「ご足労かけて申し訳ない――して、獅子神どのはどういう評価を下したのかな？」

詠の前で頭を下げたかと思うと黎は、隣にいる獅子神信一にそんなことを聞いた。彼が黎のことを得意としていないのは黎のことを話すときの彼の口調で想像できていたが、思った以上に苦手らしく、黎を前にすると、意識してか、それとも無意識か、彼は一歩引いていた。

さらに視線を逸らした彼は詠のほうを見てから、一瞬の間をあけて、

「一般人にしては、ってとこだな。だけど、神的に壊れてちゃ使いになんねえだろ？」

確かめちゃめちゃ面と向かってけなしていたはずだが、どうしていつの間にか評価が悪くなくなっているのだろうか、ものすごく抗議したかったが、何とかこらえる。

彼の言葉にクスリと笑った黎は、詠のほうを見ながら、

「それに関しては問題ない。こやつの神は一瞬で元に戻るからな」

「？」

「それよりも、今は妾たちについて説明せねばならぬじゃろう」

「おい、それってやっぱりこいつをれるつもりかよ？ 俺は反対だぜ、こんな、いくら力を與えたところで翌日には死になっちまうのが目に見えてる」

「それは、詠どのが決めることじゃ。お主には関係ないじゃろう」

「……っ！」

黎の放った気迫のようなものに気おされた獅子神信一はそれ以上何も言わなかった。

そんな二人のやり取りに詠が首をかしげていると、こほん、と可らしく咳払いした黎が、詠に話を始める。

「まず私たちが何者なのか、そこから説明しようか――――武虎どの、頼むぞ」

黎が言って、武虎一郎の巨がいたかと思うと、詠の見ている景が変わった。

すぐにこれは幻覚であると認識できたが、幻覚にしろ、目の前に広がった景は絶句してしまう景だった。

そこは地上、ビジョンではない本の太のもとで、人とプレフュードが戦っていた。しかし、的に、頭脳的に、人間より秀でている上に『結界グラス』を用いることのできるプレフュードに対してやはり、人間のほうが不利であり、すぐに一方的な殺の景と化した。

「およそ百年前、人間と――いや、正確に言えばこの國と、プレフュードは戦爭した。俗に『神日戦爭』と呼ばれているものじゃな。この地下世界では核戦爭ということになっておるがな」

黎に言われるまでもなく、詠はこの地下の真実を知っている。しかしながら、想像以上に殘酷でひどい景だった。

黎が「そんな中、」というと、また、景が変わる。

「そんな當時、人のでありながらも、たった８人だが、プレフュードと対等以上に渡り歩いていた部隊があったのじゃ。それが――『鬼神隊』彼らは戦場を駆け抜け、多くのプレフュードを殺した」

「ねえ……あれって……」

詠が指さした先には、青髪の男がいた別と年齢は違えど、黎によく似ている。その手には巨大な刀があり、迫りくるプレフュードを問答無用で切り裂いていた。

そして、他にもどこか似ている人間が戦場をかけていた。武虎一郎に至っては、一切の年も取らず、そのままであったが。

「そう、この部屋にいる全員は、今この幻覚の中で映されている鬼神隊のメンバーの筋を持つものなのじゃ。あの青髪の男は私の祖父じゃよ、その後ろで背中を預けて雙剣を振り回しておるのが副隊長の憲牛寺けんぎゅうじ種秋たねあき二人は義兄弟の間柄だったらしいぞ」

「全員ってことは……」

「ああ、昴萌すばるめ詠よみ、おぬしの本當の苗字は『憲牛寺』なんじゃよ」

「けん、ぎゅうじ……？」

詠はもともと、捨て子だった。生まれて間もないころに捨てられたため、親の顔も知らずに孤児院で育ってきた。涼に會えたのだから自の待遇に対して文句はなかったが、自分のことは何も知らないことで、しも不安にならなかったかと問われれば噓になる。

しかしながら、それがこんな場所で分かるとは思っていなかった。

「詠どのは以前、オルクスによりモルモットとして使われたことがあったじゃろう？ その実験について第５バーンで調べていくうちにわかったことなのじゃが、あの人実験において、普通の人間が生き殘る可能はどんなに高く見積もったとしても、０パーセントを超えることはなかったのじゃ。簡単なこと、犬に人間の伝子をねじ込んでも人間にはならぬじゃろう？ そんなことをすれば死ぬことは目に見えとるからな。じゃから、あの実験の中でもしも、生き殘るとすれば、それは――」

「人間じゃない……ってこと？」

「いや、正確に言えば違う。お主は人間じゃ――約８８パーセントは、な」

「どういうこと？」

詠が聞くと、黎は目の前の戦爭を前にして、話し始める。

「戦時中、憲牛寺種秋は一人のにをしたのじゃ、そいつは『アルデバラン』と呼ばれる敵の將の次じゃった。周りからはさんざん非難されたようじゃがな、結局はくっつきよったらしい。なぜじゃろうな、違う伝子のはずなのに、人とプレフュードの間には子が生まれよる」

黎は、それ以上は何も言わずに目の前の戦場を見つめていた。しかし、彼の子音羽の意味を理解した詠は自分がどんな人間なのかがわかり、自分の手を見た。

黎は、約８８パーセントは人間のだといった。つまり、憲牛寺種秋とアルデバランの娘との子が詠の祖父ということ。

考えてみればおかしなことで、人実験のときに無理やりれられたアルデバランの伝子は琴織聖の弓矢の治癒の力で完全に治ってなければおかしいのだ。

それなのに、多なりとも、アルデバランのがあるようにじるということは、つまりは、元々の中にそのがあったということ。

呆然としている詠に「話がそれたのう」と黎がいうと、目の前の景は歪み、気が付けば元の部屋に戻っていた。先ほどまで見ていた幻覚はリアルすぎて、一瞬この部屋も武虎一郎が見せている幻覚ではないかと疑いそうになったが、それでは話が進まないので、一応、彼らを信じることにする。

「話は妾たちのものに戻すが、ここにおるのはなからずその鬼神隊の意思を持ったものであり、」その力を継ぎし者たちというわけじゃ――もちろん、武虎どのは不老不死ゆえ変わらぬがな――しかし、その目的はただ一つ」

黎は燃え盛る炎の前で、その小さくも妖艶なまでのしさを放ちながら、詠のほうを向いた。

「人とプレフュードが手を取り合える、完全平和な世界を作ることじゃ」

「それは……リョウちゃんと同じってこと？」

「違う、妾たち『真・鬼神隊』が目指すのはその先、地下及び『地上』においての人間の開放——すなわち、」

そのとき、まるで黎の呼吸に合わせるかのように、彼の背後の炎が膨れ上がり、彼の後ろを真っ赤に染め上げた。

「覇王『デネブ』の失腳じゃ」

「……っ！」

ほんの一時であるが、地下の支配者である『ルード』という職に就いた詠ならばそれがどれだけ大それたことなのかわかっていた。

覇王『デネブ』、全てのプレフュードを統括している、地下地上含めての支配者である。

彼を殺す、この地下にいる最強であるオルクスですら、対等に戦えていない現狀だというのに、そんなことできるはずがない。想像することすら難しい。

そうは思っているものの、今、この賭刻黎というから湧き出てくる気迫というか重圧はオルクスと似た凄まじいものがあり、詠は彼の言葉を笑うことも否定することもできなかった。

「昴萌詠どの、妾はお主に力を與えることができる、いや、お主の『』に返すことができるといったほうが正しいか。もちろん、ともに行くじゃろうな？」

「なに言ってるのさ、リョウちゃんがいない今、私に生きている意味はないんだよ？ 協力するわけが――」

「じゃあ、なぜお主は今、ここでまだ息をしておる？」

「…………っ！ それは……」

死ぬことができなかったから、リョウちゃんがすべてのはずだったのに、どうして彼の元へすぐにいかなかったのだろう。自分でも不思議だった。一瞬諦めたときはあったが、それはもう、どうしようもなくなったからで、自分から死のうとは思っていなかった。

そんな詠を見ながら、ふっ、と笑った黎は、

「やはり、絆というのはの中にあるらしい」

「…………？」

意味の分からないことをいった黎が武虎一郎のほうを向くと彼は黎に彼の倍はあるだろう長い刀を投げた。それは幻覚の中で彼の祖父が使っていた刀とよく似ていた。

詠と目を合わせた黎は不敵に笑うと、後ろにいる『鬼神隊』たちを見渡し、聲を張り上げた。

「行くぞ」

『おう！（っす）』

黎に続いて、彼らもまたき出す。そこにはルードの中にいても、涼たちの中にいても、じなかった『統率』があった。

あっけにとられた詠が、つぶやくように黎に尋ねる。

「どこに……行くの？」

すれ違いざまに、一瞬立ち止まった黎は、詠にギリギリ聞こえるくらいの聲の音量で、告げる。

「決まっているだろう、飛鷲涼を助けるのじゃよ」

「えっ……」

黎の言葉が信じられず、詠が頭の中で彼のことを何度も反芻させて、ようやく意味を理解すると、振り返る。

そこには４つの背中があった。

背は口よりもものをいう、なんて聞いたことがあるが、まさに彼らは何を言わずとも『ついてこい』と詠に告げているようだった。

詠は彼らにおいていかれないようにと駆け足でその後を追った。

かつて人間とプレフュードとの間で行われた戦爭の際、この國の『希』だった鬼神たち。

何の因果か運命か、百年という長い月日を得て彼らは再び集まり、力を蓄えた。

たった一人のを助けるがために、その力は解き放たれる。

そして、彼らは、今一度、赤き道を歩き始めたのであった。