《輝の一等星》第四幕 エピローグ
五月雨麥が消えてしまったことに、涙をする暇もなく、真珠はすぐに気を失ってしまった。
そして気が付いた時、彼は病院のベッドの上に寢かされていた。琴織聖の執事が見つけてここに運んでくれたらしい。
その執事はというと、見舞いに來る余裕がないほどに忙しそうだった。その理由を聞かされたとき、真珠は初めて、彼が見ていないほんの數分間で起こった出來事について、知った。
アンタレスによる飛鷲涼の殺害、その景を目の當たりにしてしまった聖は、外傷はないものの、真珠よりも遙かに悪い狀態になっているらしい。誰かがそばについていないと、自殺しかねない神狀態なのだとか。
キャンサーがあの時、真珠と戦うリスクを負わずに退いた理由が改めてわかった。彼らがあの時、戦う道を選ばずとも、すでに、オルクスへ宣戦布告し、この世界の変革をんでいた1つのまとまりが、ガタガタになっていたのだ。
サジタリウスたちからけた傷は全治一か月だと醫師に告げられていた。もちろん、院だ。
しかしながら、真珠は院二日目にして、病院を走していた。
別に院が窮屈だったとか、不満があって抜け出したのではない。彼には行かなければならないところがあったのだ。
それは、いつだか、聖と共に訪れた墓地だった。
中包帯だらけ、しかも、歩くごとにが痛むこんな狀態で、嫌な汗をかきながらも、いくつも並ぶ墓石の間を歩いていると、どこかで見たことのある赤淵の眼鏡の年とすれ違ったが言葉をわすことはなかった。彼のいた場所、し前に聖が真珠を連れてきたところは、綺麗に掃除されており、花が置かれていた。
かつて自が殺してしまった、一人のの墓の前で靜かに手を合わせた真珠は、さらに奧へと歩いていく。真珠の目的はこの墓ではなかった。
何かの行列のように並ぶ墓石たちの一番隅に彼の目的がある。
本來ならば、もっと早く、いや、真っ先に訪れなければならなかった。彼の死を真正面に向き合えなかったから、來るのがかなり遅くなってしまった。
先ほどの長峰葵の墓とはずいぶん違う、まったく手れされていないこの墓は、緑の苔に覆われており、そこに刻まれている文字が読めなくなっている。あげられた線香もなければ、供えもない。寂しげな墓だった。
持ってきた掃除道で、墓石を磨いて、きれいに掃除した後、線香をあげる。こんなこと、したことがなかったので、だいぶ時間がかかってしまったが、途中で辭めようとは思わなかった。
「結局、お前は何者だったんだよ……麥むぎ」
問いかけてみるが返答が來るはずもない。ふと真珠の前に現れて、あっという間に消えてしまった彼は、もしかしたら幻ではないかと思えてくる。
能の面をつけ、変な格好をし、その仮面の下は頭蓋骨で、アトラスとか名乗っていたと思ったら、その姿はいつの間にか彼の知っている五月雨麥のものになっていた。
彼は確かに、オルクスが見ている前で、真珠が殺した。彼はそのとき死に、現に墓がここにはある。
ならば、彼が見たのは、五月雨麥ではなかったのだろうか。
(それとも……)
幽霊だとでもいうのか、いや、あの場にいたルード二人は彼の存在を知覚していた。
彼らならば知っているかもしれないが、どれほど考えても、今の真珠の持っている報だけでは推測の域を出ない。
もしかしたらこの先、オルクスや、その他のルードと戦う中で、その答えと出會える日が來るかもしれないが、いまの彼がやるべきことは、そんなことじゃない。
「住むは都っていうけどよ、しずつだけど、俺にも居場所ができているみたいだ――だからさ、ここを守らなきゃいけない」
飛鷲涼の死というのは、未だ信じ難い。だが、彼がいない今、ベガが前を向いて歩き始められるように、真珠たちがどうにかしなければ、オルクスたちに全員殺される。協力するって言ってしまった以上、生半可なことはできないのだ。
「お前に誓うよ、俺、命賭けるから。もう、何も失わないように、頑張るからさ」
だからさ、といった真珠は、言葉を區切った。
ダメだった。続ける言葉が、「上から見ていてくれ」という言葉が言えない自分がまだいた。死んだと思っていた彼が、たった一度だが、目の前に現れてしまったせいで、また彼がひょっこり姿を現すのではないか、などという期待をしてしまっている。
そんな甘い自分が嫌で、地面に腕を打ち付ける。包帯の巻かれた腕は、骨にひびがっていたが、大した痛みをじなかった。
打ち付けた手の橫に水滴が落ちていた。それが自分の涙だと気付くのにはし時間がかかった。
「なんで、お前はいつも俺を置いて行っちまうんだよ。別れの言葉もろくに言えなかったじゃねえかよ……」 
いつだって、勝手すぎる。何も教えてくれない。自分で解決しようとする。
強くて、もろくて、頭が良くて、馬鹿で、綺麗で、醜い。
そんな彼のことだから、きっと……。
ゴシゴシと袖で涙を拭いた真珠は、もう一度、「だから」と、続けて、立ち上がる。
さすが怪我しているというだけあって、うまくたつことはできずに、しよろめくが、自分の足で立つ。
「また、帰って來いよ」
そんな一言のあと、早乙真珠は帰っていった。病院ではきっと、彼が消えたことで騒ぎになっているだろう。
一瞬、何かの気配をじて立ち止まった真珠は、首を橫に振って、その場から消えていった。
早乙真珠が立ち去った後、ビュウ、と強い風が吹き、草木を揺らした。夏にしては寒いその風は、水を打った墓石を冷やす。
そのとき、もぞもぞ、と地面がいた。モグラがを掘っているのに近い、揺れ方だ。
だが、いくら地下世界とはいえどこにでもモグラが出沒するわけではなく、彼らはこの辺りには生息していない。
五月雨麥の墓の前の地面に亀裂がる。地震というには小さすぎるが、にしては大きすぎる亀裂。
そして、地面から一本の真っ白な手がびた。
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