《蛆神様》第80話《隠神様》-15-

俺の名前は飯田カズヨシ。

ローンの支払いが一〇年以上まだ殘っている車のランクルを、異世界からやってきスライムのバケモノに目の前でメタくそに壊されたことに、神的ショックと生命の危機を同時にじる羽目になった今年三六歳の高校教師だ。

夜の山林。

月明かりだけが足元の頼りとなる真っ暗な場所で、顔面まみれ蛆まみれの子生徒を背負って俺は全力疾走している。

今更ながら思う。

どういう狀況だこれ?

一〇年前のあの出來事。

小島のおっさんの口車に乗ったせいで、こんなくそ田舎村に飛ばされて、しかも、「いるわけねーだろバーカ」と存在そのものを否定していた【隠神様】らしきスライムのバケモノに追いかけられているこの現実。

どうしてこうなった?

なんか前世に悪いことやったからこうなったのか? ちくしょう。

納得がいかない。

どうしてこんな理不盡な目に合わないといけないのか。

誰か説明してくれよ。くそ。

心の中で俺はブチ切れまくる。

と。

「?」

ふと、異変に気付いて、俺は立ち止まって背後を振り返る。

いない。

追いかけてきているはずのあいつ。

スライムのバケモノが、影も形もない。

息が上がった俺の呼吸音と鈴蟲の鳴き聲以外、何も聞こえない。

視界にるのは、暗闇に薄く浮かび上がる木々以外に、何もなかった。

「撒いた……か」

心の聲が自然とれた。

途端。

膝が勝手に折れて、その場にしゃがみこんでしまった。

くそ。

やってしまった。

いないとわかった瞬間、気が抜けてしまった。

人一人擔いで力の限り走るなんて、滅多にないから、反が今頃來てしまった。

がくがくと膝が震えて使いにならない。

この足でこれ以上走り続けるのは、ましてやハツナを擔いで走るのは無理だ。

どこかに隠れなくては。

目を凝らし、あたりを見渡した。

あそこだ。

二〇歩先あたりに。

木が集して地面が低い場所がある。

そこに隠れよう。

「ちっきしょ……」

最後の気力を絞って、俺はハツナをどうにか隠れ場所まで運んだ。

運び終わった直後。

その場に大の字になってぶっ倒れた。

一九時五分。

腕時計に表示された時刻を確認し、一言「くそ」と悪態を吐いた。

このまま朝まで隠れることはできない。

真冬でなくとも、夜の山の気溫は摂氏〇度以下になる。

まともな防寒著をにつけていないこの狀況下だと、下手したらスライムのバケモノに殺されるよりも先に凍死する危険がある。

おまけに。

いつ死んでもおかしくないような、危篤狀態の子高生までいる。

なんなんだ。

この逆境。

わけがわからない。

さっきから、常識では考えられない異常事態が連続しているせいで、狀況の理解が追いついていない。

俺自のキャパを完全に超えている。

パニックだ。なにがなにやらってやつだ。

ちきしょう。

どうして俺がこんな目に。

くそが。

……ああ、わかってるよ。

いわれなくてもわかっている。

キレたところでどうにもならない。

そんなことはわかっている。

とにかく。

助けを呼ぼう。

俺はポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出した。

ディスプレイに表示されているバッテリーの殘量は一パーセント。

アンテナも辛うじて一本立っている。

俺は急いでダイヤル畫面に切り替えると、一一〇をタップした。

「もしもし!」

コール音が鳴り終わったタイミング。

ぶつっと音が切れた。

ディスプレイには。

電池殘量〇。

エンプティマークが表示されていた。

俺はスマホを地面に投げ捨てた。

「ごほっ!」

うつ伏せで倒れていたハツナが、むせこみながら息を吹き返した。

「小島! 大丈夫か!」

的に俺は口走った。

大丈夫なはずがない。

顔半分が食い千切られているんだぞ。

でも。

よかった。

とりあえず生きている。

俺はハツナの肩を両手で支え、怪我の進行合を確認しようと顔を覗いた。

瞬間。

俺は絶句した。

「せん……せい?」

くさいなんてものじゃない。

嗅いだ瞬間、口の中にまで臭いが広がって、胃を逆流しかけた。

ハツナの顔のが。

ふやけてぐずぐずになったトマトのように、狀化している。

うそだろ。

これ、腐っているのか?

せいぜい五分ぐらいしか経っていないのに、どうしてこんな、取り返しのつかない狀態に……。

「しゃ、喋るな! 小島! 大丈夫! どうにかなる!」

どうにもならねぇよ。

自分でいっときながら、何テキトーこいてんだこいつって思えてしかたがない。

下山するにも、麓の隠神村まで最短ルートで二〇キロもある。

道なんて全然わからないし、今だってどこにいるのか皆目見當もつかない。

遭難だ。

夜の山で。

連絡手段がない狀態での遭難。

テレビとかで毎年やっている山岳遭難事故の危険を訴える特番が、脳裏にちらついた。

まさか自分がその被害者になるとは。

數時間前まで想像すらしていなかった。

「先生……逃げて」

か細い聲でハツナが俺にいった。

ああ、できるなら逃げ出したいよ。

マジで。

けれども。

逃げるっていってもどこに逃げればいいんだ。

道のわからない夜の山で。

外部との連絡手段がないどころか、地図もコンパスもないこんな狀況で。

どうやって出できるっていうんだ。

はじめてだ。

リアルに自分が死ぬかもしれないという狀況に立たされるなんて。

くそが。

死んでたまるか。

こんところでウジウジしたところで時間の無駄だ。

とにかく、考えるんだ。

なにかあるはずだ。二人とも助かる方法が。

「ここにいたら……先生死んじゃう……逃げて」

「ばかやろう! 喋るなっていっただろ!」

ハツナはむせながら、かぶりを振った。

「……あいつはもう來てるんです。すぐそこに」

あいつ?

なんのことだ?

俺はハツナに訊き返そうとした。

すると。

天地が逆さまになった。

「縺薙?繧ッ繧ス◯×ソ繝ウ繧ォ繧ケ莠コ髢薙←繧谿コ縺△繧?k? 繝溘Φ繝△勵※鬟溘▲縺ヲ繧?k繝懊縺ゥ繧ゅ′縺?シ」

不快な怪鳥音と共に。

俺の右足から鈍い破壊音が響いた。

続く。

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