《輝の一等星》城
負傷した詠と、無傷で事を得た黎たち鬼神隊は四方を木々で囲まれた森にいた。あのトンネルの中や線路沿いでは、またすぐに新手が來ると考えたからである。
新幹線に乗っていた乗客のことは飛行手段のある武虎一郎にすべて任せてしまったので、これから先に彼は來られなくなった。
「詠どの、お主もここでリタイアせよ。先に帰っているのじゃ」
包帯をやや強引に詠の頭へと巻いた黎が言うと、詠は「いやだ」と即答してきた。
彼は中の至る所を負傷しており、無理な武の使用により、部からの損傷も激しい。これ以上戦えば命の危険があるという判斷のもとで言った言葉なのだが、どうにも彼にはお気に召さないらしく、頬を膨らませている。
「なんでそんなこというの? 最後はちょっと危なかったけど、戦力にはなるでしょ?」
「一人で歩けぬものが戦力になるというのか?」
「別に一人でも歩けるよ。そんなことより、早く先に進もう」
「じゃが、その傷では……」
「関係ない、貴たちには迷かけないよ――私がけなくなったら、置いていってもらって構わないから」
立ち上がった詠は、言う通り一人で森の奧へと進んで行ってしまう。トンネルの中での戦いの後から、彼の雰囲気はし変わっていた。
その瞳には確かな覚悟があり、飛鷲涼の奪還という目的に真っ直ぐに突き進むという気概があったし、その力もまた、今の彼にはある。
おそらく、彼は黎たちがどんなに制止しようとも、それを押しのけて進むだろう。
これはもしかしたら、自立だとか、長だとかいうのかもしれないが、一方で黎は彼の中に『危うさ』をじていた。
彼は今、焦っている。命のやり取りを経験して、一刻も早く涼を助けなければならないという使命に突きかされている。
(こういうとき、正すがよいか、見守るがよいか……)
小學生のの自分がそんなことを考えていて、黎はおかしくなってふっ、と笑う。
しょうがない……か、と呟いた黎も立ち上がって、詠の後をついていこうとしたのだが、そんな彼の前に獅子神信一がってくる。
「いいのかよ、あいつ絶対に足手まといになるぞ?」
「勝手にさせておけばよい、妾たちが何を言っても聞かぬよ。考えてもみよ――義理とはいえあの飛鷲涼の妹じゃぞ」
「? 舊王のが流れてるだけの小娘のことなんて俺は知らねえから、引き合いに出されてもわかんねえよ」
そんなことを言う彼は、かつてリベレイターズに所屬していた武虎一郎が見つけた元鬼神隊の筋であり、黎たちの集団を『真・鬼神隊』と名付けたのも彼だ。基本カッコいいものだとかものが好きな傾向がある。まあ、年相応の男子と言うことなのだろう。
ちなみに自分の納得のいかないことはこうして意見してくるものの、基本は仕事に対しては面倒くさがりで、言われたことしかやらない男だ。まあ、やる気を出したときは予想以上の働きをするのだが。
「それはどうかのう」
「…………?」
それにトンネルで言っていた男の言葉も気になるからのう、と付け加えようと思ったが、口には出さなかった。
獅子神信一は眉をひそめているが、黎はそんな彼の橫を歩いていく。
「あと、お主は涼よりも年下じゃろう、小娘はどうかと思うぞ?」
「うるせえ、俺にとっちゃ30以下は皆小娘だよ」
ふっ、と鼻で笑った黎が「さっさと行くぞ」というと、チッ、と舌打ちした後しぶしぶと言った様子で獅子神信一は後についてくる。
そして、代わりにいつの間にか黎の隣まで來ていた馬場水仙が話しかけてくる。
「一つだけ質問にいいっすか?」
水仙はシノノと似たような背景がある娘で、一人売り流され助けを求めているところを第5バーンにて保護した。彼が馬場一族の娘だと分かったのは鬼神隊の名前を出したときだったが、どうやら馬場家は彼以外オルクスによって殺されてしまったらしい。
助けられた恩を持っているのか數か月足らずで、黎に(ちなみに武虎一郎に対してもだが)懐いてくれているので、その従順さのせいか、黎は彼が可くじることが多かったりする。
彼に対して「何でも言ってみよ」と黎が返すと、「ならば、一つだけ」と言ったあと、
「水仙たちは、どうして飛鷲涼の救出に向かっているっすか?」
「あっ、それ俺も聞きたかったわ」
「……そういえば、お主たちには言っていなかったのう」
今回の第11バーンへ飛鷲涼を奪い返す計畫は黎と武虎一郎が勝手に進めていったものなので、実は水仙も信一もその詳細は知らない。
黎たち鬼神隊の目的はデネブの失腳である、飛鷲涼の奪還に関しては本來の目的と直接関係のない行で、確かに彼らが疑問を抱くのも仕方がないことなのだ。
さてさて、どうしようかと首筋をりながら考えた黎は、
「飛鷲涼が舊王の統者であり、アルタイルの『結界グラス』の後継者でも彼を救うことは後々利益になると考えたからじゃよ」
そう答えると、「それは噓っすね」とすかさず水仙が返してきたので、驚いて、彼の顔を見る。
「なぜ噓だとわかる?」
「なんとなく、水仙には取り繕ったものに聞こえたっす」
「……お主には敵わぬな」
やれやれ、とため息をついた黎は、ふと、噓をつくとき何か自分でも気づいていない癖があるのだろうか、と思ったが、どうせ自分ではわからないのだからとすぐに考えるのをやめた。
できれば言いたくはなかったが、歩きながらも向けられる4つの目はだんまりを許してくれそうにはなかった。
「あまり怒らないでほしいのじゃが――私事じゃ」
「……説明しろよ」
獅子神信一に言われて、どこから説明するべきかと悩む。
これは本來ならば黎一人でやらなければならないこと。仲間の力を借りてはいけないこと。
「アンタレス――蠍芭さそりば梅艶ばいえんにちと用があるのじゃ」
「家名じゃなく本名を知っているって……どんなつながりだよ」
「それは言えぬ、と言いたいところじゃが、一つだけ言えるとすればーー奴とは衝突する運命にあるということじゃ」
「あの蛇と戦うってのかよ、どんな目的があるにしろ、ハイリスクローリターンな話にしか思えないけどな」
「あんなに堂々と宣戦布告されたのじゃから、仕方がなかろう」
そりゃいつだよ、という獅子神信一に黎は「お主もわかるじゃろう?」と逆に彼に問う。
んなもんわかるかよ、と案の定考えることを初めから放棄している回答が彼の口から出た。
代わりに視線を水仙に向けると「そうっすね……」と腕を組んだ彼は答える。
「飛鷲涼の拐……っすか?」
「正解じゃ、梅艶のあの行こそ、妾への挑戦なのじゃ」
黎の言葉にまたしても信一が「ちょっと待てよ」と割り込んでくる。
「そもそも、なんで飛鷲涼が生きているってわかんだよ。あの場にお前はいなかったはずだし、お前以外の奴らの中じゃ『死んだ』ってことになってるみたいだぜ?」
「涼はあくまで妾を呼び寄せるための人質じゃ。それに、梅艶が涼を殺すことはないじゃろう。なぜなら――」
と、黎の言葉が途切れたのは、森から抜けたからだ。
先に進んでいた詠は、第11バーンの中心である目の前に広がる町の景に言葉を失っているようだった。
そして、黎の言葉を聞いていた二人も、初めて見るこの町に驚いている。
「とにもかくにも、あそこにたどり著かねば話にならぬがな」
黎は町の中央を見ながら言う。
まるで歴史の教科書で見た江戸時代の街並みのような木造建築が立ち並ぶ町であり、中心には、ひときわ目立つ和風の建があった。
他の建とは明らかに違う、石壁や深い堀、金や銀などのるものはないにも関わらず、しくも力強い、存在の塊のような建。
それは、紛れもなく『城』であった。
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