《夢見まくら》第三十話 二月十四日
「……ふう」
晝前時の食堂はガラガラだった。
今日は二月十四日。
試験も終わり、學はどこか閑散としている。
晝食をとるにはし早い時間帯だというのもあるのだろう。
平時なら學生の話聲が飛びっている食堂だが、今日に限っては靜かなものだ。
「お」
待ち合わせの相手は、既に席に座っていた。
紺のジャンバーを羽織り、とんこつラーメンを音を立てながら啜っている男に、聲をかける。
「翔太」
「……んあ?」
翔太――服部翔太がこちらを振り向く。
「遅かったじゃねーか琢。何かしてたのか?」
遅かった、と言う割には、の中の麺はほとんど減っていないように見える。
「悪い。チョコレート作ってたんだ。雅がくれくれうるさくてな」
俺の返事に、翔太はし戸ったような様子で、
「男のほうって、普通はホワイトデーに何か返すもんじゃないのか?」
「そんな常識はあいつに通用しない」
「……お疲れっす」
「ありがとよ」
そんなことを言いながら、俺は翔太の正面に腰掛けた。
「何か食べないのか?」
麺を咀嚼しながら、翔太は俺にそう問いかける。
「ああ。実はこれから雅のとこに顔出さなきゃいけないんだよ。晝はそっちで食おうと思ってる」
「そっか」
「あ、そうだ。これ、忘れないうちに渡しとくよ」
俺は鞄の中から、ノートを取り出した。
翔太に頼まれていた授業ノートだ。
「おう、サンキュ」
翔太はそれを、大事そうに鞄の中にしまった。
「そういえば、涼子から、お前の分のチョコも貰ってきてるぞ」
ノートをしまう時に見つけて思い出したのか、翔太が鞄の中から取り出したのは、かわいらしい青の包裝紙に包まれたチョコレートだった。
「お、サンキュー。涼子ちゃんによろしく言っといてくれ」
「ああ」
雅も涼子ちゃんぐらいのサービス神を持ったらいいのに、と、それをけ取りながらつくづく思う。
そんなことには絶対にならないだろうが。
「……バレンタインデー、か」
手の中のチョコレートを眺めながら、俺は息をつく。
あれから、もう、半年ぐらい経つのか。
本當に、あっという間だった。
「そういえば海斗は? 夜には合流するんだろ?」
今日の夜は、四人で夕食を食べに行くことになっている。
……俺が夕食の時間までに雅に解放されない可能も若干あるが、黙っておいた方がよさげだ。
「墓參りだとよ。皐月ちゃんと佐原の」
「律儀だな、海斗も」
俺の返答を聞いた翔太は、僅かに怒りの表を浮かべ、
「俺は死ぬまで、佐原アイツのことを許せねぇと思う」
「……そうか」
「佐原が犠牲者の一人だってのは、俺も頭では分かっちゃいるんだけどな。こればかりは仕方ないだろ」
さすがに、自分と涼子さんを半殺しにした奴を友人と呼ぶことには抵抗があるようだ。
俺は、佐原の蠻行は高峰皐月に寄生されていたことによる佐原の判斷力の低下が原因だと考えているが、當事者にしてみればそんなことは関係ないのだろう。
原因が何にせよ、佐原が罪を犯したことは事実だ。
「頭を叩かれたせいか知らんが、超能力も消えちまったしな」
――そうなのだ。
翔太が病院で意識を取り戻した時、俺は翔太から事の顛末を聞いた。
そこで、翔太は自分の超能力が使えなくなっていることに気付いたらしい。
俺としては、翔太の超能力が消えて一安心だった。佐原の唯一の怪我の功名と言えるだろう。
あんなものを持っていても、碌なことにならないのだから。
「海斗も、よく持ち直したもんだよなぁ」
「……そうだな」
あの日。
蟲の息だった海斗は、奇跡的に一命を取り留めた。
おそらく、高峰皐月が海斗に応急措置を施したことが大きかったのだろう。
……だが、目覚めた直後の海斗の様子は、ひどいものだった。
一言で言うと、海斗は錯狀態にあった。
自らの手で最の人を殺したのだから、それも無理もないことなのかもしれない。
今でこそ普通の生活を送ることができているが、あの出來事は、決して癒えることのない傷として海斗の心に殘っている。
「……お」
翔太と話しているうちに、ちょうどいい時間になったようだ。
「じゃあ、俺はそろそろ行くけど、翔太はどうする?」
「俺はしばらくここに殘っとく。涼子、まだ補講終わってないからさ」
「はいよ」
◇
傘を片手に、空を見上げた。
「……雨、か」
最近では、雪よりも雨が降ることのほうが多くなってきている。
言っている間に冬も終わるだろう。
春が來て、……そしてまた、夏が來る。
「………………」
そういえば、あの日も雨が降っていた。
「……これで、本當によかったのか?」
それは、あの日から、俺がずっと自に問いかけ続けている疑問だった。
何か、もっといい方法があったんじゃないのか。
誰も死なないで済むような方法が。
……考えても仕方のないことだというのは分かっている。
だが、ふと気が付くと、そういうことを考えてしまう自分がいるのも、また事実だった。
「なぁ、雅……」
この場にはいない、俺の最の人に向かって、問いかける。
生きている限り、またやり直せばいい。
だが、佐原と海斗は、もうどうしようもない。
佐原は死に、海斗は最の人を喪った。
前橋皐月が死んでしまっている以上、海斗が報われることなど、もう絶対にないのだ。
「……行くか」
傘をさして、俺は歩き出す。
無機質な雨音だけが、人気のないキャンパスに響いていた。
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