《蛆神様》第78話《隠神様》-13-
俺の名前は飯田カズヨシ。
隠神村という山と川に囲まれた超ど田舎の高校で、日本史世界史の教師をやっている今年三六歳の獨男だ。
こんなこというのもなんだが。
ぶっちゃけ。
教師という仕事はやりたくてやっているわけじゃない。
気づいたら、ど田舎の高校教師になっていた。というか。なんというか。
発端は、ざっと。一〇年前にさかのぼる。
一〇年前。
俺は二六歳の時。
當時、俺はT大の助教授をやっていた。
専門は民俗學。
都のT大で民俗學の第一人者でもある小島教授の元で、日本のアニミズム文化の研究をすることが仕事だった。
月並みではあるが。
將來の目標は教授になること。
っていうのは、建前で。
本當は。
教授になってから、そこそこの本を出版して、印稅生活をして悠々自適な生活をしたい。
もっというなら。
周囲にそこそこ尊敬されて、かつ、ラクして金儲けできるイージーモードな人生を送りたい。と本気で俺は思っている。
社會人になってサラリーマンをするなんて俺には無理。くだらない人間関係でストレスたまって死んじゃうわ。
俺の理想は。
テキトーに講義に出て。
テキトーに論文出して。
テキトーに金儲けする。
それに盡きる。
そのためなら。
ある程度面倒くさい下積みがあるのは仕方がない。將來の投資だと考えて、當時の俺は割り切っていた。
「イイダくん。【隠神様】を知っているかい?」
夏の研究室。
當時の俺は、研究室でM県にある姥捨山伝説の膨大な資料をまとめる作業に勤しんでいたら、ふいに、小島先生が俺に話しかけてきた。
それが始まりだったのを、はっきり覚えている。
「え、なんすか?」
「【隠神様】だよ。隠れた神って書いて、いぬがみさまって読むあれだ」
いぬがみさま?
なんか聞いたことあるな。
えーと……。
あ。
「あれっすか? S県の隠神村に付いている『民間信仰』のことですよね?」
なにかの文獻で読んだ記憶がある。
S県の最南地方では有名な伝説で、殺された何百匹の貍たちの『怨念』が神格化したとかなんとかという。
が、それがどうしたんだ、一。
「興味はあるか?」
あ。
この訊き返し方。
なんとなく嫌な予がする。
「ちょっと調べてしいんだよね。【隠神様】をさ」
出た。
出た出た。
無茶ぶりが出たよ。
「自分で調べてください」
ばっさり容赦なく俺は返した。
「えー、やだ。イイダくんが調べて」
おいおい。
還暦迎えたおっさんが「やだ」って……。
「先生。それよりもまずM県の資料をまとめないと。今度の學會って來月でよ?」
「いいよ。そんなのテキトーにお茶濁しといて。どうせ、資金集めのポーズなんだし」
ポーズって。
あんた仮にも教授だろ。
っていうか、このきつい作業やらしてるのそもそもあんただろ。
「それよりも【隠神様】だ。あれがどういった存在なのか俺は知りたいんだ」
「文獻なら大學の資料室に」
調べるならどうぞご自由に。
俺は今忙しいの。
「あんなゴミ箱に真実が書いてるわけないのは知ってるだろ?」
ゴミ箱はいいすぎだろ。
でも、いいたいことはわかる。
うちの大學の資料室は二年前程から更新されていない。微妙に資料が古くなったりしているから、近々、資料を更新してほしいと大學に抗議したいと考えていたところだ。
「なぜ【隠神様】なんですか?」
「お、イイダくん。興味出た?」
質問に答えろおっさん。
「いや、それよりもどうして先生が【隠神様】に興味出たのか知りたくて」
「ああ、そうだな。ちょっと待ってくれ」
先生はそういうと、研究室の奧にある自分のデスクの資料を漁った。
「ああ、これこれ」
薄っぺらい雑誌を手に持った先生は、ページをパラパラとめくった。
雑誌の表紙を見て、俺は落膽のため息をつく。
「『新大陸Woo』じゃないですか」
よりにもよって、ゴシップ誌かよ。
あきらかにネタ記事だっていうのがまるわかりの容だってのに。
引くわ。
これ本気で信じてるとかいうとマジどん引きだわ。
「まぁ、そういわずに。これ読んでよ」
ゴシップ誌を手渡され、しょうがなしに俺は開かれたページの記事を読んだ。
『謎の隠神村失蹤事件の徹底解明!』とページのでかでかとしたタイトルが印字されていた。
「それ、昭和の中頃に起こった事件なんだが、この事件自は記録として殘されているんだ」
「先生、二十名以上が行方不明になったって書いてありますけど」
二十名というのは生半可な數ではない。
もし、これが本當なら。
戦後最大の失蹤事件ということになる。
「実際そうらしいぞ」
マジかよ。
「公式の記録としては『土砂災害による事故死』ということらしいがな。時期的に隠神村で大型臺風が直撃して村が半壊したらしいからな」
「それなら事故死ではないのですが?」
「ところが二十名の失蹤したのは大型臺風が直撃する『前』のことだそうだ」
ん?
どういうことだ?
つまり、土砂災害と失蹤事件は別の出來事ということをいいたいのか?
「さぁな。當時は敗戦直後でもあって國がごたごたしていた時代でもあったからな。今みたいにインフラが整っていなかっただろうし、それに隠神村はもともと外社會とは排他的気質を持った村だったからな」
そんないい加減な。
「そういうもんだ。だからこそ、こういう有耶無耶になった未解決事件が日本のあちこちに眠っていたりするんだ」
「何が起こったんでしょうか?」
「さぁ、わからんが、こうは考えられないか?」
小島先生はいった。
ひょっとすれば。
失蹤した二十名は、【隠神様】が関係している。のではないか、と。
「先生。まさか……ですけど」
「ん?」
「本気で『神隠し』を信じているっていわないですよね?」
「悪いか? 信じて」
正直、引いた。
なんだそりゃ。
何をいうかと思えば。
そんなあからざな胡散臭い與太話に付き合ってやるほど暇じゃないわ。
調べるなりなんなりするのはどうぞ自由に。
あんたの好奇心にこっちを巻き込むな。
「そういえばイイダくん。前に印稅生活がしたいってたことあったよね」
それがなにか?
「教授になって本を出すには実績いるしなぁ。なくともあと一〇年は難しいと思うぜ。それに、仮に一〇年実績つけて本書いたとしても、出版業界が厳しい今時だとなかなか売れないかもな」
「なにがいいたいんすか?」
「つまり、あれだ。売りたい本出したいなら、一人じゃ無理だっていいたいわけ。じゃ、どうやったら民俗學っていうマイナー部門の大學教授の本が売れると思う?」
「……推薦狀とかですか?」
得意げな表で先生は「正解」といった。
「ちなみに俺書いてもいいよ? なんつったって、そこそここの業界で有名だし? 俺って。帯に『小島教授推薦!』とかあったら売れるぜぇ? ベストセラーなるかもな」
「……それで俺を釣るつもりすか?」
「いーや? ただ、俺の頼みごと聞いてくれたら、やってやってもいいかなあーって思ってるだけだ」
にぃっと小島先生は白い歯を見せる。
この。
タヌキおやじめ。
「一ヶ月だけですよ」
「ん?」
「これ終わったら、一ヶ月だけ俺調べますよ。【隠神様】について。直接現地に行って」
「おお! やってくれるか!」
「けど、これだけはいわせてください」
俺は立ち上がり、小島先生の前に立った。
「多分、いや、きっと、おそらく、なーんにもないすよ? 先生が期待することなんてなーんにも」
小島先生は片眉を上げ、とぼけた表で俺にいった。
「さぁ、それはどうかな?」
ムカつく。
そう思った。
なにが謎の集団失蹤事件だ。
テレビの特番で取り上げられるようなくだらない都市伝説ほど迷な事象はない。振り回されるこっちのになれってんだ。
まぁ、仕事だし。
教授が行けっていえば行くさ。
それで、出版する俺の本な売れる推薦狀出してくれなら、面倒くさいけどこっちからとくに文句はないさ。
けど。
當時の人たちの歴史や生活文化がわかるぐらいだろう。
嵐や土砂災害を神と崇めて恐れた昔の人たちと同様に、【隠神様】を何かの『象徴』として村の人間たちは崇め恐れていた。
二十名の集団失蹤と【隠神様】の因果関係はとくにない。
だいたい、それがオチだろう。
當時の俺はなんとなくそれを想像していた。
ただ。
困ったことに小島先生は。
悪魔とか妖怪とか、『神』とかがこの世にいることをどこか期待している雰囲気を持っていたりすることがあったりする。
ガキじゃあるまいし、還暦迎えたおっさんが、何言ってるんだか。
いい加減、現実を知れって。
心の中で俺は呆れていた。
あれから。
一〇年経った現在。
「縺薙?繧ッ繧ス縺ョ繧醫≧縺ェ繧ソ繝ウ繧ォ繧ケ莠コ髢薙←繧ゅ′? 縺カ縺」谿コ縺勵※繧?k? 繝溘Φ繝√↓縺勵※鬟溘▲縺ヲ繧?k繝懊こ繝翫せ縺ゥ繧ゅ′縺?シ」
アスファルトの舗裝道路でうつ伏せで倒れる俺は、目の前で起こる出來事に唖然となる。
椎名ユヅキ。
俺が擔任するクラスの教え子が。
ゲル狀のバケモノに変した。
ゲル狀のバケモノが、謎の雄びを上げて、俺の車を丸ごと包み込みはじめている。
「なーんもないすよ! なーんも!」
一〇年前の俺の言葉が俺のに刺さる。
あるじゃねぇか、くそ。
拳を強く握る俺は、否応がなく現実を知った。
続く
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