《朝、流れ星を見たんだ》二週間前〜修也side〜
ベッドにいる大翔の顔は、熱で紅していた。目はうつろで、どこを見ているのかよくわからない。本人は気がついていないのかもしれないが、首筋や鼻の頭には、うっすらと汗が浮かんでいて、前髪は額にぺったりと張り付いている。衰弱しきった大翔を見ていると、俺はが締め付けられそうになった。代わってあげられることができたら、どんなにいいか。もし代われるものなら、俺は喜んで代わるだろう。
「なんで俺が死ななきゃならないんだろ…。」
大翔がポツリとそうらす。聲はかわいそうなほど震えていて、今にも泣き出しそうだった。
「…大翔。」
「俺、まだ十八歳なのに…。なんで死ななきゃならないの? まだ修也と一緒におしゃべりしたかった…。修也の憎まれ口を、聞きたかった…。」
大翔は何に対しても一生懸命で、人一倍元気だった。高校では一緒にテニス部にっていて、失敗しようと負けようと、笑って吹き飛ばすぐらいの元気と明るさを持ち合わせていた。すぐに下へ下へと下がっていく俺から見れば、羨ましい格だ。
だから大翔はガンと宣告されてからも、ずっと笑顔でい続けた。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、幽霊のような青白い顔に笑顔をり付けて、「大丈夫だよ。」と返す。本當は大丈夫なわけないだろうけど。
大翔が弱音を吐いたのは、今日が初めてだ。大翔の本當の気持ちを知って、俺は一瞬ホッとする。バカみたいに軽薄そうに笑って、苦しいのをこらえる姿はもう見たくなかった。苦しい時は苦しいと、素直に言ってしかった。
大翔が、目の上に腕を乗せる。その腕は、力を込めて握ったら砕けてしまうのではないかと思うほど、細かった。
「…大翔。」
「…何?」
「晝間、薬飲むの忘れただろ。今飲め。」
俺は機の上に置いてあった薬と、水のったコップを大翔に手渡す。その時大翔が一瞬、がつまったような、悲しい顔になってため息をついたのを、俺は見逃さなかった。俺はうつむいてを噛む。
違う。俺が言いたいのは、こんなことじゃない。こういう時でさえ、めの言葉一つかけられない俺は、なんなんだろう。きっと、冷たいヤツだと思われてるに違いない。
しかし、何を言ったらいいのかわからないのだ。「大丈夫?」と聞いたところで、彼は「大丈夫。」と無理に答えるだろう。そんな「大丈夫。」は聞きたくないのだ。親友にそんな見えいた噓を、つかせたくない。
自分のコミュニケーション能力のなさを嘆きながら、薬を飲んだ大翔のコップをけ取り、機の上に置く。その瞬間、俺は妙な気持ちになった。もうこうやって、薬を飲ませる時間は、二度と來ないかもしれない。大翔からコップをけ取るような、そんな些細なことだって、もうできなくなるのかもしれない。大翔と、目を合わすことさえ…。
「…!」
気がついたら俺は、大翔を抱きしめていた。そのの軽さと細さは、俺を愕然とさせた。今までれてきたどの大翔よりも、頼りなく、弱々しい。それは今にも俺の腕からすり抜けて、どこか遠くへ行ってしまうような気がして、俺は大翔を強く抱きしめた。
「最近、お前がいなくなった後の夢を見る。それで気づいたんだけど――――お前の存在は、俺が思っていたよりも大きすぎる。だからお前がいなくなったら俺は――――正直どうなるかわからない。」
気がつけば、俺の口が勝手にいていた。思っていたことが、まるで紙に書かれたメモを読んでるみたいに、自分でも驚くほどすらすらと言えた。
「…。」
「…。」
ただこのまま、大翔とずっと一緒にいたかった。だが大翔が病人であることを思い出し、大翔をそっとベッドに下ろす。
俺は床に膝をついて、大翔をじっと見據えた。ちょうど俺のの高さに、熱で紅した大翔の顔がある。
「お前に、二つ約束してほしいことがある。」
「うん、何?」
「一つ目は、ちゃんと毎日薬を飲む事。」
「うん…それぐらい、ちゃんとやるよ。」
二つ目を言う前に、俺は一瞬しためらった。これを約束しろというのは、ひどすぎるのではないか。
それでも俺は、意を決して言った。
「もう一つは…俺が戻って來るまで、死ぬな。」
その瞬間、皇牙の赤い顔がくしゃりと歪んで、ポタポタと涙が落ちた。その涙は本當に綺麗で、この世のどんな寶石よりも、しかった。それがいくつもいくつも、玉となって流れ落ちる。
「修也の、バカっ…!」
大翔がその頼りない腕をばし、俺のを叩いた。まったく痛くはなかったが、その拳がに當たる度に、心が折れそうになった。もう叩かないでくれと、悲鳴を上げていた。泣かないでくれと、んでいた。
「そんなの、無理だよ…! 修也、明日からテニスの遠征で、一ヶ月もイギリスに行くんでしょ…! 俺バカだけど、修也が戻って來るまで俺が生きてられないってことぐらい、わかるよ…!」
そういえば、大翔の泣き顔は初めて見た気がする。小さい頃から今まで、ずっと一緒にいたけれど、泣いている顔を見るのは初めてだった。ずっとしゃくりあげている大翔の顔を、俺は黙って見ていた。
やがて大翔は泣き止むと、まだ涙で濡れている目を上げ、俺を見返してきた。凜とした決死の表だ。
「…わかった。できるだけ、頑張ってみるよ。だから修也も遠征、頑張ってね。想よくするんだよ。」
「…人を心配している場合か。」
ああ、こんなときでも俺の口からは、皮な言葉しか出てこない。それでも大翔は、満足そうに口元に笑顔を浮かべた。そして、なんとも言えない溫かい目になった。その目には、伝えきれないが見え隠れしている。しかし次第にその目には薄い水のが張り、大翔はそれを隠すかのように目を閉じた。
「…俺からも一つ、約束したい事あるんだけど。」
「…。」
「俺が死んでも、泣かないで。俺泣き顔見て喜ぶような、変な人じゃないから。それよりもさ…笑ってよ。」
「人が一人死んだところで、泣きはしない。」
一杯の皮を込めて、俺はそう返した。すると大翔の顔に、穏やかな笑顔が広がる。弱り果てた顔に浮かぶ明漂うその笑顔は、しいとさえ言えた。
大翔は目を開けると、俺の頭の上にその手をのせた。それは羽のように軽い手。それなのにちゃんと溫かくて、そのぬくもりは、俺を安心させた。
「約束だよ、修也。」
「…ああ。」
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