午前は生徒會に居る事が多かったが、時折校を見て回って笑顔を振りまいた。今の所、北野くんからの妨害は無く、文化祭は順調に進行している。

手紙を貰ったからといって、警戒し過ぎたのだろうか？

あの手紙の容は、私を貶めようとしたものではない。私がどうしたいのかを問いただす文面だ。

私は世界を変えたい。そのための道を作り続けている。學校で人をまとめるのも、將來総理大臣を目指すのも、全て通過點だ。

理想郷――全ての人間が幸せで荒れる世界。

人にはそれぞれの満足基準があり、それを満たす社會を作る事で、私の夢は葉うのだろう。途方もない夢だ、きっと口にすれば笑われる。

でも、本當にし遂げられる人間になれるなら――。

私は目指し続けたい。ただそれだけなのだ。

「さて――」

正午が過ぎ、次はクラス行事に移する。廊下で掛かる聲に笑顔と挨拶で返しながら、1-1のクラスに戻って行った。

クラスの出しは人探しで、コスプレした1-1の人が出歩いてるのを見つけてくるというもの。エンカウント數によって報酬も変わる。昨日と同じく、私は赤ずきの姿に著替えるのだった。

クラスの半分はカーテンで覆われ、簡易更室になっている。私はそこから出ると、何枚か寫真を撮られた後に廊下に出る。奇抜な格好だから目に付くし、著ているのが私だとわかるや聲をかけてくる生徒が多くて困った。人探しをしている人はスタンプカードを持っているため、私は見つけてくれた人に判子を押さないといけないのだが、カードを持ってない人が集まってくる……。

「ふむ……立ちり止に近い所でウロウロしているかね」

人だかりができては困るので、人目の付かないところに行くことにした。寫真を撮られながら、10分かけて移に功した。ツーショットを撮りたがる人が多いが、私はマスコットじゃないんだぞ……。

校舎の4階西端の階段付近。この階段は學校関係者以外立ちり止で、生徒でさえ全く通らない。廊下の向こうからなら遠目で赤ずきんだとわかるはずだし、來る人は來るだろう。それまではのんびりできそうだ。

「ふぅ……疲れるなぁ」

「あらあら、なら代わってあげましょうか？」

「――――」

呟いた獨り言を突然拾われ、私は階段を下を見た。

階段の下には黒い長髪を持ち、艶やかな眼差しをするが手すりに寄りかかっていた。私のことを見上げ、ニヤリと笑っている。

私は彼の姿を見て目を見開いた。

彼が著ていたのは、クラスで作ったシンデレラの裝だったから――。

「――何故キミがそれを著ている？」

1つ聲のトーンを下げて問いただす。北野くんは文化祭に參加などしておらず、今日も欠席だった筈。その彼が自クラスの文化祭用裝を著ているのは、不自然極まりなかった。

北野くんは手すりから背中を離し、両手を広げて釈明する。

「借りたのよ。私だって貴達のクラスメイトだし、協力したって不思議な話じゃないでしょう？　……ねぇ？」

「この時間、それを著ているのは橘くんだったな。彼はどこに居るんだい？」

「……さぁ。今日は文化祭だもの。何処かで遊んでるんじゃないかしら？」

「…………」

愉悅に満ちた言葉でおちょくって來る。

どこかで――それは校とは限らないだろう。遊んでいる？　そんな言葉は信用できない。だが私に安否を確認するすべもない。

(私なら、ね――)

だが私には信頼する親友、競華くんがいる。彼に頼めばスマフォのGPSを追って居場所を突き止められるだろう。焦ることはない慎重に行こう。

「……そうかい。北野くん、手伝ってくれるのはありがたいが、2人も探される側が固まってるのは企畫としてマズい。私に何か用があるなら、早く伝えてしいんだが？」

「あらあら、ツレないわね。まぁ、用事というほどの事でもないから良いのだけれど――」

北野くんはニコリと笑い、怪しい瞳で私を見上げながらこう言った。

「文化祭だもの。お互い、楽しみましょう――」

その言葉の意図を、私は瞬時に理解する。

ああ、これは宣戦布告なのだ、と。

◇

 13時45分――僕は保健室に來ていた。

電気が消され、窓から差し込むだけで十分視界が確保できる。醫療材が獨特の臭いを発するこの部屋は、あまり好きではなかった。

「……まぁ、そこまで非道じゃなかったことだけは、褒めてやるべきかな……」

2つあるベッドの1つを見ながら、僕は悲しげに呟く。

ベッドの上には、1人のが眠っていた。

ただし、両手は頭の上に鎖で繋がれ、口にはガムテープがられている。気絶しているのか、ただ眠っているのか、小さな口からはスゥスゥと息を立て、がゆっくりと上下している。下著姿で放置されてるせいか、その微かすかなきはよくわかった。

これをやったのは北野だろう。この子……苗字は橘だったか。確か、この時間はシンデレラの白いドレスを著て歩いてる筈だった。裝を奪ってこの生徒を置いていく、そんなの北野ぐらいしかしないだろう。側にの制服も置いてあるが、これは橘のかわからないし、るのはよしておこう。

まったく、外に居るのも飽きたから1人で居られる部屋に來てみれば……よくもまぁ、こういう事と出くわすもんだ。

なんでこのが服をがされ放置されるに至ったかを、彼のを見ながら簡単に推測する。

右手首に包帯が巻いてあった。何か怪我をして、北野に保健室へ向かわされ、眠らされた……。怪我をした、というのはなんだろう。北野の事だ、何かを小発させて切り傷をつけることもできる。文化祭で一般人もいる日に、そんな事をしたのか……？

まぁ、それは推測に過ぎない。自分で傷をつけてしまったのかもしれないし、それについて考えるのはやめよう。

ただ、北野がこのと話して、仲良く保健室に向かったのは、異常だけれど――。

「……言葉、か」

人を信用させるための話なんて簡単なものだ。私は良い人ですよ、ニコリと笑ってそう言いながら両手を広げるような、そんな態度で接すれば良い。しかも怪我の介抱という目的もある。すんなり騙せたのだろう。

目的は當然、1-1クラス行事の妨害――。

シンデレラが見當たらなければ最も良い景品が出ないのだから。別に、それは北野のせいになっても構わない。晴子さんが悪いわけでもなく、北野が悪人だと判斷されるだけだ。そうすれば僕と北野は仲良くクラスで迫害された存在になる――って、それは今でもそうだったな……。

「だけど、晴子さんなら――」

きっと、なんとかするのだろう。こんなことも予想できない人じゃない。文化祭はあと1時間半だけれど、シンデレラの替えは必要な筈。晴子さんは知恵を絞って最適解を求める筈だ。僕の出る幕はない。

「……なら」

僕はスマートフォンを取り出し、橫たわるを寫真に収める。僕は嫌われ役だ、この寫真も後に役立つかもしれない。脅しとか――ね。

寫真も収めたところで拘束を解いてやる。親切にも腕を締める鍵は彼の頭の橫にあり、解いてやった。ガムテープは剝がすと起きるだろうし、そのままにする。

「……ん？」

のものと思われる制服の橫に、4つ折りの紙を見つけた。僕はを起こさないようにそれを手に取り、ゆっくりと開く。中に書かれていたのは以下の文章。

〈橘さんへ。

貴が眠ってしまったようだから、シンデレラの裝は私が著て代役を務めるわ。ちゃんとやるから、安心しなさい。

側に私の制服を置いていくから、起きたらそれを著なさいね。じゃ。

北野椛〉

「…………」

楷書で書かれた日本人らしい文章は、実に善人ぶった文章だった。

代役を務める――本當に？

疑わしいにもほどがある。いつも艶やかな笑みを出し、死を語るようなが、こんな善行を積むだろうか？

とりあえず紙を四つ折りにして戻し、僕は隣の生徒の制服を上から手のひらを押しつけて、怪しいものがないか確認する。この制服が橘のものなら抵抗があるが、北野のものなら確かめざるを得ない。変な瓶や試験管でもっていたら、たまったもんじゃないから。しかし、それらしきものはなさそうだった。

(……これ以上、この子に危害を加える気はない、か。それなら良いんだけどね……)

安堵の息をゆっくり吐き、僕はベッドのカーテンをゆっくり閉めて保健室を出た。歩きながらスマートフォンを取り出し、ある人に電話を掛ける。その人は、意外なほど速く出てくれた。

《何の用だ？》

ドスの効いた深い聲で問いかけてくる。それでいて微かに的な部分が殘っている。その通話相手は、朝にも會った競華だった。

「北野の居場所、わかる？」

《ああ、ついさっき晴子からも同じ電話が來た。わかるぞ》

「……どこ？」

《1階の広場だ》

彼の発した言葉を聞いて、つい僕は立ち止まった。広場、投稿して最初に目にする場所だ。あそこはいろんな人が休憩や自販機で飲みを買いに寄る。

つまり、普通に一般人ともれ合える。

「……どういう事だ」

思わず呟いてしまう。

北野の狙いは、妨害じゃないのか――？