《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task2 重荷を斷捨離し、戦利品を手しろ
參るね、雨に打たれながら立ち話とは。
しかも相手は、見目麗しい貴婦人じゃない。
ボンセムっていう、しみったれた中年だ。
「追加の依頼は、こうだ。俺がブツを安全圏へ運ぶまで、時間を稼いでくれ」
「お前さん、それは俺が駆け出しのEランクだからって足元を見ているんじゃないだろうな?」
俺の問い掛けに、ボンセムの野郎は馬鹿にするようなツラで肩をすくめる。
「は? 足元を見るのは商売人の基本だろ? ましてやビヨンドなんてそうそう長い付き合いにゃならねぇんだ。使える時に使えるだけ使わなきゃ、こっちが損するだろうが」
忌々しいことに、その全てが真実だ。
ボンセムの野郎の言い方が、茶碗に盛られた白米の二割ほどをウジ蟲に置き換えたように吐き気のするものだという事を差し引いてもだ。
まったくもって忌々しいが、ビヨンドという仕事は、ランクによって報酬が変わる。
実績によってポイントが加算されていき(場合によっては減算される。しかも開示されない)、それによってランクが上がっていく。
初めはEで、極めればS。
どうしようもない間抜けは、Fランクという追い出し部屋へとブチ込まれる。
報酬として取引されるのは、あらゆる異世界の相場を鑑みて使われる獨自の金だ。
単位はアーカム。
これは拠點に戻った時に、初めて換金される。
スキルや裝備を注文する時とか、他の異世界のお金に両替したりする事ができる。
しっかり稼げば出先で貧乏になる事は無い。
だが、初めてのお仕事ってなるとそうはいかない。
Eランクだと報酬に掛かる倍率はほぼ等倍。
これは勘だが、裏方連中に回す分を天引きしているんだろう。
保険料って奴さ。
ボンセムの奴は、その辺りはシビアに観察しているに違いない。
抜け目の無ぇ野郎だぜ。
そのくせ、追手にやられそうになってもいる。
オー!
これはきっと神の遣わした『試練を與える者』ってやつに違いない!
喜べマゾ豚ども! 日曜日の禮拝で恥をかかずに済むぞ!
「で? どうなんだよ、実際。駈け出しなら仕事は選べねぇよな? 報酬なら心配するな。無事に運べれば、今月は充分に黒字だ」
「ああ、悪いね。もちろんやらせてもらおう」
ボンセムは鼻息荒く、契約書を毆り書きでこしらえた。
この雨だから、馬車の中でだ。
ちなみにスナージ曰く、契約書はあちこちの世界にタダ同然でばら撒いているらしい。
だから、複數枚の契約書を持ち歩いているのはザラなんだそうだ。
「あー、じゃあ早速なんだが……ここを手っ取り早く抜け出す方策を考えてくれ。闇雲に逃げた結果がこれだ。けねぇ」
ボンセムは憂鬱な顔で、雙眼鏡を俺に寄越す。
俺達の遙か後ろ、山のほうでランタンを持った行列がそれなりの速度で向かってきているのが見えた。
ボンセム……この間抜けめ。
せいぜい、財布にを開けられないよう気をつける事だぜ。
そっちがその気なら、俺もたっぷり楽しませてもらおうじゃないか。
さっきの獣人娘からくすねてきた薬。
……コイツが、第二幕の歌姫さ。
「悪いが、馬車を燃やす。必要なものだけ取って行ってくれ」
「は!? ま、マジで言ってるのかよ!?」
くっきりと目を剝いちまって、早くも後悔したかね?
そもそもお前さん、さっき薬を詰めた樽を後生大事に抱きかかえて、心中しようかってツラだったじゃないか。
未練がましい野郎だな。
「契約の取り消しで支払う違約金は、報酬金額の三割だ」
「キャンセルはしねェ! だが、この馬車……結構な値段だったんだぞ……!」
荷馬車を抱きながら、ボンセムの野郎は気ばむ。
雨で解らないが、多分こいつは泣いてやがる。
「めくらましだよ。壊れた馬車を見掛けたら、後から來た連中は、足取りを追うのが難しくなる。
この雨なら、尚更だ。それに、逃げ足は速いほうがいい。馬だけなら、何とかなる」
「そうは言うがよ……」
「捨てた分はまた稼げばいいだろ? 命あっての種だぜ」
「この馬車を買うのに、苦労したんだよ、そう簡単に諦められねぇよ……」
著って奴か。
気持ちはわからないでもない。
だが、他人の著なんざ知った事じゃない。
ましてや、依頼主のポカが原因で依頼に失敗するのは、ノーと言えないお人好しのする事さ。
もとより溜めで小一時間近く泳ぎまわったような人生なんだ。
今更、にクソが詰まることの何が心配なんだよ、ボンセム殿?
「嫌なら俺が勝手に選ぶぜ。収納スペースにゃ限りがあるんだ」
「わ、わかった! えっと、これと、これと……」
選別が終わると、ギリギリ指に収納できるかできないかって量のガラクタが目の前に積み上げられる。
「終わったな。じゃ、持ってくぜ」
指に念じて、奴の商売道を亜空間へと仕舞いこむ。
この手の話にゃありがちな、収納の魔法だ。
ただ、俺は語に出てくる転生者と違って、別に特別な能力じゃない。
ビヨンドなら誰もが持ってる、業界では一般的な能力だ。
それでも、この世界には無いのか、ボンセムは腰を抜かしていた。
「消えた……おい、ちゃんと取り出せるんだろうな!?」
「もちろん。ほら」
試しに取り込んだ道の一つ、怪しげな箱を出してみる。
手の平からが出て、すっと現れた。
「な?」
もちろん……一部はちょろまかすがね!
契約には、屆け以外の事は書かれていなかった。
つまり、それさえ屆けちまえば他はどうなっても問題ないって事さ。
悪いな、ボンセムの旦那。
クズにはクズしか寄り付かない。
……いいものを見つけちまった以上、貰わない手は無い。
このリボルバー銃は、なかなか心強い。
使い勝手も、ある程度は理解できる。
撃鉄ハンマーを起こさなくても引き金さえ引けば撃てるタイプのようだ。
弾は六発。持ち手グリップから見て左側にチャンバーを引き出す奴だな。
どこかで見たような様々な銃の特徴をバラバラに組み合わせたじの見た目だ。
差し詰め“雑種のバスタードマグナム”といったところか。
馬車を派手にぶっ飛ばして、馬で街道を進んで行く。
その最中でも、俺はこのバスタード・マグナムを片手で回していた。
「おい、そいつがどう使うものなのかも、俺は知らされていないんだ。
あんまりくるくると回さないでくれ。落としたらどうしてくれる」
「お前さんこそ、よそ見してると大事な足がオシャカになるぜ」
さっきからこいつは、俺をチラチラと見てばかりだ。
こんな天気で、しかも夜だぜ。
お前さんみたいな間抜けは、正面を見ていても危なっかしい。
「大事な商売道を燃やしてくれた奴に心配されたくない」
「正常な反応であり、正當な反論をするならば、クソ野郎の正論というのは、つまり黒焦げになったキャベツだ。無価値で有害で、どこに捨てていいかもわからない」
ボンセムは呆れたツラで俺を一瞥した後、進行方向に視線を戻す。
「ンなもん、道端にでも捨てとけばいいじゃねェか」
そう來たか。
まあ及第點かね。
案外、嫌いじゃないぜ。
セオリーに忠実な奴っていうのは。
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