《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task3 包囲網を出せよ
渡り廊下や中庭を抜けて、木々の生い茂る墓地に辿り著いた。
案役の首無し鎧が振り返る。
『主が目的という事は、あなた方は王國に雇われたのですよね?』
「ああ、そうとも」
俺の返答に、首無し野郎はにわかに殺気を放つ。
正確に言えば、殺気はずっとあった。
……それが表に出てきたってだけの話さ。
『主を消すつもりだったのは、存じ上げておりましたよ。それが王國のやり口でしょうから。私が素直に応じるとでも?』
「そう來ると思ってたよ」
俺の演奏・・に、あれだけ熱烈な挨拶をしてくれたんだ。
そう簡単に従うってタマでもあるまい。
「え!? ちょっ! 倒して、トドメも刺さずに助けたのに、何故!」
ロナは首無し野郎の本心に気付いてなかったのか、後ずさりしながら構える。
當の首無し野郎はといえば、ロナには見向きもしない。
首がないからそう見えるだけかもしれんがね。
『悪足掻きですよ。無為に従えば主に義理立てできません。
あなた方のお目こぼしは、またとない好機……有効活用させて頂きたい』
「刺し違えてでも俺達を止めるって?」
『然様。無手でもやりようはあります』
「俺達がやり合わずに逃げるとは考えなかったのかい」
『それならばここまでは來なかったでしょう。存外、素直に掛かって頂けましたね』
墓地のあちこちから、クロスボウを構えたゾンビが睨みを効かせてやがる。
で、これが首無し野郎の策と。
殘念ながらお見通しさ。
「ロナ、引き返そうぜ」
「え、あ、はい!」
足元を何発ものボルトがかすめていくが、途中で煙の壁を展開すればこんなのはこけおどしにもならない。
渡り廊下の途中のT字路を、俺達が通らなかったほうへ。
ハメようとしていたのだから、俺達に見せたくないルートがあるのは當然さ。
『どこへ行くつもりですか!』
『ツアーガイドの話に耳を傾けながらショップのウィンドウを眺めるのは、旅行の楽しみ方の一つだ』
それはMI6のエージェントだってやっているだろう。
ターゲットはいつだって、俺達を見ている。
フリードリヒ・ニーチェはこう言った。
深淵もまた見つめ返していると。
崩れた渡り廊下に煙の足場を掛ける。
俺とロナが渡りきったら、その足場を起こしてバリケードに。
窓越しに見えた鐘樓を目指す。
途中で壁にがぶち開けられて、橫から首無し野郎が現れる。
『どうやって出しようというのです!』
『ライオンに追われたシマウマは、草むらの模様に隠れる。俺は、ここの“草むら”を見て學んだ』
続いて指をパチン。
煙の槍で天井を崩し、後ろの通路を塞ぐ。
瓦礫に埋もれた首無し野郎は、たいそうご立腹だ。
『忌まわしき暴君の尖兵め、姑息な手を!』
「俺に追いついたらご褒にキスしてくれてもいいぜ!」
「あいつ、頭が無いから無理でしょ!」
「そうだったかな」
首無し野郎が、瓦礫を出したようだ。
やたら重たい足音が、再び聞こえてくる。
『私自は別に、気には留めません』
すると、何だ。
未練があるからき回っているとしたら、結婚式の牧師様にでもなりたかったのかね。
鐘樓の螺旋階段を登る。
年寄りにはキツいだろうが、ビヨンドなら余裕だ。
同時に、亡者共にとっても余裕らしい。
「何やってんですか! この前みたいに高いところから飛び降りるつもりですか!」
階段を登りながら、ロナは不満をらす。
「他に何だと思ったのかね」
「ふざけんな!」
世話の焼けるお嬢さんだ。
このまま腰抜かして取っ捕まるのも寢覚めが悪い。
俺はしだけ引き返し、ロナを抱える。
「ちょっと、お姫様抱っこですか!」
「人攫いがクセになった」
「ああ、そう。好きにしてください」
おとなしく運ばれてくれるだけ、前よりは楽だった。
鐘樓の屋上まで登り切ったら煙の壁で蓋をして、仕込みは完了だ。
「ちょっと周りを確認してみてくれ。その間に、俺はサプライズを準備する」
「また碌でもない事を考えてますね」
ここは鐘樓だ。
つまり、鐘がある。
支えを煙の槍で壊して、取り外して……。
さて、そろそろ防壁がオシャカになる頃だ。
『追い詰めましたよ。我々の仲間になって頂きましょう。
私は王國騎士団とは違って、誰かを裏切り、捨てるような真似はいたしません』
「もうなってる」
『何を……』
俺は鐘を放り投げた。
「お近付きの印だ。持っておけ」
『ふざけないで頂きたい!』
あ、橫に捨てやがった!
しかもまた中指立てやがった。
『先刻から戯れ言ばかり並べ立てて、このマザーファッカーめ! を舐めるのはあなたのほうだ!』
オー! 神様!
お前さん所の聖職者は、こんなんでいいのか!
まぁ、嫌いじゃないが。
「あたしも同ですね。いっつもそう!」
何を言う。
俺はいつだって真面目だぜ。
『まあ聞けよ。これ以上の被害をご主人様自が・・・・・・・出さなけりゃ、全てが丸く収まる』
『一、何を』
『お前さんに新しい仕事を紹介してやろうと思ってね。本業と副業だよ。
さて、生けるの皆さんはを考える頭をお持ちかな?』
『それは、侮辱ですか?』
『そう思いたければ、思えばいいさ。相互理解の為の対話か、或いは友人の忠告とも取れるだろうがね』
実際、どっちでも構わねぇ。
友を示すのが親善大使のお仕事だ。
有り難くけ取ってくれ。
『詳しくお聞かせ願えませんか?』
できれば打算なしに素直に従ってくれりゃいいんだが。
『お前さんはその鐘を持ちながら、各地を駆けずり回れ。
運命に導かれた二人組を見付けたら、の試練を與えろ。そうすりゃ勝手に伝説が出來上がる。これが本業な』
そうだ、頷け。
それでいい。
このダーティ・スーの有り難いアドバイスを黙って聞いていればいいんだ。
そして黙って負けて、その次はんで勝て。
『副業は、各地の亡者と井戸端會議だ。奴は武力で王國に勝てなかったからここへ引っ込んだ。
ペンは剣よりも強しって言葉がある。偉大なる先人がした、重要な発見の一つさ。アドバイスはこれで終わりだ』
首無し野郎の手首を摑み、俺の倉へと運ぶ。
ロナも呼び寄せて、同じようにさせた。
ロナの奴、存外に素直だな。
「ほら、みを果たせよ。投げたきゃ投げろ。さもなきゃ空っぽの鎧がクソで満たされるぜ」
後はどこにでも投げ捨てればいい。
「おえっ……」
『……あなた方は一、どちらの味方なのでしょうか』
『お前さんの友人達を思い浮かべろ。その次に、死ぬほど憎い奴を。俺はそれ以外の味方さ』
『なるほど。あなたのご好意に甘えさせて頂きましょう。それに、提案自は魅力的でした』
今度こそ素直に応じてくれよ。
敵に塩を送るのは今回限りだ。
次からは灰を送ってやる。
『主とやらに伝言だ。摂理の外側にいる奴だけが、その摂理の全容を見渡せる』
『しかと承りました』
視界が大きく一回転する。
足元には空を。
頭には地面を。
もちろん、こんな辺鄙な場所の土に俺のと脳漿をくれてやる訳にも行かない。
煙の壁を背中にぶつけて減速し、ロナの襟首を引っ摑む。
「ぐえっ」
うーん。
淑に手荒な真似をするのはもはや慣れっこだが、はしないな。
もうちょっと気のある聲で啼いてくれたら、その限りでもないだろうが。
引き寄せて抱き上げて、おまけに一回転して著地だ。
あの首無し野郎、熱的すぎるぜ。
こんなに遠くまで投げやがって。
山奧から出しなきゃ、ホームパーティにわれちまう。
「舌を噛むんじゃないぜ。の味のするキスは満月の夜にとっておけ」
ロナは涙目で恨みがましい視線を寄越す。
まだをつまらせているらしく、しきりに元を指先でいじっている。
「今更言うな。誰がお前なんかとするか……この、鬼畜……悪魔、ドS野郎……」
「俺がお前さんとするとは言っていない」
冗談じゃない。
俺なんかと一緒にいたら、二人して骨の髄まで凍っちまう。
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