《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task3 商談の護衛を見繕え
四臺の馬車を引っ連れて、歩く。
(うち一臺は荷臺をしっかり修理しておいたが、逃避行に使うのはもちろん一番ボロくないやつだ)
街にってみれば、眠気覚ましにはなりそうにない景が広がってやがる。
長耳エルフも寸ドワーフも見かけない。
俺を楽しませてくれる景なんざ、せいぜいがあちこちの雑に補修された壁くらいだ。
よっぽど急いでいたのか、材料が足りなかったのか。
ボンセムの話じゃあ、過去に魔共が攻め込んできて、それを橫合いから恩著せがましく返り討ちにした帝國が、共和國から奪ったのがこの街らしい。
何が目的かは知らんが、この國のトップは地獄への行き方をよくご存知のようだ!
「……それで、どこだい。取引先の店ってのは」
「あとしだよ。遠くに、青い看板があるだろ。アレだ」
ボンセムの指差す先には確かに青い看板がある。
古臭い建に比べると、看板だけは妙に真新しい。
「“ベルクスヴィントミューレ中央産店”……なるほど、仰々しい名前ですね」
「だろ。帝國領になったからって、相応しい名前にしろって言われたらしいんだがよ、俺は昔の――」
「――ボンセム! 久しぶりじゃないか!」
橫合いから掛けられた聲に、ボンセムは振り向く。
そのボンセムの視線を追ってみれば、細だが筋はありそうな男がいた。
日焼けしたにウェーブのかかった髪は、ともすれば優男にも見える。
……が、どうにも目付きが気になるな。
カタギの目とは思えん。
(ボンセムのダチならカタギの筈もないだろうがね)
「マセリクか!? 店はどうした?」
「部下にまかせて、晝食を買いに行くところだ」
「珍しいな。滅多に店から離れなかったのに」
「新人が二人もって、どっちも優秀でね。うち一人は爺さんなんだが、そうは思えないくらいにいいきをしてくれる」
しの間、二人は世間話に花を咲かせた。
実際、本當に短い時間だった。
酔っ払いが壁に小便を引っ掛けて何食わぬ顔で立ち去るくらいか、或いは図書館の付が客に頼まれて參考書を三つほど検索するくらいの短さだ。
「晝食を買ったら、商談を進めよう」
「その件なんだがな……俺じゃなくて、部下にやらせる」
とボンセムが言った瞬間の、マセリクのツラには見覚えがある。
これは“どうしてお前がやらないのか”と訝しむ表だ。
「……何かあったのか?」
案の定、マセリクは問いかけた。
それに対して、ボンセムはと言えばだ。
「森の賢者に呼ばれた・・・・・・・・・」
暗號めいた言葉で返しやがった。
これは、口外できないものを運ぶ時の隠語かね。
或いは積み荷から離れられないことを示す暗號か。
……それにしても“魔”じゃあなくて“賢者”とは上手く言ったもんだ。
もしも魔であるからには人でなしだろうと決めて掛かる、の気の多い正義の味方なんぞに絡まれた日にゃあ、そりゃあ商売あがったりだよな。
(それとも“森”と“賢者”はそれぞれ別の暗號か)
とにかく、ケリは付いたようだ。
ボンセムの答えに、マセリクは納得したらしい。
「なるほど。土産を忘れるな・・・・・・・」
とだけ返して、市場へと踵を返した。
「じゃあ、もうずらかってもいいのかい」
「ああ。ししたら部下を向かわせるとしよう。こっちもメシを済ませないと」
「商談についてだが、護衛を見繕おう。嫌な予がする」
「ツテは?」
「俺に任せてくれ。探せば見つかるもんさ」
「じゃあ金は?」
「部屋を真っ赤にされて商売をフイにしたくないだろう。
なら、パンを川に投げれて、魚の鱗が何かを見るべきだぜ」
「……あー……つまり、何だ?」
要領を得ないようだが、仕方のない事だ。
代わりに、ロナが解説する。
「ボンセムさんが払えって事ですよ」
「くそったれめ……」
―― ―― ――
さあ、ギルド“矛持つ巨鳥亭”前に到著だ。
ボンセムには、外で待っていてもらう。
どんなに衛兵共がせわしなく歩き回っていようと、誰かに積み荷をやられたら困る。
カネだけけ取った。
悪くはない金額だ。
外から見るに、どうやら冒険者ギルドは寂れてやがるな。
誰か暇を持て余した野郎共はいないものかね。
「そう簡単に見つかりますかね……」
ロナが眉を寄せて、上目遣いに尋ねる。
カーテンコール・・・・・・・帝國は自前の兵士が強いのか、冒険者を重んじる気風なんてもんは特に縁遠いだろう。
つまり、依頼は雑用が殆どの筈だ。
「――ごきげんよう、俺だ」
店の敷居をまたいでみれば、一斉に視線が集中した。
どいつもこいつも、目を見開いて武を構えてやがる。
「くそ、聞いてないぞ……! 落日の悪夢が、こんな所に!」
「俺は知ってた。さっき門番の一人と話をしてた」
「は!? 言えよ!」
「ここに來るとは思ってなかった」
賑やかそうで何よりだが、俺は別にお前さん達に喧嘩を売るつもりは無い。
俺の喧嘩は売りじゃないのさ。
「歓迎のセレモニーはありがたいが、それはまたの機會にしてくれ。
俺の用事は、わかるだろう。飯の種だよ、冒険者諸君」
「え……」
「依頼を出すそうですよ。この黃い服のクソ野郎さんが」
「ロナさん、言葉遣いがれていましてよ」
「別にいいじゃん、今更。堅いこと言わない」
「それは……そうですけども」
仲良しで何よりだ。
さて、暇人共の顔はどうかな。
「そ、それで、依頼っていうのは、何を出してくれるんだ!?」
「焦るなよ。それでだ……商談を無事に終わらせる為の用心棒を頼みたい」
……おや。
反応が芳しくないな。
よほど荒事がお好きらしい。
守るより攻めるほうが、ストレス発散にはいいかもしれんがね。
「……ぷっ――ダーティ・スーが何を依頼するかと思えば、商談の用心棒ぅ?」
「しょっぺぇ! ぎゃははははは! 一人で充分じゃねぇか! 護衛いらねぇだろ!」
「こいつ実は偽者だったりしてな!」
ふはは!
これだから腕っ節しか頼れないゴロツキというのは、見ていて退屈しないのさ。
「おおぅ。酷い言われようですよ、スーさん……」
肩をすくめて苦笑いするロナの、頭をでてやる。
「言わせてやれよ。見下す相手が久しぶりに現れたんだ。しは優しくしてやろう」
パチンッ。
これが合図だ。
紀絵がアタッシェケース(この時の為だけに俺が買い與えたものさ!)をテーブルの上に置き、開ける。
「金額を提示しよう。複數人けても、一人あたりの金額は據え置きだ」
「……ちょっと待て。高すぎないか!? 単なる用心棒だろ?」
まったく、優秀な冒険者ばかりで助かるよ!
だがワトソン役にはもうし想像力が必要じゃあないかね。
「ナボ・エスタリクという暗殺者を知っているだろう。つまりは、そういう事・・・・・さ」
俺が問いかければ、にわかに周囲がざわついた。
どうやら、よほどおっかない相手らしい。
「マジかよ。よりにもよってナボ・エスタリク……」
「あのイカれたサディストからどう守れっていうんだ……」
「割に合わねぇよ」
「そうかぁ? あの金額だろ? 適正価格じゃねぇか?」
ふはは!
存分に悩めよ!
「先著三名までだ。多すぎても邪魔になる。さあ、どうする」
依頼書をテーブルに置いて、指でコツコツと叩く。
「うぐぐ……き、金額は魅力的だがよ……!」
「ナボ・エスタリクは、ちょっとなぁ……」
食いつきがいまいちよろしくないな。
やれやれ、そんなにおっかないのかね。
俺が紀絵に目配せをする。
すぐさま、紀絵はアクションを起こした。
「と・こ・ろ・で、スー先生~? わたくし、その取引について詳しく教えて頂いておりませんわ。どのような容ですの?」
を乗り出して、紀絵が艶っぽい聲で問いかけてくる。
その指先は、俺の右頬に。
俺の「アドリブで何か頼む」という要求に、見事に応えてくれた形だ。
普段の紀絵を見ているなら、これが“勝負時しょうぶどき”の振る舞いだろうと想像がつくだろう。
目の前のアホ面共の何が不幸かといえば、俺達の名前と評判以外は何一つ知らないという事さ!
ああ、かわいそうに!
「言えると思うかい」
「もう。嫌ですわウフフ……先生ったら、いけず。ロナさんを手にれたのも、の取引経由だとか?」
「その通り。あたしは心臓ここを支払いました」
名優二人の茶番に、可哀想な連中はすっかり騙された。
今回の商談も、もしかして……なんて思ったに違いない。
俺としてはもうし騙しがいのある奴と出會いたかった。
「――よし、やらせてくれ!」
「俺もだ!」
「くそ、橫取りするんじゃねぇよ!」
取っ組み合いの喧嘩にまでなりやがった。
可哀想に。
俺達は何一つ噓を言っちゃいないが、こいつらの期待している容の通りになる保証も何一つない。
『クソちょろい』
『ちょろいですわね』
『やっぱり、男はチンコに響くネタを出されると馬鹿になるんですかね? どうなんです? スーさん』
『フロイトにでも訊いてみな』
『やだなぁ。哲學とか心理學とか……苦手なんですよね、そういうの』
『よく言うぜ』
さて、人員は確保した。
腕っ節と、あとは“俺がナボ・エスタリクの名前を出して護衛を募集した”という報が広がりさえすりゃあ別にいい。
保険は、そこそこに高くカネを積むのが定石だ。
……さて、この次が紀絵の変裝か。
順番を変えて敢えてヒントを與えるが、果たして誰が気付くかね。
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