのも、揚羽ちゃんのためで……」
「……そうか」
俺は席を立ち、ポンッと頭姫の肩に手を置いた。
「ありがとな、俺のために喧嘩してくれて。もういいから、席に戻れ」
「……こんな顔じゃ、戻れないよ」
「そうだな、俺も今日は授業けたくねぇ。帰ろーぜ? ここはちょっと、居づらいからな……」
他人の目が集まり、衆目の的と化していた。
こんな空気を作っておいて、教室に殘れるほど強靭な神は持っていない。
頭姫はコクリと頷き、彼は荷も持たず、俺と共に教室を出るのだった。
全て崩壊した。
だけど、再生まではそう遠くないはず。
だから、今は時を待とう。
母親が死ぬ迄を――。
×××××
私、南野津月は逃げ出した。
大好きな彼に暴言を吐き散らして、アイドルという仮面をぎ捨て、心のままにをぶちまけた。
彼が、私が好きだった利明が、みんなのことを思ってるって、そんなのわかってる。
もう隨分と昔のことだ。
最初はピアノが弾けるからと、彼に構ってもらってて、本當は曲を作ってもらうのが目的だった。
でも、稚園のお遊戯會で椅子取りゲームをしたとき、席を譲ってくれた時から好意を持ったのを今でも覚えている。
稚園の頃の話だ、単純な事で好きになるのは仕方ない。
私は稚園時代ずっと彼の側にいた。
相當ウザそうにしてたけど、なんだかんだで一緒に居てくれた。
彼は稚園の頃も小學校の頃も、ずっと私を嫌がらずに一緒に居てくれた。
私が書いた稚拙な歌詞に、あの人は何気なく曲を作ってくれて、クラスで発表したりした。
私は小さい頃からアイドルになるのが夢で、小學校卒業と同時に引っ越す事になる。
事務所が遠いとかそういう事だった。
でも、引っ越す前から戻って來ることを決めて居た。
だって、私が戻って來るって、利明は分かってくれてると思っていたから。
私がここに帰ってきて、その時に利明が居なかったら、絶対私は悲しむ。
だからこの、私達の地元から1番近いこの高校に居るって決めて、転したんだ。
「上手くいってたのになぁ……」
校舎を出て、私は獨り言を口走る。
利明が一人暮らしをして、と同棲していたのは予想外だったけれど、利明はと付き合うつもりがないようで、みーちゃんにも手は出してないだろう。
そこは安心してよかった、でも、まさか母親が死にそうだなんて。
ふと、澄んだ青空を見やる。
混沌とした私の心とは真逆に、どこまでも青一の空を私は睨んだ。
いま私の心を占めるのは、殆ほとんどが嫉妬だった。
なんでみーちゃん――あの子には真実を話しているのに、私に言えないのか。
妹の揚羽ちゃんにも言ってないぐらいだから仕方ないのはわかる――けど、それでも、やっぱり悔しかった。
利明の事をよく知ってるのは自分だし、歌や詩で彼を幸せにできるのも私だ。
なのに、ぽっと出のみーちゃんに……私が負ける?
私は、あの子に利明を取られるのだろうか?
「…………」
答えは出ないし、私はポツポツと歩道を歩くのだった。
荷もなく、隨分軽いはずのは鉛のように重く、信號に差し掛かって、立ち止まらせられる事にさえイライラした。
「――南野津月さんですね?」
ふと後ろから聲を掛けられる。
知らない聲だった。
しかし、正がバレた以上はツッキーとして接するのが元アイドルの役目。
振り返ると、そこにはスーツを著込んだ黒髪の年が立っていた。
いや、にも見えるので別は定かではない。
肩につかない程度の黒髪、優しげな丸い目をして、長は私よりし高い程度。
聲も中的で、本當に男かかわからない人だった。
でも、相手が誰だっていい。
私を呼ぶって事は、きっとファンだから。
「ツッキーだお☆ よくわかったね? 嬉しいなぁ〜♪」
「ええ、貴のことはよく存じております。なにせ――」
利明くんのお友達ですから――。
がざわついた。
先ほどまで悩んでいた意中の人の名前を、彼は口にしたのだから。
「……貴方は、何者ですか?」
おそるおそる尋ねる。
すると彼はニコリと笑い、右手をに當て、こう言った。
「申し遅れました。わたくし、秋宮あきみや輝流てるると申します。し、お時間よろしいでしょうか?」
――明星利明について、お話があります。
彼の言葉は私のに麻薬のように溶け、何も考えず私は頷くのだった。
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