《ぼっちの俺、居候の彼act.30/決戦

夜8時50分。

俺と頭姫は堂々と真っ暗な校舎の中へ侵し、上履きへと履き替えた。

點いている燈りは非常燈と自販機だけで、天井に點のような赤いを放つ赤外線センサーは切られていた。

もはや疑う余地はない、この建に輝流は居る。

俺はスマートフォンの懐中電燈機能を使い、足元を照らしながら階段を上った。

「……ねぇ、利明」

背後から頭姫が聲を掛けてくる。

振り返れば、制服を著た彼は俺のようにスマートフォンからを放っていた。

で映る彼の顔は、どことなく暗かった。

「どうした?」

「……行かないって選択肢は、ないのかな?」

「…………」

ここまで來て、何を言うのか――。

そんな強気な言葉は言えない、俺だって今すぐ逃げ出したいから。

でも逃げたってどうにもならないし、何より……

「俺が行かなかったら、輝流は津月か揚羽を殺すだろう」

「!?」

「屋上を選んだのは思い出の場所ってのもあるが、落とせば人が死ぬからだと思う。輝流は賢い、津月みたいな純粋無垢なるなんて造作もないはずだ」

輝流は俺に、その気になればマインドコントロールができると話していた。

ならば津月を味方につけ、そしてなんらかの理由をつけて自殺に追い込むこともできると思う。

だって2人は俺のことをよく知ってるし、俺の事を口にして津月を追い込むことができるはずだから。

3階に到達する、もはや會話は無い。

覚悟は決めてるし、決戦のために最後の準備も済ませてある。

俺にある、生き殘る手段は2つ。

1つはどうにかして、あの時摑めなかった輝流の手を摑み、和解へ持って行くこと。

もう1つは、揚羽が助けてくれると信じること。

そのために何をすればいいか、そんなの悪あがきだけだ。

4階に到達する。

カツンカツンと靴音だけが響く闇の中、俺は中央階段を上りきった。

屋上にり口の前、俺は頭姫に向き直る。

「予定通り、お前はここで待ってろ。いいな?」

「……うん」

寂しそうに彼は頷いた。

おそらく輝流はこの校の監視カメラを全て閲覧しているだろう。

無駄だとは思うが、やらないよりはマシだ。

「……行ってくる」

俺はを翻し、頭姫に背を向ける。

扉に手をれると、背後から俺のワイシャツを摑む手があった。

「……ちゃんと、帰って來て」

暗闇に弱々しい聲が木霊する。

帰って來て――そうだよな。

これが終わったら、俺たちの家に帰らなくちゃいけない。

なんとかなるよう、頑張るしかないんだ。

「帰るさ。まだ仕事が殘ってるからな」

「……私のために、って言ってしかったんだけどな」

「馬鹿野郎、10年はえーよ」

「……利明は変わんないね。こんな時でも。だから……」

――行ってらっしゃい。

が手を離すと同時に、俺は屋上の扉を開いた。

風が凪ないでいる。

夜風は涼しく、夏を忘れさせてくれた。

し雲が出ている夜空では、青く輝く月が綺麗な弧を描き、ほのかなと星のが彩っていた。

暗い夜と黒い街並みを背景に、1人のと目が合う。

ソイツはツーサイドアップで、ペタンコなをした馴染だった。

「よく來たね」

無音のに響くアイドルの聲。

は目を閉じて微笑んでいた。

俺は彼の10m手前まで歩き、足を止める。

「呼んだのは、お前らだろ?」

「うん。來てくれて嬉しいな、とっしぃー」

の言葉が耳にる。

すると、俺のは金縛りにあったかのようにかなくなっていた。

恐怖で慄いた訳ではない。

俺は知っているんだ、彼の力を。

わかっていたんだ、こうなる事を。

「……ふふ。けないんだ? そうだよね、かなくしたんだもの。でも……驚かないんだね」

「お前は人をる周波數を、ずっとその口から出せるように研究していたんだろ? 幸せの音程はその斷片だ、お前は一言喋るだけで俺を殺す事だってできるし、幸せにする事だってできる」

「……うん。人は何故、接客の時に高い聲を出すのか。それは明るい雰囲気を出して、お客さんにいい気分になってもらいたいから。それを突き詰めた究極の音程こそ幸せの音程。そして――私はこの音程を極めたと同時に、人をる音程を修得しているんだよ」

トッ、トッと彼の上履きが乾いた音を立てて俺の方にやってくる。

やがて俺との距離がなくなると、津月は右手で俺を抱きしめ、左手は俺の間に添えた。

には津月の頭が押し付けられる。

「……利明。私はね、貴方をしてるんだよ?」

「知ってる。本音を言う時だけは名前を呼んでくれることもな」

「……ウフフ。私の事もよく知ってくれてるようで、嬉しいな。でも――」

中學の頃、で人が死んだってどう言う事――?

はそう言いながら、俺の金的を強く握った。

痛い、が苦痛に聲を上げる事もできない。

悲鳴をあげる事は許されてないようだ。

「誰から、聞いた?」

やっとの思いで問うと、彼は俺のから頭をどけ、俺の瞳を見て答えた。

「君の、中學の同級生。秋宮輝流って子だよ」

その名前を聞き、俺は心ホッとした。

まだ揚羽が敵とは限らないからだった。

津月は俺を見てクスリと笑い、話を続ける。

「中學の頃、2人から好きになられたんだって? それでその子2人が利明を取り合った結果、1人が債務を押し付けられて一家心中……。優しい利明は絶しただろうね。今でもトラウマだと思うよ。それなのに……」

俺の金的を握る力が強くなる。

津月は犬派をむき出しにし、奧歯を噛みしめながらんだ。

「なのに……なんでまた新しいに手を出してるの!!? 昔馴染みの私ならいざ知らず、にトラウマのある利明が、なんでまた2人のに囲まれるような事してるの!!? 私が利明を好きっていうの、わかってるでしょ!!?」

の唾が俺の顔に掛かる、それほどの迫力があった。

でも、それは違うんだ。

輝流はお前を騙してる、奴なら津月のスケジュールを見て転校してくる事も知ることができた筈だし、そこに丁度よく頭姫を俺にぶつけて來たんだ。

心してるコイツに本當の事を話してもわからないだろう。

だから俺は説得した。

「津月、落ち著け。怒ったっていい事は1つもない」

「ああそうだよ! でもね、怒らずに居られる!? 利明が態度をハッキリ決めないからその子は死んじゃったんでしょう!? それで今も私かみーちゃんか悩んでる! 私達のどっちが死んでもいいって事なんでしょ!?」

「お前らが殺し合うなんて、俺は思ってない! だって津月、お前は優しいじゃねーか!」

「私はみーちゃんを信用してないの! 馴染の私を差し置いて同棲!? ふざけんなよ! なんで、利明は……」

不意に彼の力が弱まる。

しかし、依然と俺のかず、崩れ落ちる彼の手を取ることができなかった。

「……だから、さぁ、利明……」

俯きながら、彼は俺の名前を呼んだ。

の淵に立ったかのような悪寒が俺の背筋を伝う。

そんな俺をあざ笑うかのように彼は顔を上げて言った。

「私と一緒に、死んで――?」

バンッ

背後から音がする。

再び屋上の扉が開いたのだ。

確認するまでもない、待機して居た頭姫だ。

背後から走る音がする。

津月は咄嗟に立ち上がり、バックステップを踏みながら命令した。

「止まれ!」

人の脳を支配する聲を持つだ、その聲を聞けば絶対に止まるだろう。

だけど、背後の足音は止まらなかった。

「"くな"! "ひれ伏せ"! ……な、なんでけるの!?」

驚愕する津月の聲がする。

闇に紛れてもうわからないが、その顔も驚きで満ちている筈だ。

ふと、俺の橫を1人のが過ぎ去る。

長い黒髪とフローラルな香り。

その左手には猿轡さるぐつわ、右手にはスタンガンを持ち、一瞬だけ俺をチラ見して駆け出していく。

俺がヤバそうになったら飛び出せと言ったのに、まったく遅いんだよ。

頭姫――。

「フッ!」

頭姫がスタンガンを津月へ容赦無くぶつけた。

剎那、甲高い悲鳴と共に津月のは崩れ落ちる。

力なく倒れる彼の前に、頭姫は仁王立ちで立っていた……。

「……な、んで……」

「……ん? あぁ、ごめんね?」

津月の問いかけに対し、頭姫は耳元に手をやって、コードの無い豆粒のようなイヤホンを取り出すのだった。

そのイヤホンからはジャカジャカとした外人の言葉が放たれている。

「英語の勉強してたの。だってほら、テスト近いんだもん」

なんでもないように言いながら、彼は津月に猿轡を付け、言葉を封じるのだった。

1つの作戦がうまくいき、俺は安心して肩を落とした。

そこでくことに気が付き、頭姫の側へと駆け寄る。

「おい、大丈夫かよ津月」

「……んー」

倒れる津月は目線だけを俺にくれ、僅かに唸るだけだった。

スタンガンはショックが強いと死ぬ事もあると聞くが、コイツは思ったより頑丈らしい。

「誤解は今度解く。今は、次の奴に集中しねーと……」

「そうそう、ボクに集中してよ」

「!!?」

懐かしい聲が耳にり、俺は瞬時に振り返る。

校舎側、俺が來た方だ。

貯水タンクの上に座る人影があった。

半袖のワイシャツとスラックス、膝元にはノートPCを置き、悠然と俺たちを見下ろすセミロングの

「輝流――」

「久し振りだね、利明くん。さぁ――」

――足掻いてみせてよ。

の背後から浮かぶ5のドローンが、俺の脳を絶で染め上げた。

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