《輝の一等星》第二幕 プロローグ
一日というものは、あっという間に過ぎていくものだ。人生が八十年だとすると、一日は約三萬分の一日に過ぎない。人生を日付にしてしまうとないようなじをけるかもしれないが、誰であっても一日と言うのは短いものと認識することが多いだろう。
そう、たった一日である。
、リョウの運命は、ある日を境に激変してしまった。
その前日までは、彼には親がいて、友人がいて、何の不満のなく生きてこられた。
だが、両親が死んでしまった以降、くして全てを失ったは、自がどうしてここに存在するのかさえも、わからなくなってしまった。
リョウのった孤児院にいる年たちは、そのほとんどが、赤子の時に捨てられていた子で、親の顔も知らない子供ばかりであり、誰もがを求めていた。
それは、普通の家庭に生まれていれば無償で注がれているのもので、ここにいる子供は皆、表面上でどんなに元気に振る舞っていても、どこか簡単に崩れそうな脆さが見え隠れしていた。
孤児院にいる大人たちは、誰もが一生懸命子供をそうとしている。しかし、それが逆に空回りになっているようにも見えた。
リョウは、親が死んで、ここにってきたばかりのときこそ、毎晩切なくて泣いていたが、時間が経つにつれて、落ち著いていき、一月が経つ頃には、泣くこともなくなった。
月明かりが降ってくる夜の日に、振り分けられたベッドに寢転んで目を閉じていると、空虛な笑いが聞こえてくる。
人見知りの上に、普段、施設外の小學校に行っているということもあって、なくともリョウの居場所は、そこにないような気がした。
両親が殘した金があるリョウは、高校からとは言わず今すぐにでも一人で生活したかったが、小學生の一人暮らしなど、できるはずもない。
いや、そもそもの一人暮らし自、リョウ自も無理だということを理解していた。
だからこそ、彼は、一つの答えにたどり著いたのだ。
(全てを斷ち切れば良い、そして、全てを取り戻せば良い)
しきっていないリョウの頭では、そのとてもシンプルな方法がひどく魅力的に思えていた。
「お姉ちゃん……」
「だから、お姉ちゃんじゃない」
毎日、リョウの元へくるがいた。今日も、いつものように顔をのぞかせてくる。
彼の名前は『ヨミ』、リョウがここにってから、大人を除くと、いや、必要最低限以外の言葉であるならば、大人を含めて、リョウとまともに話すのは彼だけであった。
話すようなきっかけ、そんなものは、些細なことで、リョウの使用しているベッドの隣が彼であったからだ。
「お姉――リョウちゃんは、遊ばないの? 何もしないのに消燈時間になっちゃうよ?」
そういう彼こそ、リョウ以外の子供と一緒にいるところを見たことがなかった。
「いいわ……一時的な寂しさを埋めるためだけに私は人を求めないから……」
「? どういう意味……?」
ヨミが首をかしげていた。その様子が面白くてリョウは笑う。ここにいる間で、唯一リョウが笑顔を見せるのが、彼の前であった。
小學生が使うには々違和がある言葉であるが、リョウはいつも、ヨミがここに來るときに使う言葉を考えていたのだ。孤児院での生活のほとんどの時間はしカッコ良く、自分の気持ちを素直に表現できる言葉を探すのにあてられていた。
「つまりね、私は他人とは慣れ合わないということよ」
「ふーん、まあいいや、お姉――リョウちゃんがそれでいいなら」
ヨミは、寢っ転がるリョウの隣に寢そべった。初めは拒絶していたものの、不思議なことに今ではもう當たり前のことになっている。
「あまりくっつかないでよ?」
「いやだ、死ぬまで私はリョウちゃんの隣にいる!」
死ぬまで、そんな無邪気な言葉を聞いて、リョウは一瞬ドキリとする。
しかし、揺を悟られまいと、表を変えずにリョウは、
「ねえ、ヨミは、母さんたちのところに行きたいと思ったことはない?」
ヨミもまた、他の孤児と同じ、赤子で捨てられていた子供であった。親の顔は知らない。だからこそ、彼の答えに興味があった。
ヨミは――首を橫に振った。
「私はリョウお姉ちゃんがいるから、別にいい」
ギュッ、と手を握られる。
その小さな手は暖かくて、決心していたはずの、凍った心さえも溶けていくような気がした。
「だから、何処にもいかないで、リョウお姉ちゃん」
「……でも、私たちに未來は、ううん、今、生きている意味すらも、実はないんじゃない?」
ヨミに握られている手とは反対、左手が、そっと、ベッドの下へと延びていく。
きっと、ここから一人で出ても、失ったものは帰って來ない。一番大切なものたちは、すでにリョウの手からは零れ落ちてしまっていた。
大切なものがない世界など、いる価値がない。
それならば、なるべく早く大好きな母と父のいる場所へ行こうとするのは果たして間違いなのだろうか。
耐えきれないほどに寂しいこの世界を斷ち切って、向こうの世界にいけば、大切な人たちと再び會えるのだ。
悲しみに暮れるの、その純粋な考えを誰が否定できるだろうか。
「――違うよ、リョウちゃん。全然違う」
いつも言葉の意味を分かっていないとは思えないほど、ヨミの発したのは、はっきりとした言葉であった。
「なくとも、私は例えどんな未來であっても、そばにお姉ちゃんがいてくれるなら、私の未來は何事にも代えられない最高のものになるはずなんだよ」
「なら、訂正するわ、『私』の生きる意義は――」
「それもあるよ」
リョウの言葉を遮ったヨミの眼は、真っ直ぐリョウの蒼い眼を抜いており、何もかもを見かされているような覚を覚える。
「……え?」
「私がいくらでも作ってあげる。いつまでも、リョウちゃんが笑って生きられるような、とっても優しい生きる意味を」
「…………っ!」
まるで、リョウの行の先を、思いを見かしているかのような、言葉であった。
カチャンッという音が床から響く、それは、リョウがベッドの下に隠し持っていた一本の果ナイフ。
リョウは、泣いた、それは久しぶりの涙であった。
だが、ここに來た直後のように、失ったから泣いたのではない。
かけがえのないものを得たから、であった。
その後、人を見ることを覚えたリョウは、他人と接するようになった。
他人とれることで、生きる意味なんて、誰もわかっていないことに気づいた。きっと、大人だってわかっていない。
ここにいる間、親友……いや、大切な『妹』であった、ヨミは涼が高校生となってこの孤児院を離れる直前に、どこかへ引き取られていった。
リョウは、今でも、時折思い出す。この世界のどこかにいる一人の家族であり、命の恩人である一人の『妹』のことを。
そして、たまに、そう、気が向いたときに、心の中でそっと願うのだ。
彼が、笑顔でいますように、と。
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