《夢見まくら》第二十五話 二條琢VS高峰皐月
雲間から覗くに照らされて、それ・・は鈍い銀のを放ちながら標的に迫る。
「――!」
まさか飛び道を持っているとは思っていなかったのだろう。
それ・・を認識した瞬間、高峰皐月の表が明らかに変わった。
だが、遅い。
牽制のために俺が投擲した刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフは、狙い通り佐原の腹部に突き刺さ――
「やはりあなたも能力者ですか。危ないことをしますね」
佐原の右手に深々と突き刺さり、傷口から吹き出したで赤く染まっていくサバイバルナイフを眺めながら、高峰皐月は呆れるような口調でそう言った。
「……躊躇無しか」
俺は心で驚愕していた。
あの反応速度は並ではない。
そして、佐原の右手を何のためらいもなく犠牲にした、その豪膽さ。
「……佐原を救い出すのは、もう諦めたほうがいいな」
自分に言い聞かせるように呟く。
高峰皐月は、佐原のの損傷にあまりに無頓著過ぎる。
文字通り、どうでもいいのだろう。本當に使い捨てだ。
改めて絶的なまでの価値観の差を実する。
俺と奴は絶対に相容れないのだ。
「――――」
そんなことを考えている間にも、俺は新たに二本のサバイバルナイフを手元に呼び出し、僅かな時間差で高峰皐月に向かって投擲する。
狙うは、佐原の腹部。
寄生した高峰皐月が潛んでいる可能が、最も高い部分だ。
先ほど、佐原の腹部めがけて投げたナイフが防がれたことから、そこに高峰皐月の本が潛んでいる可能は高い。
「しっ!」
だが、今度は弾かれた。
金屬と金屬がぶつかり合う音が二度辺りに響き、俺が投げた二本のナイフは、あらぬ方向へ向かって飛んでいく。
高峰皐月の左手には、赤いに染まり妖しく輝くサバイバルナイフが握られていた。
俺が最初に投擲し、さっきまで佐原の右手に突き刺さっていたものだ。
そのナイフを使って、俺のナイフを弾いたのだろう。
「そう何度も同じ手は食らいませんよ」
「――――」
俺は何も言わなかった。
目の前の敵は化だ。
化が人間の言葉を発するのは間違っている。
だから答えない。
答えずに、ただ無心にナイフを呼び出し、投げた。
再び二本のサバイバルナイフが高峰皐月の腹部に迫る。
「もうあなたの能力は割れました。何度やっても同じことで――ッ!?」
高峰皐月の表が再び歪む。
……今度は、金屬同士が奏でる高音が辺りに響くことはなかった。
代わりに粘著質で、聴くものに嫌悪を抱かせる音がした。
それはまさしく、が裂ける音であり、
「……面倒な」
確かに手にしていたはずのサバイバルナイフが突然消失し、腹部に傷をけた高峰皐月が苦々しげにそう呟いたのも當然であった。
咄嗟の判斷で腹部の前に右腕だけは出したようだが、その右腕も二本のサバイバルナイフが突き刺さっているだけでなく、塗れの骨と斷裂しているであろう筋が剝き出しになっており、全的に薄桃になっている。
脈が千切れたのか、先ほどまでより明らかに出量が増えたそれは、どう見ても使いにはなりそうになかった。
俺は、つい先ほどまで高峰皐月が握っていたサバイバルナイフを片手でクルクルと回しながら、
「――やっぱり、見えねぇ」
いくら凝視しても、佐原の周りには佐原自の魂しかないように見える。
魂が見えないのは、奴が仮にも高峰だからなのだろうか。
……まあ、今となってはあまり気にすることでもないのだが。
「高峰皐月」
「……何ですか?」
自の無殘な姿の右腕を眺める高峰皐月が、こちらの聲に反応した。
「アンタ、魔を“使わない”んじゃなくて、“使えない”んじゃないのか?」
「――――」
高峰皐月が押し黙ったのを確認して、俺は言葉を続ける。
「前橋皐月の話を聞いた限り、アンタの能力から言えば、さっきの俺の攻撃は防げないものじゃなかったはずだ」
防げたはずの攻撃を防がなかった。
つまりそれは、何らかの理由により魔を使えないということに他ならない。
(……いける)
押している、という実があった。
高峰皐月に手傷を負わせることができている。
相手がどれだけ弱っているのかはわからないが、このままいければ――
「はぁ」
だから、咄嗟には、そのため息が何を表しているのか俺にはわからなかった。
「見當違いもいいところですね、まったく」
「……何?」
高峰皐月が、こちらを見た。
「楽観的過ぎですよ、二條さん」
「――――っ!?」
高峰皐月の瞳は、あまりにも昏くらくて。
その瞳を見た俺は、思わず一歩下がってしまった。
「……ようやく降ってきましたか」
高峰皐月の言葉通り、じめじめとした空気の中、割と強い雨が降ってきている。
冷たい滴が頬を打った。
「ありがたいですね。これで魔力消費が抑えられます」
「――あ?」
それは高峰皐月の言葉に対してと、もう一つ、自分のの一部の違和に対して出た聲だった。
足が、冷たい。
……何だ?
「これは……水?」
水でできた手のようなものが、俺の足に絡み付いている。
そして、その手が俺を地面に引きずり倒した。
「がぁ――ッ!?」
雨でぬかるみ始めている地面に、思いきり叩きつけられた。
前に倒れ、を強く打ったせいか、一瞬呼吸が止まった。
「――っは!」
思いきり息を吐き出して、何とか回復する。
「ゴホッ……ゲホゲホッ……!」
だが、手が俺の足を拘束しているせいで立ち上がれない。
「私があなたの攻撃をけたのは、私の癖・のようなものです」
そう言いながら、高峰皐月が俺の頭を踏みつけた。
「くっ――!」
「召喚系の超能力の一種でしょうが……ナイフだけしか呼び出していないところを見ると、そんなに大きなは呼び出せないようですし、他にも何か制約があるのかもしれませんね」
高峰皐月は、俺の頭を踏みつけたまま、
「いずれにせよ、よくそんな貧弱な能力を持っているだけで、高峰である私に勝てるかも、などと思えたものです」
「うぐっ!?」
新しい手を、俺の口に突っ込んだ。
……手と言っても、それは水でできているもので。
「――――っ!」
鼻から息を吸おうとすると、鼻にも手を當てられた。
息ができない。
俺の意思とは関係なく、が酸素を求めてもがく。
「苦しいですか? いい表ですね。本當に、葉月が好みそうな……」
不意に、口と鼻を塞いでいた手がただの水に変わり、呼吸ができるようになった。
「ゴホッ…………ゲホゲホッ……!」
にった水を吐き出す。
「……はぁ……はぁ……はぁ……っ…………」
なんとか呼吸を安定させた俺は、まだ俺の頭を踏みつけている高峰皐月を睨みつけた。
「解ってるんだろうな!? 俺は葉月の――」
「知ってますよ。あなたを手にれたとき、葉月ったら、ものすごく嬉しそうに私達に報告してきましたからね」
高峰皐月は、どこか懐かしむような表でそう言って、
「でもまあ、顔が無事なら問題ないでしょう」
「――――っ!?」
甘く見ていた。
「――高峰など恐るるに足りない、と。そう思っていたのですか?」
高峰皐月が俺の頭を踏みつける力が強くなる。
「ぐ――っ!」
「萬が一にでもあなたを殺さないように、手加減しているに決まっているでしょう。そんなことすらわからなかったんですか?」
高峰皐月の目の奧にあったのは、俺への侮蔑のだった。
……所詮、俺ではここまで弱っている高峰皐月にすら勝てないのか。
「……クソ」
葉月は、俺が絶対に高峰皐月に勝てないとわかっていたのだろう。
そもそも、どうして考えつかなかったのか。
いくら弱っていると言っても、高峰は高峰。
……手加減されていたのだ。
これ以上ないほどに。
葉月の伴である俺の顔に傷一つ付けずに穏便に片付けて、前橋皐月を確実に殺すために。
「……クソぉ……ちくしょお……っ」
屈辱だった。
だが、一番腹立たしいのは自分だった。
そう。
俺は安堵していたのだ。
殺されずに済む、と心のどこかで安心してしまった自分自に嫌悪を抱かずにはいられなかった。
自分から葉月との関係を匂わせたことも、唾棄すべき俺の心の弱さが原因だ。
けなかった。
慘めだった。
「しばらく寢ていてください、二條さん。次に目を覚ましたときには、全てが終わっているでしょうから」
そう言って、高峰皐月は俺の頭に右手を近づけてくる。
「…………っ」
けない。
――ここで、終わるのか?
海斗と前橋皐月はどうなる?
……あいつらは幸せになるべきだ。
確かに、前橋皐月は罪を犯した。
それは決して許されることのないものだ。
償わなければならないものだ。
……だが、それは高峰の生贄にされるだけの人生を肯定することにはならない。
生きて、償わせるべきだ。
「……俺は」
「――たっくううううううううん!!」
突然だった。
「うぐっ!?」
高峰皐月のが吹き飛び、らかく暖かなものが俺のに著した。
「……な、何だ?」
視界に映るのは、鮮やかな赤の浴。
「久しぶりだね、たっくん!」
腰のあたりまでびた艶やかな黒髪を揺らしながら、そのは俺のをまさぐっている。
葉月とはまた違う、この雰囲気は――
「……雅みやび?」
高峰葉月の表の人格である、雅だった。
「なんで、こんなところに……」
雅の浴は、俺のところにダイブしたせいで、泥だらけになってしまっている。
「んー?」
雅が首を傾げた。
「……あれ?」
泥だらけになっていたそれは、いつの間にか、何事もなかったかのように元のしい狀態に戻っていた。
……どういう力が働いているのか、皆目検討がつかない。
魔か、あるいは超能力によるものか。
「どういうつもりですか、雅さん」
高峰皐月が、険しい表で雅に詰め寄る。
「しーっ」
「んぐっ!?」
雅は高峰皐月のを、人差し指で押さえた。
「たっくんに手加減してくれたのはありがたいんですけど、喋り過ぎです。次に彼らが皐月さんに會うときの心象が悪くなりますよ?」
高峰皐月のを押さえた指を離し、俺のシャツでその指を拭くと、
「しっかし、魂の損傷一つでここまでバカになるものなんだねぇ……。そう考えると、やっぱり憤怒は侮れない相手だよね」
……高峰皐月より、雅のほうがペラペラ喋っているようにじるのは、俺だけだろうか?
いや、今はそんなことどうでもいい。
「雅……ごめん……」
俺は雅に頭を下げた。
どんな事があったにせよ、俺が葉月の指示を無視したことは事実なのだ。
「え? ……ああ、葉月様の指示を無視したこと?」
雅は俺の頭をでながら、
「全然怒ってないよ。どうせ結果は変わらないしね」
「…………?」
結果は、変わらない?
――それは、まさか。
「そんなことより、早く行ったほうがいいんじゃないですか? 皐月さん」
「……どういうことです?」
雅の言葉に対して、高峰皐月は困したような表をする。
「……匂いも、分からなくなっているんですね」
そう呟いた雅は、俺のほうを向いて、
「たっくんなら分かるんじゃない?」
「え?」
雅の発した言葉の意味を図りかねていた俺だったが、不意に、ある臭いが俺の鼻を刺激した。
「――の、匂いがする」
雨でかなり嗅ぎ取りにくくはなっているものの、常人よりもはるかに臭いに敏な俺の鼻は、それを確かにじ取ったのだ。
「あー、始まったみたいだね」
呑気にそんなことを言う雅だったが、俺はそんなに冷靜ではいられなかった。
「離してくれ、雅っ! 海斗が――!」
俺の必死な顔を見ても、雅は笑っていた。
「大丈夫大丈夫。ホントにヤバくなったら、私も手出すから」
「そんなこと言ったって――!」
あくまで海斗のところへ向かおうとする俺を見て、雅はくすりと笑って、
「たっくんは優しいから、友達を見殺しにするのが苦しいんだね」
「――っ!?」
「大丈夫だよ。たっくん」
視界が雅に埋め盡くされる。
それをぼんやりと見つめる俺は、雅の腕の中にいた。
「私は、たっくんのことぜーんぶわかってるからね」
言いながら、雅は俺のことを抱きしめた。
「――あ」
の中に、溫かなものが広がっていく。
雅の表は俺への慈のに満ちていて、否が応でも安心させられる。
「たっくんが気に病むことはないよ。仕方ないことなんだから」
雅の瞳は本當にきれいだった。
ずっと見つめていたくなる、甘い――猛毒。
……どうして、毒だなんて表現になるのか、自分でもよくわからない。
「……雅」
雅は、俺の頭をおしげにでながら、言った。
「ちゃーんと見屆けてあげようよ。――たっくんのお友達さんの、怠惰の結果を、ね?」
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