《輝の一等星》約束
「お母様! 今の見ておりましたか?」
優しいが落ちている夕方の中庭で、華の前で見事な鉾捌きを披し、頬に汗をにじませながら駆け寄ってくる娘に、華は「ええ」と答えていた。
梅艶の服裝は、白い袴でその手には、彼のにはし大きすぎるような、一本の鉾が握られている。
娘の汗をタオルで拭きながら、「今日はここまでにしましょうか」と告げた華は、娘の手を握り、城へと促したのだが、もうしだけと梅艶はせがんだ。
華は逡巡し、しかし、娘の真っ直ぐな目には勝てずに、その手を放す。
結論から言えば、今のところ華は娘に流れるの運命を曲げられていなかった。
梅艶が5歳になると、彼の父であるアンタレスは、『戦闘』の教育を施す指示を出したからである。
もちろん、アンタレスのが流れている彼には『結界グラス』を継ぐのだから、戦闘技など必要ないなどと、理由をつけて華も食い下がったのだが、その命令が訂正されることはなかった。
それが自のに流れる忌まわしきのせいだとは気づかない娘は、無邪気なことに、この一年間、與えられた一本の武をがむしゃらに振っている。
學校に通っていない彼は近くに同世代の子がいないから、それが普通のの子の打ち込んでいるものではないということを比較できず、ゆえに、彼は強さを求めるのに疑念がなかった。
アンタレスは、自の部下から手練れを數人選び彼の武の師としようとした。
プレフュードの武の扱い方の多くは、西洋の戦場で剣が『切る』ことよりも『毆る』ことに使われていたことの方が多かったように、『力任せ』であることが多い。
確かに、武なんてものは、殺し合いの中にいれば勝てばよい、相手を殺せればよいという発想になりがちである。
アンタレスの元にいるプレフュードでは、梅艶に対してただ闇雲に筋をつけさせ、力任せに鉾を振るうということしか教えられないという確信があった華は、アンタレスに自分が娘の師となることを告げた。
アンタレスには、もちろん、反対された。彼は華が娘に武を學ばせるのに対して否定的であったのを知っていたからだ。
確かに、華は、盲目的に力を求める娘に武を學ばせることについて反対であった。
しかし、大切な娘にしさの欠片もない武を學ばせ、彼の『の子らしさ』を消してしまうくらいならば、自が間違った道へ進まぬように手を引こうと考えたのである。
お前以上に適任者がいる、とアンタレスに言われた華は、彼にその適任者を自の前に連れてこさせ、華はためらいなくその全員の両腕を切った。
一人一人と決闘し、切り落とした腕のすべてをアンタレスの前へ投げつけると、彼はようやく、娘の指導を華に委ねたのである。
「お母様、どうですか?」
「もうし腰を下げて、あの5本で終わりにしなさい」
梅艶は覚えが良いらしく、いや、一生懸命に華のことを聞いているからか、わずか半年で構えが出來上がってきている。
華は剣しか知らないのだが、それでも、娘のために資料をあさって棒や槍を學び、指導しているのだが、すでにあまり教えることがなくなってきた。
どちらかと言えば、今はできるだけ、彼に行き過ぎた練習をさせないようにしている。はやる気持ちをできるだけ抑えるようにしている。
まだ発達していないこの時期の子どもに無理に筋をつけるとの長に影響があるかもしれないし、それに筋で固められたはの子らしくない。武をこのまま続けるとしても、今は筋力よりも技さえに著ければ良いのだ。
そんな華は、彼のを考え、指導しながらも、やはり娘が武を持つのを快く思っていなかった。
だから、何でも興味をもって何でもやろうとするがすぐに飽きてしまう今の娘と同じ時期の子どものたちのようにこの熱意が一過のものであれば良いのにとかに願っていた。
だが、母が好きだと言ってくるしき娘はその純粋無垢な目で、毎日指導を求めてくるのだ。
子供もやりたいことを否定してはいけない、子供の頃から親に言いたかった言葉が華を苦しめていた。
「どうでしたか、お母様?」
「恰好良かったわよ、綺麗な構えをするようになっているわ――ほら、汗ふくからこっちに來なさい」
ぼんやりと娘を見ていた華の元へ汗をかいた梅艶が戻ってきたので、華は彼の汗をぬぐっていき、ある程度拭き終えると、彼を抱き上げて浴室へと向かう。
廊下を歩いていると、アンタレスの家臣が二人のことを畏怖と軽蔑のり混じったような目で見てくるのだが、もう慣れた。
「本當に梅艶は可いわね」
「もう、お母様、くすぐったいですよ」
居心地の悪さを娘にじてほしくなくて、そんなことを言いながら華は娘に頬ずりする。
この城の中で人間が我が顔で闊歩しているのは彼らにとっては目障りなのだろうが、しかし、華が主の妻であり、それにここにいるほとんどの者が華の実力を知っているため、彼らは華に対して結局のところ何もしてこない。唯一華とまともに會話をする者がいるとすれば、梅艶の教育係である『ジュバじい』くらいではないだろうか。
「別にいいじゃない、それだけ貴をしているってことよ」
「梅艶もお母様世界で一番大好きです」
目の前で弾ける天使のような笑顔に、こんな可い子は見たことも聞いたこともないと、華は思う。
そんなエンジェルスマイルをした娘であったが、やはり、この空気から何かをじ取るのか、いつも、中庭のある階から階段を下り、浴室へ続く真っ直ぐな廊下を歩いているとき、その笑顔は止まって、彼は母親にしがみついてくる。
「お母様、本當に、梅艶のこと好きですか……?」
その言葉はほとんど毎日、ここで言われるのだが、聞くたびに自分のが屆いていないのではないかと、不安になる。
「何言っているのよ、私以上に貴をしている者なんていないわ。私の命よりもずっと大切なんだから」
もしかしたらここに彼を不安にさせる者があるのかもしれないと思って、いつも見るのだが、廊下には、朱雀の模様が施された絵に、いくつかの部屋に繋がる橫扉、ガラスの張られていない小さな窓に、たまに通りがかる者が數人、と、あまり怖がるようなものはなかった。鬼の仮面とかあれば話は別だったのかもしれないが。
しかし、華の言葉だけではまだ不安が完全に拭い去れていない様子の梅艶は、「なら……」と、
続けた。
「お母様は、ずっと梅艶と一緒にいてくれますか? ――何も言わずに梅艶を置いて何処かへ行ってはしませんか?」
切なそうな聲で、ギュッ、と元を握りしめてくる娘に一瞬、言葉に詰まった華は、すぐに「もちろんよ」と答える。
「約束するわ――貴を置いて何処かへ行ったりなんかしない」
絶対に放したりするものか。
なくとも、彼に好きな人ができて、そのが就し、彼から華のもとを去っていくまでは。
きつく娘を抱きしめた華は、彼の頬にキスをし、その重さをじながら、まだまだ続くか長い廊下を歩いて行ったのであった。
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